恵比寿でカットモデル体験談

2010/09/24(金) 02:02:57 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 八月上旬の暑い夜、恵比寿駅西口噴水前でいつもと同じように詩集を売っていると、髪を茶髪に染めた長身の若い男性が声をかけて来た。「髪、切りませんか?」私のポエムに興味を持ってくれたわけではなく、修行中の美容師である彼はカットモデルを探していたのである。確かに、私の頭髪はずいぶんと伸びっぱなしになっていて、自分自身でも暑苦しさを感じる。その誘いに応じると、店のカードを渡され、後日指定の日時に行くことになった。携帯のアドレスも交換した。
 駅から駒沢通りを中目黒方向に少し歩いた雑居ビルの中にその店はあった。恵比寿よりもむしろ代官山に近い感じだ。代官山の美容院で散髪なんて、何だか自分が急にオシャレエリートになったかのような錯覚をおこしてしまう。
 指定時刻より早く着いてしまったので、近くのローソンで時間を潰してから入店する。それでも少し時間が余っていたので、店員から差し出されたヘアカタログと「ブルータス」をめくって開始を待つ。この種の美容院では、どうして必ずと言っていいほど「ブルータス」が置いてあるのだろう? 一昔前の、いわゆる街の床屋における「ゴルゴ13」常備率と双璧をなすのではないか?

 ヘアカタログから選んだ希望のスタイルを伝えて、いよいよ散髪が始まる。髪を切る兄さんの横には、指導者として若い女性がついている。その手つきには、やはりまだどことなくぎこちない、硬いものを感じる。もみあげの切り方などで細かい指導を受けている。時間がかかる。
 教育係のその女性は、髪を切っている男性のことを、ある仇名で呼んでいる。一体何のことだろうと思いながら聴いていたが、ある時閃くものがあった。メアドを交換した時に教えてもらったこの青年の苗字は、薬物や盗撮で何度か逮捕された、今は2ちゃんねるあたりでジャーゴンとしてその名が用いられる、あのサングラスの芸能人と同じではないか。聞いてみると、果たして彼が由来であった。この青年にとってはいい迷惑だろう。
 話はそこから、昔の「志村けんのバカ殿様」のことなどに及ぶ。この青年は大分若いので、バカ殿様なんかリアルで見ていたのだろうかと疑問に思う。やはり、あの芸能人が家老とかいう役で出演していた時代のことは知らないようだ。彼の世代にとってバカ殿の取り巻きと言えば、ダチョウ倶楽部のことなのであろう。あのまま「家老」のポジションをキープしていれば、今頃はビートたけしに対する所ジョージの地位ぐらいにはなっていただろうなどと、どうでもいいようなことを二人で話す。せっかく、カッコイイ街にあるカッコイイヘアサロンでカッコイイ兄さんに髪を切ってもらっているのに、私の会話の内容などまあこんなものである。
 またその青年曰く、恵比寿にはマックが無くて不便だと言う。ここからは遥か遠く、ガーデンプレイスの方に一軒あるだけだと。マックはともかく、書店や古書店が無いのが不便だと私が言うと、何となく同意してくれる。
 髪型はどうもまとまらない。私の髪質はかなりの直毛で、とにかく硬いのだと青年も姉さんも言う。結局最後は、指導者役の姉さんが自ら鋏を持って、当初の予定よりかなり短く切ることになってしまった。それでもかなり、モデルの割には見られるようにまとまったので満足した。
 青年には詩集を一冊謹呈した。実際に読んでくれたかどうかはわからない。
 九月になってもしばらくの間続いたこの夏の残暑を、短髪のおかげで少し涼しく過ごすことが出来た。
 しばらくしてその芸能人の名を久しぶりにマスコミ上で聞いた。覚醒剤の使用で再三逮捕されたそうだ。
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子殺し

2010/09/19(日) 16:16:50 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

コボちゃんののちゃん騒ぐ隣また子供が母に殺されている

泡立つ晩夏

2010/09/18(土) 13:48:48 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

物憂げにパンク検査の水桶も泡立ち夏も終わりに近づく

夢ではなく意志を持て

2010/09/16(木) 23:53:27 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

夢ではなく意志を持て。

夢は現実に裏切られるかもしれない。
時の経過に色褪せるかもしれない。

しかし意志が現実に負けることはない。
何故ならば、意志はそれ自体が、ひとつの現実だから。

意志が時に敗れるかどうかは、
それは意志自体が決めることだ。
時が決めることではない。
何故ならば、意志は捨てなければ、それは永遠になるから。

夢は、まだ形の無い期待。
すなわち気体。
意志は、冷たく硬い石。
気体は僕らを優しく包んでくれるけれど、
つかむことは出来ない。
武器になるのは石。

それはともかく、夢ではなく意志を持て。

世界征服は夢。
世界の中心は意志。

世界征服というプロジェクトには、
多くの人員が必要とされる。
下級戦闘員の数だけ、制服たる全身黒タイツを用意しなければならない。
怪人、マッドサイエンティスト、
女参謀、軍師、
そういう奴らが日々演じる政治劇に付き合わなければならない。
しかし世界の中心になるには、
ただそう思えば良い。
そう思った瞬間から、
人は既に世界の中心となっている。

だから夢ではなく意志を持て。

アリオ北砂

2010/09/16(木) 02:11:16 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 都営新宿線西大島駅で降りて地上に出ると、南北と東西に走る二本の幹線道路の交差点だ。隅田川以東に広がる碁盤目状道路網の一目。八月の午後の獰猛な太陽光線が間髪を入れず襲いかかる。東側に少し進んだ所に立っている古本市場の看板に少し心を魅かれつつ、今は古書とクーラーの誘惑を断ち切って南下を開始する。
 西大島アリオ北砂の最寄り駅とはされているが、さほど近くない。鉄道貨物駅の跡地に建てられたこの郊外型大型ショッピングストアーはそもそも、鉄道経由の客を、最初から期待していないのだろう。幹線道路を走って自家用車で乗り付ける客をメインに想定しているのだろう。小名木川を渡る。西側に、やはり川を渡って南北に走る貨物線が見える。
 橋を渡ると、倉庫や町工場のような建物と、集合住宅が混在した風景の中に、アリオ北砂の姿も視界に入って来る。暑い。辛い。喉が渇いた。新しさに白く光を放つその中に入るとたちまちクーラーの冷気によって全身が包まれ、肉体も精神も蘇生する。すると今度は食欲も出て来る。



(三階の蕎麦屋にて)
欲望に抗う原理は何も無く消費社会の城砦に居る



 一階にイトーヨーカドーやフードコート、二階に衣料品などの各種専門店、三階にはレストランなどが入り、四階と屋上は駐車場になっている。みなどこかで見たテナントばかりで、要するに日本全国の幹線道路沿いの、どこにでもあるSCの風景のように思える。
 屋上駐車場に上がってみる。車の数は思ったほど多くない。北の空には、タワーマンションの間から、東京スカイツリーが姿を見せる。その最上部は春に見た時とはまた違った形になっている。海老かザリガニの頭のようだ。



白海老がヌシの面するこの街の空の一番深い所で



 各種テナントの間を無目的に歩く。子供用品がやたらに多い。アカチャンホンポとかいう名の、ベビー用品店が大きく売り場を構えている。託児所も広い。この季節に何故かランドセルが特売されている。ABCマートも子供靴を大々的に売り出している。写真館も子供写真館と銘打ち、七五三やら入学式やらの宣伝を盛んに打っている。クッキングスタジオで開かれる料理教室まで子供向けをうたっている。ちょっと尋常のショッピングセンターではないことが徐々にわかってくる。少なくとも私が以前に見たことがあるアリオ亀有とは明らかに異なっている。
 ゲームコーナーには懐かしのナムコの「ワニワニパニック」がある。ランダムに顔を出す五匹のワニをポコポコとハンマーで叩いていき点数を競うゲームだ。小学校中学年か高学年ぐらいの女の子の二人組が遊んでいる。一人がハンマーと素手、もう一人は両手とも素手で片っ端からワニを叩きまくって高得点を狙っている。そこに同じぐらいの年齢の少年の二人組が近づいてくる。それに気づいた女の子達が大げさに驚いて恥ずかしそうに逃げ去る。男の子達もやはり嫌悪のアクションを見せつけるようにして逃げ去る。おそらくは学校か塾かで同じクラスの少年少女だろう。微笑ましい。
 本屋もやはり児童書と参考書のコーナーがやたらに大きい。良く見るとそこら中の廊下で、夏休み中の子供達が走りまわっている。一階のイトーヨーカドーでは、ベビーシート付きのショッピングカートが若い奥さん達に転がされてフル稼働している。日曜日ごとに行われるプリキュアや戦隊ヒーローのアトラクションのお知らせがイベント広場に掲げられる。性的な産業が存在しないことを除けば、この建物は既に巨大な街となっている。
 江東区の地は、少子化とは無縁のようだ。この地で人はドンドン生まれ、ドンドン育っている。林立するタワーマンションの中に住まう人々が、自らの生活を満たすべくこの空間に日々押し寄せてくるのだろう。
 だからこの建物は、少子高齢化問題と闘う繁殖作戦の最前線、江東区の補給基地なのだ。しかしながらこの地は、元々補給基地だったのだ。この地を現在補給基地たらしめているのは、かつてこの地が担っていた使命、小名木川貨物駅の地霊(ゲニウス・ロキ)の霊力なのだ。まただからこそ、このSCの中核はイオンではなく、どうしてもイトーヨーカドーでなければならなかったのだ。北千住以東の常磐線駅に、ほとんど一駅ごとに一店存在するイトーヨーカドーでなければならなかったのだ。その常磐線沿線文化の思念波が、金町駅から分離して新小岩で総武線に合流する例の貨物線を通り、亀戸から南下するこの貨物線を伝わって、この地に巨大なヨーカドーを出現させたと言うべきなのだ。滅びゆく竜脈が最期に放つ光芒。

 (そしてその常磐線沿線イトーヨーカドー文化のゲニウス・ロキの一部は、遥か南東北にまで至って、色違いの北方亜種たるヨークベニマルにまで連なっている。)

 自転車置き場も実はかなり広い。置かれている自転車の多くは、前後にチャイルドシートを設けた二人乗り、三人乗り、もしくは子供用である。
 かつてこの地にあった貨物駅の旧跡を探して、しばらく周辺を歩き回ってみる。ただ一度だけ、北に向かって貨物線を走る列車の姿を目撃する。赤い機関車の一両だけで、何も牽引していない。

雀の脚

2010/09/08(水) 02:47:46 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

夏痩せか雀の脚も長く見え

脚胆

2010/09/06(月) 00:55:00 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

時代を駆け抜ける脚力よりも、
時代に動じない胆力の方が、
今の時代には重要だろう。

国際通り沿いの浅草のファミレスにて

2010/09/05(日) 00:34:36 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 浅草国際通り沿いに幾つか存在するファミレスの中で、女性陣がその店を選んだのは、ドリンクバーのメニューが最も充実しているからという理由らしい。私の知ったことではない。特に意見も異論もなく、唯々諾々とその意思決定に従う。
 夕食時を過ぎて少し空いているその店内には、二、三人ぐらいの女性のグループの姿がちらほらと見える。日本全国の幹線道路沿いに遍く存在するものと、おそらくほとんど同じ風景なのだろう。これから我々がそうしようとするように、ドリンクバーのドリンクを卓上において閑談に時を費やしている。浅草らしさなどは存在しない。
 ドリンクバーと、ブルーベリーのアイスクリーム盛りを注文する。
 ドリンクバーのバリエーションは確かに豊富だ。普段余り飲む機会もない黒豆茶などを、ここぞとばかりに試してみる。
 女性陣がお喋りを始めた。他愛もない、別に中身も無い話だ。職場の噂話、ここに居ない人物の陰口、要するに日本全国のファミレスで今まさに女性達が行っているであろう会話と、同種類同等のトーク。余り居心地は良くない。
 私から見て左隣に座っている女性の二人組のうち、ここから顔が見える方の女性はずいぶん若い。若くて、中々可愛い。こちらの女性陣は、若くもないし美人でもない。かなり短いショートジーンズからスラリと伸びたその脚は白くて細くて美しい。肌つやも良い。
 その女性の相手をしているもう一人の女性の容姿は、ここからはチェックできない。ドリンクバーは私の右後方にあるため、位置関係からしてお代りのついでに見ることも出来ない。デトックス効果があるというどくだみ茶などを飲んでみよう。
 まあ、一般的に考えて、類は友を呼ぶものだから、美人は美人を呼ぶのだろう。左前の女性と同じぐらいには、姿が見えないこの左真横の女性も若くて美しいのだろうと思うことにした。勝手にそう思うことにして、この問題は私の内側で決着をつけた。
 ブルーベリーが運ばれて来る。アメリカ産だと言う。ほどよく酸味が効いていて旨い。アイスクリームを崩して一緒に口に入れると、その甘さと酸味が調和する。
 このブルーベリーやアイスクリームなどは、江戸時代の浅草っ子が食べたことが絶対に無い味である。
 ここに来る前に私達が食べていた「うな鐡」の鰻は、江戸時代の浅草っ子が食べていたものと同じ味であろうか?
 ドリンクバーを頼んだからには、元を取らないと損だ。どんどん飲まないと。今度はやはり健康に良さそうな杜仲茶などを汲んでくる。
 どんな美女軍団であっても、話している内容は当方の女性陣と大して変わらないのではないかと考えると、何だか興冷めだ。
 それにしても、さっきから居心地が悪い。私の中で何かが蠢いている。なんだかそわそわする。一体何なのだろう。この感じ。いつまでもここに居るべきではない。何もせずにただ坐り続けてはならないという思いが次第に強くなって来る。それは決定的な破滅を招くだけの選択だ。早くこの席を立って、行かなければならない。事態は急速に切迫度を増している。この焦燥感。我慢の限界だ。私は敢然と席を立ち、足早に歩きはじめる。デトックス効果は抜群だ。大を本格的に催し始めた。

浅草ROXとその周辺

2010/09/01(水) 00:56:49 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 国際通りから浅草寺の方向へ入った新仲見世通りのアーケードの上には、既に東京スカイツリーの姿が突出している。少し進んで、浅草ROXのビルに入る。地下にはスーパーマーケット、地上一階にはドトールなどの飲食店、地上階の幾つかは衣料品やアクセサリーショップ、どこにでもあるテナントとしてユニクロABCマートリブロなどが配され、上層階ではカラオケやスポーツクラブなどが営業を行っている。どこの街の生活圏にもありそうな普通のショッピングビルで、下町らしさのようなもの、もしくは下町らしさを前面に押し出して何かを売りつけようというテーマパーク的な商魂はさほど感じられない。
 このエリアにROXのビルは四棟ある。ROX2はツタヤやマクドナルドが入った、やはりどこにもありそうなビル。3はフットサル場、ROXドームという建物はバッティングセンターになっている。江戸時代から続く娯楽街としての遺伝子は現代に適応した形態で顕在しているようだ。付近にはゲーセンもある。
 バッティングセンターの前で、小学生ぐらいの子供が運転する自転車が老人を轢きそうになる。慌てて去っていくその後ろ姿に、老人が聞き取れない声で何事かをブツブツと呟く。その手には馬券が握られている。
 北の方へ歩いていくと、いかにも下町の歓楽街といった感じの風景に次第になっていく。この街の中心地、ロックブロードウェイ。ストリップ劇場、大衆演劇場、寄席、ピンク映画館……。どこまでが本来の姿で、どこからが観光客向けの「いわゆる下町」らしさをテーマパーク的に演出した姿なのかは良くわからない。

 二〇一〇年の夏において、人はストリップ劇場に女の裸を見に行くのか、場末の劇場でストリップを見て在りし日のアングラ文化に逢いに来るのか? 来客に媚態を売って商売をする、上品に言えば消費者の求めるイメージを的確に演じることによって満足して頂くのが歓楽街の本来の姿なのだから、そんなことを考えること自体が、そもそも無意味なのかも知れない。ほろ酔い気分でその辺をブラブラ歩いているおっさんまでがエキストラなどということもまさかないだろう。
 ウインズのビルは随分と立派なものだ。土曜日の夕方は老人達の姿で埋め尽くされている。
 本物だ。 
 そして北の果てには花やしきがある。

 至る所で、つくばエクスプレス浅草駅の地下道が口を開けている。



 国際通りから浅草寺の方向へ入った新仲見世通りのアーケードの上には、既に東京スカイツリーの姿が突出している。至る所で、つくばエクスプレス浅草駅の地下道が口を開けている。

佐伯祐三アトリエ記念館

2010/08/29(日) 00:57:32 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 立入禁止のまま残されていた画家のアトリエの内部が改装されて、その作品のレプリカや年譜、デスマスク、生涯を簡潔に紹介した映像作品などが展示された小さな部屋になっている。テレビはシャープアクオス亀山モデル佐伯祐三は二回に渡ってフランスに遊学したその時代のエリート芸術家で、もちろんかの地の風景や人物も少なからず描いているのだが、ここは目白台地に位置する新宿区立の施設で、私もまた目白台地に住む豊島区民なので、やはりこのアトリエ兼居住地の近辺を題材とした一連の風景画がまず気になってしまう。
 当時の目白下落合近辺の地図が壁に貼られている。この辺りの風景を描いた佐伯の作品や習作には、それぞれ番号がふられている。地図上の番号と作品の番号が対応してその場所を示しているのだが、新目白通りも、おとめ山公園もないので、現在でいうとどの辺りになるのか、どうも見当がつきかねる。ただ、目白―高田馬場間のガード下の位置は当時も今も全く変わっていないため、その作品だけは一瞥してどこのものか完全に識別できる。
 佐伯が生きていた当時、この辺りはまだ雑木林が広がる田舎だったと言う。作中に描かれている風景は、確かにそのようになっている。それらの作品の中で目立っているのが、空に向かって垂直に立つ電信柱だ。山と緑に覆われた武蔵野台地を開拓もしくは侵略していく、モダニズムとテクノロジーの先兵としての電信柱。絵を見る限り、おそらく当時はまだ木材で作られていたであろう電柱が、かくもモダンで、その直立する姿がかくも凛々しく美しく、そして傲慢で尊大であることを、これらの一群の作品は教えてくれる。
 今の目白台地において、電線の上を巧みに渡って行くハクビシン達は、これらの作品が描かれた当時の雑木林にも存在していたのだろうか?



 よく晴れた八月の空に向かって真っすぐに伸びた背の高い竹の梢が、風に吹かれて音を立てる。
 蝉の声がする。
 この場所がアトリエ記念館になる以前の、ただの「佐伯公園」だった頃には、猫の姿がよく観察されたものだが、今日はその姿を見ない。記念館としてリニューアルする際に、見栄えが良くなるようにテラスや石畳が新しく整備されたようだが、樹木の構成は、敷地の境目に植えられたその竹以外は、それほど大きく変わっていないようだ。
 大きな窓を持った白亜の洋風建築の、鋭角の三角屋根もやはり夏の青空に良く映えて美しい。
 木々の緑とアトリエの白と空の青のそれぞれが調和して、芸術家の故地にふさわしい美しさをこの空間に演出してくれる。この三色は確かに美しさを提供してはくれるのだが……。緑・白・青だと、佐伯が憧れ続けたフランスにならない。(これじゃイタリアだ。)
 何か赤くて美しいものをと思ってしばらく園内を探してみる。見つからない。石畳に休んでいるタテハチョウがいたが、その羽根の色を赤と見立てるには無理がある。どう見てもあれはオレンジの範疇だろう。遂にトリコロールは完成しない。

夏の神

2010/08/27(金) 13:49:39 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

コオロギを逃がす窓にも夏の神



コオロギを放つ窓には夏の風

夏に脱ぐ

2010/08/26(木) 00:07:59 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

おもむろに脱ぎ捨ててまだ日に焼けぬ白きその肌露わにする夜



夏の夜の黒に吸い込まれるように別の肢体の生き物になる



夏の夜にそれぞれ大人になっていく
木下坂
木の下の闇



 有栖川公園六本木に近い側の坂道、木下坂の塀には夜ごとに蝉の幼虫達が這い上がって徘徊していることを、人に教えられて初めて気がついた。改めて観察してみると、その姿がそこら中に点在し、何匹かはまさに羽化の真っ最中である。麻布に多く住む外人の子供達はどう思うかわからないが、日本の小学生にとっては、夏休みの宿題の手っ取り早い材料が転がっているのではないか。

死の夏

2010/08/22(日) 23:57:52 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

ひび割れた路上
干からびゆくミミズ
悲鳴も逃げ場もどこにも無い夏



かろうじて湿度残した胴体を蟻が一匹すでにまさぐる

真夏の路上活動

2010/08/21(土) 00:13:14 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

ポロシャツの一枚下のわが素肌一匹のように汗が這う場所



稀に吹く在るか無しかの風さえも慈悲に思える七月の街



対面の建物が落とすあの影が僕のとこにはまだ届かない

楳図ハウス

2010/08/20(金) 00:35:26 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 井の頭公園からJR吉祥寺駅へ続く道の混雑を回避して住宅地の中に入ってみる。ギターを背負った男と、その恋人らしい女がある民家の前で立ち止まって話をしている。何だろうと思ってその視線の先を見たら……
 紅白のストライプの壁。
 屋根から突き出したタコの顔のような形状をした小塔。
 近隣住民から訴えられたというニュースをいつか聞いた覚えがある、楳図かずおハウスが不意にそこにある。

 歩みを止めて、あるいは緩めてこの建物を眺める人は、このカップルの他にも何人かいるようだ。側面はどうなっているのかと思って右側に回り込むと、プランターの植物に水をやっていた対面の家の老婆が、迷惑だから路上にたむろしないでくれという意味の苦情を浴びせて来る。確かに、閑静な住宅地において異彩を放ち過ぎている。文化人も多く住むという、美しく整備された花壇の如きアッパーミドル層の居住地区のある一点において、中央線沿線に浮遊するサブカルチャーの菌糸が不意に、(不運に?幸運に?)着床して発芽し、毒々しい巨大キノコに成長したようなものだ。
 そのように言われると、何だか悪いような気がして、写真に撮るのは遠慮しておいた。



武蔵野の
青空乱す
紅白のストライプの異志、タコの不意打ち

井の頭公園で路上活動

2010/08/19(木) 00:01:43 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

(点描画の内側に於いて)



ミュージシャン、
大道芸人、
パフォーマー、
木の幹ごとに立つ、蝉が鳴く。



エドガーの「愛に寄せて」のバイオリン夏の緑に飛散する
風。



シャボン玉ただひとつだけ武蔵野の夏の光に長く揺蕩う

悪意なきゲリラ豪雨

2010/08/15(日) 23:17:22 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

悪意無きゲリラ豪雨の濁流に天の川さえ沈む七夕

一次元の死闘

2010/08/15(日) 00:27:47 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 夏の嵐が通り過ぎた後の、暗緑の雲が未だ残る夕刻のことである。頭上から奇声が聞こえるので何かと思ったら、電線上でハクビシン同士が喧嘩をしている。一匹がもう一匹を盛んに追いまわしている。騒ぎの大きさに近隣の住人も戸外に出てきては見物している。そうこうしているうちにもう一匹現れた。騒乱が拡大する。



夏空の一次元にも闘争と排除の論理が剥き出しになる



 一次元空間における闘争なので、原則的には前進と後退以外の選択肢は存在しない。
 雌を争っているのか、それともねぐらを取り合ったものなのか、原因はわからない。電線の上というのは、他の動物からの邪魔を受けない彼らだけの空間であるというが、「生きていくそのことが闘いだから」(@笠原弘子)このように同種間のあからさまな生存競争の風景も展開されるのだろう。どの個体が勝利を獲得したのかもイマイチ明確ではないままに闘いは終わったようで、しばらくすると片方が電線上を引き返して、藻類が繁茂した沼沢の水面のように鈍くて暗い緑色の曇天に消えていった。

安物の愛の歌

2010/08/12(木) 12:10:12 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

安物の口先だけの愛の歌敵と定めて何年になる

麻布の夜に亀

2010/08/10(火) 06:00:02 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 木下坂南部坂の交差点付近、近隣在住の外人御用達のスーパー、ナショナルの前の歩道を、けっこう大きい一匹の亀が歩いている。撮影を試みるが存外に早く、携帯を構えている間にもどんどんと夜の車道に向かって進んでいく。車がその上を通過していく。
 やがてゴキリと鈍い音がした。とうとうタイヤに擦られたか、轢かれたかしたらしい。哀れに思ってその体を拾い上げ、有栖川公園の池の傍に置いてやった。動かない。目立った外傷はなかったようだが、無事に水中まで帰っただろうか?

 後日、このことが職場で話題になり、もしかしたら私も竜宮城へ招待されるかもと笑いのネタになった。また、亀達が池の外を徘徊するのには意味があって、産卵場所を探すためなのだと教えられた。竜宮城うんぬんの話が終わった後も、ここの池の底だったら、やっぱりザリガニヘラブナの舞踊りなどを見せられるのだろうかなどと独りで勝手にその続きを考えてみたりしたが、別に口に出すほどのことでもないと思ったので、誰にも言わなかった。

南アワールドカップ

2010/08/09(月) 01:11:14 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

六月の夜の網戸の向こうからブブセラが鳴る
カナブンが飛ぶ(でした)

国際興業バス 西台→池袋

2010/08/08(日) 00:53:34 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 バス停までにバスに追いつくことが出来ない。その後ろ姿を見送って、既に酷暑の板橋の路上に一人取り残される。次のバスが来るまでの間、再びセブンイレブンに退避する。

 このバス停から二つ三つ前の操車場から始発した国際興業バスは、都営三田線の高架下をくぐって、次には西台駅前に停車する。ロータリーには入らず、待ち時間も特に無く、車道脇のバス停よりすぐに発車する。

 直線によって整然と構成された道路を、三田線の西に進んでいく。車内放送によると、付近には大東文化大学があると言うが、それがどこなのかは良くわからない。学生街の香りも特に感じない。乗客にもこれと言ったカラーや傾向や特色は別に無いようだ。
 普通の下町の風景。左折の回数が割と多いと思ったら、再び三田線の高架を潜って蓮根の駅前に来た。すると今度は右折の回数が多くなり、暫くすると志村三丁目駅入口というバス停がある。どうもこのバスは、都営三田線と何度も交錯するルートをとって、板橋の地をジグザグに走りながら南下しているようだ。
 そう思っていたら、次には次第に坂道を登り始めた。眺望と称するほどのものではないが、東側の景色がそれなりに遠くまで見えるようになる。荒川河川系が成した低地帯を後にして、今まさに東端から武蔵野台地に上がっているところなのだろう。志村坂上の駅名は極めて妥当なものである。

 地形に沿ってバスが上昇するのと対照に、今まで高架を走っていた地下鉄は地下を走り始める。

 バスは中仙道に入り、石神井川を渡り、板橋区役所の前を通る。三田線と絡むのはこの辺りまでだ。首都高の高架を上空に仰いで、山手通りを走り始める。
 東武東上線とどこで交差したのかはわからなかった。
 やがて地下鉄の入口がある要町駅前の交差点に至って左折する。普段から見慣れたエリアではあるが、この高さの視線からこの辺りの風景を眺めるのはとても珍しい体験だ。終点の一つ手前には、さして必要性があるとも思えない、国際興業営業所前のバス停がある。池袋駅西口で降車してしまうと、そこにはもう、いつもと変わらない街の景色があるだけだ。

都営三田線西台駅近辺

2010/08/06(金) 00:32:16 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 既に高架上を走っている都営三田線の駅前に、赤羽や、あるいは池袋に向かうバスが発着するこじんまりしたロータリーがある。スポーツジムや飲食店や書店が入ったミニサイズの雑居ビル。生活に必要な最低限の商業施設は揃っているようだ。それは良いのだが、制服警官の姿がやたらに多いのは何故だろう?
 また、駅前にはレンタルビデオや古書販売のDORAMAが出店している。下北沢や吉祥寺あたりの、武蔵野サブカル文化圏を主要なテリトリーとしている同店の姿があるのは意外ではあるが、この地は武蔵野台地の上ではなくても、広義の武蔵国に位置しているのだろうと考えたりする。駅の南側を走る、高島平やその先のどこかまでどこまでも続いている一直線の幹線道路には、もちろんブックオフも存在している。そしてまたもや洋服の青山
 その幹線道路を渡れば、すぐに住宅街だ。街路は整然と区画されて屈折が無い。特徴も無い。

 駅の反対側は基本的には団地街の相貌を見せるが、その中を歩いて行くと三田線の車両基地、工場、企業の倉庫や研究所といった大規模施設が点在しているのが目につく。妙に曲がった車道の脇に、ぽつんとセブンイレブンが存在する。その車道を時折走って行く国際興業バスの行き先表示を見ると、バスの車庫もこのエリアのどこかにあるらしい。
 さらに進むと、荒川の支流である新河岸川に突き当たる。橋は二段構造となっており、上層部を車が走り、下層部が歩道であるが、それなりに高い場所に架かっているため、折り返しになっている階段を登らなければならない。
 暑い。
 川の上は遠景を保証する。
 郊外と言っても、上品に整えられた便利な住宅地のそれではなく、下部構造的なオブジェがダイレクトに視界に入って来るのは、土地柄によるものなのだろうか?



青空に上る白雲
どこまでも続く鉄塔、そして六月



ガスタンク
鉄塔
物流ターミナル
変電所

ここは板橋 

曲げられない

2010/07/28(水) 00:31:35 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

きっかけも特に無くふと意識する僕の心の曲げられない場所

白い桑の実

2010/07/26(月) 02:03:45 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

まだ白きヤマグワの実に取り付いて餓え潤す揺られカメムシ

池袋の森公園産枇杷

2010/07/25(日) 02:03:23 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

透明のビニール傘を逆様に地に差し受ける東京の琵琶



まだ少し青味残したもぎたての枇杷をかじって風に吹かれる

聖蹟桜ヶ丘のムクドリのコロニー

2010/07/24(土) 03:39:01 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

聖蹟桜ヶ丘駅の西口の街路樹はムクドリのコロニーとなっている。
夜の駅前に低く濁った声が降り注ぎ、
白く薄く引き延ばされた糞が路面のそこら中にへばりついている。
ペデストリアンデッキの上から樹木を観察すると、
その姿が一羽一羽肉眼で観察できる。

でも待ち合わせの人々はそれらの事象を全く意に介していないようだ。

京王グループの本拠地であるこの街にある、
ブックセンターいとうの店舗は大きく、品揃えも充実している。
書架の分類がブックオフより細かい。
そして店内はブックオフより静かだ。

彼等は、日中は多摩丘陵のどこかの森で採餌をしているのだろうか?
それとも、もっと都市部まで出かけて、夜はここまで戻ってくるのだろうか?
後者だとしたら、まことにこの街にふさわしい鳥ではないか。

新宿行きの電車を待つ上りホームにまでも、その声は追いかけて来る。

神奈川中央交通バス 相模原→聖蹟桜ヶ丘

2010/07/23(金) 02:03:43 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 一日に数えるほどの本数しかないこのルートの最終バスが、六月のまだ明るい夕刻の、相模原駅北口のバス停に入って来る。繁華街がある駅の南口のバスロータリーでは、市内各地に向かうバスが頻繁に発着しているのに対し、米軍基地とその脇にある病院ぐらいしかない北口には二つほどのバス停しかなく、辺りは閑散としている。
 鉄条網の向こう側の、基地の緑が濃い。
 発車時間を待つ神奈川中央交通のバスを撮影していると、運転手が怪訝そうな顔をする。

 乗客は少ない。基地の広大な敷地を右手に見ながら相模原の道を走り出す。乗り降りする客も少ないのだが、帰宅時間のためか、この辺りの狭い自動車道はちょっとした渋滞を起こしていて、なかなか進んでくれない。鉄道網が発達していない土地では、すぐにこのようになってしまうのだろうか。それでも走っているうちに道にはそれなりに起伏やトンネルが現れて来る。多摩の丘陵地帯に差し掛かったのだろう。
 バス停の名前に出て来る、私には全く何の縁の無い地名を、一つとして覚えていない。自分と関係性が無い固有名詞を、人の大脳はいかに記憶し難いものかと改めて思い知る。車窓の風景にも、さほど感銘を受けたものは無い。

 このバスは京王相模原線の切通しの上を渡って、南大沢駅を経由する。清潔な人工のオレンジ色の駅前。夕暮。この辺りのニュータウンの中心的な鉄道駅だけあって、さすがにそれなりに人が乗り降りする。

 たび重なる屈曲のため、方向感覚はだいぶ前から失っている。

 里山歩きでもして来たのだろうか、ハイキングウェア姿の老夫婦が辺鄙なバス停から乗って来た。トレッキング用(?)のそれっぽい杖をそれぞれが携えている。残り少ない水筒の飲み物を分け合って飲んでいる。微笑ましい。

 位相幾何学的に考えて、いや、位相幾何学的に考えなくてもごく普通に考えれば、JR横浜線相模原駅から、京王本線聖蹟桜ヶ丘駅に到るには、少なくとも二本の鉄道と交差しなければならないことは、手元に地図が無いその時点でもわかっていた。京王相模原線と、多摩都市モノレールである。前者の南大沢はさっき通過した。多摩都市モノレールとはいつ交差するのだろう?
 その瞬間を待っていたが、ついにわからない。

 旅の後半部に入っても、幹線道路沿いの風景には、やはり特筆すべきものは何も無い。しばしば睡魔が襲ってくる。単調だ。モノレールの姿を見逃したのは、私個人の怠惰と不注意のみが原因ではない。高低差が大きいこの地域において、幹線道路網がこの経路や形状をとっていることには、地形上もしくは地理上の然るべき必然性があるのだろうが、注意力が鈍麻した疲れた小動物に過ぎない今の私には、それを認識できない。緑の量は思っていたほど多くない。どこでも見られるのと同じように、ブックオフの巨大な看板が次第に暗くなる多摩丘陵のカントリーロードに向かって厚かましく自己主張をしている。カントリーロード!! 耳をすませば……。別に何も聞こえない。夜の照明が目立ち始めた。
 市街地に入ったバスは暫くして、聖蹟桜ヶ丘駅の巨大な建物の下の、京王バスのバスターミナルに潜り込む。降車後にバス路線図を探して確認し、モノレールとの交差場所は「堰場」というバス停であったという知識だけをようやく得ることが出来る。

相模原って、何があるんですかぁ?

2010/07/20(火) 03:14:35 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 改札口を出て、駅の北口と南口を繋ぐ通路に掲げられた周辺地図を何となく眺める。すぐに違和感に気づく。駅周辺の半分、北側の地図が全く存在しない! 良く見ると黒く塗りつぶされた端の部分に、アメリカ陸軍補給廠とだけ書かれている。



緑なす多摩丘陵の向こう側半身不随の巨人が寝ている



 その駅の通路で、スーツ姿の白人男性が三人立ち話をしている。さすがに基地の街らしいと思ってさりげなく近づいて見ると、モルモン教の牧師のバッジを着けている。別に米軍と関係なかった。

 この四月に政令指定都市となったと言う相模原市には、一体何があるのだろう? 相模原駅前のペデストリアンデッキの上に居た老婆に聞いてみると、自分は横浜の人間なので良くわからないと言う。とりあえず、バスターミナルを後に、目抜き通りを歩いて見る。どこかの、どこにでもある地方都市のような、とりたてて特徴も無いレイアウト。銀行からスーパーまで一通りのものは揃っている。
 大通りの裏側に入って、少し歩くともう住宅街だ。若い女性が運転する軽自動車が多いが、おそらくは主婦だろう。マンションの前で立っていた妊婦に市役所の場所を教えてもらう。
 国道に突き当たる。大型車が頻繁に通って行く。ファミレス、紳士服店、自動車用品店、ラブホテル。どこのロードサイドにもありそうなものが、やはり一通り揃った幹線道路沿いの風景。ただ、歩道と車道の間に、自動車専用レーンがきちんと整備されているのは新しい。
 さりながら、そのレーンを利用する自転車の姿はまばらで、歩行者に至っては自分以外に見かけない。鉄塔がどこまでも列を成して連なっている。どこの役所でも大体食堂は最上階かそれに近い階層にあるものだが、町田や横浜の方角に向かって開けられたその窓から眺めるとさらに遠くまで鉄塔の列は見渡せ、遥かなるどこかへの憧憬を掻き立てられる。まあ、相模原市も、丘の向こうの遥かなるどこかの、その果てなる地なのだが。だからこの鉄塔と送電線の向こう側にも、ここと大して変わらない風景が待っているだけなのかも知れない。
 天候のためか、富士山は見えなかった。
 食堂のオバチャンにも、相模原市には何があるのかと聞いてみる。やはり要領を得ない。

 一般人が自由に入って調べ物が出来る、役所の広報物を扱う図書室のようなセクションで聞いてみる。市の案内物をくれる。改めてこの新しい政令指定都市の地図を見て、その面積がかなり広いことがわかる。名所は山と湖だと言う。また別の薄手のパンフレットによると、渋滞の解消や諸々の経済効果を見込んで新都市交通システムの導入を検討していて、その実証実験をこれから何年かかけてやっていくのだとか。

 駅近くのブックオフに立ち寄る。

 駅ビルはそれほど立派なものでもなく、その中の本屋も大したことがない。
 QBハウスとかが入っている。
 代官山だか自由が丘だかの地名を冠したスイーツが売っている。 

京王相模原線

2010/07/17(土) 00:52:35 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

武蔵野台地の西端を多摩川が削っているように。
武蔵美と多摩美の二つの美大が存在するように。
多摩という地理的概念と、
武蔵野という地理的概念が、
西東京においては21世紀の今でもせめぎ合っている。

吉祥寺行きのバスの後ろ姿が見える。
調布の地は未だ武蔵野の一部ではあるが、
多摩への入口でもある。
平面交差を経て京王本線の南側に出た京王相模原線
その本線が直接対決を回避した多摩丘陵の起伏に、
これから静かに挑もうとする。

通景が大きく開ける多摩川を渡り、
南武線を下に見下ろして交差する稲田堤あたりまでは、
未だ眺望の中に居る。
丘の上から観覧車が見つめている。



この丘のあなたもこなたもひとしなみ巨大な円の視野の片隅



稲城辺りから、
緑の勾配と、蘚苔類のように斜面にへばりつきはびこる建築物との
コントラストが目立つようになる。



六月の丘の緑とトンネルの闇に交互に揺られどこかへ



やがて南側から小田急多摩線が合流して来て、
無機質な直線都市、多摩センターに到る。

センターとは言っても、ここは東京多摩地方の中心ではないだろう。
武蔵野を除いた、狭義の多摩地域の中心ですらないだろう。
ただ、あのモノレールにはいつか乗ってみたいと思う。

切通しの中を走り続けて、
人工都市の中の人工都市、
最も無機質な郊外の中の郊外、南大沢に着く。
本当に北米か南米のどこかの計画都市のようだ。
この清潔さは危険だ。
明らかに危険だ。

そうして僕達は、何時の間にかまたずいぶんと高い高架の上を走っている。
出口だ。
眼下には多くのレールが束ねられたJRの広大な敷地。
ここは、最早、武蔵野でも多摩でもない場所。

橋本駅の南側にはブックオフがある。
北側のペデストリアンデッキでは、
平日の昼間から茶髪や金髪の不潔な感じがする男達が、
女性だけを選んで懸命にティッシュを配っている。
水商売のスカウトか何かだろう。
新宿か、それとも町田あたりから流れてきた者どもだろうか?

嬉しいことに、この歩道橋の広場では、路上詩人が一人頑張っている。

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