東京電力浮島太陽光発電所

2011/10/05(水) 05:27:12 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 京浜工業地帯の中をどこまでも一直線に続く道を、西に向ってどこまでも一直線に歩く。車道の半分には車止めが設置され、ほとんど何も通らない。複雑に絡み合う配管が剥き出しにされた工場の重厚な外観が右手に見える。左手には延々とフェンスが連なり、遠景には首都高湾岸線の高架がある。
 ゴミ処理施設の一角に、この夏オープンした見学施設、かわさきエコ暮らし未来館がある。ゴミ収集車が出入りするので、注意しろという旨の看板がある。受付にいた高齢の男性と若い男性の二人から、太陽光発電所の見学ツアーの説明を受ける。申込むと、私が最初の一人であった。来館者は私以外にいないようだ。
 エントランスの床には川崎市全域から、調布、府中、稲城あたりまでを映しだした巨大な航空写真が張られている。その写真を見ながら、これから見にいく太陽光発電所や、やはり近くにある風力発電所について説明を受ける。太陽光発電所は確かにそこそこ広い面積を持ってはいるようだが、多摩丘陵に点在するゴルフ場に比べると遥かに狭い。多摩にはこんなにゴルフ場が多いのかと思う。航空写真で見ると、森林地帯を巨大な指で掻きむしった爪痕のように本当に見える。
 他に目立ったものとしては、やはり鉄道路線、河川、羽田空港や調布の飛行場、また点在するスタジアム等がある。
 ツアー開始の時間まで、二階の展示室を見て回る。パネルにタッチすると川崎市の環境問題に関する説明が始まるブース。映像が映し出されたスクリーンにカードを当てて資源の無駄遣いをチェックする簡単なゲームコーナー。インタラクティブ技術が、特に奇を衒った所もなく、可も無く不可も無く使われている。そう言えばこの閑散ぶりは、初台の東京オペラシティ内にあるNTTのメディアアート施設、インターコミュニケーションセンターを思い出させる。
 清掃係が勤勉に廊下を掃除している。
 ツアーの集合時間になったので、一階のエントランスに戻ると、意外なことに人が増えている。私以外にも、八人のグループと、三人のグループが参加するようだが、その服装からいずれもどこかの企業か自治体かの視察であろう。男性がやはり多い中に、中高年の女性も何人か混ざっている。さっきは居なかった若い女性の係員が二人現れ、そのうちの一人が説明を始める。


 
 一度この建物を出て、処理施設内の敷地を少し歩く。一同の先頭と最後尾に、それぞれ女性の係員が付いて解説と誘導に当たる。それなりに車が出入りしている。
 目的の建物に入る。エレベーターが大きい。太陽光発電所を見る前に、この建物内のゴミ分別ラインを見学する。ゴミの中に混ざっているプラスチックや紙類などを手作業で取り除いていく現場だ。紙の方のラインは終了していたが、プラスチックの方は稼働中であった。これは大変だと見学者が感想を洩らす。
 建物の屋上から西側に見える敷地に、今回のメイン、浮島太陽光発電所のソーラーパネルが敷き詰められている。このようにして見るとやはり大きい。パネルは南に向って傾斜が付けられていること、雨やゴミなどは自然に流れるのでほぼメンテナンスフリーであること、従って普段は無人であることなどが係員から解説される。この敷地はゴミ処理に用いられていたので、一定の年数の間は通常の用地として使用できないと法令で定められており、その間東京電力に土地を提供して、このような実験的な発電所が設置されたのだという。期間は十八年と言っていた。
 発電所以外の、周囲の景色について見学者から質問が相次ぐ。むしろこちらの方が盛り上がっている。それに対してもお姉さんは丁寧に答える。大抵のことは頭に入っているようだった。
 東京湾に浮かぶタマゴ型の建物を海ほたるだと今まで思っていたが、実はそれは排気塔で、その奥に在る角ばった建物が本物の海ほたるだと教えられる。西側には、多摩川を挟んですぐに羽田空港である。ここから見て横に離着陸する飛行機は旧来の滑走路のもので、奥に向って離着陸するのが昨年話題になった新しい滑走路のものであるという。発電所と飛行機とをバックに皆記念撮影している。私もお姉さんに撮影を頼む。発電所はもちろん写して貰えるが、飛行機の離発着のタイミングに合わせて欲しいとまでは、さすがにリクエストできない。
 来る時から気になっていた、アクアライン入口の工事中の高架について尋ねる。元々はここにジャンクションを作る予定であったが、横浜の方に既にあるため不要と判断され、工事途中で破棄されたものだという。結果、緩やかにカーブした二本の高架線だけが、撤去もされずに、空中で突如切断された珍妙な姿をいつまでも残すことになった。
 北東の遥か遠くに東京スカイツリーの位置を教わる。
 晴れていれば箱根・丹沢山系とその彼方の富士も見えるというが、昨日過去った台風の残滓の雲が西の空を再び覆い始めている。予報では雨と言っていたかなあと見学者の一人が空模様を気にする。
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川崎市バス 川崎駅南口→浮島バスターミナル

2011/10/04(火) 01:27:33 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 その広大な自治体面積と人口に比して明らかに不十分な鉄道網を補うために、川崎市はバス網が非常に発達している。東京駅前も新宿駅前も他のどの都心のターミナル駅前のそれも凌駕して、川崎駅前のバスターミナルの規模は遥かに巨大に広がっている。南北両方のバスターミナルの路線数を総計すれば、おそらく二百を上回るだろう。 
 南口ターミナルの左側、浮島バスターミナル行きの停留所には既に行列が出来ている。平日昼間のバスで通常観察される主婦や高齢者に、半袖ワイシャツ姿のサラリーマンが交ざっている。定刻通りにやって来たバスに順に乗込むと、最後尾座席左側は彼らに占領されてしまった。
 川崎市の市街地の、目抜き通りと思われる幹線道路を、ひたすら海に向かって南下する。若干のカーブじみたものはあるものの、ほぼ直線である。バス路線としては、東京の江東区あたりと似たような感覚。
 市庁舎や市民会館といった公共機関の前で頻繁に停まる。台風の通過以降はさすがに秋が近づいて、今日は若干肌寒いぐらいなのだが、車内の冷房がとにかく強い。ハイブリッドバスのメカニズムによるものなのか、車体が停車すると冷房は弱まり、走行し始めるとまた強まる。クーラーの立てる送風音にもそれは顕著に現れる。
 首都高横羽線の前で、やっと左に曲った。湾岸線の高架下を並走するこの一般道は、産業道路というらしい。見ていると確かに、コンテナトラック、ダンプカー、タンクローリーなどの姿が多いように感じる。臨海部の工業地帯に繋がっているのだろう。
 産業道路を東進する途中に、おそらくは京浜急行のものと思われる踏切を渡った。何線だろう?
 ワイシャツ姿の一団に、色黒のコーカソイドの男性が居る。ガッチリとした腕時計をしている。眼鏡をかけて、いかにもインテリ風だ。こういう人を見ると、インド人IT技術者だと勝手にイメージしてしまう習慣がこの十年ぐらいですっかり定着してしまった。
 右に曲がって、再び南下を開始する。乗客も少なくなっている。広い空地が目立つようになってきた。
 サラリーマンの集団も遂に降りていった。乗客は私ともう一人、後部座席の若い女性だけになってしまったが、その女性もJFEスチールの工場だか倉庫だかの前でとうとう降りてしまう。
 この女性とは別に、スーツ姿の茶髪の若い女性がただ一人工場地帯の駐車場に居て、携帯で通話をしているのを車窓から目撃する。あまり似つかわしくない、なんだか不思議な立ち姿であった。
 左側には花王東芝の建造物がある。多摩川を挟んで羽田空港が近い。着陸体制に入ったポケモンジャンボジェットに描かれているのは、もちろんピカチュウと、ビクティニと……残念、建物の影に隠れてそれ以上は見えなかった。
 右側を並走していた貨物線の線路も、遂に途切れた。
 終点の浮島バスターミナルは、東京湾アクアライン川崎側の入口である。バス停が二つと、自動販売機がある待合室の他には、特に何も無い。待合室の中には、害虫が入るので窓を開けるなと注意書きがされている。川崎駅からここまで四十分かかるとバス会社の看板には書かれているが、今回は四十二分かかった。木更津からここまでは三十五分だという。

台風15号去る

2011/10/03(月) 02:25:33 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 髪を洗って出たら街は既に乾いていた。



大いなる爪跡に居ても生活のどうでもよいようなことを気にする

鋼鉄詩人の来訪

2011/10/03(月) 01:40:25 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 多摩地域を中心に活動を続ける「鋼鉄詩人」守山ダダマ氏の訪問を受けた。池袋で路上活動をしている最中のことである。私のツィッターを見て来てくれたという。
 滋賀県から来訪したパートナーの詩人の方も一緒であった。普通の餡とクリーム餡のものと、二匹の鯛焼きの差し入れを貰ったが、人生でこれほど旨い鯛焼きを食べたことがない。



多摩よりの西風。
空には朗らかな鋼鉄音
が、
僕には聴こえる



路上にも吉祥寺より近江より風来る今日は秋の祝日

鏡の中の波

2011/09/30(金) 02:39:17 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 池袋西口公園の隣にある東武のレストランビル、スパイス2の壁面が波打っている。
 道を挟んで向かい側のメトロポリタンビルにかけられた工事用シートが風に吹かれてなびく様子が、そのガラス面に余りにもはっきりと映っていたのでそのように見えたのである。透明度が高い海なんかだと、水上から眺めるよりも、むしろ揺れる陽光を海中から見上げた方が、波の姿が良くわかるというような話をどこかで聞いたことがあるような気がするが、この場合もそれに近い。磨き抜かれたガラスの中に風そのものを見た気がする。

サンシャイン国際水族館リニューアル

2011/09/29(木) 08:01:09 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 八月上旬のリニューアルオープン以降、サンシャイン国際水族館の前にはとてつもなく長い行列が夏の間中ずっと出来ていた。正確に言えば、水族館のある屋上階へ直通する一階のエレベーターの前に延々と連なり、アルバイトと思われる整理員が待ち時間表示のプラカードを掲げて大声で誘導に当たっていた。池袋駅東口からサンシャインビルに通じるサンシャイン通り(東急ハンズや映画館やブックオフの通り)は朝から早足で押し寄せる人波で埋め尽くされる。その熱狂が少し落着きを見せ始めたのは、九月も半ばになってからであるが、それでも入場券売り場では少し待たされたので、ファミリーマートで見かけた時に前売り券を買っておけば良かったなと少し後悔した。
 入口からいきなり違っている。リボンウオの一種の深海魚、リュウグウノツカイ(あんとくさま)の標本が、無い。どうして撤去されたのか、どこへ行ったのか、気になる。一番最初の展示スペースの水槽には、水が入って魚が泳いでいる。水族館だからそれで当然なのだが、以前はそうではなかった。このアクリルの向こうの閉鎖空間には青空の写真が貼られて、ミナミコアリクイの赤ちゃんが眠っていた。
 珊瑚の海の海底から、カラフルな小さなアナゴが時々顔を覗かせる。ゆらゆらと揺れながらつぶらな魚眼でどこかを見ている。その様子が、女性達には非常に好評のようだ。ムーミンに出て来るニョロニョロにどこか似ているとふと思った。
 もう休みは終っているので、子供の姿はないだろうと予想していたが完全に外れた。引率の保育士か教諭かに連れられて陸続と姿を現わす園児達。一群ごとに色違いの帽子を被っているのは、組の識別のためであろう。深海生物を展示した暗めの水槽で腹を見せてゆっくりと動く巨大な蟹に、男児達が一斉に群がり奇声をあげる。甲殻類のメカっぽい挙動にテンションが高くなる気持ちは、かつて少年だった者として良くわかる。今日は何だか騒々しくて奇妙な生物が大量に来たなと蟹の方でも思っているだろう。その気持ちも良くわかる。
 そして、修学旅行か社会科見学かでやってきたと思われる制服姿の中学生か高校生。

 潜水服を装備したダイバーのお姉さんが巨大水槽の中に入って行うパフォーマンスは、以前もここで見た記憶があるが、その時と比較して水槽の中も見学者が集う広場も、明るく見通しが良くなったように感じる。ダイバーが餌を振り巻きながら客の前を行ったり来たりすると、種種の魚達もそれを追いかけて盛んに泳ぎ回る。妖精に囲まれた天女である。またその姿をデジカメや携帯のカメラが追いかける。この夏はスキューバダイビングの宣伝を池袋駅南口の路上で良く見かけて、その時は何でこんなに大音量のJポップを鳴らしているのかとしか思わなかったが、こうして見ると知的で審美的な趣味である。もちろん、職業ダイバーとしてこんな晴れ舞台に立てるのは、ダイバーの中でも極一部、プロ中のプロ、エリート中のエリートなのだろうけれど。
 お姉さんが砂の中に隠した餌を、何とか言う魚が下付きの口で巧みに吸い取って食べている。



 資金の問題を別にすれば、美術館はどこにでも出来る。田舎でも山奥でも出来る。長野県の美ヶ原高原、箱根の森、千葉の山奥の川村美術館など、僻地の美術館など私が知る範囲でも幾つでもある。コンサートホールや劇場は、さらに容易に、どこにでも出来る。しかし、水族館はそうはいかないだろう。水棲生物を扱うというその特性上、新鮮な海水や淡水の補給が恒常的に容易な立地、つまり海辺や水辺が基本的には望まれるはずだ。もしくは、大量の自然水の迅速な輸送が可能な、交通網の発達した土地。
 駅の両側の二つのデパートにそれぞれ在った美術館が姿を消したことは、文化都市としての池袋にとって小さくない打撃であったであろう。特に、現代美術の展示と紹介に熱心で、ある時代のアートシーンやカルチャーシーンを先導したと言われる西武美術館の消滅によって、池袋の文化的イメージは大きく下落した。芸術劇場は現在工事中である。
 しかしそれでも、池袋には水族館がある。
 池袋の後背地は、東京城北部、多摩地域の一部、そしてその先の埼玉である。湘南新宿ラインの運行開始以後は、栃木と群馬もその勢力圏に組み込まれた。それら一都三県の植民地から、池袋はたえずプレッシャーをかけられる。東京六大ターミナル駅の一角に相応しい威厳と実力を、彼らに対して示さなければならない。
 美術館は無くなった。劇場は休んでいる。しかしそれでも、池袋には水族館がある。
 池袋には、海がある。
 池袋には人工の海があって、それはビルの屋上にあって、絶えず莫大な費用と労力をかけて維持管理されている。何故それが可能なのか? 池袋が金と人とが集まる正真正銘の大都市であって、かつ高速道路のターミナルという交通上の要衝を有してもいるからだ。そして池袋の配下である埼玉、栃木、群馬には、いずれも海が無い。北関東の乾いた大地に閉じ込められた県民達に対して、その経済力と文化力をもって、本来ならば存在しない空間に人造の海を池袋は誇示する。(もちろんその存在意義は、もともと海がある品川や横浜とは違っている。)池袋のプライドは保たれる。池袋は、北を向いて高らかに言う。海が見たければ、私のところまで来たまえ。池袋線か東上線か、もしくは湘南新宿ラインに乗って。

 水族館にも水族館の地政学がある。(いや、この場合は水政学と言うべきか?) 後になって以上のようなことを考えている時に、ふとマンボウの顔を思い出した。ここまで書いてきたことを要約すれば、マンボウが池袋を守っていると言えるのではないかと思った。あの茫洋とした無我と無意識そのものの静かで穏やかな佇まいはいかにも守護神に相応しい、少なくとも常に観客のウケを狙うせわしない自意識過剰の舞台俳優であるアシカよりは頼もしいと思ったけれど、そんなことはマンボウ当人にとってはどうでも良いことだろうと思い直した。
 
 ※

 アシカショーのステージは、普通の四角形のものから、観客が周囲を囲むひょうたん型のものに変わっている。 屋外の露天のアクリルケースの一隅に、ミナミコアリクイが普通に眠っているのを発見する。アルマジロやフェリック狐といった、似たような体格で大人しそうな動物達と同居していて、特別扱いはされていないようだ。たとえ高層ビルの谷間から見上げる僅かなものであっても、本物の空と雲とがあるのは動物としてやはり幸せだろう。

その線量

2011/09/26(月) 23:22:17 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

この街の
女も既に
放射線より
紫外線
とかを気にする

ならば

台風通過中

2011/09/20(火) 01:00:01 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

今はもう巨大な風にどの部屋も僕の詩集も包まれている

蝉達の事実

2011/09/17(土) 01:36:06 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

そうじゃない。
事実は逆だ。
蝉達の抗議が雨を追い払うのだ。

夜に蝉

2011/09/11(日) 02:57:24 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

午後からは猛暑が戻った。
気付かずに蹴飛ばした夜に蝉が生きている。

敢て日向

2011/08/31(水) 12:53:04 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

八月の敢て日向を進む意志

広さに挫ける

2011/08/30(火) 00:14:16 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

何も無い広さに挫ける。
愛すらも拒否して高く飛ぶつもりでも

リアルは複数存在している

2011/08/29(月) 01:12:59 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

    あ   
一理ある、
リ   リ
ア   ア
ル   ル
。   。

その新学期

2011/08/25(木) 02:02:27 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

(震災で失われた授業時間を取り返すために、被災地の一部では夏休みが短縮されたという。)


     半
     減
もう新学期?
     は
     ま
     だ
     ?

拾う神よりも

2011/08/23(火) 01:45:09 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

神に拾われるよりも、
自らが神と成れ。

小田急バス 二子玉川→成城学園前

2011/08/22(月) 00:40:37 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 二子玉川ライズの商業施設が出来たことにより、その南に移設されたというバスターミナルから、バスに乗り込む。乗客の数は多い。最後尾に座る。小田急バスの車内は座席の位置が妙に高く、天井に頭をぶつけそうになる。
 駅の北側に出て、高島屋の横を通る。車線数の多くない世田谷の車道を北に向かう。車窓には狭小な建築物が多く、巨大消費社会の主戦場たる平成のロードサイドの雰囲気は余り感じられない。
 さっきから左手に見える川も、さほど大きくない。多摩川の支流だろう。
 ダイソーがある。これはロードサイドっぽい。
 という地名があるが、これは公園のだろうか? だとしたら土地勘が無いなりにも、おぼろげながら何となくどの辺りか見当がつくのだが。そう言えば、バスターミナルからは休日限定で、世田谷美術館(公園内にある)行きのバスが発着しているとの掲示があった。
 永安寺というバス停の付近で、やっとブックオフを見つけた。これとあと一つ、反対車線側に見かけたステーキハウスぐらいがいわゆるロードサイド的風景で、他には特に記憶に残るものも無い。この狭い道では、車だけではなく、歩行者や自転車もずいぶん通りにくいのではないかと思う。今日は午前中に俄か雨が降ったりしたが午後は快晴で、そんな日のバスの振動は殊に心地よく、眠ったり起きたりを繰り返しているうちに、成城学園駅に着いてしまう。
 駅のすぐ横の狭い車道にバスは強引に入りこんで乗客を降ろして去って行く。いかにも小田急的な駅前風景。



 駅の北側には成城石井がある。さほど広くはないが、他の街の普通のスーパーと同じように賑わっている。ここが本店、第一号店ですかと周囲の人に聞こうと思ったがやめた。
 同じく駅の北口には、最近あちこちで見かけるおかしのまちおかがある。南側には百均ショップのキャンドゥがある。けれども基本的には、商業地域は駅付近のごく狭いエリアに限られていて、少し歩くとすぐに住宅地になってしまう。
 コルティという駅ビルの最上階から、新宿方向へ伸びる小田急の線路を望む。
 どこまでも青く広がる東の空の下に、東京スカイツリーと東京タワーの両方が同時に見える。

二子玉川ライズ

2011/08/21(日) 02:06:04 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 城南の住宅地の地上を走行する東急大井町線の車窓は、宅地や街路との距離の近さがどこか長閑さを感じさせる。駅間距離の短い所などは、東急世田谷線などと雰囲気が似ているようにも感じられる。土地の起伏に合わせて切通しの谷底を暫く走った後に、高架線の上を右に左にカーブを描いて二子玉川駅に到着する。
 この駅の特徴として良く言及されるのが、多摩川上に突き出したその特異なプラットホームだ。その上を実際に、溝の口側の一番端まで歩いてみる。おばちゃんが一人いる。確かに川の上である。草が生い茂った中州に動く白い水鳥の姿などを眺めていると、渋谷方面から半蔵門線の車両が入って来て視界を塞いだ。

 二子玉川の駅前広場は、東急沿線のイメージにふさわしく、デザインに凝った豪奢な外観を誇っている。天井の高いところは隣駅の用賀などと共通だ。震災の直前ぐらいにこの駅前に登場した巨大商業施設、二子玉川ライズの建物のひとつに入る。タウンフロントという名称のこの建物のテナントは服飾品や化粧品が中心で、ショッピングセンターというよりは、デパートに近い。夏休みの時期ではあるが、平日の午前中なのでまだ人は多くない。エスカレーターの前方に、若いカップルの姿がある。降りたと思ったら、柱の陰で喧嘩を始めた。
 建物の上の方には書店兼文房具店が入っている。(ゴルフペンを置いていないか店員に聞いたらないとのことだった。)さらに上層フロアは飲食店街となっている。それに対して地下階は食料品店となっている。この構成はやはりデパート的だ。
 隣のリバーフロントという建物と連絡通路で繋がっている。こちらにはABCマートとか、ヴィレッジ・バンガードとか、H&Mとか、要するに現在の日本の商業地のどこにでもある店舗の姿がある。特筆すべき点は無い。
 これらの建物の南側には、バスターミナルを挟んでさらに広大な空地がある。いずれ何かが出来るのだろう。その空地のさらに南側には、既にタワーマンションが聳えている。そのマンションも、二子玉川ライズの一部であるらしい。
 向かう。途中で、この大規模開発計画に関する案内板がある。それ以前のこの土地の歴史については、何も触れられていない。真夏の平日のマンションの敷地内に、ほとんど人の姿がない。小雨が降ったり止んだりする中を、スーツ姿の男性が一人歩いている。
 マンションの敷地の外側の道路を大きく回ってこのエリアを一周する。苦行である。さらに南側に、小高い丘になった叢がある。角を曲って、マンションの西側に出て幹線道路沿いを歩いていくと、車道の向こう側に昔日の堤防らしき構造物が見える。更に進んでから道路を横断して近づいてみると、やはりそうであった。その堤防の切れ目の部分に陸閘の表示が残されていたから、かつてここにはゲートがあって洪水の際には閉鎖されていたのだろう。今はこの堤防を越えた多摩川寄りにも普通に住宅が建てられている。その住宅地に入っていくと、川の上空にはみ出した二子玉川駅のホームの様子が良く観察出来る。
 堤防の上に戯れに登ってみる。叢には放射性物質が残留しやすいと聞いたことを思い出した。すぐに降りる。暑くなってきた。日が高い。

 昼食時になると、商業地一帯は混み始める。老夫婦と、ベビーカーを曳いた若い主婦の姿が殊に多い。どこの住宅地にもある普通の風景。
 小学校高学年ぐらいの子供は、この街の一体どこにいるのだろうとふと思った。中学生や高校生ともなれば、別に電車に乗ってどこの街にでも遊びにいけるだろう。しかし小学生は、地元の駅前にもそれなりの居場所がないと面白くないのではないか? エリアの片隅の並びに、小さなプラモ屋を一軒見つけたきりで、おもちゃ屋らしいおもちゃ屋の姿もない。ガチャガチャの販売機が二、三個並んでいたり、UFOキャッチャーやワニ叩きのような無害な遊具が置かれていたりする、ささやかなゲームコーナーのような場所もない。通常のショッピングセンターと異なった高級志向を目指しているためか、フードコートもここには存在しない。
 ナムコワンダーエッグの記憶(ゲニウス・ロキ)は完全に抹消されている。そのホロコーストの徹底ぶりは、他民族を殺戮し絶滅させる、旧約聖書におけるユダヤ人の描写を思い出させる。もちろん、遡れば彼等自身もまた、洪水による絶滅を経験している。おそらくはこの場所もまた、幾度となく多摩川の氾濫に襲われて来たのだろう。あるいは周期的な掃討と断絶とが、この場所に棲む地霊や水霊の性格なのかも知れない。出現した清潔で巨大な伽藍とバザール。残されている小さな堤防。

 駅の反対側の、ドッグウッドという建物で、当然のようにユニクロを見つけた。
 だが、東急沿線のこの巨大商業施設で、不思議なことに東急ハンズを発見できなかった。

 広場に置かれた、白い船に風車を隙間なく突き立てた現代美術のオブジェの前で、どこかの大学のサークルがジャージ姿で集合している。それぞれに巨大な荷物を持っている。
 この風車は自然風のみで回っているという。

 午前に渡ったあの連絡通路の、一番高い橋から、もう一度南側を眺めてみようと思った。
 階段の端で、制服を着た小柄な、中学生と思われる少女が携帯電話で誰かと話していた。
 住宅地を抱えこんで世田谷の南に広がる緑の丘と、夏の午後の青空に縦長に伸びゆく雄大積雲と、タワーマンションの直線が成す色彩と構成との絵画的な美しさは、認めざるを得なかった。 

東中野

2011/08/18(木) 07:05:26 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 山手通り椎名町から南は、地下を走る首都高の工事と前後して、ずいぶんと綺麗になった。十年以上前に、大江戸線が部分開通した時も、中井落合東中野の沿道には突如として商業施設が姿を現し、その景観に明らかな変貌が見られたが、久しぶりに来てみると、歩道が殊に広く拡幅されて自動車専用ゾーンが色分けされている。西武新宿線の上空を跨ぐ中井あたりではまだ工事をしているようだが、落合から東中野までは本当に良く整備されて走りやすくなっている。
 山手通りが中央線を跨ぐ橋の東側では、JR東中野駅に近接して、またしても駅ビルを建設中である。二十一世紀の風景。
 近隣の二つのスーパー、サミットとライフはいずれも健在だ。ライフ側の商店街は、少し様子が変わったようで、古本屋が無くなっている。ブックオフで、塚本邦雄の箱入りの序数歌集が大量に並んでいるのを見つけた。
 東中野の、山手通り側から大久保側へ向かっては、下り坂になっている。街の少し奥に入ると、完全に昭和の風景がある。この辺りは昔は大雨のたびに頻繁に水害に見舞われたものだと、武蔵野のずっと奥の方に住んでいる私よりはかなり年配の詩人から聞いた。



あの川へ東中野から自転車で無意味に下ってみようと思う



鈍色のスーツ着た午後
鈍色の空から少し遠ざかりたい



神田川にかかる大東橋の向こう側から、豆腐の野口屋のリヤカーがやってきた。 

八月はスーツ姿で

2011/08/17(水) 03:25:14 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

八月はスーツ姿で何時までも乾かぬ空に苛立っている

呟きの無為

2011/08/15(月) 04:36:45 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

増えもせず減ることもないフォロワーの数を確認しただけの今日



どこかから三文詩人の呟きも優しい誰かがリツイートする

墓と蟇

2011/08/13(土) 01:35:19 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

その顔面(かお)も殊に乾いた夏の夜は墓に似てくる蟇、動かざれば
                                 の
                                 う
                                 ら
                                 へ
                                 廻
                                 る

そのセシウムさん

2011/08/12(金) 02:11:41 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

聞きなれぬ元素に塗られたこの国で電波が恥の上塗りをする



同位体じゃない時ってセシウムはぁ、どこで何して過ごしているのぉ?

コレド日本橋裏

2011/08/11(木) 05:22:59 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 コレド日本橋裏のベンチに腰掛けて大手拓次の詩集を読んでいると、日本橋川の方から微かな風が吹いて来て、植込みの竹が小さな葉ずれの音を立てた。
 無線の交信音が聞えたので顔をあげると、ビルの側から現れた自転車便が、夏の風に向かって走り出すところだった。

自己欺瞞(ゴッキロキロスケ)

2011/08/04(木) 00:30:00 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

ゴキブリだと思うなぁっ!
マックロクロスケだと思えばぁっ!
可愛く見えてくるはずだあぁっっ!

福島の向日葵に捧げる歌

2011/08/02(火) 00:30:00 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

自らの意志で咲くのだたかが人如きのために咲いたのではない

自らの在る領域すら選べないもとより種族の必然として



無味無臭無色の毒は目も鼻も口も持たない者にとっても



向日葵の瞠る大地は誰も容れない
向日葵の瞠る広さが絶望である

短い真夏の夜の夢さえも



愚者どもの愚行の帰結を痩身に引き受けてただ朗らかに咲く

曝されてなお翳りなき大輪に腐海の比喩すら非礼に当たる

炎天に立ち尽くすことがこの場所を墓場にさせないための闘い



その茎を遡り行く同位体達の世界に対する嫌悪の果てに

その花がその地に刻む日時計は半減期には遠すぎる夏

もらい鈴

2011/07/30(土) 02:45:00 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

風鈴の音を何処かから貰って寝る

夏の夜桜

2011/07/29(金) 02:01:50 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

伸び過ぎた桜の枝がブランコを漕ぐ僕の背を幾度も押す



街灯に蛾が舞う
必然
誰からも省みられぬ夏の夜桜

風の動機

2011/07/28(木) 00:13:54 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

始まったばかりの夏を駆け抜ける風の激しき動機を知りたい

夏至の牙

2011/07/21(木) 00:53:38 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

夏至の夜の宇宙に光る猫の牙

太陽下の棋士

2011/07/18(月) 02:29:48 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 池袋エソラビル前の路上で、ホームレス同士が将棋を指している。
 名人戦だか竜王戦だかはわからないが、雨天中止の一局であることは確実だ。

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