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都バス 東京スカイツリー→上野公園

2012/12/31(月) 21:39:59 [【11-12】夏と愛と]

 東京スカイツリーの開業と同時に、その足元の北十間川東武伊勢崎線とに南北を挟まれたエリアに、巨大な商業施設が登場した。城砦のようなその規模によって、明らかに周辺地域の自営業者を迫害し、抹殺しようとしている。極めて暴力的な風景である。ロードサイド型ショッピングセンターの進出による地方社会の破壊と同様の侵略行為が、隅田川東岸の東京の下町において、現在進行形で行われている。



 このバス停の名前は、以前は「業平橋」であったが、現在は「東京スカイツリー」である。ツリーの開業に伴って、東武鉄道の業平橋駅が、東京スカイツリー駅に改名したからだ。スカイツリータウンの登場によって、押上駅の方に新しくきちんとしたバスロータリーが設けられたため、業平橋駅側のバス停は何だか貧相に思えてしまう。
 バスを待つ時間を、東武の高架をくぐったすぐ北側にある古書店で潰す。この店の様子は、見た限りではスカイツリー開業以前と全く変わっていない。
 上野行きの都バスに乗る。平日の夜に、それなりに人が乗っているが、観光客よりも生活客の方が多いようにも見える。
 左折して、そのまま直進し、隅田川を渡る。言問橋である。さほど明るくはない浅草の裏側を西進し続ける。それでも日比谷線の入谷駅がある交差点の付近だけは、やや華やいでいる雰囲気がしないでもない。下町なので、地形に起伏はほとんど感じられない。
 鶯谷駅の北側の陸橋を走る時には、上り坂の存在を認識出来た。この陸橋の足元辺りに、正岡子規の終焉の地である子規庵があったことを、ふと思い出す。山手線と京浜東北線と東北本線とのレールの束を渡って、このバスは今は武蔵野台地の東端に登っている。つまりは、旧山の手エリアである。住宅地のため、道は暗い。
 千代田線の根津駅前のバス停で、私以外の乗客は全員降りてしまった。時間調整のため、しばらく停車するという。間。十月の長い夜の、ある部分を、私一人だけで独占している。
 今回のこの単調で暗い旅の間に、今までのバス旅でしばしば私が敗北してきた睡魔に襲われることは、何故か全く無かった。
 再び走り始めたバスは私一人だけを乗せて南へ走り、上野公園の周囲を反時計回りに半周する。終点は不忍池の南側の、やはり暗くて人通りの余り無いバス停で、ここから池袋に発車するというバスの本数も、極めて寂しいものであった。上野駅までは少し距離があり、御徒町の方がむしろ近いようにも感じられた。上野広小路では、ブックオフが新規開店工事中であった。
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東京スカイツリーに行ってみる

2012/12/24(月) 23:32:54 [【11-12】夏と愛と]

 押上駅で降りる。地下通路を通って、スカイツリーの足下に広がる新しくて巨大な商業スペースに至る。いずれも割高なそのフードコートから、最も安いと思われるうどん屋を選んで食事をする。別にうどんが食べたかった訳ではない。
 一般来訪客のスカイツリーへの入場口には長い行列が出来ている。四十分待ちだという。余り若くもなく、また美人でもない女性係員に、午前中に来たらもう少し空いていたのかと尋ねると、朝はむしろもっと混んでいたと答える。
 並ぶ。列のすぐ後ろの熟年夫婦のおばさんの方が愚痴を言う。その気持ちもわかる。夫がなだめる。実際にはそんなに待たずに入場出来た。
 東京スカイツリーの展望台は、二重構造になっている。一つは、下層階から入場してすぐの「展望デッキ。」そしてもう一つは、その「展望デッキ」から更にエレベーターで上へ向かう「展望回廊」である。「展望回廊」は別料金である。スイカでチケットを買った。
 最上の展望台「展望回廊」から、秋の夕刻の東京を一望する。この高さから見ると普通の建造物は小さ過ぎ、よほど外観に特徴がある建物でないと、それが何なのか判別出来ない。東京タワーはさすがに一目で分かる。高層建築物以外では、さほど遠くはないためか、東京ドームがやはり目立って見える。いわゆる副都心方面だと、新宿新都心のコクーンタワーの曲線のシルエットが最もわかりやすい。むしろコクーンタワーや都庁の存在によって、ああ、この方向が新宿なのだと認識できる。池袋がどこなのか良く分からない。あれがサンシャインビルで正しいのか? この方向が池袋で合っているのか? 
 南西に視線を転じると、やはりこれも今年新しく出来た東京港ゲートブリッジが見える。空が次第に暗くなるにつれて、葛西臨海公園の大観覧車も垂直に浮き上がってくる。首都高と幹線道路とが描く光の網の目が眼下一体に描かれる。ディズニーランド一帯は、余りにも広すぎて曖昧として逆に良く分からない。
 カップルであれ、夫婦であれ、家族であれ、この東京で最も高い場所に新設された観光・デートスポットには、ほとんどの人はその愛する人を伴ってやって来るのだろう。それが普通である。けれども中には、愛する人を探しに来る人間、その愛する人が今この瞬間に居ると思われる場所を探しに、この東京で最も高い場所に新設された展望台に独り登る人間もいるだろう。あれがサンシャインビルで正しいのか? この方向が池袋で合っているのか?
 「展望回廊」はエレベーターの到着地点から、最高地点までが緩やかな上り坂となっていて、人は皆そこまで歩いて向かう仕組みになっている。最高地点では写真撮影を頼まれたり、逆に頼んだりする。どのような技術に拠るものなのか良く分からないが、夜空をスクリーンとして「ソラカラポイント」という文字列が映し出されているので、それも写真に納める。本当に不思議だ。十月の日没は遅過ぎず、また早過ぎない。夕方と夜との境目の時間帯に来たおかげで、両方の景観が楽しめて得をした。
 エレベーターで再び「展望デッキ」まで下る。足下から地上まで見下ろせるガラス張りの床に蹴りを入れて遊んだり、喫茶スペースで割高な甘味を食べたりする。(別にレストランもあったが、余りにも高すぎて手が出なかった。)すぐ下の、どこかの中学か高校のグランドが明るい。何かの部活の夜練をしているのだろう。
 帰りのエレベーターの行列で、今夜は満月だと少女のグループの一人が言う。そう言えば自分はこの高塔に居る間、下を見るばかりで全く上を見なかったことに初めて気付かされる。
 

ぬいぐるみであるかのようにビジネスバッグを

2012/12/10(月) 00:02:14 [【11-12】夏と愛と]

 それがぬいぐるみであるかのように、ビジネスバッグを抱いて眠る。
 そこが布団であるかのように、ロングシートの一番右端に滑り込む。

●冬眠(スリプル)

2012/12/08(土) 23:14:21 [【11-12】夏と愛と]

(注記:この詩は草野心平坂口博信との本歌取りである)

●ブリザド
●スリプル

●凍土(トード)



●ブリサガ

大崎駅南口のTSUTAYA

2012/12/07(金) 23:58:55 [【11-12】夏と愛と]

 大崎駅南口のTSUTAYAは、書店フロアに喫茶店が併設されていて、購入前の本を持ち込んで品定めが出来る。すぐ近くに社屋を構えるソニーの社員たちは、こんな恵まれた環境で日々鋭気を養っているのだろうと想像すると、少し羨ましいような気がする。これは新業態のようだが、そうではない。東京駅八重洲口にかつてあった旧大丸デパート内の三省堂書店が、同様のサービスを提供していた。数年前、再開発に伴って大丸が新しい高層ビル内に移転したのを期に、無くなってしまった(三省堂自体は出店を継続している)のだが、どうして止めてしまったのだろう? 
 その旧三省堂内の店舗では、私は大体いつもウインナコーヒーを注文していた。別に気取っていたのではない。ただそれが一番割安だったというだけである。正確に言えば、その店は喫茶店なのでやはりコーヒーがドリンクメニューの中心で、他のドリンク類は割高で、なおかつ私は本来コーヒーが苦手なので、妥協策としてそれを選択していたというだけである。タイトルだけを見てピックアップしてきた新書本を傍らに山積みにして(当時は各出版社から新書本の創刊が相次いで、ある種のブームだった)、生クリームの中に無造作にティースプーンを差し入れてクルクルと掻き回していた。そんな時代を思い出す。

国道254号野火止交差点付近

2012/12/07(金) 00:03:41 [【11-12】夏と愛と]

 郊外のいわゆるクルマ社会、ロードサイド文化の俗悪さや醜悪さを、自分ではそれなりに理解した上で、それに対する違和感や嫌悪を表現してきたつもりだった。埼玉県新座市郊外を走る国道254号線の、元々は野火止用水が走っていたという場所にかかる歩道橋の上に立った時、その確信は粉々に打ち砕かれた。ドンキホーテ、回転寿司、ファミレス、ファストフード、紳士服店、コジマ……。
視界の及ぶ限りどこまでも延々と連なるロードサイド型ショップに、同じく連なる車列。(この並びにブックオフが無いことが不思議でならない。)その圧倒的な質量に全身から力が抜け、思わず座り込みそうになった。現代日本人の物欲だけが抽出されそのまま現前し具象化した風景の圧力に対して、いかなる言論も無力なのではないかと思わされた。
 後になって、そのロードサイドの一軒である「かつや」で食事をした。会計の時に「国道254線」以外にも、この道路には「~~街道」とか「○○通り」とかいうような通称はないのかと店員の女の子に尋ねると、親切にもわざわざ道路地図を持ち出して調べてくれた。結局そういった呼称は特に見つからないとのことだった。この店で今日食べたエビフライ丼はフツーに美味かった。次回から使える割引券も貰った。

渋谷ヒカリエ

2012/11/30(金) 16:49:52 [【11-12】夏と愛と]

 谷という文字が冠されている通り、渋谷の地形は渋谷川によって削られた谷である。渋谷川の真上、つまり渋谷の谷底には東急東横線とJRの渋谷駅が直立し、東西の上り坂に向かって多数の橋を張り巡らせている。池袋や新宿などの他の副都心には見られないあの歩道橋網こそが、渋谷の最も渋谷的な景観、渋谷という空間の地理的な特質を明示している。
 渋谷駅東口の新しい複合商業ビル、渋谷ヒカリエに向かうには、地上からだとずいぶん遠回りになる。工事中のバスターミナルが経路を阻んでいるからだ。地下鉄駅ならば、地下通路で繋がっているのだが、東急東横から渡されている連絡通路を歩くのが、やはり最も標準的な経路だろう。もちろん、この連絡通路も渋谷という谷に架けられた橋の一本であり、この街が峡谷であることの証佐の一つである。(付言すれば、駅の反対側において同じ役割をしているのが、マークシティへの連絡通路である。)
 ヒカリエビルは、渋谷という谷の東側の斜面に不安定に積み上げられた積木のように見える。東京の他の再開発高層ビルと同じように、低層階に商業施設やレジャーやアートの施設、上層がオフィススペースとなっている。丸ビルや新丸ビルのようないわゆる「位牌型」でないところだけが、新しい。
 現代の建築家、建築界にはもう生産的なアイデアが決定的に枯渇しているのではないか? このような、奇を衒ったキマイラ的なデザインに逃避するぐらいのことしか出来ないのではないかと思料する。そしてそんな奇妙なアイデアを、現実の建築物として具現化しうる技術力だけは、日本の大手ゼネコンは高い水準で持ち合わせている。それが幸福なことなのか不幸なことなのか、私にはわからない。
 駅側からこのビルの二階に入る。建物の中をそのまま進む。青山六本木側から出る時は一階になっている。
 このビルは、渋谷駅へ入線している地上高架を走る銀座線をほぼ真上から観覧出来る、絶好のトレインビュースポットとなっている。ほぼ全面ガラス張りなので、非常に視界が良い。それがこのビルの最大の存在価値である。夕暮れから夜にかけてしばらく眺めていたが、シルバーの車体にオレンジのラインの、いわゆる普通のメトロ車両ばかりで、最近導入されたという全身オレンジの新型車両を見かけることは残念ながらなかった。

ニキータの思い出

2012/11/12(月) 20:24:22 [【11-12】夏と愛と]

 酒席で昔の映画の話になった。若い女の殺し屋の内面を描写した昔のフランス映画『ニキータ』は、もたもた痴話喧嘩ばかりしていてちっとも話が進まず、今になっては詰まらない作品だ、ジャン・レノの出番も記憶していたほど多くなかったという年配の男性の発言に、私も同意した。この映画を最初に観た高校生の時も、実は私はそう思っていた。当時、この映画で感動した、泣いたとしきりに強調する級友が居て、どこが面白いのか全く分からないと反駁したことを思い出した。
 その級友は体格はなかなか良いのだが、人柄が大人しく、スポーツの類が全て苦手で、「牛」とか「ヘーゲル」とかいう仇名で呼ばれていた。「牛」はその緩慢な言動から、「ヘーゲル」は当時の高校一年のカリキュラムにあった「現代社会」という科目のサブテキストに載っていた哲学者ヘーゲルの肖像に似た外貌から、付けられた呼称であった。受験指導に特化した(とはいってもその実績は全然大したことないが)地方都市の公立高校で、風変わりなことにそいつはフランス語のクラブに所属していた。ホームルームで突然手品を披露して、その時だけは拍手を浴びていた。高一の時は同じクラスで、そいつも私も放課後は学校近くのゲーセンに集まる帰宅部男子集団の一員で、当時そのド田舎で流行っていた「ファイナルラップ3」(旧ナムコの筐体レースゲーム)を皆で一緒に遊んでいたが、二年に上がる時にそいつは理系・私は文系を選択したためクラスが別になった。
 それでも図書室や学校近隣のゲーセンでは時々顔を会わせてはいた。その後、誰が企画したのかは知らないが何故か、大して仲が良かったわけでもない高一のクラスの人間を集めた飲み会があった。その会場の「村さ来」(今は余り見かけないチェーン店の居酒屋)でもそいつの顔を見た。酔い潰れた小柄な狐顔の、全く人望のなかった元学級委員長を、親切にも家まで背負って送っていったと後になって聞いた。
 高校二年の文化祭の直前に、ゲーセンでその姿を見かけ、二言三言会話をしたのが最後であった。それからしばらくした晩秋の或る日に、電話連絡網で突然その死を知らされた。その、劇的な要素を微塵も含まない凡庸そのものの名称故に、かえって現在に至るまで鮮明に記憶に残り続ける葬儀会場「川島セレモニー会館」まで、高一の時の級友何人かと自転車を飛ばして通夜に向かった。我々の高校がある県庁所在地の中心部からはだいぶ距離があった。テレビドラマか何かで見た動作をそのまま真似て、型通りの焼香をし、棺桶に横たわり花束に挟まれたそいつと対面した。確か百合の花束だったと思う。女子の何人かは泣いていた。帰りは屋島を目印にとにかく海の方向へ、夜の田舎の幹線道路を皆で走った。
 翌日の朝、そいつのクラスの人間とともに、高一の時に同じクラスだった人間(つまり私達)も全員校内放送で呼び出され、学校が用意したバスに乗り込み告別式に改めて列した。結局あの時は怖くて死に顔を最後まで直視出来なかったと、後にある元級友が、学食で飯を食っている時にふと洩らした。私はそれを見ていないので、『ニキータ』のリメイクのアメリカ映画『アサシン』についての会話にはあまり参加出来なかった。

リア窮

2012/11/06(火) 01:01:52 [【11-12】夏と愛と]

「リア充」の対義語として「リア窮」なる造語を試みた。

リア‐じゅう【リア充】現実の社会生活において、異性関係・友人関係・教育歴・就職・経済状況などの諸要素が順調かつ円満に進展し、充ち足りた状態にある人物のこと。主としてそのような人物を揶揄・嫉妬・敵視する文脈において、「2ちゃんねる」などで用いられることが多いネットスラング。

リア‐きゅう【リア窮】現実の社会生活において、異性関係・友人関係・教育歴・就職・経済状況などの諸要素が蹉跌と艱難により挫折し、困窮した状態にある人物のこと。

都バス 西葛西→亀戸

2012/11/04(日) 16:46:08 [【11-12】夏と愛と]

 西葛西駅前は北側がタクシーロータリー、南側がバスロータリーと完全に役割分担をしているため、東西線から見ると北に位置する総武線方面に向かう路線も、南口から発車している。最初は両国行きに乗ろうと思ったが、本数が少ないため亀戸行きに変更する。平日の真昼のこのバスの乗客層に、特徴らしきものを見出すことは出来ない。
 インド人が多く住んでいることで少し前に話題となったURの集合住宅の横を通って左折し、程なくして荒川を渡る。どの河川でも、どの橋梁でも同じだと思うが、左右に大きく開ける視界の爽快感はいつでも心を明るくしてくれる。東京湾に繋がる南側の広やかさは尚更だ。地上に出て来たばかりの東西線の鉄橋が見える。
 渡り終えた西岸は既に江東区だという。短いバス旅の一番のハイライトはこうして開始早々にして終わってしまい、後は城東の区画整理された幹線道路を淡々と走って行く。
 ルートにはそれでも何度か屈曲があり、亀高橋というバス停を通過する。眠い。どこに橋があるのか良く分からない。或いは居眠りをして見逃したのかも知れない。次の北砂四丁目から北砂二丁目にかけてバスは明治通りに入り、終点の亀戸まで残り一直線に北進するだけだ。北砂二丁目は病院の正面で、人がたくさん乗ってくる。
 二丁目の次、北砂三丁目もやはり医院の前であった。バスはスムーズに進んでいく。イトーヨーカドー系の巨大ショッピングセンター、アリオ北砂を見るためにこの付近を以前歩いたことを思い出す。それにしても、城西エリアの、練馬、杉並、世田谷、あるいは武蔵野市辺りを南北に走る各種路線バスの鈍足とは比較にならない快適さだが、それはもちろん、遅延要因である踏切がこの辺りには全く存在しないからだろう。
 つまり、中央線のどこかの駅と西武池袋線のどこかの駅を結ぶバス路線は、その途中で必ず西武新宿線の踏切に引っかかる。小田急と中央線を結ぶバスならば、京王線の踏切だ。しかしここ江東区にはそれが無い。新木場から亀戸までほとんど一直線だ。
 都営新宿線の西大島駅前で、雨が強くなって来た。西大島と亀戸はそれほど離れていない。バスは総武線の高架下をくぐって、亀戸駅北口のロータリーに停止する。スカイツリーが近い。

 JR亀戸駅には当然のように、アトレが待っている。下町も山の手も等しく完全に無個性化する、JR東日本の領有権顕示装置。その屋上から眺めるスカイツリーは、中中悪くない。
 観光客が東京スカイツリーに行こうとすれば、大体の場合は上野か浅草を経由するのだろうが、この駅から北西に向かってひっそりと走る東武亀戸線でも、人はスカイツリーに向かうことが出来る。
 スカイツリーは当分の間、国内観光業の話題の中心を占め続けるであろうし、またブームが去った後も東武鉄道は永続的に主要観光地として猛宣伝を続けるだろう。その集客戦略の中心は勿論、スカイツリーライン=東武伊勢崎線であるだろう。亀戸及び東武亀戸線は、スカイツリーに対しては交通的な裏玄関に位置しているが、この新しい観光名所の登場によってどのような影響を受けるのか、受けないのか、今の時点では良くわからない。

西葛西メトロセンター

2012/10/29(月) 15:49:54 [【11-12】夏と愛と]

 西葛西メトロセンター
 地下鉄の高架駅下。
 地下では無いので、エチカには成れない。
 高架下なので、エソラにも成れない。
 
 二十世紀のエキチカビジネス。
 南砂町側の突き当りにあるマンガ喫茶は閑散として、人の気配が無い。



 豚カツ屋がやたらに多いのは、牛肉を忌避するインド人の街だからか?



 この街にはブックオフが無い。
 代わりにエンターキングがある。



 インド人は、駅の北側のURの集合住宅に一時期多く住んでいたが、今は全盛期ほどではないと、スパイスショップのインド人女性が教えてくれた。
 
 

FFⅢの入力可能文字種について

2012/10/20(土) 23:44:10 [【11-12】夏と愛と]

 PSPで発売されたFFⅢはその数年前に出たニンテンドーDSFFⅢの移植版である。つまりはリメイクの移植版であり、80年代の終りにファミコンで出された同タイトルのオリジナルとは多くの部分が異なったものとなっている。そのことは当然に、当時を知るゲーマー達の間に議論を巻き起こす。
 技術環境の激変に伴い、グラフィック全般が3D化しているのはまあ順当であるだろう。主人公の四少年のうちの一人が少女になっていること、そもそも名前などなかった彼らにそれぞれ固有のデファクトネームが与えられているのは余計ではないのか? 黒魔道士及び魔人の弱体化、風水士の異常な強化は終盤のゲームバランスを崩してはいないか? オリジナルでは、最終的には打撃系の忍者と魔法系の賢者の二者のみにジョブが収斂してバラエティに欠けていたが、リメイクでは、全てのジョブに最終盤まで出番があるのは改良として評価して良いのではないか? 同様に、魔法使用回数がレベル別設定であることを生かして、白魔道士と導師との間に差別化が図られたのも改善ではないか? 超絶的な長さを誇る、あの伝説のラストダンジョンに、セーブポイントは必要か否か? 導師のネコ耳は現在の萌え文化を先取りしているのではないか、等等。
 そのような議論をすること自体がノスタルジックな娯楽であり、懐かしく楽しく罪の無い暇潰しであるのだが、知る限り誰も話題にしていないことが一つある。
 主人公達の名前を入力する際に、使用可能な文字列についてである。
 オリジナルのファミコン版の方が、選択肢が豊富であった記憶が、私には残っている。
 黒魔法表記の頭文字として置かれる黒丸、「●ファイア」「●バイオ」の「●」や、同じく白魔法の白丸、「○ケアル」「○サイトロ」の「○」、「カタスト」「バハムル」といった召喚魔法を表すグレーの丸印が、オリジナルにおいては名前入力時に使用可能だったはずだ。私はそれを使っていた。
 リメイク版ではそれが出来ない。そのことに私は一人で勝手に小さく憤る。
 70年代後半以降の日本に生まれた人間が、それぞれに子供の頃に遊んだテレビゲームについて回想を巡らせたり、思い入れを語ったりすること自体は特に珍しいことではないだろう。その中で、いつの間にか忘れていた大事な何かを思い出したり、自分自身を再発見することも、稀にはあるだろう。少なくとも私はそうだ。約号や記号と戯れる三文詩人としての自身の萌芽は、既にこんな所にあったのだ。

東京ゲートブリッジ

2012/10/12(金) 02:52:12 [【11-12】夏と愛と]

 目的地である東京ゲートブリッジに行くには、新木場駅から若洲海浜公園行きの都バスに乗らなければならないが、平日の日中はその本数がやはり少ない。待ち時間の間、全く秋らしさを感じさせない熱射に耐えて駅周辺を探索してみる。
 JR京葉線・東京メトロ有楽町線・りんかい線の三路線の乗換駅でありながら、新木場駅前には本当に商業施設が少ない。駅の高架下に入っている飲食店の他には、南口のバスターミナルの外れに一軒コンビニがあるだけだ。至近に首都高湾岸線と国道が走っている北側に進むと、一帯はいわゆる夢の島の公園の緑地となっていて、やはり繁華街らしきものは何も見当たらない。プールに向かうと思われる小学生の姿を見かける程度だ。
 バスに乗る。乗客はそれなりに居る。印刷関連・木工業関連の企業のオフィスや工場の間を走っていく。途中で降りる客も乗る客もほとんど居ない。東京ヘリポート前でも、誰も降りないし乗らない。海に近づくに連れて、足立ナンバーの車ばかりが列を成して路肩に駐車されているのが目に付く。また時折、右翼の街宣車両が打ち棄てられている。
 終点の若洲キャンプ場に着く。こんな所でキャンプなどをして面白いのかと疑問に思うが、面白いと思う人がそれなりに居るから、それなりに繁盛しているのだろう。その場内アナウンスの声が、スピーカーから聞こえて来る。
 若洲公園には、巨大な風力発電機がある。京葉線に乗る時、いつも南側の車窓から見えていたアレだ。勇んで近づくと、その風車塔には手塚マンガのキャラクター達が描かれている。そんなに風が吹いているとは感じられないのだが、順調に回転を続けるその巨大なブレードの真下に入ってみると、風を切る音が中々怖い。

若洲海浜公園風力発電機02

若洲海浜公園風力発電機01




 東京ゲートブリッジの歩行者用出入り口は、自動車とは異なる。橋が海にかかる直前に九階建てぐらいの昇降塔があって、そのエレベーターか螺旋階段を登って、ブリッジ上の歩道に至る経路となっている。この昇降塔はガラス張りで、その時点で眺望はかなり良い。大いに期待が膨らむ。
 塔の内部には生温くクーラーがかかっている。
 橋上に出る。眼下に見下ろす防波堤上の、海釣りスペースの釣り人達の小ささに、改めてその高さを実感する。この歩道はゲートブリッジの陸側に設置されているので、都内の様々な建造物が一望出来る。お台場フジテレビ、東京タワー、有明コロシアム、そしてもちろんスカイツリーも。
 海の上に差し掛かる。その眺望を、もちろんケータイで撮影してみたが、保護柵に遮られてイマイチ上手くいかない。
 この橋の向こう側は、現在進行形で造成中の新しい埋立地、中央防波堤だ。ここにもやはり、風力発電機が数基直立している。また中央防波堤側にも、若洲公園側と同じような昇降タワーがあるのだが、現時点ではまだ稼動しておらず、立入禁止となっている。来た道をそのまま引き返す。
 中央防波堤に向かう車には、やはりゴミ収集車が多い。それは当然だと思うが、見ていると、はとバスの姿も存外に多い。このゲートブリッジ自体も、それなりに新観光名所であり、また中央防波堤を経由してお台場方面にも行くのだろう。
 それにしても涼しい。海風が良く通る。この東京ゲートブリッジが竣工したとニュースで聞いたのは冬の終わり頃で、来たい来たいと思いながらこの秋までずっと来られずにいたのだが、今の季節でかえってちょうど良かったのかも知れない。
 


海風の通り道にただ立っている



 そしてまた、今自分が吹かれている風は、あの風力発電機のブレードを回しているのと同じ風なのだと感じる。この高さに立って、初めてそのことを知ることが出来たのだと思う。
 羽田空港に向かって下降していく旅客機の姿を、この橋の最大の特徴である骨組みの隙間から覗くことが出来る。そういう構図の写真を撮れたらカッコいいだろうなと思って試みるが、その一瞬のチャンスを捉えるのは風景写真よりもなお難しい。けれどもこの橋の鉄骨の内側の、まだ新しく汚れの無い塗装の、ブルーグレーのその鮮やかさだけは、確かに長く目に焼きついている。



まだ青く新しきその竜骨の隙間から見る飛影の近さに

NTTの通風孔

2012/10/10(水) 16:48:07 [【11-12】夏と愛と]

 地下鉄や地下道や地下駐車場の通風孔から吹き上げる風は単なる空気の流れだが、NTTのマークがある通風孔から上昇する風は、常に冷たく涼しい。明らかに人為的に冷却されている。もちろん、通信設備保全のために行われていることではあろうが、真夏の真昼の屋外で働くチラシ・ティッシュ配布員、飲食店呼び込み員、アンケート調査員などは、そのおかげで少し助けられている。都市の公共インフラが万人に等しく分け与える、意図せざる優しさがここにある。

接続詞

2012/10/09(火) 09:49:25 [【11-12】夏と愛と]

あの人と僕とを繋ぐ接続詞など見つからぬ故に、
未だに、

ガリポタ

2012/10/06(土) 01:57:21 [【11-12】夏と愛と]

 「ガリポタ」とは何のことかと思ったら、新しく発売されるガリガリ君コーンポタージュ味のことだという。それほど人が多いわけでもない私のツィッターのタイムラインが、夏の終りの或る日、突然その話題で賑わっていた。ヤフーのニュースでも2ちゃんねるでも噂になっているなと思ったいたら、売れすぎて製造が追いつかず、間もなく販売中止になるのだという。
 ああ、これは品薄商法だな、品薄であることを意図的に各種ニュースで話題にさせて購買意欲を煽る、予め計画された宣伝工作だなと思ったが、本当に入手不可能になる前に一度ぐらいは食べてみようとファミマで見つけて買ってみた。百円超という結構な値段がした。その黄色い直方体を齧ると、涼しさや爽やかさからは遥かに遠い濃厚さが口の中を満たす。本当にコーンポタージュの味だ。時折トウモロコシの粒が歯に当たる。
 そんなクダラナイ暇つぶしをしながら、こんなクダラナイことをそれなりに楽しめる程度には、自らの精神が平衡と日常性とを取り戻しつつあることを意識した。この長くて暑い夏において、私の精神は極限まで追い詰められていたことを改めて確認した。後になって、このガリポタとは関係無く、歳時記におけるトウモロコシは秋の季語であることをツイッター友達のある俳人から教えられた。

夏と愛と

2012/09/16(日) 00:44:04 [【11-12】夏と愛と]

(夏という字の中心には目が存在している。その目力と脚線美とで数多くの男を魅了する女を象形しているように、今の私には見える。)


夏と
愛と
の脚線が今更に似ていることに気づいたところで



夏と
愛と
が絡み合う場面など無いままにただ季(とき)は過ぎ行く

踊場の公衆電話

2012/09/14(金) 16:59:59 [【11-12】夏と愛と]

今はもう誰も全く触らない公衆電話の隣で休む



黄緑の
君の孤独と隣り合う夏の終りの
僕の孤独と

夏は盲目

2012/09/12(水) 22:56:07 [【11-12】夏と愛と]

政局もオリンピックドラクエも見えない病の夏は盲目

幼蛇

2012/09/10(月) 16:14:19 [【11-12】夏と愛と]

秋留野の幼蛇が黒く干からびた幹線道路で、
負けるものかと

渓谷の饅頭屋

2012/09/10(月) 00:22:43 [【11-12】夏と愛と]

 御岳渓谷の某所に架かる歩行者用の細い橋の、JR青梅線側にある公衆便所の前で、柴犬を連れた老婆と、もう一人の老婆が立ち話を始めた。
 長い。
 しばらくすると、柴犬を連れていない方の老婆が、何事かをセッティングし始めた。自身の手製の茹で饅頭をこの場所で売るのだという。一個百円。保健所だか役所だかの許可は一応得ているらしく、その許可証のコピーを掲げている。
 何故よりによってこんな場所で? 駅前の路上詩人よりさらに無謀な挑戦だと思ったが、そうではなかった。ぞろぞろと橋を渡ってきたハイキングの老人の集団が珍しがって次から次へと買っていく。不思議だ。
 橋というのは異界と繋がるマージナルな空間で、商業という営みの始原もまた共同体の内と外とを繋ぐ境界的な意味を持っているという、一九八〇年代に流行った人類学や民俗学由来の、栗本慎一郎とか赤坂憲男辺りの著作が説いている社会理論をそのまま具現化した寸劇を見ている気にさせられた。

トランシーバーと雀

2012/08/27(月) 00:17:19 [【11-12】夏と愛と]

 そのイベント会場の、私は本部待機要員で、その太った主婦は廊下を巡回する係員だった。
 広い会場なので、巡回員にはそれぞれトランシーバーが支給され、定時連絡や緊急連絡を行なっている。交代で主婦が休憩を取る時だけ、私がそれを装備することになった。
 モトローラ製のトランシーバーは、とても頑健でそしてカッコいい。これを装備できる! 思わず全身で喜ぶ私の様子を見て、主婦も優しく微笑んでいる。本体裏側のクリップをベルトに挟み、機能美に徹底した黒一色のその通信機器を腰に装着して動き回っていると、それだけで何だか自分が有能で俊敏な警備兵になったかのような錯覚を起こしてしまう。
 残念ながら、私がトランシーバーを携えている間は、それを使うような事態は何も起こらなかった。
 真夏の突風に煽られた一羽の雀が、会場内に迷い込む椿事が発生した。追い出すのに人手が居る。主婦がトランシーバーで応援を要請すると、本部から人がやって来る。しばらく大勢で追いかけ回して、やっと青空と入道雲との方向へ追放することに成功した。

祈りとは

2012/08/06(月) 15:34:22 [【11-12】夏と愛と]

 祈りとは、近代心理学という学問分野が成立する以前における自己暗示の概念である。

北与野にて

2012/08/01(水) 21:07:51 [【11-12】夏と愛と]

秘恋など飛行機雲が夏空にほどけていくのを眺めていたら

滅びない

2012/07/20(金) 01:11:51 [【11-12】夏と愛と]

滅びるべき卑しい奴等が一向に滅びないので、
僕も滅びないことにした。
死んで欲しい生物がいつまでも生きているので、
僕も死なないことにした。

武蔵五日市の燕

2012/07/09(月) 22:39:43 [【11-12】夏と愛と]

 JR五日市線の終点、武蔵五日市の街にはの姿が何だか多いように思える。おそらくそれには幾つかの理由がある。以下に推測してみた。
 第一に、街を流れる秋川が、餌である蚊や羽虫の類を豊富に提供してくれること。第二に、街並みがレトロで昭和風味で、巣を架けるのに適した軒先がある建物が多いこと。第三に、都市部から離れているため、仮想敵である鴉の数が少ないこと。
 そんなことを考えながら、五月のある一日を五日市で過ごした。とレトロな街並みは良く似合う。



終点のの多い街の空

終点のが多い街で蕎麦

金環日蝕と眼鏡

2012/07/02(月) 23:26:59 [【11-12】夏と愛と]

 強化現実拡張現実と称される、近年話題のAR技術から最も遠い所にある現象として、この金環日蝕は初夏の昧爽の日本の空に輝くのだろう。
 何故ならそれは決して電脳メガネで見ることが出来ないのだから。

東福生のポピー

2012/06/26(火) 21:44:12 [【11-12】夏と愛と]

 東福生の路地や空地にはポピーがやたらに多い。
 米軍関係者が持ち込んだドラッグの原料からその種子が零れ落ちて開花し、この地域一帯に根付いて自生するに至ったのだろうという妄想を逞しくしてみたが、この街の女は全て黒人兵の娼婦であるという妄想と大して変わりがないと気づいて直ぐに打ち消した。

初夏の御岳渓谷

2012/06/25(月) 22:06:29 [【11-12】夏と愛と]

 初夏の御岳渓谷の日曜では午前から、多数の人々が種々のレジャーに興じている。釣り、ハイキング、サイクリング、カヌー、川下り……。青梅市は来年の東京国体のカヌー競技の会場であることを宣伝する横断幕が対岸に掲げられている。
 四角形の巨大なマットを敷いて、渓谷の険しい岩を攀じ登っている人が居るが、聞いてみるとこれも「ボルタリング」という流行のスポーツの一種らしい。初めて知った。世の中には色んな遊びがあるものだなと、そんな風景を眺めながら、巨漢のヨネさんと小兵の僕とはこの場所で一日中仕事を続けた。



その午後はまだ渓流の多摩川の五月の色を口に含んだ

すぎ丸となみすけの噂

2012/06/19(火) 21:51:45 [【11-12】夏と愛と]

 杉並区のイメージキャラクターとして元々存在していたのは「すぎ丸」で、それはマンガ家のみうらじゅんを始祖(いいだしっぺ)とするいわゆる一連の「ゆるキャラ」ブームよりもかなり以前から喧伝されていたはずで、自分が小学生の頃には区が発行する社会科の副読本にも登場していたのだが、何時の間にか後発の「なみすけ」に淘汰され完全にその座を奪われてしまった。「すぎ丸」の姿は今はマンホールの蓋ぐらいでしか見かけない。その名はわずかに、コミュニティバスの愛称としてのみ杉並の街に残されている。
 高円寺の酒場で、私より一回り若い青年にそんなことを教えられたので、「それって、セガのキャラクター史における、アレックスキッドソニックの関係みたいなもんですね。」と自分なりのパラフレーズで応答したが、世代的にその喩は彼には全く通じなかった。その場に同席していた、私より二回りぐらい年上の、リアルウルトラ怪獣世代の小太りの男性にも、当然わからなかった。最後の一人、私と同世代の男性もやはりわからない様子だったので、「まあ、あなたは若い頃海外生活してたから……」と何とか取り繕おうとすると、「いや、それは別に関係ないと思うよ」と淡々とこの話題自体をシャットダウンされた。

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