姑息な冬将軍

2014/01/03(金) 23:05:43 [【12-13】オレンジをアップデート]

雹に見せかけた乾燥剤をこの冬は降らせてやるっ!
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結論を求めるな

2014/01/02(木) 22:56:31 [【12-13】オレンジをアップデート]

結論を求めるな。
浅いよ。
詩の読み方はそうじゃない。

私は、事象そのものの美しさや神秘さを、
淡々と描写するタイプの詩人だ。

っていうか、詩ってそもそもそういうものじゃないの?

結論がある話題の時は、
一番最初にそれを言います。

狙撃手は空には居ない

2013/12/29(日) 15:55:27 [【12-13】オレンジをアップデート]

 「狙撃されたかのように落下する秋の日」
 「この澄み渡った空のどこに、狙撃手が潜伏出来るというのか?」



どのような確信があって狙撃手は空には居ないと言い切れるのか?

シャープペンシルの夭折

2013/12/29(日) 10:57:18 [【12-13】オレンジをアップデート]

 シャープペンシルは夭折と縁が深い。
 使用している途中に芯が折れるというのもそうだが、それだけではない。
 芯を最後まで使い切ることが出来ないというのもそうだが、それだけではない。
 後尾の消しゴムがまだ充分に残っているうちに、内部の筒が目詰まりを起こしてしまい、本体そのものが使用不可能になってしまうこと、これが言葉の真の意味における「シャープペンシルの夭折」である。

嗤い茸

2013/12/28(土) 16:12:21 [【12-13】オレンジをアップデート]

 (十月のある日にタイムラインを見ると、俳句クラスタの人々が「笑い茸」でそれぞれ句作に励んでいる。正当な秋の季語なのだという。釣られて仕事の休憩時間に自分も試みたが、イマイチ上手くいかない。)



その香など誰も論ぜず笑い茸



 (最後には半分ヤケになって、次の句を作ったら反響があった。)



凄惨を究めるならば嗤い茸

終わっていいとも!

2013/12/28(土) 14:33:59 [【12-13】オレンジをアップデート]

 「笑っていいとも!」が終わるという。
 良いニュースだ。
 そもそも日本のテレビには、影響力と話題性が過剰に集中し過ぎている。人々の日々の話題の過半が、地上波の全国放送のテレビ番組によって発信され、規定されているが、知的生命体の精神状態として、明らかに健全でない。異常なまでの無内容であり、無知性であり、空疎である。
 その空疎を体現していたのが同番組であり、その消滅は日本文化に良い影響を与えるだろう。良い流れが来ている。
 また、森田氏自身の今後の芸歴や健康を考えても、悪くないと言える選択なのでないか。



隻眼の黒眼鏡の人年老いて南中時から追放される

羊羊

2013/12/26(木) 20:21:44 [【12-13】オレンジをアップデート]




羹とまるで似ていない

未だ継続している福島第一原発における放射性物質の漏出と同時に進行していた東京五輪誘致活動の活動員として壇上で演説を行った滝川女史が、英語の合間に挟んだ五モーラから構成されるその日本語由来の単語を発声した際の声帯模写的に

2013/12/26(木) 11:07:38 [【12-13】オレンジをアップデート]

「た・れ・な・が・し」

 未だ継続している福島第一原発における放射性物質の漏出と同時に進行していた東京五輪誘致活動の活動員として壇上で演説を行った滝川女史が、英語の合間に挟んだ五モーラから構成されるその日本語由来の単語を発声した際の声帯模写的に

「な・し・く・ず・し」

 未だ継続している福島第一原発における放射性物質の漏出と同時に進行していた東京五輪誘致活動の活動員として壇上で演説を行った滝川女史が、英語の合間に挟んだ五モーラから構成されるその日本語由来の単語を発声した際の声帯模写的に

「め・く・ら・ま・し」

羊飼いの不在

2013/12/23(月) 10:52:26 [【12-13】オレンジをアップデート]

羊雲朝日目指している。
溶ける。



羊飼い何処にも居ない秋の空

狼の見ない満月

2013/12/20(金) 15:29:46 [【12-13】オレンジをアップデート]

満月をタイムラインから仰ぎ大江戸線の深さで眠る



満月は在る。この街の
狼も
狼男も居ない夜半にも

トッキョォウ

2013/12/20(金) 15:16:23 [【12-13】オレンジをアップデート]

 早朝出勤の大江戸線の車内で見ていたツイッターで、次の次のオリンピックの開催地が東京に決定したらしいことを知った。
 職場ではウエノさんが、良く分からない手振りと同時に「トッキョォウ」「トッキョォウ」という発声を繰り返している。一体それは何ですかと聞くと、「オリンピックの開催地が東京に決まったことを発表した瞬間の、国際オリンピック委員会のロゲ会長」のモノ真似だという。今日は仕事であるにもかかわらず、ウエノさんは昨晩徹夜でゲームをしていて、その流れで早朝のその中継まで見てしまったのだという。ラテン系の人間だからか、ロゲ会長はその発音が独特で「トッ」の部分は促音っぽくなってしまうのだと解説してくれた。
 良く分からない手振りは、壇上の会長がカードを裏返して、TOKYOと書かれた面を見せる動作の真似だという。
 今日の仕事は楽だったので、ウエノさんは暇潰しに様々なことを教えてくれた。親切にも、新東京オリンピックを巡って、2ちゃんねるのどの板にどんなスレッドが立っているのかまで要約してくれたので、私にはテレビもネットも見る必要が全く無くなってしまった。こうして、私にとっての東京オリンピックは始まった。
 そのモノ真似が自身ではかなり気にいったらしく、今日は終日これを続けるとウエノさんは宣言して、事実その挙動を反復し続けた。それが本当に似ているのかどうかは私は興味が無く、今になっても判断材料が無い。この時点では滝川クリステルは全く話題にならなかった。夜になって杉並区には、非道いゲリラ豪雨が降った。

越谷とカンザス

2013/12/16(月) 21:41:38 [【12-13】オレンジをアップデート]

 埼玉県越谷市は、都心に通勤可能な近郊に位置する、可もなく不可もない、ごく普通のベッドタウンである。夏の終りのある午後に突如発生して、その住宅地を破砕して回った竜巻のニュースを見て、高校一年の時の、陰険な英語教師を思い出した。当時私達が使用していた英語の教科書のある章に『オズの魔法使い』が抄録されていた。
 『オズの魔法使い』の主人公の少女、ドロシーが住むカンザスという場所について、彼女はこのように解説した。カンザスというのは、アメリカにおける埼玉県のような土地です。海の無い内陸で、抑揚が無く平坦で、砂埃が多く、都会の人からは常にダサイ、ダサイと一段下に見られる。そういうニュアンスを含んだ固有名詞なんですと。当時の私には、その真偽を判断することは出来なかったが、小柄で、童顔なのに皺の入った、年齢不詳の、邪悪な小人のような相貌の女教師の、いかにも人を見下したその口調に、生理的に反感を覚えた。自分達が今居るこの街なんて、埼玉よりも遥かに格下の、狭小で水不足で湿度と不快指数ばかりが高い、西日本の一地方都市に過ぎないじゃないか。
 そうして、その反感故に、女教師のその発言もまた、長く記憶されることとなった。
 その女教師は、実は正しかったのかも知れない。カンザスは、やはり埼玉のような土地だったのかも知れない。カンザスから脱出することを夢見ていたドロシーは、竜巻の力によって遠い世界へ飛ばされたけれど、埼玉から脱出することを夢見る現代の無名の少女も、竜巻の力に秘かに大きな希望を寄せているかもしれない。
 そんな少女が居たら、それは間違いだと叱責したい。竜巻の力に期待する必要なんか、全くないだろうと指摘したい。越谷からは、電車一本で、ディズニーランドに行けるじゃないか。東京スカイツリーにも行けるじゃないか。浅草雷門にも行けるじゃないか。六本木ヒルズにもいけるじゃないか。地元には、レイクタウンがあって、巨大なイオンもあるじゃないか。何を焦って、竜巻に巻き込まれたいなんて願うのか。
 私には、少女崇拝の念が特にないので、優しくもなく、厳しくもなく、ただ、一人の良き先輩として淡々と、そのように教えたい。興奮することも、甘言を弄することも、父権的・男根主義的に偉ぶることも全くない、理性的かつ知的かつ冷静な存在として、少女達の前で振舞いたい。そうして現実を、現実そのままに、理解させたい。

花の外側で

2013/12/16(月) 10:13:48 [【12-13】オレンジをアップデート]

昼顔の閉ざされた花の外側で蝶と僕とは焼かれ続ける

熱帯朝

2013/12/15(日) 20:31:24 [【12-13】オレンジをアップデート]

熱帯夜そのまま
熱帯朝の街

ゲリラ豪雨の種子

2013/12/15(日) 20:26:13 [【12-13】オレンジをアップデート]

 冷房の効いた建物から外に出た瞬間、猛烈な高温と湿度とに襲われて眼鏡が曇る。一日に何回も、そういうことがある。
 同様の事象を、この街の夏は一日に何千万回も何億回も、人々が建造物を出入りする毎に反復し続けて、その蓄積の上にいつしかその空には不自然で巨大な雨雲が発生するのだろう。そうして、最早恒例となったゲリラ豪雨は降り注ぐのだろう。
 この街を流れる河川の水源地は、三多摩地域や奥多摩や関東山地のどこか遠い所にあるのだろうけど、この街の夏の午後を襲うゲリラ豪雨の発生源は、文字通りあなたのすぐ目の前に在る。あなたの視界が白く遮られたその瞬間に、その最初の瞬間を、あなたは目撃している。

大塚でアトレファシズムを

2013/12/13(金) 23:56:52 [【12-13】オレンジをアップデート]

 久しぶりに下車した大塚駅で、建設中の巨大なアトレビルを目撃するに及んで、全体主義的な何者かの漸近を否応なく意識させられた。西隣の巣鴨にはかなり前からアトレビィがあり、田端にもあり、上野にもあり、秋葉原にもある。全ての駅がアトレで埋め尽くされたとしてその先には、一体何が待っているというのだろう。
 この工事によって、大塚駅の南側に隣接していた立食い蕎麦屋は姿を消している。一方、都電荒川線が徐行する昭和の香りを残したロータリーを渡った所に、富士そばとしては不自然なまでにとても清潔で、明るい富士そばが開店している。八月も半ばを過ぎた朝に、その店内の、とても清潔で、明るい場所から、ほとんど完成に近づいたそのビルの姿を見て、私の内なる危機感を再確認した。

卯飲は悪ではない

2013/12/08(日) 22:33:01 [【12-13】オレンジをアップデート]

卯飲は悪ではない。
人は、呑みたい時に酒を呑んでよい。
しかし、朝から酒を呑んだ日の午後は、呑むべきではない。
          (青条美羽・二十一世紀日本の詩人)

オレンジをアップデート

2013/12/07(土) 12:33:09 [【12-13】オレンジをアップデート]

 車道より一段高くなった歩道の縁の色は、多くの場合交互にグレーとオレンジになっている。グレーの部分はおそらくはコンクリートの地の色で、オレンジの部分は塗装されたものだ。
 そのオレンジは何時、誰が、どのように塗装しているのか。夏の日の午後の、JR東京駅日本橋口の北側の高架下を通る永代通りの歩道を、作業服を着た初老の男の集団がぞろぞろと歩いて来る。四人の中の一人が、先端にローラーを装着した、絨毯用の埃取りに類似した形状の長い棒を携えている。色褪せて剥げかけているオレンジの部分にローラーを当てて転がす。滑らかに進む。クルクル、ペタリ。塗装は完了し、該当箇所は新しく鮮やかなオレンジにほぼ瞬時に生まれ変わっている。
 巨大都市の一隅において、誰かの手によって、日々確実に遂行されているマイクロレベルのアップデート作業。更新は無事終了しました。男達は数メートル毎に同じ作業を繰り返しながら遠ざかる。トム・ソーヤー効果か、愉快に見えないこともない。
 東京の夏の午後には良くあることだが、全く突然に、ゲリラ豪雨が襲いかかる。高架下であっても、その激しい風雨を完全に防ぐことは出来ない。新しく塗りたての鮮やかなオレンジにもその水滴が突き刺さり、無情にも無数の斑点が即座に刻みつけられる。一度晴れた後の夕方に、もう一度、今度は普通の夕立が降った。

丸の内トラストタワーN館一階エントランスの黄緑色の椅子

2013/10/17(木) 23:07:34 [【12-13】オレンジをアップデート]

背もたれの無い椅子だけが空いている

NHKが仕掛けたこの夏の深海ブーム

2013/10/16(水) 21:02:30 [【12-13】オレンジをアップデート]

深海の涼しさダイオウイカに問う

痩せる川

2013/10/16(水) 10:05:58 [【12-13】オレンジをアップデート]

痩せる川見殺しにして茄子肥ゆる

人力車から何が見えるの?

2013/10/16(水) 02:06:53 [【12-13】オレンジをアップデート]

 浅草寺の西側、浅草六区の一帯では現在、複数の巨大工事が同時進行中である。ある区画は大規模商業施設になり、またある区画は都道府県のアンテナショップを集住させる施設になるという。いずれも、かなり広大な面積である。工事現場を囲んで延々と連なる白壁が、ただ真夏の太陽光線を照り返すばかりのこの街の今の路上で、女性だけを三人も乗せた横幅のやけに広い人力車の長くて重い梶棒が、ゆっくりと大きく旋回して進行方向を変える。

甲虫と等しき自我

2013/10/13(日) 20:05:08 [【12-13】オレンジをアップデート]

朝食を西瓜で済ませば甲虫と等しき夏の祝日の自我

南北バスすぎ丸 浜田山→阿佐ヶ谷

2013/10/13(日) 04:31:36 [【12-13】オレンジをアップデート]

 今日は休日なので、浜田山駅前発阿佐ヶ谷駅行きのすぎ丸バスの最終便は、バス停の時刻表によると19時00分発である。街角に見えるブックオフの看板に少し心魅かれつつも、そのバスに私は乗らなければならない。夕立が上がった後の七月の空はまだまだ明るくて、浜田山の駅前も人通りが多い。
 18時47分、バスが来る。地元の人間らしき老婆が、「鎌倉街道沿いを通る阿佐ヶ谷永福町行き」のバスの有無について、運転手に問い合わせている。このバスは平日と休日でダイヤが違い、また便によっては少し経路も違っているようだ。
 さっきまで乗っていた、下高井戸発浜田山駅南行きのすぎ丸バスと比較すると、このバスの車体は、さらに一回り小さい。座席はほぼロングシートばかりである。老人の姿が多い。定刻に出発した。
 ブックオフの角を右折して、北へ向かう。しばらくは、誰も乗り降りしない狭い道のバス停を、淡々と通過し続ける。人見街道という、一応車道らしき車道に出ても、それは変わらない。冷房が強い。それが体に堪えるのか、さっきの老婆が後部座席を頻繁に左右に移動している。
 左に曲がって、浜田山小学校でようやく、別の老婆が降りた。住宅街やマンションの植込みが視界に迫ってくる。児童交通公園で一人乗る。件の老婆が降りる。
 善福寺川緑地を通る。本当にただの住宅街だ。逆方向、阿佐ヶ谷発のすぎ丸バスとすれ違う。こちらと異なり、向こうの車内にはそれなりに人が乗っているようだった。
 一転して団地エリア、阿佐ヶ谷住宅の一帯に入る。まるでゴーストタウンのような、荒廃しきった景観である。廃屋らしき団地の敷地を囲い込む、解体工事用の白い壁が冷たさと淋しさとを強調する。得体のしれないカーブをグルリと回る。街路樹等の手入れも適切になされていないのだろう、妖しく伸びた木の枝が思い切り音を立ててバスの屋根を擦る。
 ここが今回のワープゾーンだと思った。京王線沿線のどこかから、中央線沿線のどこかに路線バスで北上する時は、いつもこうだ。必ずどこか、こういう次元の狭間のような空間を一度は通過する。永福町から高円寺に向かった時も、芦花公園から高井戸を経由して荻窪に向かった時も、そうだった。浜田山から阿佐ヶ谷へ向かう今回も、やはりそうであった。
 杉並区役所前を右折して中杉通りに入った時点で、乗客は三人しか居ない。始発から終点まで、このバスの乗客が六人を超えることは一度もなかった。終点の二つ手前、阿佐ヶ谷南一丁目で、さらに一人降り、最後まで乗っていたのは、私ともう一人の男性だけであった。
 ロータリーに入っていくバスの窓から、阿佐ヶ谷駅南口のディラ前の路上を見る。私にとっては見慣れた風景だが、この角度、この高さから望むのは始めてだ。今日のその場所には、路上詩人は居ない。ドッペルゲンガーなど居ない。
 浜田山駅方面へ向かう折り返しの終バスは19時30分で、この便に限っては浜田山を通って、永福町まで行くのだった。それなりに人が乗り込んでいた。

南北バスすぎ丸 下高井戸→浜田山駅南

2013/10/09(水) 13:09:20 [【12-13】オレンジをアップデート]

 下高井戸駅北側の、甲州街道沿いのお好み焼き屋前のバス停に停車している。夕立は上がっている。まず家族連れが、次いで老人や年齢の高い母娘連れが乗り込んでくる。発車時刻にはまだ少し時間がある。車内のラックに刺さっている杉並区報が、参議院選挙を周知している。
 18時30分50秒にドアが閉まった。甲州街道をそのまま西進する。すぐに次のバス停に停まる。コミュニティバスとはいえ、さすがに近過ぎる気がする。
 交番前、下町(トヨタネッツ前)とバスは走る。普通のロードサイドの風景だ。桜上水駅前で、結構な数の人が降りる。
 誰も乗り降りしない上北沢入口で、車体は一度右折する。もう一度右折してUターンを行い、甲州街道を今までとは逆に、東に向かって走って行く。左折して、バスはいよいよ北上を開始する。幹線道路から一転して、すごい狭い路地だ。
 庚申堂。このバス停で、時間調整のためしばらく停車するという。本当に、そうだと思う。それ以外の深い意味など、特に無いと思う。近世の民俗学的世界の残滓が、雨上がりの夏の夕刻においていささかの超自然的な力を発揮したが故に、電気自動車の機構が金縛りに遇ってしまったというようなことは、あり得ないと思う。だから心配なのは、こんな狭い路地で停車してしまって、後続の車や人の通行を妨害にならないか、ただそれだけである。
 各バス停で、人々はそれぞれ乗ったり降りたりしている。塚山公園を過ぎて神田川を渡り、柏ノ宮公園下高井戸から乗っていた母娘が降車する。道の両側は何時の間にかマンションばかりで、少しずつ店舗が増えたと思うと左折して、あっけなく終点に到る。浜田山公園前の小さなバスターミナルに着いたのは18時48分。井の頭線の急行が踏切を疾走していく。
 

中立地帯としての家電量販店

2013/09/25(水) 01:00:44 [【12-13】オレンジをアップデート]

 現代社会において生活するならば誰もが何らかの形で、電化製品・電子機器・通信機器を必要とする。それはその人間がおかれた社会階層・経済状況・思想信条・人種性別容姿人格その他がどのようなものであっても変わらない。またその事実は、社会全体の巨視的な変化、政変・好不況・大規模災害等によっても揺らがない。
 だから家電量販店は、現代の消費社会における中立地帯として機能する。誰からも平等に求められ、また誰もを平等に迎え入れる白亜の伽藍。多様化し分裂化する現代人の生活様式の最大公約数を司る神殿。赤坂に新しくビックカメラが開基したという事実には、驚くべき点はとりたてて存在しない。私達は既に、久しい以前からエネルギーとエレクトロニクスとの忠実な信徒であり、また何時の間にか、それ以外には何の共通項も持たない存在なのであるから。国会議事堂と首相官邸との足下に当たる港区の一等地において、誰に対しても平等公平なこの空間は、ある種のデモクラシーの理念を具現化する崇高な使命を帯びているとさえ言い得るのかも知れない。この神殿内において四ヶ国語のアナウンスが流されるのは、その理念のようなものが世界宗教的な普遍性すら有しているからなのかも知れない。

ビックカメラ赤坂見附店

2013/09/04(水) 01:15:20 [【12-13】オレンジをアップデート]

 長い間休業中だった赤坂見附駅上の商業ビルが、全館ビックカメラとして営業を再開した。良くこの場所に出店したと思う。その勇気と決断力に感心する。
 店内を歩いてみる。どこにでもある、ごく普通のビックカメラである。新宿や池袋や有楽町に所在する同店と、ほとんど変わるところがない。それはつまり、書くことが特に何も無いということでもある。その安定感に圧倒される。(ブックオフですらそれなりに地域差があるというのに。)
 JR東日本の権力を嵩にかけたあの高圧的なアトレほどではないにしても、家電量販店にもまた、街や土地から、そのイメージや歴史性や固有性を剥奪し、漂泊し、均質化する性質がある。善悪はまた別にして、その性質は、明確に暴力的な力である。吉祥寺のかつての風俗エリア、「近鉄裏」と呼ばれた一角が、ヨドバシカメラの登場によって半壊に追い込まれたという話を、三鷹出身の詩友から聞いたことを思い出した。
 二階ではサンマルクカフェが開店に向け内装工事中だ。

 港区内の大衆商業施設としては、六本木のドンキホーテぐらいしか私には思い浮かばなかったが、このビックカメラの登場によって、街の風景も、人の動線も確実に変わるだろう。(この近隣に、もしブックオフが出来たら、いよいよ凄いことになるなとふと考える。)交差点のすぐ向こうを走る首都高の高架下に仮設の駐輪場があるのを見つける。この地域でも、自転車の利用者が増えているということだろう。新しいビックカメラの登場と、この駐輪施設は関係があるのかと係員の老人に聞いてみると、いや、ここは自治体の施設だから特に関係はないとの返答だった。
 この辺りを走るちぃばすは青山方面へ向かうものらしい。夏の午後の角を曲がる。

関東バス 北野→荻窪駅南口

2013/08/19(月) 01:46:11 [【12-13】オレンジをアップデート]

 三鷹市の最深部、中央自動車道の高架下にある北野のバス停は、二系統のバスの始発地点となっている。一つは小田急バスの吉祥寺行き、もうひとつが今回乗る関東バス荻窪行きだ。バスターミナルという程広くも無い、駐車スペースに関東バスの車体が入ってくると、小太りの運転手が降りて来て、近くにある不衛生な公衆便所に向かう。予想はしていたがこの公衆便所はやはり、ほとんどバス会社の社員のためだけに存在しているもののようだ。周囲には他に誰も居ない。
 夏の夜を定刻通り発車したバスには、私以外の乗客は誰も乗っていない。荻窪行きなのに、バスは南東に向かって進んでいるようだ。進むに連れて、少しずつ乗客が増える。給田というバス停で左折して進路を東に向け、すぐに京王本線千歳烏山駅前に着く。北野からここまでバス停にして五つぐらいだ。存外に近い。
 私以外の乗客は全て降車し、新しい乗客が乗ってくる。
 バスはそのまま東進し、同じく京王線の蘆花公園駅に向かう。世田谷の幹線道路沿いの景観には、印象に残るものも特に無い。ただ進行方向左手に、かの有名なトマトラーメンの開祖、アイバンラーメンの看板を目撃した時は気分がやや高揚する。時間を作って、一度食べに来なければなと思う。
 再び左折して北を向いた所にある蘆花公園駅前のバス停に停車する。時間調整のため、しばらく止まっているようだ。バス停の付近では中学生か高校生かがたむろして騒いでいる。
 バス車内にある広報物を読んでみる。関東バスでは「デジポンラリー」というスタンプラリーの企画を、この夏一杯やっているという。JR東日本の「ポケモンラリー」と似たようなもので、語感も意図的に似せたものだろう。「ゆるキャラ」にも似たいじましさが感じられるが、これで果たして何人の小学生が参加してくれるだろうか。
 夜の車道を再び走り始める。世田谷区から杉並区へ何時入ったのか、区境には看板があったはずだが見逃した。今度は井の頭線の高井戸駅前の高架下で、しばらく待機する。同じ井の頭線でも、永福町近辺は高架化されておらず、駅前は所謂「開かずの踏切」なのに対して、この駅は周辺の雰囲気にもずいぶんと余裕がある感じだ。四分ほど停車した後、発進する。
 311号線、いわゆる環八を北に向かってしばらく走った後、右手の脇道に入る。乗客が増える。車窓には個人指導塾の城南コベッツ、ファミレスの華屋与兵衛。
 飛ばすバス停が多くなる。車内放送で荻窪一丁目の地名を聞いてから、荻窪駅までなかなか辿りつかない。神田川は何時どこで渡ったのだろう? OKストアの看板が見えると、杉並・中野文化圏に入ってきたなと実感できる。やや渋滞気味だ。
 終点の一つ前のバス停は東電荻窪支社前である。駅南口に、西側から滑り込む。北口と異なり、いわゆるロータリーは無い。改めて降車客を見ると、ワイシャツ姿の人間が意外に多い。
 

北野の謎

2013/08/07(水) 02:27:32 [【12-13】オレンジをアップデート]

 千歳烏山仙川の遥か北、世田谷区調布市三鷹市との市区境が複雑に入り組んだ一帯は、なかなかの辺境だ。その三鷹市側の地名は、北野という。
 その、三鷹市北野の中でも最も外れにある小さな公園で、同市の移動図書館がひっそりと開館している。車体は小さなマイクロバス、蔵書検索システムはごく普通のノートパソコン。来館者は老人が多いのは、やはり平日だからか? 書棚を見た限りでは、大して面白くもなさそうなベストセラーばかりが並んでいる。
 それでも、このような公的な賑わいがこの場所を選んで立てられるのには、何か然るべき理由があるのだろう。

三鷹市北野の移動図書館


 自転車で現れた男性が、公園脇に立つ参院選候補者の看板に、山本太郎のポスターを貼って去っていく。
 この北野という場所は、路線バスの結節点でもある。中央自動車道の高架下にある小さなバスターミナルからは、三鷹や吉祥寺に向かう小田急バスと、京王の千歳烏山や芦花公園を経由して遠回りに荻窪に向かう関東バスとが発進する。何故この場所なのか、全くの謎である。
 中央自動車道の周辺には、緑地、畑、林がかなり残っている。竹林の中の一軒家の上空を、夥しい数のムクドリが、例の不気味な声で鳴きながら飛び交う。ここは調布市も至近である。ゲゲゲの鬼太郎の作者である水木しげるにインスピレーションを与えたのも、或いはこのような、開発以前の武蔵野の風景であったのかもしれない。
 現代風の一戸建てとトウモロコシ畑とが混在する住宅地の一隅で、野菜の自動販売機を見つける。私は何も買わなかったが、後に同僚が報告する所によると、百円で売っていたプラムは酸っぱ過ぎて喉の渇きを潤さなかったそうだ。

波の数だけ斬りつけて

2013/08/06(火) 03:16:22 [【12-13】オレンジをアップデート]

 練馬区の小学生に斬りつけた男は、脳に直接語りかけてきた電波の指示に従い凶行に及んだと供述している。どうしていつも「電波」なのか? その「電波」とやらは、一体どこから飛んでくるのか? 周波数は幾つなのか? その「電波」の届かない所は無いのか?
 従来の携帯の電波に加え、ワイファイやタブレット端末やスマホ等の多種多様な通信機器の氾濫が、「電波系」の業界にも混乱と暴走をもたらし、このような事件の遠因となっているのだろうか? それともやはり、首都圏電波界の大転回点ともいうべき、東京スカイツリーの稼働開始が、半分以上埼玉であるこんな辺境の地にも、影響を及ぼしているのだろうか?
 電波といえば、全てスカイツリーに結び付けてしまうのは、あまりにも安直な推理である。時流に阿っていると思われても仕方がない。
 地域性を鑑みて、ここは敢えて、田無タワー黒幕説を提唱してみたい。
 田無タワーの電波は、以前にも練馬区における電波系の凶行を演出している。同区在住の電波系を自称するサブカルライターが、自宅を訪問したファンに刺殺された事件である。その犯人も今回の犯人も同じように、西東京市に君臨するこの高塔から発信される電波に使嗾されたものだと解釈したい。その方が、B級地域史としての物語性と連続性とを見出せて面白いし、そのような妄想力の流露こそ電波系の話題にはいかにもふさわしい。その計画の初期段階において、スカイツリーを豊島園に誘致しようという運動が練馬区には存在したことなど、この街に住むほとんどの人が忘れ去ってしまっている今となっては。



(≒抱きしめて)
波の数だけ斬りつけて

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