国立新美術館

2007/02/26(月) 23:54:39 [【06-07】SuicaのCM]

国立新美術館
新国立美術館
どっちが正式名称だったか、
未だに混乱してしまうのだけど、
とにかく新しい国立の美術館が六本木の辺りにできた。
最寄駅は、千代田線の乃木坂なのだが、
その地下鉄の出口までもが、
この新しい美術館のために新しく作られているのは、
何だか爽やかで清々しい。



改札の通路が既に美しきコリドールとなり人を迎える



チケット売場には、けっこう行列ができていたりする。

黒川紀章設計の建物は、
パンフレットの写真を見てイメージしていたほど、
巨大で威圧的なものではなかったけど、
それでも確かに写真と同じように、
ガラス張りのファサードが波打っていた。
曲線と曲面で構成された形状が奇抜さに基づく自己主張よりも、
むしろ静的な穏やかさから発せられる存在感を見せている。
無駄に人を圧倒しようとしないところが、
上品に感じられた。



さざ波の如きガラスのビルあらん
乃木坂の上に芸術あらん
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今、僕は、全くの空虚な存在として、

2007/02/13(火) 00:50:10 [詩文・俳文]



今、僕は、全くの空虚な存在として、
この東京の街角に立っている。
夢も希望も情熱も持たない存在として、
毎日をただ、俯きながら歩いている。
その欠落を、埋める方法もわからないまま
ただ苛立ちだけがどんどん鋭くなっていく。

例えばこの街には、演劇にハマる少女が居る。
信仰宗教にハマる少年が居る。
若い頃の僕は、
そう言うヤツラは、暑苦しくて頭のワルイ、
若者文化のヒエラルキーでは、最底辺に位置している
ただそれだけの奴等だと、
完全な優越感とともに、バカにしていたけれど、
今となっては、そういう人々の方が、
僕なんかよりよっぽど充実した、
密度の濃い時間を過ごしている。

僕だって、それなりに知的な好奇心を抱いて、
この街にやってきたはずだった。
精神的な充足を求めて、年齢を重ねてきたはずだった。
けれども、今の自分には、残念ながら何もない。
たまに美術館に行ったり、たまにはマイナーな映画をみたり、
ぼそぼそと外国語教室に通ったりして、
ただ一時の安らぎを得て、
文化的なコンプレックスをわずかに慰めているだけだ。

どうして、こうなってしまったのだろう。
こんなはずでは、なかったのに。

今、僕は、全くの空虚な存在として、
この東京の街角に立っている。
夢も希望も情熱も持たない存在として、
毎日をただ、俯きながら歩いている。

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