積雪二句

2008/01/29(火) 00:41:40 [俳句]

雪化粧高見の見物窓の中



雪見酒始めんとせば既に雨
スポンサーサイト

カラスと闘う

2008/01/28(月) 00:15:22 [短歌]

特売のワンタンメンを奪われて
カラスと闘う日曜の朝



近所のスーパーは、
「日曜市」とか「日曜朝市」とか称して
日曜日の午前中に特売を行っている。
どこも主婦達の姿でごったがえしている。

買った品物を自転車のカゴに入れて、
少し他の店を覗いていたら
その隙にすかさず一羽のカラスが飛び降りて来て
インスタントのワンタンメンのフタを嘴で破って
その中身を突き始める。
慌てて気づいて追い払ったが、既に手遅れであった。
カラスは賢いからねぇ」と
そばで見ていた老婦人が嘆いて言った。
その他の食品には被害が及ばなかったのは、まあ良かった。

詩集が売れた!

2008/01/26(土) 04:29:16 [短歌]

やった! やった! 詩集が売れた!
やった! やったぞ! 詩集が売れた!

今年に入ってから、池袋西側・メトロポリタンプラザの脇にある
地下鉄有楽町線の出口の傍らで、
ピクニックシートを広げて私の詩集を売っている。
池袋西口公園の隣の、
『6っ星レストラン街』と書かれた紺色の看板を
道路を挟んでちょうど真正面に眺めるポジションだ。
100円ショップで買った画用紙に
「詩集 紹介しています」とマジックで書いて立てかけて
100円シートの上の100円クッションに胡坐をかいて詩集を並べ、
誰かの訪問をじっと待っている。

真冬の歩道の冷たさが、薄いシートの下から突き刺さる。

ほとんどの人は、一瞥をくれただけで
まあ目をそらして足早に通り過ぎる。
全く目もくれない人も居る。
中には、暇潰しに話しかけて来る人がいる。
漫画喫茶のお泊りパックが始まるまでと言って
池袋ではここがお勧めらしいと
『遊々空間』のチラシを見せてくれる。
それでも、話しかけてくれるだけで
私にとっては面白く、またありがたい。

真冬の夜風はとても冷たい。

そんなある夜、一人の青年が話しかけて来た。
話をしてみると、ずいぶんと老成した人生観の持ち主のようであった。
私の詩集の中から、お勧めの詩を一篇選んでくれというので
そのようにすると
一通り目を通した上で
謙虚かつ爽やかな物腰で、理路整然とした感想を述べてくれた。
そうして500円玉を置いて、詩集を一冊買ってくれた。

私にとって最初の「お客様」である。
しっかりとした印象を与える好青年だったが、
歳は私より大分若いとのことだった。

私は、私の夢に向けて
ささやかながら一歩前進することが出来た。
感謝の念に堪えない。
ありがとうございました。



我が胸に 灯火灯る この一歩
真冬の路上に夢がかなえば

『かけらーめん』

2008/01/21(月) 07:11:00 [詩文・俳文]


池袋東側の
『ビック酒販』の向かい側のビルの地下に
『かけらーめん』という店があることに
最近気づいた。
ラーメン1杯280円という、驚きの安さである。
チェーン店のようだが、
まさか『日高屋』を下回る低価格ラーメンが
この日本に存在するとは思わなかった。

僕の後ろに道は出来ない

2008/01/19(土) 01:47:01 [詩文・俳文]

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来ない

僕が居るのは藪の中
茨をかき分け進みゆく
茨はとても強かで
硬くてとてもしなやかで
僕が通った後などは
跡形もなく元通り
だから……

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来ない

鋭い棘は容赦なく
僕の体に突き刺さる
けれど痛みを感じる時が、
僕が生きてる、生きてた証。
そうして棘の先端が
赤く血濡れていることが
確かに僕がこの場所を
傷つきながら通った証。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来ない
けれども……

いつか花咲く季節になって
小さな薔薇の花びらが
ぽつんと赤く染まっていたら
それこそ僕が流した血潮。
意味なくもがいて疲れた僕の、
エネルギーの残存物。
見えない敵と闘った、
ひとりぼっちの勇者の記憶。

僕の前に道はない
僕の後ろに道はできない

抜糸

2008/01/17(木) 05:47:07 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

足の怪我が無事抜糸される。



糸抜かれ自由



糸抜かれ自由に



糸抜かれ自由と



糸抜かれ自由となりし足裏の
改めて見る逆くの字の傷

ゲイリー・クーパーあるいはヘミングウェイ

2008/01/14(月) 03:41:10 [短歌]


ゲイリー・クーパーあるいはヘミングウェイ



誰が為に鐘は鳴るかと問われれば
カエルのためにと答える人挙手 ノシ



ミルフィーユ喰いてえ。
ユーゲーは創刊号だけ、版型と開き方向が違うんだよね。
持ってるけど。

池袋駅東側のフリーマーケット

2008/01/13(日) 00:57:45 [短歌]

池袋駅の東側、
線路に沿って大塚方面に細長く伸びている公園で
フリマをやっていたので覗きに行った。
規模はそれほど大きくなく、
またそれほど珍しいものも見かけなかった。

一応冬物の衣類が目当てだったので、
部屋着代わりのジャージ上下と、
普段着用のトレーナーを買った。
ジャージは1000円だと言うのを、
交渉の末300円まで値切ることに成功した。

特に用事もなかったので、
必要な買い物が済んだらそそくさと帰った。



新宿を愛するようにこの街を
未だ愛せず池袋の冬

ドラクエⅣ終えホロホロと泣く

2008/01/12(土) 02:31:20 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

親の仕事の都合で
ある地方都市への引っ越しが急に、
中途半端な時期に決まった。
その街に住んでいた頃の私は
幸福にも多くの友人に恵まれていたが
非常に辛くて悲しい別れを余儀なくされることとなった。
友人達は、お別れにと、
それぞれ色々なものをプレゼントしてくれた。

その中の一人、K君は、
当時発売されたばかりの
ファミコン版のドラクエⅣを貸してくれた。
しかし引越しの当日までには攻略できず、
借りっぱなしでそのまま別れることになった。
K君は、別段何も言わず、特に怒りもしなかった。

結局夏休みにその街を再訪した際に、
K君の家に行ってソフトを返した。
K君は不在で会えず、その母親に挨拶だけしてきた。

それから十五年以上経って、私は、今、DS版のドラクエⅣを手にした。
この歳月の間の、
コンピュータテクノロジーの飛躍的な進歩を反映して、
私のおぼろげな記憶の奥底のファミコン版とは
かなり違う部分もあったけれど、
根幹の部分は、紛れもなく、やはり、ドラクエⅣだった。
主人公が孤独で報われることの少ない、あのドラクエⅣだった。

そのDSドラクエⅣを終え、
エンディングテーマを聴きながら
私は涙を流した。
号泣した。
オーケストラで該当するピッコロの音が前面に出て
曲調が変わる箇所は特に鮮明に記憶していて
その部分にかかると涙が溢れ、止まらなかった。

人は誰しも皆、辛い思いを抱えながらその人生を生きる。



吾れ若き時辛き時思い出し
ドラクエⅣ終えホロホロと泣く



後になって眼鏡を見ると、
裏にくっきりと涙の跡が残っていた。

大泉学園には牛が居る

2008/01/10(木) 04:25:31 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

大泉学園にはが居る。
駅から北に歩いて十分ぐらいの所に
とても小さな牧場があって、
そこにはちゃんと牛舎もあって、
藁も積まれていて、
土と糞の匂いがないまぜになった
あの独特の匂いが鼻を突く。
そうしての姿も見える。
何でも、この牧場で取れた乳を売っているらしい。

今日は小雨が降っている。



武蔵野の面影残せし
練馬区の北辺にて
小雨に濡れる



いや、世田谷区だって奥の方に行けば
結構鄙びた、田舎っぽい風景が
残っていたりするのだけれど、
さすがに東京二十三区内でこのような景色を目撃するとは思わなかった。
二十三番目に東京二十三区となっただけのことはある。

世界征服の一歩はまず練馬からと
かつてかの成原成行博士は言われた。
練馬区侮り難しである。
練馬区は伊達じゃない。

大泉学園は基本的にはとても開けた街だ。
実際に降りる前は、西武新宿線的狭小さをイメージしていたが、
駅の両側ともに、複合施設となっている背の高いビルがそびえている。
南口にはペデストリアンデッキがあり、
その下は巨大なバスターミナルとなっている。
北口の商業エリアもかなり広い。
ターミナル駅を除いた西武池袋線の駅の中では
最も乗降客が多いのだと言う。

意外性と奥行きのある、面白い街だったけど
やっぱり一番衝撃的だったのは、

大泉学園にはが居る。

大丸東京店リニューアル

2008/01/07(月) 00:39:49 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

私の好きな大丸東京店が、
グラントウキョウノースタワーという
八重洲北側の新しい高層ビルに移転した。
この高層ビルは本当に背が高く、
近くの歩道から見上げても一番上まで見えない。

私の好きな大丸東京店の中でも
とりわけ大好きなスポットである、
大丸ミュージアムも移転した。
リニューアルオープンの企画展示第一弾は、
やはり女性客を強く意識してか、
ガレとかドーム兄弟とかの、
フランスベル・エポック期のガラス細工や装飾品を特集している。
私にとっても、悪くない。
元々嫌いではないジャンルでもあるし、
新年早々ガラスで怪我をして
救急車を呼ぶはめになった私としては
これはまあ、ある種の厄払いだ。
女性を中心に人出はかなり多く、
壮年の、責任者と思われる男性店員は
来客誘導に東奔西走、大わらわである。
そのホスピタリティのレベルも落ちていない。
満足である。

私の好きな大丸東京店の中でも
やはり大好きなエリアのひとつだった
三省堂書店も移転した。
だが店舗面積は大幅に縮小されていた。
更に悪い事に、付属の喫茶店に未購入の本を持ち込んで
ゆっくり読みながら品定めできるあのサービスが
無くなってしまった。
この種のサービスを最も早く始めたのはここの三省堂
当時は話題を呼んで
テレビのニュースでも取り上げられたりもしたのだが、
残念である。
不満である。

私の好きな大丸東京店の中に
かつてあった蕎麦屋「麺亭みず乃」は
無くなっていた。
その代わり麻布の更科系蕎麦屋の系譜に属する
永坂更科布屋太兵衛」がレストラン街に入っていた。
席によっては東京駅のプラットホームを眺める事が出来る。
この景色は丸の内側からでは絶対に見られない、
八重洲側ならではの特権だ。
その部分には素直に満足した。
帰りのエレベーターからもやはりその夜景は眺めることができた。

病院ハシゴ

2008/01/04(金) 23:44:15 [短歌]


世の中は仕事始めの晴天に
病院ハシゴしている私



片足をビニール袋でガードして
1本足立ちシャワーを浴びる



ガードは完全ではなく、患部は微妙に湿ってしまったが、
それでもその役割は8割がた果たしてくれた。

一月二日の救急指定病院

2008/01/04(金) 00:09:19 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

医師の指示に従って、
ガーゼ交換と消毒のために一月二日の病院へ行く。
年末年始なので一般外来はやっておらず、
救急患者の合間に診療を受ける形になるので、
お待ちいただくことになると病院事務の人から説明される。
そりゃあそうだろう。当然だ。
自分のような頓馬な怪我人(しかも後から考えたら大した事もない)よりも
緊急を要する人が優先されてしかるべきだ。
どうせやる事もないので、
のんびりと待合ロビーで本でも読みながら待つことにする。

この間、ロビーでトラブルを目撃した。
入院患者のある老婆が、
勝手にタクシーを呼んで、
行くあてもないのにどこかへ走り去ってしまったのだ。
とは言っても、老婆の言う事はコロコロ変わって、
いつまでたっても要領を得ないので
運転手は結局この病院へ引き返して来て
かかったタクシー代を払えと言う。

事務の若い女性が老婆の行動をたしなめるとともに
老齢の警備員がいきり立つタクシーの運転手をなだめる。
老婆には金銭の持ち合わせがなく、
タクシー代は結局事務サイドで建て替えてお引き取りを願ったようだ。

ところがこの間の経緯を見ていた、
車椅子の若い男性の入院患者が憤って
タクシーの運転手に対して食ってかかった。
病人に対してもっと優しくしろと言う。
病院の前の路上で怒鳴り合いになっているのを、
再度のトラブル発生の知らせを受けた警備員が止めに入る。

この警備員さんだって、決して暇じゃない。
かなりの頻度で入ってくる救急車
その都度オレンジ棒を持って誘導し、
また救急患者の家族の車やタクシーも捌かなければならない。
病院事務員だって、常に、不定期に入ってくる救急患者と
連絡を受けて慌てて飛び込んでくるその家族に
今後の書類上の手続きについて手短に、分かり易く説明しなければならない。

「お金はちゃーんと貰ったんだから、
何言われても気にせずに、さっさと行けばいいのにねえ。」と
警備員の男性は愚痴る。
私は率直に、頭が下がる。
日本の医療現場は、
医師・看護師救急隊員から、
病院事務員や警備員までを含めた人々の
圧倒的かつ献身的な善意と良心によって支えられている。
そのことを、我々は良く知るべきだ。
一部のマスコミ報道で喧伝されている
いわゆる「日本の医療崩壊」が、
もしも現実だとするならば
(私はマスゴミ報道を鵜呑みにするほど馬鹿ではない)、
それは個々の人材の問題ではなく、
何か別の、システム全体の問題なのだ。

結局二時間ぐらい待って、診療自体はあっという間に終わったが、
全く腹は立たなかった。
むしろ正月から必死で働く医療スタッフの姿を見て
感謝の念を覚えた。

元日から救急車

2008/01/02(水) 01:04:50 [短歌]

酒瓶の欠片踏み刺し救急車!
6針縫うが吾れの元日

中原中也とカラヤン

2008/01/01(火) 02:53:06 [短歌]

年末の番組表見て教わるは
中也とカラヤン1歳違い



中原中也は1907年生まれ、
ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年生まれで
両者とも生誕100周年として
この年末年始に特集番組が組まれている。

| HOME |