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空の自意識

2008/08/31(日) 01:32:23 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

雲の行方が特に気になるわけでも、
ヘリや飛行機の飛ぶ音が聞こえるわけでもないのに、
何の理由も無く人がふと空を見上げる時は、
大抵の場合その自意識の置き場所を探しているのである。
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夏目漱石「自転車日記」

2008/08/30(土) 23:58:33 [ボキャブライブラリー]

玉砕:大丈夫は寧ろ玉砕すべし。何ぞよく瓦全せん。
(『北斉書』元景安伝、「玉砕」の出典。)
顧盻:ふりかえって、うらみをこめて見ること。
淋漓:溢れしたたるさま。
命を領す:「承知する」の敬語。
漆桶を抜く:心の迷いなどから抜け出る様
大悠なる:おちついて悠々としていること。
苟且にも:かりそめにも。
難透難徹:困難きわまること

※この記事を執筆している間に、
丁度NHK教育TVでは「自転車の国の王子様」という
番組を放送している。

長生きのための十戒

2008/08/30(土) 02:17:17 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

一、良く眠る。
一、野菜をたくさん食べる。中国産は避ける。
一、車を使わず電車と自転車。
一、仕事で体を壊さない、体を壊すほど仕事をしない。
一、デキる奴は素直に認める。
一、デキる奴のマネを出来る範囲でする。
一、になりそうなら逃げる、投げ出す。
一、風呂にはゆっくり、のんびり入る。
一、煙草を吸わない。副流煙も避ける。
一、眠れない時は目をつぶって静かに体を横にする。
それだけでもそれなりに疲れは取れる。

夏目漱石「倫敦消息」

2008/08/30(土) 02:06:02 [ボキャブライブラリー]

冥々の裡に:自然と心に感知するさま

シチハチダイナーだってよ

2008/08/29(金) 00:16:19 [詩文・俳文]

何時の間にかルミネ・エストと変わっていた
新宿東口の元マイシティだったブティックビルディングだが、
その七階と八階に位置するレストランフロアを、
最近シチハチダイナーと称して宣伝するようになった。
改めて言うまでもなく、ドラマ『ハチワンダイバー』の
明々地たる剽窃、
パクリ中のパクリ、つまりはモロパクである。
羞恥心が完全に欠如している、この厚顔無恥さこそが、
コピーライターという職業の必要条件なのだろう。

夏目漱石「私の個人主義」

2008/08/28(木) 23:53:34 [ボキャブライブラリー]

大牢:素晴らしいごちそう
浮華:あさはかではなやかな事。
摯実:飾り気なく真面目な様。
党派心がなく理非がある。

夏を畳む

2008/08/28(木) 05:01:04 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

八月の終わりの晴れた涼しい朝に、
叢の虫の声に混じって、
今もなお懸命に鳴き続けるミンミンゼミの声が
途切れ途切れにか細く聞こえて来る。
天気予報によると今夜からまた雨が降り出すと言う。

シベリアからの低気圧が夏を畳みにやって来る。

夏目漱石「文芸と道徳」

2008/08/28(木) 04:39:01 [ボキャブライブラリー]


紛紜:いりみだれるさま。もつれ。
躬行:口で言う通りに実際に行うこと。

夏目漱石「現代日本の開化」

2008/08/26(火) 23:39:09 [ボキャブライブラリー]


這裏に:このうち
敢為邁往:自らが進んで元気一杯に突き進むこと

夏目漱石「道楽と職業」

2008/08/26(火) 04:55:01 [ボキャブライブラリー]


見性:禅語。人々が本来備えている心性を見抜くこと。悟り。

【ノート】自意識の焦点について

2008/08/26(火) 02:44:03 [【思索】詩作ノート]


人がその感覚器を通じて情報を獲得し、五感に拠り外界の事象認識する時、通常認識する側の人を主体、される側の事象客体と分類する。この時、主体客体の関係が1対1ならば、変わった事や珍しい事は特にない。ただ単に主体客体が一つずつ在るというだけである。

では、客体が2つ以上となった場合はどうだろうか? 2つ以上の客体認識する時には、当然そのために必要とされる情報の流れも2つ以上になる。「踏切の音を聴きながら蝶が舞うのを見る」とか、「朝の涼しさを感じながらヘリコプターのプロペラ音を聞く」といった場合がこれに当たる。

このように「2つ以上の情報の流れ」が存在する時、その情報の流れの交差点・焦点として、主体である人の認識能力は強化され、強調される。つまり感覚器による五感認識を束ねる、ひとつ上のレベルの認識能力が意識化される。(その「諸々の感覚の焦点としてのメタ感覚」を呼ぶときに「悟性」という言葉を哲学用語を用いていいのかどうかは今の私にはわからない。何だか安直に過ぎる気もする。)

普段は意識されないものを発見し、その存在を示すのが言語表現としての詩の役割のひとつである。諸々の感覚の焦点としてのメタ感覚を覚醒させることも、この役割に属する。だから詩を書くときには、4センテンスなら大抵3センテンス目に客体の転調が行われ、3センテンス詩なら最後に1、2センテンス目とは異なった対象に注意を向けて、いわばオチを作る。

夏目漱石「作物の批評」

2008/08/25(月) 03:50:34 [ボキャブライブラリー]


没分暁:道理に暗い事

月刊無差別殺人

2008/08/25(月) 02:54:36 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

月刊通り魔
月刊無差別殺人
月刊だったものが、好評にお応えして
隔週刊となり、
週刊となり、日刊となる。
最後には朝刊と夕刊が出るようになるかも知れない。

東京ウォーカー』とか『東京一週間』とか『散歩の達人』とかいう雑誌が、
毎号お勧めの街を紹介していくように、
月刊通り魔もまた、様々な東京の街を巡って行く。

世界全体に対する敵意や憎悪を自身の内側に蓄積している人々が
今の日本には少なからず潜在している。
そのような情念に形を与えて類として束ねる表現力が、
今の日本の社会科学の言語には欠如している。
結果として、そのエネルギーは、
最も原始的でアモルフな暴力の噴出として
今の日本では単発的かつ突発的に現象化するだけとなる。

社会全体の質的低下というのは、
ある一つの決定的な事件、モメントによって
瞬間的、一挙的にもたらされるものではない。
むしろそれは、少しずつ徐々に進行していき、
我々の感覚を蝕んで行く。
通り魔事件や無差別殺人事件が
一定の間隔で日常的に起きる事に慣れ、
その感覚が少しずつ短くなっていき、
何時しか東京をはじめとする日本の都市は、
南米の計画都市や南アフリカのヨハネスブルクのような街に
なっているのかも知れない。

【映画】崖の上のポニョ

2008/08/24(日) 00:26:41 [【映画】観映グゥ評]

宮崎駿は真正のサヨクであり、軍オタ(軍事オタク)であり、そしてロリコンであり、
世間の眼から前二者の属性を何とかカモフラージュする事はできても、
ロリコンであることだけは蔽いようがないことが見て取れる映画。
どんな人間でも、金と名声をつかんでしまえば大抵の要素は
肯定的に解釈されてしまうということが、
その成功から学習することが出来る。
カイジの利根川理論の、最も端的な体現者である。

【続きを読む】

夏目漱石「創作家の態度」

2008/08/23(土) 23:30:42 [ボキャブライブラリー]


拍案の概:感動のあまり机を叩きたくなるような気持ち
獰猛:ねいもうとも読む。
咏懐の辞
花晨:花の咲いている朝
⇒花晨月夕

日高屋が街にやって来る

2008/08/23(土) 01:53:46 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

日高屋が街にやって来る。
メガネスーパーが潰れた後の店舗が
飲食店仕様に改築されていると思ったら、
日高屋が出来るという看板が
大々的に掲げられることとなった。
ニュー日高ですらない、ただの日高屋である。

日高屋が街にやって来る。
この近年、フツーのコンビニや外食チェーンの姿ばかり増え、
目白もフツーの街になってしまうようだ。



日高屋が増える街角もう一つ

日高屋目白店01

夏目漱石「文芸の哲学的基礎」

2008/08/22(金) 23:43:31 [ボキャブライブラリー]


市機匠気:アーティスト(芸術家)の精神ではなく、
商売気の多いアーティザン(職人)精神。

炳乎として:明らかなさま

契合一致:割符を合わせたようにぴたっと一致すること

根本義

充牣:充満

突兀:岩などの高く突き出ている様。傑出していることにも言う。

芳烈:香気の激しい事

婉約:つつましく奥ゆかしい事。

渋谷のマシラ

2008/08/22(金) 00:17:17 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

いずこより来たるか渋谷の迷いザル



東急を止める渋谷の夏のサル



ヒートアイランド現象対策として、
東京に点在する公園や寺社の緑地に連続性を持たせて、
風の通り道を作る計画があるという。
それに加えて、そもそも東京の本質は
夥しい雑居ビルの集積体であり、
サルの移動や逃走に利用可能な
低層建築や電線には事欠かない。



東京に緑増やせばサル遊ぶ



東京グリーンベルト伝い来て
マシラ一匹渋谷騒がす



トーキョーゲリラ豪雨サル濡れる



ロンドンにキツネニューヨークにはリス
タヌキとサルトーキョーに棲む



青山通りをマシラが通る。

夏目漱石「写生文」

2008/08/21(木) 23:54:08 [ボキャブライブラリー]


肯綮に当たる:急所をついている。

遭逢纏綿:めぐりあいやまといつき。
人事の因縁や様相の複雑なことを言う。

酣酔狼藉:酒に酔っ払って乱暴にふるまうさま。

ガイジンは増えたけど

2008/08/21(木) 00:10:40 [詩文・俳文]


ガイジンは増えたけど
カッコイイガイジンは少なくなった。
これが国際化と言うことか。

夏目漱石「硝子戸の中」

2008/08/20(水) 23:55:00 [ボキャブライブラリー]


秋風の聞こえぬ土へ埋めてやりぬ:愛犬の墓標に書いた一句

半鐘と並んで高き冬木かな:幼少の地の風景を懐かしんだ一句

玲瓏:透明なさまの形容
玲瓏透徹

ピーコックの白人二態

2008/08/20(水) 02:10:16 [詩文・俳文]

ピーコック鮮魚売り場で値下げ品を品定めしていると、
隣のインスタント食品の棚を見ていた大柄な白人男性が
話しかけて来た。
インスタント味噌汁はどれがお勧めかと、
そこそこ流暢な日本語で、そこそこ丁寧な物腰で聞いて来る。
そんな事は私の知った事ではないのだが、
包装の裏の能書きを幾つか読んでやると、
野菜が多目に入っている製品が気に入ったらしい。

また別の日に、レジに並ぶと、
メガネをかけた、背の高い白人の少年が、
オバちゃん達に混ざってレジ打ちをしていた。
在日外国人の子弟か、留学生のアルバイトだとは思うが、
もしかしたらどこかヨーロッパの辺境から出稼ぎに来たのかも知れない。
このピーコックでは、以前はシナか朝鮮か、
東アジア系の女性がたくさん働いているのを目にしたが、
ある時を境にパッタリ見なくなった。
まあ、特定アジアよりは欧米人の方が
まだマシと言ったところか。

大丸ピーコックは、松阪屋ストアと合併して
株式会社ピーコックストアになるというお知らせの紙が店内に貼ってある。

夏目漱石「ケーベル先生」

2008/08/19(火) 23:18:05 [ボキャブライブラリー]


風馬牛の現象:自分と無関係な事柄

夏目漱石「子規の絵」

2008/08/19(火) 00:45:53 [ボキャブライブラリー]


東菊活けて置きけり火の国に
住みける君の帰り来るがね
(熊本時代の漱石に子規が送った絵に添えられていた歌)

【映画】遊星からの物体X

2008/08/19(火) 00:27:00 [【映画】観映グゥ評]

冷凍睡眠から目を覚ました未知の生物と
南極越冬基地という密室的な状況の中で闘う
サスペンスホラー。
登場人物は全て男性。
CGが登場する以前の特撮技術、
SFXを多用しているのが何とも懐かしい。
無駄なヒロインとか、ラブシーンなども無く、
徹底的にサスペンス演出にこだわる割り切り方に、
アメリカ的なプラグマティズム、機能主義の最良の部分が
現れている気がする。

【続きを読む】

夏目漱石「永日小品」

2008/08/18(月) 00:57:46 [ボキャブライブラリー]

萎靡:萎え萎れること
因循:進取の気力がないこと
萎靡因循:元気の無い調子

この下に稲妻起る宵あらん:猫の墓に認めた句

簇然として:群がる様

濛々たる大海

欣々然として:うきうきして

槃桓磅【石薄】:ばんかんほうはく
槃桓:巡り歩くこと。徘徊と同じ
磅【石薄】:広く道ふさがるさま。

「大江戸」とは言うけれど

2008/08/18(月) 00:23:53 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

大江戸」の名を冠したるルビー色
平成生まれの平成育ち



大江戸」の名を僭称す6の字の
中野練馬も江戸じゃないだろ

ヨルムンガンド大江戸線

2008/08/17(日) 00:29:41 [【07-08】雑司ヶ谷下水道水難事件]

東京のヨルムンガンド大江戸線
余った尻尾が練馬に延びる

板橋区役所前と板橋宿

2008/08/16(土) 01:08:54 [【シリーズ】山手線から三駅目]

中山道の直下を走る都営三田線板橋区役所前駅は、
地下鉄駅としては割と浅く、
駅名の示す通り、出口が板橋区役所と直結している。
板橋区役所のあるエリアは、
中山道と山手通りの分岐点に位置し、
首都高の高架に三角状に取り囲まれている。
空が見えない、非常に圧迫感を感じる空間だ。

自動車の通る幹線道路である現中山道の東側に沿って、
江戸時代の街道であった旧中山道が商店街として残っている。
新庚申塚の近辺とは、東西の位置関係が逆である。
板橋宿の入口に在る寺院の境内には、
庚申塚が残されている。
この商店街は、昔は江戸四宿のひとつ、
板橋宿として栄えた所らしい。
今も区役所や、幹線道路や首都高の分岐点がある事を考えると、
交通の要衝としての性格は
それなりに時代を超えて保持されていると言えるかも知れない。

ただ、宿場町は様々な文化をもたらすが、
高速道路は排気ガスと事故の可能性以外の何物ももたらさない。

板橋観光センター」という施設の親切な老齢の係員が、
歴史的なトピックを色々と話してくれる。
(こういう施設は、同じく四宿の北千住には無かったと思う。)
この辺りは加賀藩の下屋敷があって、
それにちなんだ町名や学校名が多いと言うこと。
かつて中山道を通ってラクダ板橋宿に来たこと。
大山のハッピーロードは昔の川越街道であること。
板橋区の西側は、練馬区に連なる台地の一部で畑作が盛ん、
北区に隣接する東側はいわゆる下町の、
低地帯の一部に属するという地理的知識。

果たしてその言の通り、
北区方面に伸びる王子新道という道は、
緩やかな下り坂が長くどこまでも続いている。
石神井川と交差する場所にある加賀公園は工事中で、
カラスと蝉の声だけが幾重にも折り重なって来る。
石神井川は完全にコンクリートで固められ、
深くて汚い。

地名の由来となった板橋が、石神井川にかかっている。
欄干を旧風に装ってはいるが、
コンクリ造りでさしたる趣きもない。
幹線道路を渡す新板橋は殺風景でもっと味気ない。

昔の板橋宿とはいっても、
当時の建築物が残っているわけでもなく、
ペンシル住宅や立体駐車場やスーパーが多い
ごく普通の商店街だ。
ただ銭湯や昔ながらのおもちゃ屋がまだ残っている所などは、
江戸情緒ではなくむしろ昭和レトロを感じさせ悪くない。
おもちゃ屋では、初代ゲームボーイやスーパーファミコンのソフトが
中古ではなく新品として売られている。



ペルシアより中山道をはるばると
旅のラクダが砂塵を運ぶ



江戸っ子のエキゾチズムの有り所
板橋宿ラクダ見物



何思う? 見世物となれる大陸の
ラクダよ。江戸のジパングを見て

「予言の自己成就」について

2008/08/16(土) 00:05:57 [未分類]


不要な要素を可能な限り排除した、抽象化・純粋化された環境を用意した上で行われる自然科学の実験と異なり、人文・社会科学の知的な試行錯誤は、大体の場合現実世界そのものを直接対象として行われる。そのことはとりもなおさず、観察者・実験者自身が、その対象物たる環境の一部として影響を与えている可能性を完全には否定できないということである。そのことの端的な例として、「予言の自己成就」や「予言の自己破壊」といった用語が、社会学辞典などには挙げられている。

自己成就的予言
社会的行為の状況に対する虚像の規定あるいは信念、思い込み、決め付けが、それにもとづいて行われた行為を通じて現実のものと化してしまう場合、初期の規定や信念、思い込みのことを自己成就的予言という。予言の自己成就とも訳される。…(後略)…


自己破壊的予言
自己成就的予言の対概念。将来の社会的状況に関する見通しを陳述した言明が、その将来状態に関与する関係主体に影響し行為主体の行動様式を変えさせることによって、結果的に当の言明が裏切られていく場合、これを自己破壊的予言という。マートンが定着させた用語。(有斐閣『社会学小辞典 第三版』)


私は以前に、街で詩集を売ってみたいと書いたことがある。それからしばらくして、実際に私は街で詩集を売る事になった。このことが、その概念の正確な意味において、「自己成就的予言」に当てはまるかどうかはわからない。しかし何事も、まず思ってみなければ始まらず、願わなければ最初からかなわない。もし私がここで、詩文集を出版して印税で生活したいと書いたら、それは実現するだろうか?

取りあえず書いてみよう。言葉にしてみよう。自己暗示こそ自己実現の最初の一歩である。詩文集を出版して印税で生活したい。

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