後楽園春日接続

2009/01/30(金) 23:26:53 [短歌]

後楽園春日接続ひた走る
一月の雨の暖かき午後



高架より遥か地の底下りゆく
丸ノ内線から春日まで



疾走の後に
汗ふき
マフラーを外す
都営三田線ホーム



後楽園春日接続
水平も垂直の距離も
遠く離れて
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『土屋文明歌集』(岩波文庫)より

2009/01/29(木) 00:42:28 [引用▼日本]

岩の間の寒き水より掬いあげてすきとおりたる魚のかなしも

なだれたるはだれはそこに見えおりて幾時の歩みなほ遥かなり

山鳩のひくきふた声三声して若葉は朝の明るさとなる

遠ざかる狐の声もあはれにも谷にしみいる山彦となる

かへりみて来し方遠きいのちとも一つ言葉のありてつなげり

ショベルカー(水色)とジョウビタキ(オス)

2009/01/28(水) 00:34:05 [【08-09】電線上のハクビシン]

工事の人間がいつもの公園の池を柵で大きく囲って、
小さなショベルカーで掘り返している。
円を描いていた遊歩道が中途で遮られてしまっている。
公園管理の老婆に聞くと、
池の底のゴムが破れていたとかで、
全面的に作り直しをするらしい。

工事現場自体の光景は殺風景で荒涼としたものだが、
屋根も無く運転台が剥き出しの、
人の背丈ほども無い
本当にコンパクトサイズのショベルカーが、
水色に塗装されたその車体をせっせせっせと動かして
少しずつ土を掻き出す様子は何だか可愛らしい。



水色が似合うぐらいの重機かな



極力公園全体に影響が及ばないように配慮しているのであろうが、
野鳥たちは残された静寂空間に集まってしまい、
活動範囲が限定されてしまうようだ。

そのためであろうか、
今は枯草ばかりの公園の隅の花壇で、
普段は見かけないジョウビタキのオスが一匹ぽつんと佇んでいた。
一筋の白線が横に通った黒い羽毛に、
腹部のオレンジ色が良く映えたスタイリッシュなカラーリングである。



枯草に色彩誇るジョウビタキ



オレンジのセーター
黒のコート着て
一人佇む冬の客人



常に見ざる野鳥を偶然に目撃するほど愉快な事はない。

とりぱん・岩手・IPA職員違法ファイル流出問題

2009/01/27(火) 00:06:16 [短歌]

モーニング連載の野鳥観察エッセイマンガ
「とりぱん」が面白い。
基本は4コマ漫画なのだが、
種々の野鳥のユーモラスな行動が
愛情溢れる精緻な観察によって
魅力的に描き出されているのみならず、
鳥以外の様々な生物の生態、
作者が住む北東北の気候や季節感、
日常生活の中の様々な場面などが、
時にギャグマンガとして、
時に詩的に綴られる。

作品を読むと、
舞台は岩手県の郊外住宅地だということはわかるのだが、
作者と作品についてより詳しく知りたくなり、
ネット上を調べてみる。
モーニングの公式サイトやウィキペディアの
情報に飽き足らず、2ちゃんねるを覗く。

2ちゃんでは、「野鳥観察」板や「4コマ漫画」板といった所に
スレッドが立っているようだ。
(「4コマ漫画」なんて板の存在は初めて知った。)
それらのスレッドを読んでいくと、
作品の感想や、近辺の野鳥に関するレスに混ざって、
スレッドの話題とまったく関係のないコピペが
突然貼られていたりする。
2ちゃんねるには良くあることだが。

経済産業省所管のIPAという独立行政法人の職員が、
ファイル交換ソフトを使って
違法性の疑われるファイルをダウンロードしていた問題が、
現時点での2ちゃんねるの最大の関心事らしい。
その職員の似顔絵らしきアスキーアートが突然目に入る。

そう言えば、学生時代に岩手県を旅行したりしたなあ。

数奇なものだな。



おそらくはただ吾れのみが理解する
今ここにあるシンクロニシティ



しかし、シンクロニシティとは
そもそもそういったものかも知れない。

月日は流れ、人は変わる。
人の人生はどこでどう転ぶかわからない。

牛脂と雀

2009/01/25(日) 23:46:50 [短歌]

足の折れたテーブルを再利用した即席の餌台に、
米粒と牛脂とをいつも放り投げている。
米粒は、炊飯器を洗う時に出る生ゴミで、
牛脂は、スーパーの精肉コーナーでタダで入手したものだ。
その餌台に来るのはほぼに限られていて、
米粒はすぐに無くなってしまうのだが、
牛脂は彼等の口に合わないのか、
減り方がやはり遅い。
他に食べるものが無い時にだけ、
やむを得ず突ついているようである。



寒雀牛脂角からこそげ取り



寒雀牛脂角だけちょっと食べ



米の味牛脂の味を評するか
互いにしばし囀る



常ならぬ暖冬の日も雨の日も
今日もの集う吾が庭

お天気雪

2009/01/24(土) 23:22:27 [【08-09】電線上のハクビシン]

土曜日の晴れて鳥見に繰り出せば午前の空気にの混じりて



お天気雨という言葉は存在して、
狐の嫁入りという異名もあるのだが、
お天気、あるいはそのような気象現象を
表現する適切な言葉を私は知らない。
いわゆる俄かとも、はだれとかいうのとも違って、
今日の東京には文字通り太陽の見える下に
ごく少量のが降った。

若い母親と幼児がともに歓声を挙げる。



希少なるエーテルの如き瞬間のの祝福街に煌めく



陽光に微かに散る雪人々の美への感性鋭くしつつ



追記:このような、晴天に微かに舞う雪のことはどうやら、
風花」と称するらしい。



風花」の呼び名も知らぬ無学にもあまねくその美を分つ風花

【映画】がんばれ!!タブチくん!!

2009/01/22(木) 06:41:23 [【映画】観映グゥ評]

いしいひさいちの同名のマンガの映画化。
オムニバス形式。
笑える。
この頃のいしいひさいちは輝いていた。

西武鉄道グループの(かつての)総帥、
堤義明をモデルにしたツツミオーナーは、
やたらに善人に描かれている。
いしいの別の4コマ漫画では、
国土是明と称して、実物に似た凶暴さを発揮しているのに。

この映画は、当時なかなかヒットしたらしいが、
「いしいひさいちの4コマが原作のオムニバス」というのは、
後年のジブリ映画「ホーホケキョ!隣の山田君」に
(特に企画段階において)影響を与えているのかも知れない。

【ノート】俳句の「反完結性」と別位相による「補完」

2009/01/21(水) 06:08:08 [【思索】詩作ノート]

先に、私は、子規は最も短い俳句を選んだとのべた。しかし、俳句はたんに短いのではない。それは、和歌において、下の句の七七によって、完了し内面化されてしまうものを、中途で切断してしまうものであり、そうであるがゆえに、切断=未完成を含んでいる。したがって、短さが短さに終わらない。

俳句における「写生」性は、そのことと関係している。つまり、俳句は、物がリアルに描かれているからではなく、内面化される手前での中断をはらむがゆえに、即物的に見えるのだ。


和歌が上下の句の反照関係によって「時間」を持ち、したがって物語を内在させているとすれば、俳句はそれを切断する。
(いずれも柄谷行人「詩と死――子規から漱石へ」より)



柄谷行人は俳句の詩としての性質を以上のように指摘したが、その俳句の「切断性」あるいは「反完結性」を最も純化された形で現したのが、自由律俳句ではないかと私は考える。定型も季語も放棄し、路傍に無造作に投げ出され吐き出されただけのように見える短いフレーズの数々。
しかしその徹底した「反完結性」ゆえに、自由律俳句はしばしばそれを読む読者にとって理解しづらいものとなり、短詩表現、俳句表現のスタンダードには全くなり得なかった。(詩表現に「スタンダード」というものがそもそも存在しうるのかという指摘は別にして。)

また、そのような表現上の難点を補完するためか、山頭火あたりは詞言葉を多用することを好んだとされる。



とりのなん子『とりぱん』1より引用する。

影が来る
大きな生き物が通り過ぎていく



作者である女性が路上の虫を跨ごうとして、自身の影が虫の上に差す様子と、はるか上空を流れる雲の影が自分自身を包む様子をシンクロさせて描かれた1ページ、5コマのマンガである。このページに配されたのは、このフレーズだけであるのだが……。
これって、自由律俳句じゃないか?

このマンガが無く、このフレーズ単体を示されたなら、上記に説明したような内容までは人は感知し得ないであろう。マンガであることによって、これだけの深みや面白味のある感覚を読者に伝えることが出来る。つまり自由律俳句的な「切断性」「反完結性」が、マンガという別位相によって「補完」されていることによって表現がより深まっているのである。
マンガ、もっと広く言えば絵画、視覚表現という手段がいかに多くの事を伝えうるかという好例である。あるいは、近世の文化人や、明治期の一部の文学者達が好んで描いた俳画や文人画の系譜に連なる表現形態、その現代的な形式であるのかも知れない。

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園児、襲来

2009/01/20(火) 01:44:29 [【08-09】電線上のハクビシン]

いつも野鳥を眺めている公園を午前中に覗くと、
保育士さんに連れられた園児達で溢れかえっている。
その嬌声に圧倒されて逃げてしまったのか、
昨日まであんなにたくさんいたツグミが今日は一羽もいない。
その代わりにヒヨドリが昨年末までの覇権を取り返したようだ。
園児の行動が野鳥の生態に影響を与えたと言うよりも、
公園を訪れる人間、とりわけ自然に近い子供などは、
立派にこの森の「生態系」の一部なのだろう。

木の幹の周囲をグルグルと横歩きで回るコゲラ
久しぶりに目撃する。

冬の鶯

2009/01/19(月) 02:26:03 [短歌]

は「ホーホケキョ」と囀るというのが、
一般に抱かれているイメージであろうが、
オフシーズンのはそのように歌わずに
「ジャッジャッ」と地鳴きをする。



の冬の冷気に地鳴きする
覗けるほどにやや枯れし藪



の濁りし地鳴き
枯色の藪の中より春翹望す

ツグミ四十羽

2009/01/18(日) 01:46:40 [【08-09】電線上のハクビシン]

近隣の公園の入り口に掲げられているホワイトボードに拠ると、
先週末はツグミが四十羽以上
この小さな森で目撃されたらしい。
園内では確かに、その姿が複数観察できる。

主に地面を歩いて採餌をする鳥だと聞いてはいたが、
地表にはほとんど降り立たずに、
むしろ結構高い枝の上から辺りを見回している。
近づくとすぐに距離を置きたがるところは
臆病で警戒心の強い鳥だという前評判の通りだが、
その大群を頼んで、
年末までこの公園の主であったヒヨドリ
むしろ圧倒しているようにすら思える。
ヒヨドリの姿が相対的に少なくなった分、
やたらにメジロの数が増えたのは、
野鳥の世界の複雑な政治力学によるものだろうか。

移動する時にクワァッカッと詰まった感じの声で鳴く。



澄みわたる乾いた冬晴れふさわしきツグミ
カ行の硬き促音



南関東はもう随分と晴天ばかりが続いている。



いつまでもどこまでも続く青空に誘われたるかツグミのキャラバン

ドラクエⅨ予約始まる

2009/01/17(土) 02:11:40 [短歌]

コンビニとレンタルビデオ屋
一斉に鳥山イラスト掲げるこの冬



ドラクエⅨ』の予約受付が始まった。



世界危機?
世界恐慌?
とりあえず今年は「ドラクエ年」じゃないかよ!




今回はニンテンドーDSによる発売である。



元号も
世紀も
ハードも
変われども
僕らの街にドラクエは来る



元号も
世紀も
ハードも
変われども
揺るがぬ堀井鳥山すぎやま



個人にも
時代も
起伏はあるけれど
氷河期世代はドラクエ世代



まず先に『クロノ・トリガー』クリアせん
鈍りし腕の中年ゲーマー

診察券の裏

2009/01/15(木) 00:30:55 [【08-09】電線上のハクビシン]

医者の診察券の裏面に次回の診察予定が記入される時のことだが、
例えば12月30日から1月6日というように、
月の変わり目に当たる時には、
実はさほど歳月が経過したとは感じない。
6日から13日、22日から30日という場合も同様である。
私が最も歳月が経過したと感じるのは、
実は13日から20日というような、
「ある月の前半から後半にさしかかる時」であるのだが、
このような時間感覚は、どのような作用によるものだろう?
ある程度一般的なものなのか、私だけに特有のものなのか?



(「闘病」という言葉は大げさに過ぎるが)

闘病の日々の
日付に置換され
診察券の裏に刻まれ



無機質に日付ばかりのただ並ぶ一行ごとのドラマ捨象して

『とりぱん』の作者って……

2009/01/14(水) 02:51:33 [未分類]

野鳥観察エッセイマンガ『とりぱん』の作者にして主人公の、
とりのなん子さんが描く自画像は、何かに似ている気がする。
どこかで見たことがあるような気がする。
あの楕円形の眼の形……。

……スプリングマン!
デビルトムボーイ!!

とりのなん子『とりぱん』1より

2009/01/12(月) 04:53:06 [引用▼日本]

ふりむけばまた閉じていく花の雲



これって俳句になってるよね。
こんなに詩情あふれるマンガがあったとは……。
しかも野鳥メイン!

とりぱん 1 (1)とりぱん 1 (1)
(2006/03/23)
とりの なん子

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自転車の兇器となりて

2009/01/11(日) 01:03:41 [【08-09】電線上のハクビシン]

烈風の軽く倒せし
自転車の金属の重さ
兇器となりて



北風のたやすく倒す自転車に
老婆襲われ叫ぶ街角

金田一春彦「ことばの歳時記」3

2009/01/10(土) 23:29:21 [ボキャブライブラリー]

月見月:八月の雅名。
菊月:九月の異名。
金風:秋風のこと。
秋扇:男性に捨てられて顧みられない女性。
エビ:ぶどうの古名。エビ茶色の語源。
かば色:オレンジ色。
ひわ色:黄色を帯びた緑。
そこはかとなく:室町時代は「無限に」という意味だった。
鮗:このしろ。
麦秋:夏の初めのこと。

【映画】下妻物語

2009/01/10(土) 01:40:27 [【映画】観映グゥ評]

茨城の田舎に住むヤンキー少女とゴスロリ少女の
友情を描く。
快作であり、傑作。
贅言不要。

コギャルじゃなくて、ヤンキーである所が、
いかにも田舎くさい、文化的にも周縁の北関東カルチャーを
リアルに再現している。
ジャスコがやたらに登場する所や、
劇中のパチンコ屋なども
三浦展の言う「ファスト風土化」した北関東の生活を
リアリティを持って伝える。
それでもまあ日本の若者文化、サブカルチャーには
ある種の多様性が存在することを感じさせてはくれる。

この映画で描かれるような、
互いの属する文化的なカテゴリーを超えた友情物語は確かに美しく、
見る者に爽やかなカタルシスを与えてはくれるが、
しかしそれが実際に存在しうるようなものかどうか?
現実の若者というのは、
もっと閉鎖的で他人に無関心なのではないか?

【続きを読む】

金田一春彦「ことばの歳時記」2

2009/01/09(金) 23:35:14 [ボキャブライブラリー]

花見月:三月の古名。
桜月:同じく三月の古名。
四月朔日:わたぬきと読む。苗字。
栗花落:つゆり。苗字。栗の花が落ちることが梅雨入りに当たることから。
八月一日:ほづみ。同じく苗字。
つづみ草:たんぽぽの古名。つぼみがたんぽぽに似ていることから。
翹揺:ぎょうよう。レンゲの漢語。
青田波:青い田の上を風が通って波のようにうねる様子。
七夕月:七月の古名。

牛骨

2009/01/09(金) 00:22:39 [【08-09】電線上のハクビシン]

夕刻、すいどーばた美術学校付近で目撃したリヤカー。



寒月に牛の頭骨を載せてゆく

金田一春彦「ことばの歳時記」1

2009/01/08(木) 23:45:26 [ボキャブライブラリー]

嫁が君:方言・忌み言葉でネズミのこと。
冬木立ち
南鐐:銀の古語。
梅見月:二月の別称。
カンダチ:雷の異称。神が立つことから。
薄氷:うすらいも読む。春の寒さのために張った薄い氷。
冴えかえる:いったん春らしくなってから、再び寒さの舞い戻ってくること。
冴え凍る
はだれ雪:ほろほろと降る雪のこと
山笑い:早春の山の様子。

ただ空色のステンドグラス

2009/01/08(木) 03:14:31 [【08-09】電線上のハクビシン]

冬の
葉も実も全て無くなりし
梢透かして滲む碧落



の木の裸の枝の宙に描く
ただ空色のステンドグラス

幸田露伴「望樹記」2

2009/01/08(木) 00:02:11 [ボキャブライブラリー]

真率:正直で飾りげがないこと。
蓁々:しんしん。葉が勢いよく茂る様。

日比谷パティオ

2009/01/06(火) 07:21:06 [詩文・俳文]

オフィスビルや高級ホテルが立ち並ぶ日比谷の街の一角に、
去年の年末から長方形の広場がぽかりと設けられた。
その敷地内には、
ギャラリーや休憩スペースに改造された鉄道用コンテナと、
軽食を売るボックスワゴンが規則正しく並べられている。
基本的には直線と直方体の構造物で構成されたこの空間は、
デザイン的には周囲の都心的な建物群の延長上にあり、
この場所に何の違和感も提出していない。



少し前から東京都心では高層ビルの建築ラッシュが始まり、
オフィスビルの供給過剰が指摘されているが、
現在の日本では新しいビルを建てても採算が合わないため、
三井不動産はこのような形で土地を利用することにしたのだろうか?
そうして、
経済情勢がまた一転して、
やっぱりビルを建てようかということになっても、
撤去に時間も費用もかからないコンテナギャラリーやボックスワゴン
配したのだろうか?

この空間で行われる様々なイベントを総称して、
「HIBIY-AKARI」(ヒビアカリ)プロジェクトと呼ぶのだという。
日比谷に、日々、明かりを灯すという願いを込めた言葉」なのだという。
しかしその実態は、日比谷のかりそめの空間でひととき花開く、
日比谷(仮)」プロジェクトなのではないか?

……そのような空間であるからこそ生み出しうる、
ムーブメントもあるのかも知れないけれど。

不動産ビジネスの思惑が奈辺にあるかはともかく、
結果としてこのような、
言わば「空き地」が出来たことによって、
東京湾から日比谷公園皇居の方角に向かって吹く風が通りやすくなり、
結果としてヒートアイランド現象が軽減されるなら、
東京という巨大な生物の循環系をほんの少し活性化した、
都市設計において一つの有意義な貢献をしたのだと言えよう。

今流行の「エコ」である。



ギャラリーや休憩所として再利用されるにあたって、
コンテナは、
内装はもちろんきちんと作られ、
外観も清潔に再塗装されているが、
よく見るとコンテナ現役時代についたのであろう傷が観察できる。
その傷は、それぞれに、ひとつひとつ異なっている。

「オバQ」や「ドラえもん」などの藤子マンガで、
子供達の集合場所として頻繁に登場する「空き地」は、
昭和戦後時代の東京近郊における、
開発途上の住宅地の風景の一部で、
そこにはいつも土管が横たわっていた。
時に子供達の隠れ場所になる土管は
むろん「開発」のシンボルである。

この、平成二十年の年末に登場した、
日比谷パティオ」と呼称する空き地は、
世界金融危機時代の都心一等地における、
開発飽和のオフィス街の風景の一部で、
そこにはコンテナが置かれている。
時にサラリーマンの休憩場所になるコンテナ
むろん「再利用」のシンボルである。

今流行の「エコ」である。



風雪の刻みし古傷見せながら
コンテナ日比谷でアートを包む



昭和成長期の郊外の空き地には、
間もなく新しい一戸建て住宅が建てられたであろうが、
平成飽和期の都心の空き地には、
新しいビルがいつまでも建てられない可能性もあるだろう。
土管にはどこか別の時空に通じている可能性があるが、
コンテナはそれ自体で閉ざされた行き止まりの箱に過ぎない。

日比谷シャンテ側にある、
複数のコンテナを合体させた大き目の休憩室に置かれた
若い女性向けのフリーペーパーの表紙で、
妻夫木聡が愛想笑いを浮かべている。

幸田露伴「望樹記」1

2009/01/06(火) 05:24:24 [ボキャブライブラリー]

絮談:くどくどと終わらない話。
滑稽突梯:こっけいとってい。つかまえどころのないこと。
寸碧:すんぺき。わずかな緑色。
浅緑:漢語では嫩緑:どんりょくと言う。
沮洳:しょじょ。土地が低くて水はけが悪く、つねにじめじめしていること。
汀蘆渚蓼:ていろしょりょう。みずぎわのあしやたで。
本澪:水の流れの最も太い筋。
膏腴:こうゆ。土地が肥えていること。
堅靭:けんじん。しなやかでかたく強いさま。
郷貫:きょうかん。故郷。

恐怖感

2009/01/05(月) 07:32:12 [短歌]

吾が心
嵐の如く恐怖感駆けて
午睡の醒めしことあり

幸田露伴「野道」

2009/01/05(月) 07:13:26 [ボキャブライブラリー]

分明に:はっきりと。
絮談:くどくどと終わらない話。
饞意:さんい。食欲。
囅然として:てんぜん。大いに笑うさま。

俄かスケーター

2009/01/04(日) 00:45:54 [短歌]

日比谷パティオクリミオキャンディリンクにて。



浅田真央あの平常心見習わん
年初俄かにスケートしてみる



平常心保つは難き
銀盤で平衡取るはなお難しき



皇居より吹き来る風に背を押され
巧みに滑る瞬間もあり



クリミオキャンディというのは、
浅田真央がCMに出ているロッテの菓子の商品名である。
おそらくはその宣伝のために、
期間限定のこのスケートリンクも設けられたのだろう。
入場者にはそのキャンディを一袋ただで配っている。
これも浅田真央にあやかろうと、
2、3個嘗めてみる。

リンクは氷ではなく、
抗菌まな板のような白いプラスチックのボードを
長方形に敷き詰めて作られたものである。
ヘルメットと膝サポーターを装着した、
親子連れの子供が元気に滑っている。



戯れにイナバウアーの真似すれば
仰ぐ青空カラスが滑る



一枚の巨大な青の板に見ゆ
本当に雲一つなき空

幸田露伴「蒲生氏郷」2

2009/01/03(土) 23:35:18 [ボキャブライブラリー]

驍勇:ぎょうゆう。勇ましく強いこと。
覆轍:失敗の前例。
機宜:時機に応じていること。
目捷の間:きわめて近いこと。
怡然:いぜん。喜ぶ様子。
鏖殺:おうさつ。皆殺し。
樽俎折衝:そんそせっしょう。他国との交渉談判で国威をかがやかすこと。
坦夷:平らかなこと。

平成二十一年新春

2009/01/03(土) 06:45:08 [短歌]

今年こそ時代が吾に追いつくか?
平成二十一年新春

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