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コクトー「偶像」

2009/07/31(金) 23:35:47 [引用▼海外]

地球よ
これら数々の古傷
君のその、騎士面の
美をなすよ。

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幸福実現党

2009/07/30(木) 23:39:32 [詩文・俳文]

かつて、オウム真理教が「真理党」なる政治団体を作り、
消費税廃止を唱って選挙に打って出たことがあった。
麻原彰晃のぬいぐるみを被って
間の抜けたテーマソングを垂れ流すその集団を、
当時の大多数の人々は、
失笑しながら生暖かい目で遠巻きに眺めていたことだろう。
その珍妙な集団が、それから数年後に、
通勤時間帯の大都市の地下鉄に毒ガスをばら撒くという、
人類史に例の無い兇悪な、戦慄すべき無差別殺人を実行することを、
予測しえた者はほとんど居なかっただろう。

東京都議会選、衆議院議員選と、
今年は選挙の年なのだが、
今までに見たことのない政治団体の宣伝物を、
街頭のあちこちで目撃するようになった。
大川隆法を総裁とする新興宗教「幸福の科学」を母体とする、
幸福実現党」のポスターである。
大川きょう子夫人が上品な微笑みを浮かべている。

幸福の科学の勢力伸長が著しいことは、
既に日本社会のあちこちで観察できるのだが、
今回のこの、大々的な政界進出キャンペーンが何を意味するものか、
最終的にどのような帰結を私達の社会にもたらすのかは、
現在の私には全く想像がつかない。
だがここには、明らかに、
何かの予兆があり
何かのヒントが存在しているのである。

大川きょう子夫人が上品な微笑みを浮かべている。

彼等は何者なのか?
一体どこへ行くのか?

コクトー「偶作」

2009/07/29(水) 23:52:35 [引用▼海外]

君の名前を彫り給え
やがて天までとどくほど
大きく育つ木の幹に。
大理石と比べたら立木の方が得なんだ。
彫りつけられた君の名も一緒に大きくなって行く。

マック主婦VS弁当男子

2009/07/28(火) 23:33:17 [【08-09】電線上のハクビシン]

職場の休憩室で、
パートの主婦達が
マクドナルドのメニューを食べているのをしばしば見かける。
子供のためには弁当を作っても、
自分自身のために作る気にはなれないのだと言う。
少し前のBSE騒動以降のことだと思うが、
最近のマクドナルドは、従来の牛肉由来のメニューだけではなく、
鶏肉や豚肉や、エビなどが素材の食品も増えているのだと言う。
携帯のクーポンなどを使えば、かなりお得な食事が出来るのだと言う。

彼女達が食べるジャンクフードは、
いわゆる家庭内家事労働からの、
束の間の解放を象徴しているものだろうか?
あるいは、昭和後期に人格形成期を送った世代の、
深層意識にまで抜きがたく浸透している、
アメリカ型消費スタイルへの盲目的な服従精神が、
このような形で時折顕在化するのだろうか?
彼女達がこのファストフードを摂取する休憩時間の束の間は、
パートタイマーでもなく、主婦でもない一人の女に、
あるいは無邪気な少女の頃に戻る時間なのだろうか?

食欲と性欲は近接するなどということを、
しばしば文学者は口にするけれど、
しかし彼女達のその姿から、
エロチシズムのようなものを感じることは余り出来ない。



嬉々としてジャンクフードを貪れる主婦の隣の
弁当男子



不可識の文化闘争存するか
マック主婦対弁当男子

コクトー「うろこ雲」

2009/07/27(月) 00:04:56 [引用▼海外]

空のうろこ雲
脂粉の女の美しさ
どれもながくは
もちません

目白五丁目のハクビシン

2009/07/26(日) 05:09:36 [【08-09】電線上のハクビシン]

路上に小動物がうずくまっている。
猫かと思ったが、そうではない。
ハクビシンである。
私の視線に気がつくと、慌てて金属の塀を駆け登るが、
爪がかかりにくいのだろうか、その時に二、三回滑った気がする。
塀の上から一度私の方を振り返って走り去り、
目白五丁目の住宅街の闇の奥に姿を消した。

既に蒸し暑い夏の夜だ。

自分の携帯にカメラ機能が装備されていないことを
この夜ほど悔やんだことはない。

コクトー「酒場」

2009/07/25(土) 01:05:08 [引用▼海外]

機械オルガンから響いて来る
難破したオペラ

海の底に沈んだ
くろんぼの神さまの
百の口

貝がら

太鼓

アメール・ピコンを
飲みながら

五銭入れると

蠅取り紙の
譜が動く

恵比寿路上点景

2009/07/23(木) 23:53:29 [【08-09】電線上のハクビシン]

渋谷区恵比寿は、
東京メトロの一路線とJRが交差する駅があるというだけの街に過ぎず、
商業地としてのステータスや、
何らかのカルチャーを司る
記号論的・ブランド的・ヴェブレン的な価値を纏っているわけでは全く無い。
しかしそれでもその西口の、駅前の路上には、
それなりに多種多様に自らを主張する人々の姿が観察される。

ポケットティッシュを配る人。
ビッグイシューを売る人。
水曜の夜に決まってえびす像の前に現れては、
リヤカーに乗せた果物を売る国籍不明の外国人。
縦長の風船を巧みに捩って様々な形のオブジェを作る大道芸人。
ウッドベースの低音が夜の街を行く人々の耳目を集めるジャズバンド。
一人で直立してバイオリンを引くミュージシャン。
またオーソドックスにアコギを弾くストリートミュージシャン
そして少し前にマスコミにも取り上げられたという「聞き屋」。
無料で人々の愚痴を聞いてくれるという奇特な人である。

かつて池袋の路上で試みたのと同じように、
この街の路上で私が詩集を売る日が来るのだろうか。



スービエロックブーケに及ばねど

コクトー「少年水夫」

2009/07/22(水) 02:43:30 [引用▼海外]

死人のように蒼ざめた少年水夫
彼にはこれが初めての航海です
彼は感じる
不思議な貝があって
下の方で
自分を呑み込み、自分を噛むと

キャノンマイクロフィルムスキャナー800

2009/07/21(火) 04:28:59 [短歌]

軽やかにマイクロフィルムスキャナーの稼働する音
吾が空元気

コクトー「人魚」

2009/07/20(月) 01:33:50 [引用▼海外]

まみずの中の人魚たち
君らは水夫を
見習水夫をひきよせる

詩であるとは限らない

2009/07/19(日) 00:42:05 [詩文・俳文]

定型の連続が
必ずしもそのまま詩であるとは限らないように、
押韻の総和が
必ずしもそのまま詩であるとは限らないように、
象徴の集合が
必ずしもそのまま詩であるとは限らない。

コクトー「朝のマルセーユ」

2009/07/18(土) 00:51:02 [引用▼海外]


正午、緋の旗!
空中に浮かんだ旗亭バッソで
ポルトガル産の牡蠣は
まるで海の中を歩いて来た驢馬の蹄のよう。

クーラー病

2009/07/17(金) 00:58:24 [短歌]

耐えかねてサマーセーター着ればなお
ことさら冷たきクーラーの風

コクトー「シャボン玉」

2009/07/16(木) 23:45:58 [引用▼海外]

シャボン玉の中へは
庭は這入れません
周囲をくるくる廻っています

地下のセミ

2009/07/15(水) 00:08:43 [俳句]

図書館の地下室にまで蝉の声



同じようにまだ地下にいる彼等の弟たちにも、
この声は聞こえているのだろうか。

コクトー「耳」

2009/07/14(火) 00:22:33 [引用▼海外]

私の耳は貝の殻
海の響きを懐かしむ

電線上のハクビシン

2009/07/13(月) 02:58:50 [【08-09】電線上のハクビシン]

だからこの街の夜道を歩く時は、
たまには空を見上げてみよう。
そこに人工の光に圧倒された貧弱な星空と濁った月しか見えなくても
上を向いて歩いてみよう。
幾重にも重なって張り巡らされ、
鈍く視界を遮る電線の束に覆われた景観が不愉快に感じられたとしても、
まさにその造化の光のエネルギーや、
電子によって表現された僕たちの感情や精神が通り抜ける細いロープを、
自らの獣道として東京の闇を渡って行く強かで小さな生き物の姿を、
君の運が良ければ目撃することが出来るかも知れないから。



夏の深夜の住宅街を歩いていると、
電線上を歩く小さな生き物を目撃する。
猫よりは少し小さいぐらいの大きさで、
尻尾は長く、耳は尖っている。
歩く速度はそれほど速いというわけではないのだが、
夜の暗さのためにはっきりとその姿を見ることは出来ず、
また街灯に接近すると今度はその存外に強い照度に妨害されて、
やはり満足に観察出来ない。

しかし猫は、送電線の上は歩けないだろう。
この付近でしばしば目撃情報が報道される狸でも、
もちろんないだろう。
おぼろげながらに見えたその顔から、
おそらくはハクビシンであろうと推察する。
人工物によって覆われ包囲された都市空間にあって、
それを巧みに利用して自らの生存圏に組み込んでいく。
その姿に、不思議な感動と勇気を与えられる。

その影の不敵なまでのマイペース。
その影の不吉なまでのマイペース。

悠然と、あるいは慎重な足取りで、
西武池袋線の方向に歩いて行って、やがて姿を消した。

サンシャインビルの照明が見える。



既にそこに存在している事物を
ただやみくもに否定したり憎悪したり破壊したりするのではなく、
それに本来の目的とは全く別の意味や機能を与えることが出来ないか
考えてみるのも悪くはないだろう。
カラスやネズミのような狡猾さや貪欲さや繁殖力が
僕達にはどこか欠けているとしても
ならばハクビシンのような独自の発想力と行動力を持って、
この街に自らの居場所を見出そう。
彼ほど鮮やかにそれをやってのけるのは中々難しいかもしれないが、
こんな小さな生き物にもそれが出来るのだから、
君や僕にも出来ないことはないだろう。

天体に由来するものであれ、
人智が産出したものであれ、
ひとたび夜の闇に放たれてしまえば、
光は最早、誰のものでもないのだから。

この街の夜道を歩く時は、
たまには空を見上げてみよう。

コクトー「放列」より

2009/07/12(日) 01:16:53 [引用▼海外]

正午、夜で一杯な立木は
夕暮、夜をあたりにこぼす。

山種美術館(最終回)

2009/07/09(木) 23:49:58 [詩文・俳文]

証券会社所有のコレクションを展示している美術館。
現在の、九段下のオフィスビルの一階の施設はこの七月で一度閉館し、
恵比寿広尾の間に移転して十月に新しくオープンする予定。

高層ビルの最上階に位置し、
訪問者にそれなりの眺望を提供してくれる損保ジャパン美術館などとは異なり、
この美術館の建築構造自体には、特筆すべきものは何も無い。
特に変わった所の無いビルの一階の、
特に変わった所の無い展示空間。
そしてまたミュージアムショップ。

ただ、かつての安田火災美術館が、
母体である保険会社の統合再編や改名に従って、
その名を変えたのに対し、
この美術館は母体である証券会社の統合再編や改名にもかかわらず、
元々の名前のままである。
この違いはどこから来るものなのだろうか?

この美術館が面している大通りから、
皇居側へのショートカットの細道は、
鍋割坂と名付けられている。
高台を切り通すようなその形状に由来するもので、
都内には同名の坂が幾つかあるのだそうだ。

小雨の降る七月のその路上に弱った守宮が一匹転がっている。
山種美術館の最後の企画展は、
女流画家の描いた美人画を集めたものであった。

山村暮鳥「雲」

2009/07/08(水) 23:35:33 [引用▼日本]

おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか



「磐城平」という固有名詞の使い方が好きな一篇。
この具体的な地名が出てくることによって、
この詩の描く場面に緩やかな固有性、具体性が与えられ、
そのことがこの詩全体の広々とした感じを増すことに貢献している。

醜女

2009/07/07(火) 00:39:00 [【08-09】電線上のハクビシン]

同僚の言い寄る醜女を拒絶して今夜も僕は履歴書を書く

ケストナー「都会人のための夜の処方箋」より

2009/07/06(月) 00:16:30 [引用▼海外]

どのバスでもいい、乗り込むこと。
いちど乗り換えてもかまわない。
行き先は不問。いずれわかってくる。
ただし、夜を厳守のこと。

いちども見たことのない場所で
(当件にはこれが必須の条件)
バスを降り、闇の中に
身を置くこと。そして待つこと。

眼につくものすべての寸法を取ること。
門、破風、樹木、バルコニー、
建物、その中に住む人間。
冗談でやっている、とは思わないこと。

それから街を歩くこと。縦横無尽に。
あらかじめ見当をつけないこと。
たくさんの通りがある、じつに多くの!
どの角を曲がろうと、その先にまた多くの。

散歩にはたっぷり時間をとること。
いうなれば高尚な目的のため、
忘れられたことを呼覚まそうとするのだから。
一時間もたてば充分だ。

麻布の坂

2009/07/05(日) 02:22:03 [短歌]

六月の麻布の坂をただ登る
見知らぬ坂をただひたすらに



蒸し暑き麻布の坂をただ登る
麻布の道はずいぶん狭い



曇天の麻布の坂をただ登る
麻布の坂は長くて急だ



六月の麻布の坂をただ登る
どこに着くのかわからないまま



坂の上の広いテニスコートの周囲を回りこむと、
目的地である有栖川宮記念公園の看板が突然目に入る。
自分でも気付かないまま、
何時の間にかゴールに着いている。
しかしここは、現時点における私の目的地ではあっても、
本来の私の目的地ではない。

ランボー「渇きの喜劇」より

2009/07/04(土) 01:03:11 [引用▼海外]


要なし、かかる風景に。
そも酔いは何ならん、友びとよ?

むしろわれ
泥沼に溺れて死なん

浮木にまじり
おどろなす水苔につつまれて。

梅雨の広尾

2009/07/03(金) 02:21:47 [【08-09】電線上のハクビシン]

雀らの馴れ馴れしげに人に寄る
梅雨の合間の乾いた街角



外人もふてぶてしさやや取り戻す
梅雨の晴れ間の広尾の街角

ゲーテ「見るために生れ」より

2009/07/01(水) 00:37:49 [引用▼海外]


見るために生れ
見るを勤めとし
塔の守りをしておれば
この世はまことにおもしろい。
遠くを眺め
近くを見
星を見 月を見
森を見 鹿を見る。
すると万物のうちに
永遠の飾りが見え
すべてがおれの気に入るごとく
おれ自身またおれの気に入る。
さいわいなる両の眼よ。
おまえが見てみたものは
それが何にせよ
じつに美しくあった!

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