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まだ見ぬ青空

2009/09/30(水) 23:29:16 [【08-09】電線上のハクビシン]

空ばかり見ている君の眼差しのその涯てに待つまだ見ぬ青空
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路上ヴァイオリニストの正体

2009/09/30(水) 00:53:10 [【08-09】電線上のハクビシン]

繁華街の路上で流麗にヴァイオリンを弾いている
身なりの良い白人男性の正体は、
まずモルモン教の勧誘に間違いないと、
細長い風船を巧みに加工しては
ピンクパンサーやミッキーマウスの姿を鮮やかに創り出す、
やはり路上のバルーンアーティストの兄さんがそっと教えてくれた。
なるほど、近づくと確かにその旨を示すバッヂを胸に飾っている。
それはそれとして、ずいぶんと上手いもんですねという
私の間抜けなコメントに、
路上には似合わない連中だと兄さんは呟いた。

アメリカ山公園

2009/09/29(火) 00:17:57 [【08-09】電線上のハクビシン]

地中深く作られたそのプラットフォームから何重もの階層を登り続けて、
みなとみらい線終点である元町・中華街駅の地上部分にようやく辿り着く。
しかしアメリカ山公園を見るためには、
ここから更にエスカレーターかエレベーターを用いて、
もうしばらくは単調な上昇の作業を続けなければならない。

横浜の港湾部を見晴らす台地の一番端に位置するという、
この公園の立地条件の故である。
高速道路の高架を見下ろすぐらいの高さで、
向こう側には、ベイブリッジの構造物も観察される。
地下鉄駅の地上部分から、
さらに台地の地下をくり抜いた建造物を登った上に存在するという
この構造自体が珍しいのだろうが、
しかし公園内部の景観には、目新しい所はとりたてて見当たらない。

その名称にふさわしく(?)、
体格が良く手足の長い白人の少女達が芝生の上で戯れている。
カップルや家族連れの姿も散見する。

特に見るべきものもないので、
植込みの薔薇の写真でも撮影しようと思ったが、
海風の力の混ざった秋風にその花は揺さぶられて、
なかなか思うような画像は得られない。
秋の花々の蜜を吸うセセリチョウの類の姿が多かったので
それを撮っては見たけれど、
モデルが小さい上にせわしく動き回るのでやはり難しい。

アメリカ山公園看板
アメリカ山公園芝生
アメリカ山公園から見た高速道路
アメリカ山公園の薔薇01
アメリカ山公園の薔薇02
アメリカ山公園の薔薇03

目黒川に響く怪声

2009/09/28(月) 02:41:08 [【08-09】電線上のハクビシン]

神田川石神井川といった都内の他の河川と同様に、
目黒川もまた深く掘り下げられ、
両側を完全にコンクリートで固められた無機質な水路となっている。

空気を切り裂く奇妙な鳴き声が、
ただ一度だけその上空から不気味に響く。
おそらく日中は日比谷公園の池辺りに佇んでいて、
この時間になって新しい水場を求めてこの川沿いに飛来したものだろう。
荒川辺りからはるばるやってきたと考えるのは、
いくらなんでもあまりにも遠すぎるだろう。
つがいの鷺が飛んで行く。

秋分の直前の、そんな中目黒の夕暮れの空を、
アトラスタワーが不必要に威圧する。

中目黒の夕刻@ミヅマアートギャラリー5階
山手通り×駒沢通り交差点@中目黒

中原中也「聖浄白眼」より2

2009/09/26(土) 00:35:29 [引用▼日本]

貴様達は決して出納係以上ではない!

路上の私の読者に

2009/09/25(金) 01:23:39 [【08-09】電線上のハクビシン]

秋の夜の路上に僕も詩を売ろう月の光の命ずるままに

中原中也「聖浄白眼」より1

2009/09/24(木) 23:56:20 [引用▼日本]

なにものの前にも良心は枉げられるべきではない!
女・子供のだって、乞食のだって。

秋の空と女

2009/09/24(木) 03:08:43 [【08-09】電線上のハクビシン]

秋霖の美人予報士困らせる女心に勝る気まぐれ

中原中也「頑是ない歌」より

2009/09/24(木) 02:06:52 [引用▼日本]

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にいた

東向島

2009/09/23(水) 02:13:00 [【08-09】電線上のハクビシン]

セブンイレブン、マクドナルド、ドトール、百円ローソンの
ワンセットが一通り揃ってこの駅のただ一つの出口を降りる者を迎える。
東武伊勢崎線の優等列車通過駅に良く見られる、
こじんまりした高架下の駅前のレイアウトは、
例えば現在の足立区役所の最寄り駅である梅島あたりと共通だ。

駅名の表示板に小さく括弧つきで記されているように、
東向島は旧名玉ノ井の地である。
かつて多くの文人に愛されたと言う、
その色街としての華やかさや淫らな気配はほとんど感じられず、
淡々とした、下町の日々の生活がそこにはあるだけだ。
ただ、その道はやたらと屈折が多く、見通しが悪いものとなっており、
そこにこの土地の陰微な歴史の名残を看取することも不可能ではないだろう。
またそのために、土地の形も四角形ではない場所が多く、
使い道のない半端な空間が結局は小さな公園とされているのも目につく。
この辺は、同じ墨東の地でも、
整然とした碁盤目状の区画整理がなされている江東区辺りとは、
明らかに異なっている部分だ。



直角が見えない平面
ありし日の隠微さ
黄色い秋の日が差す



(山頭火の句を借りて)
「まつすぐな道でさみしい」
然れども
曲がりくねった道はやらしい



狭く複雑な街路を幾重にも覆う秋の夕暮れの電線の上に、
オナガが数羽止まっている。
最近都内において再び増加傾向にあると報じられているカラスではなく、
オナガであるのは、
近隣に向島百花園があるためだろうか?
いずれにしても東京スカイツリーの姿はまだ見られない。

東向島駅表示板
東向島の商店街
東向島の建築物01
東向島の建築物02
東向島の謎の神社

中原中也「この小児」より

2009/09/21(月) 23:37:36 [引用▼日本]

コボルト空に往交えば、
野に
蒼白の
この小児。

黒雲空にすぢ引けば、
この小児、
搾る涙は
銀の液……

東武博物館リニューアル

2009/09/20(日) 03:10:12 [【08-09】電線上のハクビシン]

 日比谷線の中吊り広告で東武博物館のリニューアルが宣伝されているが、この広告にしかるべき集客効果があるのかどうか疑問である。城西から横浜方面に住む東急東横線の沿線民が仮にこの広告に興味を引かれたとしても、北千住で東武伊勢崎線と合流する日比谷線は、この博物館が所在する東向島駅をそもそも通らないではないか。
 
 東向島駅南側の高架下スペースに設けられた東武博物館の入館料は、二百円と、極めて割安なものとなっている。幼い子供を連れた母親の姿が多いが、ランニングシャツを着たいかにも下町らしい中年男性や、学校帰りの中高生らしき男の子もそれぞれに遊んでいる。どこのゲームメーカーのものかは確認しなかったが、運転席シミュレーターはやはり人気で行列が出来ている。
 リニューアルとは言っても、元々の姿を知らないのでどこがどう変わったのか良くわからない。昔日の東武車両の歴史遺産としての価値も、東武とほとんど縁が無く育った私にはその本当のところが理解できないので、特に深いことは何も考えずに、ただ漫然と展示物を眺める。私鉄では貨物輸送を最後まで行っていたことを、東武鉄道ではとても誇りに思っていることは伝わってきた。
 時間を定めて行われる、鉄道模型や蒸気機関車の実演ショーを幼児達に混じって見物する。
 それなりに楽しい。
 池袋と浅草と日光と車両基地の風景が合成された鉄道模型のジオラマ上では、既に東京スカイツリーが完成している。その足元を東武特急スペーシアが何度も駆け抜ける。そうこうしているうちに閉館時間になる。

東武博物館入口
昔の東武特急01
昔の東武特急02
東武鉄道ジオラマ01
東武鉄道ジオラマ02
東武鉄道ジオラマ03


中原中也「いのちの声」より

2009/09/19(土) 01:06:19 [引用▼日本]

併し幸福といふものが、このように無私の境のものであり、
かの慧敏なる商人の、称して阿呆というでもあろう庭のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現世の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ。

だが、それが此の世といふものなんで、
其処に我等は生きており、それは任意の不公平ではなく、
それに因って我等自身も構成されたる原理であれば、
然らば、この世に極端はないとて、一先ず休心するもよかろう。

半蔵門線の短歌

2009/09/17(木) 02:11:33 [【08-09】電線上のハクビシン]

紫衣まとい今も忍者の東京の地下を疾駆す
半蔵門線



新しき世紀になってようやっと隅田川くぐる呑気な伊賀者

中原中也「無題」より

2009/09/17(木) 01:45:36 [引用▼日本]

嘗て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!
しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。
我利我利で、幼稚な、獣や子供にしか、
彼女は出遭わなかった。おまけに彼女はそれとしらずに、
唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思っている。
そして少しはいぢけている。彼女は可哀想だ!

シジュウカラ、秋

2009/09/16(水) 00:27:27 [【08-09】電線上のハクビシン]

秋冷の冴えわたるまま
シジュウカラ、帰る、
囀る、
なお冴えわたる



(それは早春の日と同じ旋律)

春秋の切れ目に響く時の歌そういや最近涼しくなったね

中原中也「寒い夜の自画像」より

2009/09/15(火) 23:16:45 [引用▼日本]

陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
わが魂の願うことであった!

恋するしない

2009/09/14(月) 02:51:32 [短歌]

それぞれに乙女な恋する職場また恋も愛も無き詩人の職場

中原中也「盲目の秋」より

2009/09/14(月) 00:10:27 [引用▼日本]

これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだっていいのだ。

人には自恃があればよい!
その余はすべてなるままだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない。

平気で、陽気で、藁束のやうにしむみりと、
朝霧を煮釜につめて、跳ね起きられればよい!

新しい詩集

2009/09/12(土) 02:30:47 [【08-09】電線上のハクビシン]

この秋は
ビッグイシューを売る人の隣で
僕も詩集を売ろうか



今日、恵比寿で詩集が二冊売れた。
二番目に詩集を買ってくれた老女は、
ガーデンプレイスが出来る前の方が良かったといって、
三十分ぐらい愚痴をこぼしていく。
元々は下町の出身で、神主につけてもらったという
この老女の名前を借りた女勇者で
発売日から二か月遅れのドラクエⅨを始めようと思う。

『雑司ヶ谷下水道水難事件』新書版表紙
恵比寿口西口夜02
恵比寿駅西口夜01


中原中也「夏の日の歌」より

2009/09/12(土) 01:23:50 [引用▼日本]

青い空は動かない、
雲片一つあるでない。
夏の真昼の静かには
タールの光も清くなる。

夏の空には何かがある、
いぢらしく思はせる何かがある、
焦げて図太い向日葵が
田舎の駅には咲いている。

昭和十四年の中央公論

2009/09/11(金) 02:26:26 [未分類]

仕事で、昭和十四年の「中央公論」ばかりを延々とコピーする機会があった。
太平洋戦争はまだ始まっていないものの、膠着化する日中戦争や、既に全ヨーロッパを巻き込んでいた第二次世界大戦に関する時論や評論がやはり多く目につく。
その中にも、海外文学の翻訳などがたまに掲載されている。アンドレ・ジイドの作品が何故か多いのだが、その中で……。
山本夏彦訳の「年を経た鰐の話」を発見! これが伝説の、山本夏彦の文士としてのデビュー作!
その略歴に、必ずそのタイトルが掲載されていながら、実際に見た者は極めて少ないと言う幻の作品である。

中原中也「秋の一日」より

2009/09/11(金) 00:58:56 [引用▼日本]

夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩のかなたの地平の目の色。

椿山荘

2009/09/10(木) 01:32:45 [短歌]

道なりに神田川までただ下る
今年最初の秋蝉を聞く

椿山荘のカレー
椿山荘の内装
椿山荘庭園01
椿山荘庭園02
椿山荘シャンデリア
椿山荘イベント告知

中原中也「サーカス」より

2009/09/09(水) 00:19:35 [引用▼日本]

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

中野系の路上詩人に関する噂

2009/09/08(火) 01:26:31 [詩文・俳文]

元々の駅の場所から見ると、
甲州街道の下をくぐって代々木側に著しくはみ出してしまっている、
埼京線湘南新宿ラインのホームのために作られた、
JR新宿駅新南口の正面の歩道で、
平日の昼間から路上詩人が二人、自らの作品を広げている。
一人は男性、一人は女性である。
両人とも硯で墨を磨っては、毛筆で自らの作品を書きつけるスタイルで、
女性の方は浴衣姿である。

眼鏡をかけたその女性によると、
普段はここではなく、
営業終了後の深夜、中野サンモール周辺で活動をしているのだそうだ。
そこには、路上詩人やストリートミュージシャンが良く集まる
スポットのような場所があるらしい。
数年前までは、吉祥寺にも似たようなコミュニティがあったが、
ある時警察によって一斉に検挙されてからは、
中野がそのような人々が集う中心的なエリアになったと教えてくれた。

そういう話をただ何となく聞いているだけでも、
その街に対する好奇心が自分の中から湧いてくる。
その街に、何だか自分も行ってみたくなる。
今の自分は、何だかとても健康だ。

マスメディアを通さない、
自分自身が直接遭遇した情報を一つずつ追跡していけば、
いつか自分が納得できる場所、
心おきなく格闘し、燃焼し尽くせる場所
(現場とか戦場とか、呼び方は色々あるだろう)に、
辿り着くことができるだろうか?
私達が生きる今の時代において、
それはあまりにもナイーブ、
あまりにもアナクロニズム
あまりにもロマンチシズムに過ぎる考えだろうか?
何がリアルで、何がリアルでないかなんて、
そう簡単に分けることが出来ない事ぐらいは、
自分なりに理解しているつもりだけれども、
しかし、現代の技術文明におけるリアルが、ネット上にあるのだとしたら、
それと等しいだけのリアルがまた、路上にも存在していていいはずだ。

ヴェルレーヌ「この陽気過ぎる男に」より

2009/09/07(月) 01:04:24 [引用▼海外]

この陽気過ぎる男にとって
人生はまことにむごたらしい。
くたびれた血を生気づけるに
杯にはや酒も無い、

目のためにも、手のためにも
ランプにもう油が無い、
超人的なほこりのために
今やおもねる野心家もない、

夏の終わりのゆりかもめ

2009/09/06(日) 01:45:30 [【08-09】電線上のハクビシン]

(満員のその車内はクーラーの冷気が充分に行き渡らず、
やたらに蒸し暑い。)



お台場の夜景次第に遠ざかる
宿題の愚痴を少女がこぼす

021.jpg
020.jpg

ヴェルレーヌ「汽車の窓から」

2009/09/06(日) 00:37:48 [引用▼海外]

汽車の窓から眺めるこの景色は、
もの狂わしく走ること、野原も水も
麦畑も樹木も空も一切が
すさまじい渦巻の底に身を投げる、
奇態な花押とも見える電線を張り渡した
ひょろ長い電柱も、あとからあとから追いかけて。

燃える石炭と、たぎる水の匂い
千本の鎖の先に千人の巨人をつないで
鞭打ちさいなんだら出るかと思われるような喧々囂々、
時にふと聞こえてくる、梟の気うとい声音。
……

アクアシティお台場神社

2009/09/04(金) 02:47:23 [【08-09】電線上のハクビシン]

ショッピングビルの七階屋上に建立された
アクアシティお台場神社に参拝すると、
その背後にあるフジテレビの社屋にも、
知らず知らずのうちに頭を下げていることになる。
社殿のすぐ上に、その球形の展望台が浮かんで見える。
不愉快な構図ではあるが、
マスメディアの扇動によって
埋立地の果てに出現した空虚な消費観光地というのが
現在のお台場の本質であるので、
消費社会の神であり、ラスボスである所の
テレビ局が神社の上位に鎮座しているこの風景は、
これはこれでこの土地の真実の姿を的確に映し出しているのかも知れない。

アクアシティお台場神社01
アクアシティお台場神社02

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