吉田一穂「荒地」より

2010/08/29(日) 22:34:14 [引用▼日本]

 

雲・西風―候鳥は分水嶺を超えた。磽确の突兀たる高地に、苔は湿気を失い、羊は飢えた。水枯れの河床は、痩せた肋骨をむき出して落葉に叩かれた。層積雲の波立つ曇天に、廃坑はその空洞な眼窩を見開いていた。鉱毒に錆びついた緑泥岩や裸石、煤煙に燻んだ灌木林や焼塊の間から、輝石や雲母の荒金が鈍く光っていた。吹きつのる瀟颯たる風に、雲翳はちぎれて妖しく、雪もよひの乱雲となった。枯木は吼える力もなく、岩根にしがみついた一叢の匍松が、朦々と席捲してゆく砂埃を浴びて侘びしく呻いた。
 雨がこの台地を洗って、鉱脈の一角を露呈した。鬱蒼たる森は斫られて工場となった。製錬所の煤煙は斜面の牧草を焼き払い、排流する鉱毒に浸蝕されて、田園の穀物は悉く枯渇した。



磽确:キョウカク・コウカク:土地がやせていること、やせ地。
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佐伯祐三アトリエ記念館

2010/08/29(日) 00:57:32 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 立入禁止のまま残されていた画家のアトリエの内部が改装されて、その作品のレプリカや年譜、デスマスク、生涯を簡潔に紹介した映像作品などが展示された小さな部屋になっている。テレビはシャープアクオス亀山モデル佐伯祐三は二回に渡ってフランスに遊学したその時代のエリート芸術家で、もちろんかの地の風景や人物も少なからず描いているのだが、ここは目白台地に位置する新宿区立の施設で、私もまた目白台地に住む豊島区民なので、やはりこのアトリエ兼居住地の近辺を題材とした一連の風景画がまず気になってしまう。
 当時の目白下落合近辺の地図が壁に貼られている。この辺りの風景を描いた佐伯の作品や習作には、それぞれ番号がふられている。地図上の番号と作品の番号が対応してその場所を示しているのだが、新目白通りも、おとめ山公園もないので、現在でいうとどの辺りになるのか、どうも見当がつきかねる。ただ、目白―高田馬場間のガード下の位置は当時も今も全く変わっていないため、その作品だけは一瞥してどこのものか完全に識別できる。
 佐伯が生きていた当時、この辺りはまだ雑木林が広がる田舎だったと言う。作中に描かれている風景は、確かにそのようになっている。それらの作品の中で目立っているのが、空に向かって垂直に立つ電信柱だ。山と緑に覆われた武蔵野台地を開拓もしくは侵略していく、モダニズムとテクノロジーの先兵としての電信柱。絵を見る限り、おそらく当時はまだ木材で作られていたであろう電柱が、かくもモダンで、その直立する姿がかくも凛々しく美しく、そして傲慢で尊大であることを、これらの一群の作品は教えてくれる。
 今の目白台地において、電線の上を巧みに渡って行くハクビシン達は、これらの作品が描かれた当時の雑木林にも存在していたのだろうか?



 よく晴れた八月の空に向かって真っすぐに伸びた背の高い竹の梢が、風に吹かれて音を立てる。
 蝉の声がする。
 この場所がアトリエ記念館になる以前の、ただの「佐伯公園」だった頃には、猫の姿がよく観察されたものだが、今日はその姿を見ない。記念館としてリニューアルする際に、見栄えが良くなるようにテラスや石畳が新しく整備されたようだが、樹木の構成は、敷地の境目に植えられたその竹以外は、それほど大きく変わっていないようだ。
 大きな窓を持った白亜の洋風建築の、鋭角の三角屋根もやはり夏の青空に良く映えて美しい。
 木々の緑とアトリエの白と空の青のそれぞれが調和して、芸術家の故地にふさわしい美しさをこの空間に演出してくれる。この三色は確かに美しさを提供してはくれるのだが……。緑・白・青だと、佐伯が憧れ続けたフランスにならない。(これじゃイタリアだ。)
 何か赤くて美しいものをと思ってしばらく園内を探してみる。見つからない。石畳に休んでいるタテハチョウがいたが、その羽根の色を赤と見立てるには無理がある。どう見てもあれはオレンジの範疇だろう。遂にトリコロールは完成しない。

吉田一穂「地下鉄のある街」より

2010/08/28(土) 00:42:53 [引用▼日本]


光る街・急回転の都市はその求心力で地方の生産を吸引する。生活圏の大旋盤は遠心力でその残骸を弾き出す。煤煙の支柱が天蓋を支えて彼を自然の外に置いた、戦慄を作る魅惑的な機械都市。

10
機械が人間を解放した。工場の虐吏から失業の街路へ。

12
都市は空へ伸張した。彼は神たらんとする最初の金字塔的意志をして昇天し炎上するだろう。その黒い焦土から草が生えるだろう。

夏の神

2010/08/27(金) 13:49:39 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

コオロギを逃がす窓にも夏の神



コオロギを放つ窓には夏の風

吉田一穂「愛の章」より

2010/08/27(金) 12:35:15 [引用▼日本]

……一皿の果物、白磁の茶器も、これらの静物は、鋭い明暗の実在から深くも沈思の影にひたっていた。頁をめくる新しい触感! 戸階に零れおちる楡の木漏れ日すら、それは強い黄金の重さではなく、触れては濡れそうな銀と藍との秋冷である。

コロンブスの後で詩を書くことが既に野蛮であった

2010/08/27(金) 00:57:36 [詩文・俳文]

アウシュビッツの後で詩を書くことは野蛮であると言うが、
正しくない。
そもそも、コロンブスの後で詩を書くことが既に野蛮であった。
文明の破壊者として、
民族の虐殺者として、
コルテスピサロは、
ヒトラーアイヒマンより遥かに広範で徹底した成果を達成した。

人類史上最も完璧なホロコーストは、
東欧を侵略したドイツ人によって行われたものではない。
アウシュビッツから生還したユダヤ人は、
イスラエルを建設し、復讐を行い、
その悲劇を後代に伝えている。
一方、
タスマニア島に残ったアボリジニは存在せず、
よって彼らのための国家も、また復讐を行うものも一人も居らず、
自らの歴史を伝えるいかなる手段も有していない。
人類史上最も完璧なホロコーストは、
オーストラリアを侵略したアングロサクソンによって行われた。

大航海時代以降、吾々は既に野蛮人であった。
少なくとも、欧米白人は野蛮人であった。
ただ彼らは、本当に野蛮人であったので、
内省能力や自己批判能力が根本的に欠如しており、
そのことにずっと気づかなかった。

私はここで約束しよう。
もし私が、未来においてノーベル文学賞を受賞することがあったならば、
その授賞式の講演において、
以上の内容を人々に対して提出することを。

吉田一穂「石と魚」より

2010/08/26(木) 22:43:47 [引用▼日本]

隠者(ハーミット)は石に魚を彫り、木に蜥蜴を刻む。それは自己の中に神を求める幻想だ。深夜の恐怖が生む青い星だ。神を作り、方程式を証佐とする獣より愚かしい弱い生活者よ。「神を呪いて石に魚を刻み、山上の沼底深く沈めたり。かくて沼に一匹の盲魚あらはれ、夜毎にうかび出でて水面に映る星影を求めたり。」

夏に脱ぐ

2010/08/26(木) 00:07:59 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

おもむろに脱ぎ捨ててまだ日に焼けぬ白きその肌露わにする夜



夏の夜の黒に吸い込まれるように別の肢体の生き物になる



夏の夜にそれぞれ大人になっていく
木下坂
木の下の闇



 有栖川公園六本木に近い側の坂道、木下坂の塀には夜ごとに蝉の幼虫達が這い上がって徘徊していることを、人に教えられて初めて気がついた。改めて観察してみると、その姿がそこら中に点在し、何匹かはまさに羽化の真っ最中である。麻布に多く住む外人の子供達はどう思うかわからないが、日本の小学生にとっては、夏休みの宿題の手っ取り早い材料が転がっているのではないか。

吉田一穂「雲雀を揚げる夕べ」より

2010/08/25(水) 22:37:57 [引用▼日本]

草荒れてなほ花信風に芽ぐむ北郊の早春、彼方の城門から脱れて孤り、洛外に雲雀を放つ眇たるこの身は、時空の一隅に安けくもいと謙虚である。
砲声は殷殷として轟き、城市は今、砂塵と兵隊にまみれ、続々と避難者の群が轎車や騾馬に乗って、枯れた高粱や甘蔗、乱れた麻の流離の路をさすらってゆく。しかし彼処には今猶、刻刻の銀相場に喧鬧しつつある商人、街上に骰子を投げ合う苦力がいる。独楽の如く静止していやほそるわが心頭を繞り、限りなき愛と憎しみの生活の鼓動が、無数の同心円を描く。そもそも生活とは何であるか? 闘争か、苦艱か、この切なる一日の哀歡! 水泡は嘆き、時刧の大河床に沿うて無窮へと下ってゆく生命の河、無始無終のわが生体を経緯して遠き血脈よ! 自然律よ!
指に雲雀をあげて、週円転を画く高き子午線をさせば、鳥は忽ち天心へと翔け去ってゆく。昇登する命と連なって、わが思いは細る。かくて鳥は大穹窿へと消えて影なく、幽かなひとすぢの声のみに聴き、それすら絶えて今、碧天の波動を胸と和す諧調に入って、音なく、形なく、また己れなく、ただに蒼々寞寞たる放心の大虚空がある。
……



鬧:どう:さわがしいこと:難読
骰:とう:さいころ:難読
繞り:めぐり(まとう):難読

警察と軍隊

2010/08/24(火) 23:27:38 [詩文・俳文]

 事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだと気張る例の警官の姿をこの夏は久しぶりに目撃した。一方戦争は、現代における戦争の最も本質的な部分は、しばしば会議室のモニターやプロジェクターの上で起きて、完結する。警察と軍隊はともに国家権力によりその存続を承認された武装実力組織であるが、ただ単に警察の武力を強大化すれば軍隊になるわけではないことは言うまでもない。

吉田一穂「Delphinus」

2010/08/23(月) 22:07:01 [引用▼日本]





灯台
 (海の聖母!)




驟雨
貿易風
潮の急走
海は円を画く
 (太陽は真裸だ!)
痙攣る水平線
水の落塊
回帰線
流木
鱶!



華麗なるタイポグラフィ・カリグラフィの美しさ。

死の夏

2010/08/22(日) 23:57:52 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

ひび割れた路上
干からびゆくミミズ
悲鳴も逃げ場もどこにも無い夏



かろうじて湿度残した胴体を蟻が一匹すでにまさぐる

吉田一穂「声」

2010/08/22(日) 22:54:00 [引用▼日本]

葉影かき散らす戸階の雨。
(彼女はすでに去りし……)

みだれうつ暴風雨の中に
ひそみまつはるひとすぢの声
常に離れて言葉をおくる。

青き光圏を環つて、終夜、
遠く点滅する不眠の都市。

町田の戯れ歌

2010/08/21(土) 23:25:18 [短歌]

相模原川崎、巨人に挟まれてタックル喰らう多摩の足首

吉田一穂「泉」

2010/08/21(土) 22:24:52 [引用▼日本]

落葉に径も埋もれたり。
村邑の灯は乏しきかな。
月かげ負ひて来るものに、
これの泉はあふれたり。

真夏の路上活動

2010/08/21(土) 00:13:14 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

ポロシャツの一枚下のわが素肌一匹のように汗が這う場所



稀に吹く在るか無しかの風さえも慈悲に思える七月の街



対面の建物が落とすあの影が僕のとこにはまだ届かない

吉田一穂「曙」

2010/08/20(金) 22:16:21 [引用▼日本]

透蚕は眠る、
影ほの白し。

一線の丘の曙、
山々の遠き風嘯。

楳図ハウス

2010/08/20(金) 00:35:26 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 井の頭公園からJR吉祥寺駅へ続く道の混雑を回避して住宅地の中に入ってみる。ギターを背負った男と、その恋人らしい女がある民家の前で立ち止まって話をしている。何だろうと思ってその視線の先を見たら……
 紅白のストライプの壁。
 屋根から突き出したタコの顔のような形状をした小塔。
 近隣住民から訴えられたというニュースをいつか聞いた覚えがある、楳図かずおハウスが不意にそこにある。

 歩みを止めて、あるいは緩めてこの建物を眺める人は、このカップルの他にも何人かいるようだ。側面はどうなっているのかと思って右側に回り込むと、プランターの植物に水をやっていた対面の家の老婆が、迷惑だから路上にたむろしないでくれという意味の苦情を浴びせて来る。確かに、閑静な住宅地において異彩を放ち過ぎている。文化人も多く住むという、美しく整備された花壇の如きアッパーミドル層の居住地区のある一点において、中央線沿線に浮遊するサブカルチャーの菌糸が不意に、(不運に?幸運に?)着床して発芽し、毒々しい巨大キノコに成長したようなものだ。
 そのように言われると、何だか悪いような気がして、写真に撮るのは遠慮しておいた。



武蔵野の
青空乱す
紅白のストライプの異志、タコの不意打ち

宮澤賢治「ダルゲ」より

2010/08/19(木) 14:01:35 [引用▼日本]

……
ダルゲは陰気な灰いろで
腰には厚い硝子の蓑をまとっている
ダルゲは少しもうごかない
窓の向こうは雲が縮れて白く痛い
ダルゲがすこしうごいたようだ
息を引くのは歌うのだ
  西ぞらのちぢれ羊から
  おれの崇敬は照り返され
    (天の海と窓の日覆い)
  おれの崇敬は照り返され



「おれの崇敬は照り返され」一度聞くと忘れられないフレーズ

井の頭公園で路上活動

2010/08/19(木) 00:01:43 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

(点描画の内側に於いて)



ミュージシャン、
大道芸人、
パフォーマー、
木の幹ごとに立つ、蝉が鳴く。



エドガーの「愛に寄せて」のバイオリン夏の緑に飛散する
風。



シャボン玉ただひとつだけ武蔵野の夏の光に長く揺蕩う

宮澤賢治「この夜半おどろきさめ」より

2010/08/18(水) 18:27:42 [引用▼日本]

……
ああ大梵天王こよひはしたなくも
こころみだれてあなたに訴え奉ります
あの子は三つではございますが
直立して合掌し
法華の首題も唱えました
如何なる前世の非にもあれ
ただかの病かの痛苦をば私にうつし賜はらんこと

街の全体像

2010/08/18(水) 06:02:22 [短歌]

この街の全体像が描けない時代も自分も良くわからない

宮澤賢治「小さき水車の軸棒よもすがら軋り」より

2010/08/17(火) 12:29:51 [引用▼日本]

小さき水車の軸棒よもすがら軋り
そらは藍いろの薄き鋼にて張られしかば
たとへその面を寒冷の反作用漲るとも
裂●入らんことはありぬべし



三行目「寒冷の反作用」というフレーズが良い。

郊外に住むな

2010/08/17(火) 01:54:22 [短歌]

東京に行くなと叫んだ詩人が、
昭和の時代にいたと言う。
人々はますます東京を目指し続け、
首都圏への人口集中は地方の衰退と表裏一体となって
現在も進行し続けている。
つまり、その叫びは虚しく響いただけであった。

だから、
郊外に住むなと
平成の時代に詩人が叫んでも、
その叫びはやはり虚しく響くだけなのだろう。
何故ならば、多くの人々を動かしているのは言葉ではなく欲望であり、
その欲望を規定しているのは精神ではなく、
消費や経済のシステムであるからだ。
そのことに気付いた自称詩人は、
ではこれから一体どのように闘えば良いのか、
そもそも闘うこと自体が必要なのか、
また可能なのかなどということを、
考えている。
東京の片隅の一室において、
この性能の余り良くない頭脳で今考えている。



抵抗の拠点も無いのにいたづらに闘争をただ夢見てるだけ

宮澤賢治「おしろいばなは十月に」

2010/08/16(月) 12:46:34 [引用▼日本]

おしろいばなは十月に
白き花咲き実を結ぶなり
その草に降る日ざしのなかに
おしろいばなはあわただしくも

悪意なきゲリラ豪雨

2010/08/15(日) 23:17:22 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

悪意無きゲリラ豪雨の濁流に天の川さえ沈む七夕

宮澤賢治「高架線」より2

2010/08/15(日) 13:23:16 [引用▼日本]

この大都市のあらゆるものは
炭素の微粒こまかき木綿と毛の繊維
ロームの破片
熱く苦しき炭酸ガスや
ひるのいきれの層をば超えて
かのきららけき氷窒素のあたりへ向けて
その手をのばし
その手をのばし
その手をのばし
まさしく風にひるがへる
プラタヌス グリーン ランターン
プラタヌス グリーン ランターン
      幾層ひかる意欲の波に
      幾層ひかる意欲の波に……



「プラタヌス グリーン ランターン」の語感、リズム感が最高。

一次元の死闘

2010/08/15(日) 00:27:47 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 夏の嵐が通り過ぎた後の、暗緑の雲が未だ残る夕刻のことである。頭上から奇声が聞こえるので何かと思ったら、電線上でハクビシン同士が喧嘩をしている。一匹がもう一匹を盛んに追いまわしている。騒ぎの大きさに近隣の住人も戸外に出てきては見物している。そうこうしているうちにもう一匹現れた。騒乱が拡大する。



夏空の一次元にも闘争と排除の論理が剥き出しになる



 一次元空間における闘争なので、原則的には前進と後退以外の選択肢は存在しない。
 雌を争っているのか、それともねぐらを取り合ったものなのか、原因はわからない。電線の上というのは、他の動物からの邪魔を受けない彼らだけの空間であるというが、「生きていくそのことが闘いだから」(@笠原弘子)このように同種間のあからさまな生存競争の風景も展開されるのだろう。どの個体が勝利を獲得したのかもイマイチ明確ではないままに闘いは終わったようで、しばらくすると片方が電線上を引き返して、藻類が繁茂した沼沢の水面のように鈍くて暗い緑色の曇天に消えていった。

宮澤賢治「高架線」より1

2010/08/14(土) 00:54:58 [引用▼日本]

赤のエナメル
赤のエナメル
      (安山岩の配列を
       火山の裾のかたちになして
       第九タイプのbushを植えよ)
江川坦庵作とも見ゆる
黒くて古き煙突も
タキスのそらにそそり立つ



江川坦庵という固有名詞の使い方に親しみを覚える。

PKに斃れる

2010/08/13(金) 12:51:08 [短歌]

七月にほんの僅かに届かない青き日本のシュートの悲運

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