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空虚な祈り

2010/10/31(日) 23:27:27 [短歌]

不採用通知末尾の敬虔も神も無縁の祈りもう倦む
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谷川雁「リレー通信」より

2010/10/31(日) 22:27:36 [引用▼日本]

 

また両親の老いを観察して私が気づいたことの一つに、六十を超えたある時期から、書く字が急に小さくなったということがあります。なにか自信を失って、生きていることをしきりに恐縮している感じでした。まあ自分も似たような心境になることもあるわけですが、だからと言って小さい字を書くこともあるまい。眼も悪くなるついでに、字の萎縮だけは避けて大きな字を保とう。じつは私の字が大きいのは、書の下手をかくそうという魂胆の結果なのですが、それとは別の意味の忠告を子と孫に残しておこうかなと思ったりしています。

ドイツ大使館横

2010/10/30(土) 23:52:11 [短歌]

南部坂



星輪旗紺地が揺れる鈍色の空に向かって坂登りゆく

谷川雁「大口真神を待ちながら」より

2010/10/30(土) 21:43:23 [引用▼日本]

 

戦後の労働原理主義は血盟軍と市民軍にわかれたんやな。いまのところ市民軍は連戦連勝、市民こそすべてという旗はマンションと建売住宅の窓を埋めつくしとる。せやけどいまの暴力団の戸籍、出してみておくれやす。遠慮のういわせてもらいますが、未解放部落と在日韓国が中心になっとるんとちゃうやろか。ほな一国の首相ともあろうお方が、机の前に手をつかれた敵役は、存在論的にいうならばやぜ、部落民と韓国人の連合やったんとちがいまっか。市民派はそれを怒ってはるのかもしれんが、あてらにしてみれば、ちぃとばかり胸のすうとする話やがな。日本開闢いらいはじめて、関白太政大臣が賤民連合に頭下げはった。えらいとほめてしかるべきやないか。はてな、これは新手のほめ殺しになるやろか。

東武伊勢崎線の風牌

2010/10/29(金) 23:31:31 [短歌]

日比谷線の行先表示を見て)



北千住
北越谷
北春日部
日比谷線には北(ぺい)の暗刻



おや、
南千住行きだ。北の槓子にはならなかったな。
あら、
東武動物公園行きだ。やっぱり北の槓子は無理だ。
(ちなみに【西】新井行きという列車は今のところ存在しない。)

谷川雁「魂の水飲み場をもとめて」より

2010/10/28(木) 21:49:49 [引用▼日本]

 

賢治が異常な早書きだったという伝承がある。それは嘘だ。この字は書きとばすことはできない。丹念にペンをおさえ、紙のうえを同じ圧力で平行にすべっている。にもかかわらず速度感にあふれているのは、彼の情念がとどこおってないからである。何かが急がれている。雲のように鳥のように。わずかな機縁の一つだに見のがしてはならない。そのためのじぶんの機能をくまなく全開し、じぶんの質量の最後の粒子まで投入しなければやまない。その気迫からのがれようと、人々は建物の外の風を浴びる。だが、その空も日光もことごとく賢治によって再生されたものだ。あの赤松の群だってイーハトーヴのれっきとした住民だからな。

路上の鳩サブレー

2010/10/27(水) 23:53:41 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 完全に自らの気配を殺して、オブジェのように路上に存在するそれが実は生命体であることに遅れて気がついた若い女性が悲鳴を挙げる。



秋風の路に無心に無防備に鳩サブレーのポーズ取る鳩



秋風に微動だにせず坐り居る一羽の隣の詩人も一人

 

谷川雁「越境された労働運動」より

2010/10/24(日) 10:54:32 [引用▼日本]

 

結局はそのほうがいい。フランス人がアルジェリア戦争のための徴兵を忌避するか、軍隊の内部で闘うかのちがいは、アルジェリア人自身にとってはたいした問題ではない。その両極からはみ出したところにアルジェリア人の沙漠があるのだから。

夕闇の八百屋

2010/10/23(土) 23:38:13 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

十月の目白通りは完全な夕闇に早くも包まれた。
ボックスワゴンの八百屋が路上に並べた茸達を、
ドレッドヘアーの黒人の男が買い占めて行った。



十月の茸買い占め黒人が溶けて消ゆ濃き深き夕闇



黒人溶消濃深夕闇



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谷川雁「百時間」より3

2010/10/23(土) 21:28:43 [引用▼日本]

……吠えているのだ、おれたちはそのことを恥ずかしいと思うのがあたりまえかもしれない。だが、おれたちは別に恥ずかしくもない。厚顔無恥だ。なぜなら、おれは吠えたいのだから、これからもおれたちは地べたに四つんばいになって吠えつづけることにする。そして最後にはかならず咬みころす。だれを咬みころすのかって? 吠えないやつと吠えさせないやつ全部だよ。それをいまおれたちは見えない袋のなかに一匹一匹入れているのだ。一度に咬み殺せるようにね。

【お知らせ】タコシェさんに『電線上のハクビシン』を納品しました

2010/10/23(土) 00:38:14 [お知らせ・近況報告]

 東京・中野ブロードウェー3階のミニコミ書店、タコシェさんに『電線上のハクビシン』を納品しました。
 タコシェさんでは様々なアイテムを扱っておられますが、青条の本は、ミニコミコーナーもしくはその近辺に配架されています。

 タコシェさんのサイトはこちらです。
 http://tacoche.com/

 (タコシェで前著『雑司ヶ谷下水道水難事件』を買って下さった方に、この場を借りて御礼を申し上げます。ありがとうございました。)

谷川雁「百時間」より2

2010/10/22(金) 21:19:37 [引用▼日本]

 組合員の独自活動の範囲についておのずから規制が伴うという意見に関しては、それが労働者階級の倫理に背くものであるならば当然のことであると考えます。だが、それに背かないものである限り、どのように未熟な意見であれ、活発に展開されることこそ組合の発展に欠くべからざるものであることは、本来労働組合設立の趣旨に鑑みても明白であります。それはあたかも国会があっても、そのゆえにますます国会の外での言論活動が活発でなければならないのと同様の原理です。

……

 いわせればいいじゃないか、いわせれば。それでぶっ壊れる組織は崩れた方がいい。分散主義も自由主義もあるものか。「発言する義務」「統制に服する権利」となぜ規約を書き変えられないのか。



ここもやはり詩人だけあって、上手い事を言う。

ミッドタウン路上の色紙売り

2010/10/22(金) 00:08:55 [詩文・俳文]

 ヒルズやミッドタウンといった一連の再開発に伴って、ここ十年ぐらいで六本木近辺には美術館が幾つか新しく登場した。しかし六本木がアートの街を僭称することには、今もって私は違和感を覚え続けている。この街にあるのは表現の追求としての芸術作品というより、コミュニケーションツールとしての情報を表示する物体ではないかと感じられてしまうからだ。つまり、それを共通の話題にすることによって、教養ある金持ちとしての自身を再確認し、他者にアピールするためのアイコン。ウェブレン財あるいはゾンバルト財の一種。
 まあどんな作品にも、多かれ少なかれそのような性質は宿っているのかもしれないが、この街に持ち込まれると、その部分だけが突出して強調されてしまうように思える。この空間には特有の変なオーラがある。ドンペリがホストクラブに持ち込まれることによってその本来の味を失ってしまうような……。

 ミッドタウンから六本木交差点へ出る路上で、芸術家っぽい男が原色の絵が描かれた色紙を並べている。
 ここにアートがあるなと思う。

 この街を撹乱せよ。
 内部から侵食せよ。
 セレブ気取りを張り倒せ。
 高層ビルから引き摺り下ろせ。

 この三連休の直前にミッドタウン内に開店したユニクロでは、既にヒートテックの特売を行っている。
 何がセレブなのかわからない。

谷川雁「百時間」より

2010/10/18(月) 22:32:03 [引用▼日本]

……しかし、おれたちの組織原理をちょっと説明しておかねばならない。組織原理? 気のきいた言葉じゃないか。習った言葉だよ、谷川雁から。習ったのは言葉だけじゃない。前から「やりたいやつはやるがよい、やりたくないやつはやらんがいい」と思っていたのだ。しかし、それじゃ組織になるまいと思っていた。ところが行動隊を作るとき、雁さんが「それで行こう」といったのだ。それで掟がきまった。一やりたくない者にやれとは強制しない。二自分がやりたくないからという理由で、やる者をじゃましない。三やらない理由ははっきりさせる。四その理由への批判は自由。五意見がちがってやらなかったからといって、そのことだけで村八分にはしない。意見があった時に行動すれば、隊員と認める。



この「百時間」というテキストは、短編小説としてよめばそれなりに面白い。

「秋は星」

2010/10/18(月) 01:20:12 [短歌]

シリウスもこんなに綺麗に映すのに「秋は星」とは誰も言わない

谷川雁「無を噛みくだく融合へ」より

2010/10/17(日) 21:00:13 [引用▼日本]

昨年九十六日のストを戦った佐賀県杵島炭坑のコーラス団が九州のうたごえに出場して「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」というあれを歌った。その練習のとき「いったい、ふるさととは何だろう」と話合ったら、二度夜逃げをし、三度父が変わった労働者などはまだましな方だった。故郷の実感といってもどこが故郷やら、実感やら見当もつかない者が多く、「故郷はこれから作るべきものだ」という結論に落ちついた。この場合、彼等にはもう真の故郷が見えはじめているわけだ。故郷の実在する者よりもさらに強い実在感覚が故郷の欠如という形で与えられているのだ。この状況を延長すれば、所有の意識で支えられているすべての感覚は、あたらしい所有形態―共有―で獲得しようとする目下の欠如に対して、やはり一種の中間性を示しているというべきだろう。すなわち二種類の無が存在する。防衛する無と攻撃する無が。この二つの無の葛藤を促進する触媒が我々の詩でなければならないのだ。



 炭坑労働者のフォークロアを集めた『地の底の笑い話』という本(岩波新書青)を思い出させる記述。
 それにしても後半部分は楽観的過ぎる。我々の現実を規定しているのは、意識でも理念でも思想でも無く、実体だということを、この時代の観念左翼はやはり全く理解していなかったのだろう。足りない脳味噌の中でいくら概念操作を行ったとしても、過去は変えられない。悲惨な個人史も変わらない。その、労働者達の悲惨な現実を隠蔽して、自らの知的遊戯のための遊び道具にすることの方が、よっぽど悪質だ。しかも自分自身は知識人としての有名性と特権性に守られた場所から。

【お知らせ】みじんこ洞に『電線上のハクビシン』を置いてもらいました

2010/10/16(土) 23:26:16 [お知らせ・近況報告]

店内に様々なミニコミやフリーペーパーを揃えている高円寺の定食屋「みじんこ洞」さんに『電線上のハクビシン』を置いてもらいました。同店では販売は行っておりません(閲覧は自由です)が、親子丼やきんぴら丼が安くて美味しいお店ですので、是非一度行ってみて下さい。

みじんこ洞さんのサイト
http://mijincodou.jimdo.com/

谷川雁「民衆の無党派的エネルギー」より

2010/10/16(土) 12:43:27 [引用▼日本]

 

これに対して政党はどうしているだろう。それはまるで無邪気な官僚そのものだ。すべてを自分の誤りのみに帰着せしめる尊大な主観によって――太陽はおのれがときを作るために上ると信じている雄鶏のナルシスムに落ちている。日本の革新政党は始終誤っているために、誤りのなくなったときどうなるのか見当もつかないが、大衆から見離されかけるとあわてて「大衆路線」の四文字を処方箋に書きつけるというようなヤブ医者ぶりでは、自分が死んだのちに病がなくなる順序であろう。


 
 谷川の思想は今の時代から見るとアナクロな楽天主義以外の何物でもない。そこに今日にも通用するような。有益な要素を見出すことは、どうも私にはできない。だが、さすがに詩人だけあって「太陽はおのれがときを作るために上ると信じている雄鶏のナルシスム」というレトリックは素晴らしい。

 古くは武者小路実篤、真木悠介(見田宗助)、そしてこの谷川と連なる、東大社会学科出身者の「共同体・コミューン志向」には、何か共通の原因というか、遠因があるのだろうか?

電網上金木犀

2010/10/16(土) 00:11:06 [短歌]

秋雨の激しい夜のそれぞれにネット詩人金木犀詠む

谷川雁「抗底を歩くコンミューン」より

2010/10/15(金) 00:18:54 [引用▼日本]

非人称ってやつかい このガスの色
地球に腸をこさえるのは
どうやらちょっぴり罪の匂いがするので
つるはしの国ではねずみも幸福

……

重いかぶとから耳医者のように照らし
うっとり影を忘れた男がつぶやく
松の木と呼ばねばならないか
幾重となくねじ曲がった物語の鳥居を
小人の蝉に教えてくれよう
善も悪もがらがらくだけで ばんざいさ
おれたちの故郷の背中が受けもつものは
しょせんがむしゃらな力学ばかり

げじげじくらい棲んでもよかろうに
滅びるのがほんとだな 炭坑は

【お知らせ】都立中央図書館に『電線上のハクビシン』を納本しました

2010/10/14(木) 02:21:03 [お知らせ・近況報告]

東京都港区の都立中央図書館に、『電線上のハクビシン』を納本しました。
館側の受入事務の都合もあるので、いつ検索・利用が可能になるのか正確にはわかりませんが、前著『雑司ヶ谷下水道水難事件』は検索システム上に反映されておりますので、遅くても半年後ぐらいにはデータ上に反映されていると思います。

都立中央図書館のトップページ
http://www.library.metro.tokyo.jp/12/

塚本『王朝百首』99

2010/10/14(木) 00:41:30 [塚本関連]

儚くてこよひ明けなば行く年の思ひ出もなき春にや逢はなむ (源実朝)

年のうちに春が立つとか
薄闇の中に目を瞠けば
後退りしながら来る春が見える
何して一年を生きたか
何ゆえに明日があるのか
想い出も期待も
〈……なきが儚さ〉
見えるのはただ
腥い時間と冷ややかな空間
梅がひらくとて咳入り
水が温むとて川の辺にくるめく
死は近くて遠いうつつ
罰はいつ畢るのか

塚本『王朝百首』97

2010/10/11(月) 23:40:21 [塚本関連]

ふるままに跡絶えぬれば鈴鹿山雪こそ関のとざしなりけれ (藤原良通)

ゆきくれて
鈴鹿は鈴の音絶えて
かなしみをさへぎる関の扉
ここ過ぎて
わが後を人は知らず
弟よ逢ふなら黄泉の雪の道

天才科学者と天才詩人

2010/10/11(月) 03:47:39 [詩文・俳文]

天才科学者を自称する人物が非常に健康で長生きして、
自分以外の誰にも全く理解不能な理論や公式を、
ペースダウンすることなくひたすら大量に精力的に量産し続けて、
電波系トンデモ扱いされたままその一生を終えたとしたら、
それはとても悲惨で、不毛な人生だろう。

天才詩人を自称する人物が非常に健康で長生きして、
自分以外の誰にも全く理解不能な詩論やポエムを、
ペースダウンすることなくひたすら大量に精力的に量産し続けて、
電波系トンデモ扱いされたままその一生を終えたとしたら、
それはとても悲惨ではあるが、不毛な人生と言えるだろうか?
そのようなハイテンションを維持できること自体が、
詩人として彼が天才であることの証明となるのではないだろうか?

塚本『王朝百首』93

2010/10/11(月) 01:56:50 [塚本関連]

思ひ出でよたがかねごとの末ならむ昨日の雲のあとの山風(藤原家隆)


では
きみの
あの日の
約束もみな
夢もうつつか
絶えてつれなき
つれないのはきみ
忘れたとは言はさぬ
忘れたと言ひたければ
あの雲の異様な赤ささへ
明日は名残も止めぬ理由を
私に向って昂然と説明なさい
たれがこの心に消しがたい傷を
彫りつけたのか今一度考へて御覧



これも塚本の詞が秀逸。素晴らしい。

【お知らせ】模索舎さんに『電線上のハクビシン』を置いてもらいました

2010/10/10(日) 01:23:18 [お知らせ・近況報告]

新宿御苑前のミニコミ書店、模索舎さんに『電線上のハクビシン』を置いてもらいました。
次回の「模索舎月報」に掲載されると思います。
また、模索舎さんでは、オンライン販売も行っています。
近いうちに『電線上のハクビシン』のデータも反映されると思います。

模索舎さんのサイトはこちらです。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

塚本『王朝百首』91

2010/10/09(土) 23:19:23 [塚本関連]

空さむみこぼれて落つる白玉のゆらぐほどなき霜がれの庭 (殷富門院大輔)

冷えわたる今朝のくさむら
凍る光のつゆのたまゆら
ゆりかごの稚児百合は枯れ
ひあふぎの烏羽玉失せて
つゆの世はつゆもやどらぬ

恵比寿ガーデンプレイスの秋

2010/10/09(土) 01:11:42 [短歌]

 恵比寿ガーデンプレイスは、周辺地域から遊離したテーマパーク的な空間である。動く歩道が設置されたあの長い通路によって、恵比寿駅の東口と直結しているので、人は一度も屋外に出ることもなく、この人工的な街に至ることが出来る。記号論のレベルでも物理的な構造においても、雑踏から遊離・隔絶したイミテーションの街ではあるが、その風景も既に十年以上続き、この場所にそれなりに定着してしまったようである。

 中央の広場では二体のジャガーが展示されている。その車体はさすがに磨き抜かれているが、侍っている二人のコンパニオンはけっこう年齢がいってしまっているようで、そんなに美人でも無い。
 庭の入口のビヤホールの前には、ワゴンが集って無農薬野菜を販売している。
 ここから発車するハチ公バスの行き先表示を見ると、一度代官山の方を大回りしてから渋谷に向かうようだ。



贋作の煉瓦の庭にも
純粋な秋風が吹く……
一人ぼっちだ

塚本『王朝百首』90

2010/10/08(金) 00:53:37 [塚本関連]

天の原空さへ冴えやまさるらむ氷と見ゆる冬の夜の月(恵慶法師)

天に四季が周り
そのいやはてには冬
かつて淡緑の霞たなびき
かつて純白の雲湧き
またある日血紅の時雨
今は冬
しんしんと冬
鳥は竦み
星は死を睡り
心を殺ぐ
するどい氷片の月



前出の二条院讃岐の一首には及ばないが、これもまた良い歌。

ヴァンパイア執事/セクハラクリニック

2010/10/06(水) 01:46:54 [詩文・俳文]

 いつもライトノベルばかり読んでいる職場の女の子が休憩室に忘れていった文庫本を、別の女の子が見つけた。ひっくりかえしてそのタイトルを見て、笑い転げている。

ヴァンパイヤ執事

 素晴らしいタイトルセンスだ。まさしく直球、カーブでもシュートでもフォークでもなくど真ん中のストレート。何の捻りも気取りも羞恥心も無い。ここにはただ、これ以上に無いくらい強力で率直で明確な欲望の表現だけが存在している。劣情渦巻く腐女子の脳内妄想めがけて、ここまでダイレクトに剛速球を投げ込む言葉を、私は見たことが無い。淫靡ではなくむしろ爽快がここにはある。このタイトルだけでありありと想像できてしまう。黒服を身にまとった、長身で色白で八重歯で、そしてもちろんイケメンの登場人物に激しく興奮するその読者の姿が。

 それで思い出したのは、十年ぐらい前に歌舞伎町で起こったビル火災だ。飲食店や風俗店が入った雑居ビルが火事になり、避難経路が塞がれていたことが原因で多くの犠牲者を出し、その防災・管理体制の不備が各種報道で大きく取り上げられた。そのビルだったか、それとも隣の建物だったかは忘れたが、テレビのニュースで現場が映し出されるたびに、ひときわ目立っていたある風俗店の看板があった。それが……

セクハラクリニック

 これもまた素晴らしいネーミングセンスだ。まさしく正面、フックでもジャブでもアッパーでもなくど真ん中のストレート。何の捻りも気取りも羞恥心も無い。ここにはただ、これ以上に無いくらい強力で率直で明確な欲望の表現だけが存在している。劣情渦巻くオヤジの脳内妄想めがけて、ここまでダイレクトにパンチを投げ込む言葉を、私は見たことが無い。猥褻ではなくむしろ快活がここにはある。このタイトルだけでありありと想像できてしまう。白衣を身にまとった、ナイスバディで厚化粧でミニスカートで、そしてもちろん胸元を大きく開けたコンパニオンに激しく興奮するその来客の姿が。

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 交互に唱和し続ければ、もしかしたらある種悟りが開けるかも知れない。その先に、新しい世界が見えるかも知れない。



ヴァンパイヤ執事セクハラクリニック妄想の果てに花咲く仮装(コスプレ)

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