北風に

2011/01/31(月) 02:26:12 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

北風に私が屈することはない私自身が吹雪だからだ
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愛されることも

2011/01/30(日) 03:27:32 [短歌]

愛されることも愛することも無く迷惑(アダルト)メールを消去する冬

王維「過感化寺曇興上人山院」より

2011/01/30(日) 00:48:55 [詩文・俳文]

野花 叢発好し
谷鳥 一声幽なり
夜座 空林寂たり
松風はただ秋に似たり

クリスマスにまい泉を

2011/01/28(金) 03:19:44 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 渋谷から乗って来た老婆が坐れるようにロングシートを詰める。隣に座る。渋谷は午前中からすごい人だったと話しかけて来たので、もう年末だから、この辺の人達は正月の買物に来ているんじゃないですかと当たり障りのない応答をすると、東急のデパ地下で二箱買ったけど、自分では食べきれないからと言ってまい泉ヒレかつサンドを一箱くれた。

 私は恵比寿で降りたので、老婆が山手線のどこまで乗っていたのかは知らない。

 それが二〇一〇年の私のクリスマス。

王維「早秋山中作」より

2011/01/27(木) 23:44:10 [漢詩漢文の勉強]

……
草間の蠁響 秋に臨んで急なり
山裏の蝉声 薄暮に悲し
寂莫たる柴門 人到らず
空林 独り白雲と期す

さくらやとチェブラーシカと鉄人兵団

2011/01/23(日) 01:37:21 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 ロシアがまだソ連だった頃の人形アニメーション「チェブラーシカ」を始めて見たのは、確か今から十年ぐらい前の、渋谷のミニシアターだったと記憶している。大きな耳とつぶらな瞳の、その素朴で愛らしい姿が人々の支持を得て人気は徐々に広がり、ピカチュウやミッキーマウスほどではないにしても、今では普通の雑貨屋やおもちゃ屋でもそのキャラクターグッズをしばしば見かけるほどになった。フィギュアスケートや体操などの採点スポーツの、点数発表を待つ席上(キスアンドクライ)において、競技者である年若いロシアの女の子がその大きなぬいぐるみをしっかりと抱いている光景も近年スポーツ中継で見かける。
 旧ソ連や東欧圏のアニメーションと言えば、元々はサブカル系やアート系の人が主な支持基盤で、大体は渋谷か、中央線沿線のどこかのミニシアターで単館上映されるのが通例であったが、別の熊のアニメと二本立てで今日から公開される日本版新作は全国で上映されるという。つまり日本全土の映画館の巨大なスクリーンにおいて、あのぬいぐるみが歩き、しゃべり、首をかしげるのである。新宿なら、新宿ピカデリーである。
 十二月の週末の都心型シネコンは人で溢れかえっている。若いカップル、老夫婦、女性の二人組、高校生ぐらいのグループ、小さい子供を連れた家族。二桁のスクリーン数を誇るこの白亜のシネコンは、年代や性別やライフスタイルの相違を物量作戦で網羅し、現代日本の大衆が抱く映像作品に対する需要を、ポルノを除いてほぼ全て満たしているのだろう。その賑わいの中に、かつての社会主義国において生まれた、猿と鼠の中間形態のような小さな茶色い生物もまた、受け入れられ、愛されている。グッズショップにももちろんその顔が並べられる。



 新宿ピカデリーの裏に、路地と言うほど細くはないが、車が通るのがまあ精一杯ぐらいの幅の道を挟んで、さくらやホビー館がある。いや、かつてさくらやホビー館だった建物がある。かつてさくらやホビー館であり、その営業終了とともに今は当然さくらやホビー館ではなくなったのだが、その外観はさくらやホビー館のままに残されている。都心で良くみかけるあの変なフォントとも象形文字ともつかないスプレーの落書きもそのままに、シャッターがずっと閉じられて放置されている。
 この二つの建造物の間の、特に広いとは言えない道のその幅よりは、ゼロ年代の勝者と敗者を隔てる距離は遠いのだろう。
 渋谷でも、(後になって聞いたが恵比寿でも)ミニシアターは不振で次々と休館に追いやられていると言う。ゼロ年代自体も今から見ればけっこう遠くになりつつある。
 けれども現在と過去との距離は、必ずしも時系列に沿って、遠近法のように整然と現出するものではないだろう。
 ……ここで率直に、恥を忍んで告白するが、全国公開映画となったチェブラーシカの本編の前に、誰でも知ってるNARUTOとかポケモンとかメジャーなアニメ映画の予告編が結構長い時間流れたのだが、のびたの鉄人兵団の真保裕一版リメイクの予告のしずかが絶叫する例のシーンで不覚にも落涙してしまった僕にとっては、八十年代も昭和末期も、(そして自身の少年時代も)実はそれほど遠くはないのだろう。……その頃はまだソ連であった。今のロシアの国民となった人々が、日本版最新チェブラーシカを見て果たして涙まで流すものなのか、彼らが旧ソ連に対して抱くノスタルジーがどれほどのものなのか、僕にはわかるはずもないのだけれど。

王維「欒家瀬」

2011/01/19(水) 02:40:48 [漢詩漢文の勉強]

颯颯たる秋雨の中
浅浅として石溜瀉ぐ
波おどっておのずから相濺ぐ
白鷺 驚いて復た下る



颯颯:雨の音の形容
浅浅:流れの速いさま

【報告】「吉読」Vol.7に行ってきました【オープンマイク】

2011/01/18(火) 00:05:53 [お知らせ・近況報告]

オープンマイクイベント「吉読」Vol.7に参加して来ました。
会場は吉祥寺の喫茶店「ダーチャ」、
日時は2011年1月16日、18:30より開始です。

今回は『電線上のハクビシン』より
「この世界に在るもの」(差別表現を含みます)と
「コゲラだあぁ!」を朗読しました。
また、時間に余裕があったので、
手持ちの詩集から作品を選んで朗読した他、
私自身の詩集販売活動の現況や、思うことについても喋ったりしました。


「吉読」の公式ブログはこちらです。
http://blog.goo.ne.jp/kichidoku/e/3b33175d13d27694b60bd5be0af88c34

主催者の守山ダダマさん、また当日私の発表を聞いて下さった全ての方に御礼を申し上げます。

王維「柳浪」

2011/01/17(月) 01:20:40 [漢詩漢文の勉強]

行分かれて綺樹接す
倒影 清漪に入る
学ばず 御港のほとり
春風に別離を傷むことを



綺樹:美しい樹

ポケモンがとうとう来ない島

2011/01/14(金) 05:45:19 [詩文・俳文]

 一番最初のポケモンの舞台は「カントー地方」である。横浜に該当する場所に港町があったり、房総半島のマザー牧場がモデルと思われるサファリパークがあったり、東京湾を横断する橋があったりと、幾つかの部分を見れば明らかに現実の関東地方をモデルにしていることが看取できる。続く二作目は「ジョウト地方」、これも明らかにモデルは関西・近畿圏で、京都の場所には(ポケモン世界における)古都があり、琵琶湖の場所にはやはり湖があったりする。三作目は主に九州、四作目は北海道と来て、さて今回の五作目は一体どこが舞台になるのだろう?  ……どこの島がモデルになるのだろう?
 
 明治期日本の、社会全般にわたる近代化プロジェクトの基幹を成した事業の一つとして、初等教育から高等教育までの、教育体制の整備が挙げられる。その中で、後発近代化国家日本を各分野において先導するトップエリートを育成する役割を担ったのが、帝国大学だ。東京帝国大学、東北、京都……と来て、北海道、九州の各地域に建学されたそれらのエリート大学は、敗戦に伴う教育改革を経た現在でも、旧帝と称される別格の国立大学として日本の学歴社会の頂点に君臨し続けている。無論、それにふさわしい実績と成果をそれらの大学は示している。今年のノーベル化学賞によって、九州大学以外の全ての大学からノーベル賞受賞者が一通り輩出されたことになり、その九大からは宇宙飛行士が既に誕生している。
 ……九州と北海道に帝国大学が出来たのだから、次はどこにできるのだろう? 
 ……どこの島にできるのだろう?
 ……次に帝国大学が出来たのは、朝鮮半島と台湾であった。
 ……帝国大学はとうとうその島にはできなかった。
 その島に住む人々の四分の一位は、悔しさの余りうどんを噛まずに飲み込んだ、かどうかはわからない。

 高度経済成長期日本の、列島全域を覆う開発・社会資本整備の根幹を成した事業の筆頭として、やはり高速鉄道網の整備を挙げなければならないだろう。その中で、世界の鉄道史にも例をみない、高規格の、専用軌道を持った長距離高速鉄道として企画されたのが、新幹線だ。東海道新幹線、山陽、東北……と来て、その敷設はこの春に九州の南端まで及び、また津軽海峡をくぐって北海道に至る路線が現在着々と建設されている。日本の交通史・技術史における最も輝かしい精華である新幹線のビジネスモデルとハイテクは諸外国からも非常に高く評価され、フランス、ドイツをはじめとする様々な追随者が後に続き、世界の交通網の在り方を大きく変えることともなった。
 ……九州と北海道に新幹線が走るのだから、次はどこを走るのだろう?
 ……どの島を走るのだろう?
 ……新幹線は台湾に輸出された。カリフォルニアやブラジルも現在交渉中である。
 ……新幹線はとうとうその島を走らなかった。これからも走ることは無いだろう。
 その島に住む人々の四分の一位は、怒りの余りうず潮にダイビングした、かどうかは知らない。

 低成長・安定期における日本は、観光やサブカルチャーなどのソフトビジネスを国を挙げて振興しなければならないと、少し前から指摘されて続けている。官僚にも民間企業にもその現状認識は見られ、海外にも情報を発信しようとそれぞれの現場において挑戦を行っている。その中で、世界にも例を見ない、日本独自の発展を遂げた分野として注目されているのが、テレビゲームだ。特に『ポケットモンスター』シリーズの世界展開、先進国における支持の高さ、収益は圧倒的であり、改めてここで説明する必要もないと思われる。
 ……九州と北海道がポケモンの舞台になったのだから、次はどこが舞台になるのだろう?
 ……どの島が舞台になるのだろう?

 ポケモンシリーズの第五作『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』の舞台は、島ではなく、何本かの川が流れる沿海部であった。その地図の形状から、これはニューヨーク近辺がモデルなのではないか、いや上海ではないかと、発売前から一部ネットでは議論になっていた。どうやら正解はニューヨークらしい。その名は「イッシュ地方」、世界には様々なバックグラウンドを持つ人間が居るけれど、人種や文化の相違にも関わらず、みな一種類の同じ人間ではないかというメッセージを製作者側は込めたとのことだ。なるほど、確かにニューヨークはそれに相応しく、また更なる世界展開を推進しようというポケモン(や任天堂)の経営理念にも適っている。

 ……ポケモンもついにその島には来なかった。これからも来ることはないだろう。
 その島に住む人々の、四分の一位は蜜柑を焼け食いした、かどうかは定かではない。
 
 他の全ての国や民族の歴史と同様に、この国の歴史にもまた栄光と汚辱の両面が刻まれているのだが、その栄光の部分から常にソフトに隔離され、疎外されている。ユーラシア大陸の東辺に隣接して北太平洋に浮かぶこの国の、世界に誇りうる、世界から注目され評価される成功体験から、またもや微妙に外されている。
 ああ、お遍路さんが今日もこの島を巡る。
 残りの四分の一の人々は、夕暮れの砂浜に佇んで太平洋の水平線を眺めていた。

王維「欹湖」

2011/01/14(金) 02:37:34 [漢詩漢文の勉強]

簫を吹いて極浦を凌ぎ
日暮 夫君を送る
湖上  一たび首を回らせば
青山 白雲を巻く

終焉を巡って

2011/01/13(木) 01:54:22 [詩文・俳文]

創世と始原のイメージに出遭いたい。
この街で新しく何かが始まろうとする瞬間に遭遇したい。
それがどれほど軽薄で通俗的なものであったとしても、
所詮は高度経済成長期やバブル時代を反復するノスタルジーに過ぎないとしても、
九十年代下半期のクリシェそのものである終焉や世紀末のイメージよりは、
まだマシなものであることは、確かだと思うから。

確かに、この街の中枢においては、かつて毒ガスが散布された。
一度ならず無差別殺人が行われた。
それほど遠くない未来において、巨大地震も起こるのかもしれない。
もしかしたら、何かのはずみで、海の向こうの、世界で最も貧しい、
社会主義のくせに世襲体制を取っているあの珍妙な全体主義国家から、
出来損ないの核ミサイルの何発かは、飛んでくることもあるのかもしれない。

しかし、断言しよう。
確実に、セカンドインパクトは、来ない。
幸いなことに、残念ながら、来ない。
だって、そうだろう?
二〇一〇年の今になっても、レイバーの一台も歩行していない現実のこの街に、
臨海新都心に現れたのは、動きもしない実物大のガンダムに過ぎないこの街に、
近未来都市開発の、最も傲岸で洗練された象徴となるべき東京湾横断道の姿も、
南房総の土建政治家によって著しくカッコ悪いものにされてしまったこの街に、
どうしてそんなカッコイイものがやって来てくれる道理があろう。

セカンドインパクトが来ると言っている奴がもしいたら、そいつは詐欺師だ。
オタク第三世代より下の世代のサブカル君やオタク改君をマーケットにしている、
彼らの商売の都合上で、そう言っているだけだ。
パチンコ屋のエヴァンゲリオン商法と何も変わらない。
今の時代は、アニメを見たことがなくてもパチスロを打っているだけで、
使徒の名前を全部覚えることが出来るという。
片山まさゆきの麻雀マンガの冒頭に出て来る男が教えてくれた。

何かのはずみで、海の向こうの、あの珍妙な全体主義国家から、
出来損ないの核ミサイルの何発かは、飛んでくるかもしれない。
けれどもそんなものの二、三発で、この街の中枢は揺らぎはしない。
だって、そうだろう?
広島に原爆が落とされても、一週間後には、その路面電車は復旧して運転を始めた。
長崎に原爆が落とされても、当時のNHKはすぐさま修復に努め、
八月十五日の玉音放送は滞りなく放送された。
どうして出来損ないの核ミサイルごときに、
超近代の世界都市東京が屈する道理があろう?

九十年代下半期のクリシェそのものに過ぎない終焉や世紀末のイメージを反復するよりも、
現下に観察される建設と計画の飽和する果てを見届けたいと願う。
スカイツリーでも、東京港の新大橋でも、渋谷駅西口でもどこでも良い。
その現場には、残念ながら未だにレイバーは歩いていないのだけれども、
数十羽の鉄の鶴や数匹の首長竜が、そこでは精力的に動き回って「新しい」何かを築き続けている。
行政の齟齬や経済の不協和がいかに醜態をさらしていても、
鋼の肉体は、それ自身が自立した勇姿を誇示して屹立している。
そうしてこの街における、創世と始原のイメージを司っている。

王維「木蘭柴」

2011/01/06(木) 22:30:36 [漢詩漢文の勉強]

秋山 余照をおさむ
飛鳥 前侶をおう
彩翠 時に分明
夕嵐 処所無し

やって来る

2011/01/06(木) 00:12:29 [短歌]

銀杏降る日曜の朝をやって来る制服巡査が自転車で来る

王維「鹿柴」

2011/01/05(水) 22:13:29 [漢詩漢文の勉強]

空山 人を見ず
ただ人語の響くを聞く
返景 深林に入り
また照らす 青苔の上



返景:日が沈む方向と反対の夕日の光

都バス 新橋→渋谷

2011/01/05(水) 05:19:55 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 浜松町は、実はバスターミナルの街だと言う。駅の西側、山手線の内側には巨大なバスターミナルがあって、首都圏各地に向かう中距離バスやお台場を巡る観光バスが発着している。しかしながら、日常生活用のバス停は付近には存在せず、芝公園の側に少し歩いて都営地下鉄の大門駅付近まで探さなければならない。
 この大門駅前から、新橋渋谷都バスに乗ろうと待っていると、黒人の親子連れがやって来る。母親とまだ小さな男の子が一人である。同じバスに乗るのかと思っていたら、さっさとタクシーを捕まえて行ってしまった。十二月の日没は早い。
 次第に乗客が増えて来る。このバスは麻布の丘の周囲を南西から回って、ほぼ古川渋谷川に沿って明治通りを北上していく。(かつて乗ったことがある、品川→新宿の都バスのルートと、部分的に重なっている。)だから同じく新橋渋谷を、港区の北東から回って結ぶ地下鉄銀座線とは対照を成している。
 人の乗り降りが頻繁で、各バス停に必ず停まる。
 赤羽橋では特に多くの人が乗り込んで来る。
 おそらくは古川に由来するのであろう、橋の名前を付けられたバス停が多いのはわかるが、改めて気づいたのが病院の多さだ。済世会、北里、広尾。この辺りに病院が集住しているのには、何か歴史的な理由があるのだろうか?
 天現寺の交差点も曲らずに、そのまま明治通りを直進して、恵比寿駅の東側に出る。恵比寿で人が降りた後は、ほとんど乗降客がいなくなり、渋谷までラストスパートをかけるかのようにバス停も飛ばして走るようになる。
 東急文化会館の跡地で新しいビルの建設が続いている渋谷駅の東口では、互いに距離を置いてストリートミュージシャンが思い思いに演奏を行っている。若者文化の中心地として一時代を先導した西口ほどではないが、それなりに賑やかだ。このバスターミナルの一番北側の、道路を挟んだすぐ向こう側にビッグカメラを眺める場所では何故だか紙芝居屋がパフォーマンスを始めようとしていたが、あいにくと見物する時間がなかったのは残念だ。

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