スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- [スポンサー広告]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

朝、雪を、

2011/02/25(金) 23:17:47 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

朝、
雪を、
轢殺しつつ水流の音聴く街は
全て
青天



朝、
夢を、
抹消しつつ喧騒に身を投じれば
全て
平常
スポンサーサイト

革命の冬

2011/02/24(木) 01:21:40 [短歌]

 有栖川公園の池の工事が気になる。池の周囲をぐるりとフェンスで囲った上で、どうやら水を抜いている様子なのだが、この池が結構大きいので、作業も結構大がかりなものとなっている。私の近所の公園の池でも、このような作業(皆堀りと言うらしい)をしているのを何度か見かけたことがあるのだが、それはここの池とは比較にならないぐらい小さなものだ。こんな大きな池でも、そのような作業が必要なものなのだろうか、必要だとしたらその理由は何なのかと考える。



この冬は
沙漠の国も
有栖川公園の池も
革命の時



 チュニジアに端を発して北アフリカ中東イスラム圏国家に広がりを見せている市民運動だが、その遠因は昨夏の異常気象による穀物価格の高騰によって、人々の生活が窮乏していることにあるという。もしかしたら、やっぱりその異常気象が原因で、この池にも生態系を狂わせるような変な藻類とか水棲動物とか異常発生して、その対処のために冬になって、このように、全てを掘り返すような作業をしているのではと勝手に想像してみたりする。この池の底まで浚ってみても、おそらくはワープゾーンのようなものは何も出てこないであろうが、そんなものはなくても、この池は世界のどこかと繋がっているのだと想像してみる。

【ご報告】「ポエトリー劇場」(第50回)に参加して来ました【高田馬場】

2011/02/22(火) 23:59:01 [お知らせ・近況報告]

2月20日18:30より高田馬場の喫茶店「ベンズカフェ」で行われた詩の朗読イベント「ポエトリー劇場」に参加してきました。
私は井伏鱒二の詩より短いものを3篇と、自作「電線上のハクビシン」を朗読して来ました。

ベンズカフェさんのサイトはこちらです。
↓↓↓
http://benscafe.com/

主催者の方、また当日私の拙い朗読を聞いて下さった全ての方に、御礼を申し上げます。

何故新宿駅南口だったのか?

2011/02/19(土) 01:37:49 [詩文・俳文]

 JR新宿駅の南口か新南口で通り魔を起こすという2ちゃんねるの書き込みがツイッターによって拡散し、電器店のWi-Fiスポットで川崎の少年が逮捕された事件は、本質的には中二病をこじらせた中学三年生が大人から厳しめのお叱りを受けましたというだけのくだらない話に過ぎないのだが、彼が選んだのは何故新宿駅の南口だったのかという、いわば枝葉末節の部分に今の東京を考える上で案外重要な示唆があるのかもしれない。

 まず、何故渋谷や原宿といった、いわゆる若者の街ではなかったのか? 中学生ぐらいのガキが悪目立ちしようとすれば、真っ先に候補に挙がるのはこの辺りの街のように思うのだが? まあ、原宿はどちらかと言えば少女文化の街だから、少年が回避するのはまだわかる。しかし渋谷は何故避けられたのか? 現在の渋谷が、若者文化の求心地としてのイメージ、記号的価値を喪失しつつあるからと考えられる。つまり渋谷は、何軒かのデパートと、繁華街と、ブックオフがあるだけの普通のターミナル駅になりつつあるのではないかと。一昔前は、千葉の柏が「東の渋谷」と呼ばれることがあったというが、現在はむしろ、本物の渋谷の方が、柏や船橋や新百合ヶ丘のようになりつつあるのではないか?
 次に、何故秋葉原ではなかったのかという問題がある。秋葉原はいわば、「実例」がある街なので、暇潰しの単なる愉快犯に過ぎないこの犯人はビビって回避したと思われる。もし秋葉原で通り魔を行うとネットのどこかに書き込んだら、間髪をいれずに警察当局の徹底的な捜査が入って検挙、補導されてしまうことを、このバカガキはバカガキなりに理解していたのだろう。(実際には秋葉原であろうが新宿であろうが同じ結果になったのだが。)つまり秋葉原は今なお巨魁な警棒を剥き出しにした制服警官が頻繁に巡回している真剣勝負の主戦場であり、真剣の一種であるダガーナイフによって現実に殺人が行われた現場であり、自分ごときが例え冷やかしであってもその名をネットに書き込むことなど恐れ多い土地であることを、その同世代の一般的な子供より著しく劣った大脳ではなく、むしろ動物的な本能を司る小脳のどこかによって理解していたと思われる。
 池袋ではないのは、むしろ当然だ。池袋もまた、かつてサンシャイン通りにおいて実際に通り魔殺人事件が起きた「真剣勝負」の地ではあるが、この事件には秋葉原事件のような社会批評的、記号論的な文脈における意味が特に無く、人々の記憶にも特に残っていない。つまりこのガキはおそらくその事件を知らない。そもそも神奈川県民にとっては、池袋という街の存在自体が意識に登らないのではないか?

 そのような理由があって、まあ新宿を選んだとして、何故南口をこの犯人は選んだのか? 社会的・文化的なインパクトがありそうなのは、まずは東京でも最大の繁華街であり、かの椎名林檎の歌にも歌われた歌舞伎町であり、スタジオアルタが位置する「JR新宿駅の東口」であると思うのだが? ここの所が、実は良くわからない。南口には、確かにルミネよしもとタワレコとかの、いわゆる若者が好みそうな、文化の匂いがするスポットがそれなりにはある。(ついでに場外馬券売り場もある。)さらに南下すれば、東急ハンズ紀伊国屋新宿南口店があって、後者には劇場も備わっている。大規模な改築工事のフェンスの前では、ストリートミュージシャンや路上詩人が日々パフォーマンスを行っていて、場合によってはかなり多くの固定ファンが人垣を成していたりする。けれどもそれらの要素が、中二病をこじらせた頭の悪い中学三年生を特別に吸引するほどの重要な意味を持つものとはどうも思えない。結局何故新宿駅南口のバスターミナルだったのか、今の私にはわからない。(もっと若い人ならあるいはわかるのかも知れない。)
 ただ一部ネットがやたらに盛り上がっていた理由は何となくわかる。新宿駅南口には、長距離バスの発着場がある。2ちゃんねるに犯行予告、そして長距離バス。この組合せが、あのかつての、西鉄バスジャック事件のノスタルジーを、無駄に喚起してしまうからだろう。加藤智大の後背には、やはりあのネオむぎ茶が控えている。

 戦前の旧制一高に、藤村操という学生がいた。華厳の滝において投身自殺を行った。その死は当時の知識階級に大きな衝撃を与え、様々な議論の的となり、またその模倣をして自殺する若者が続出したという。今、頭の悪い中学生の単なるネットの落書きに人々は過剰反応し、犯行予告時刻には多数の野次馬が終結し、また多数の警察官が動員される事態となったが、今でもある種の人々は、心のどこかで加藤の幻影にあるいは怯え、もしくは密かに期待を抱いて休日の繁華街を歩いている……のかもしれない。

雪の日の山手線

2011/02/16(水) 23:49:54 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 予報通りに降っている雪を山手線の車窓から眺めていたら、東武特急スペーシアが追い抜いていったので、ああ、日光のあたりはもっと寒いのだろうなと反射的に思った。
 こんなに人が居ないのは初めてだと、原宿付近で女子高生らしき女の子が話していたので、おそらくは竹下通りのことだろうと振り返って見ようとしたが既に通り過ぎていた。

 隣席の中年女性が渋谷で降車する時に、もう古くなったからあげると言って、女性物の皮の手袋を突然私の膝の上に置いて行った。こっちが何かを言う前に、既にその姿を見失ってしまった。手袋は私の手にはややきつく、確かに少し痛んではいたが、まだ実用に充分耐えるものだった。

ただ一つの

2011/02/14(月) 23:14:27 [短歌]

新宿のヤマダ電機を彷徨すグローランプの一個を探して

苦笑

2011/02/13(日) 02:12:08 [短歌]

誰からも理解されない
絶望を抱き締めつつも
……苦く微笑む

木曜夜の街番組

2011/02/12(土) 00:35:01 [短歌]

くもじいくもみと僕の三人で空から街を見ながら夕食



吾が街の「高低差」見て歓喜するタモリの笑顔を肴に独酌



 首都圏・東京のテレビ局であるテレビ東京の『空から街を見てみよう』は、北海道から沖縄までをカバーしているのに対し、全国放送であるNHKの『ブラタモリ』は東京都区部と、せいぜい横浜ぐらいしか守備範囲としていない。

コレド室町

2011/02/11(金) 01:12:46 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 東京メトロ三越前駅の地下道と繋がっているコレド室町の入口の前には、スーツ姿のビジネスマンが証券会社のセミナーの看板を掲げて来客者の誘導を行っている。地下一階には「タロー書房」という聞いたことのない書店が入っている。ビジネス書、美術書、デザイン書の割合がやや多いようにも感じるが、基本的には普通の品揃えだ。だがタローというのはどこのタロー氏のことか?
 一階には和物アクセサリー店、刃物店、にんべんのアンテナショップなどが店を構え、日本らしさを前面に押し出している。日本橋という土地のイメージに素直に従ったものだろう。アクセサリー店には、前面に金箔を貼り付けた、大きなかまくらのような展示物がある。現代美術の一種……ではないようだ。その中に入って、全面が金色のその内壁を何となく見上げて、携帯で撮影などをしていると、老婦人の二人連れが話しかけてくる。写真の画像を見せると感心してくれた。
 にんべんのショップの飲食コーナーでは、鰹節のだし汁を一杯百円で販売している。何も入っていない、ただの出汁そのものである。世の中にそんな商売があるものなのかと思ったが、今日みたい寒い日には確かに体が温まる。もっともさすがにそれだけというわけではなく、昼食時にはちゃんとランチセットも販売しているようだ。
 


 ビルの外に出る。大通りを挟んで斜め向かいには三越の本店がある。美術館も備えた三井グループのその他のビルや、日銀の本店も近い。この一帯はいわゆる和風文化、近世江戸文化のイメージが継承されている街ではあるが、また近代文化、明治以降の日本のモダニズム消費文化の中心地でもあるのだ。その両者の関係が、近代国家としての日本の規模が縮小していくこれからはどうなっていくのか、別にどうにもならないのか、ある種の実験が今この街で行われているとも言えるのだろう。
 このビルに隣接している三区画の建築物は、いずれも工事中だ。
 ビルの裏側では、第一フラワーがひっそりと営業をしている。土地柄か、ビジネス用の需要があるのだろう。
 雑居ビルが群生するその後背地にはチェーン店から高級そうな店まで、蕎麦屋が多いのは羨ましい。演芸場なんかもある。



 エスカレーターを上がって行く。上層階にも、証券会社の社員と思われる人物が、さっき見たのと同じセミナーの案内板を持って立っている。二階より上の商業スペースは、このセミナー会場になっているホール以外は全て飲食店のようだ。以前訪れた、丸の内の丸ビルよりは単純でこじんまりとした構成をしている。テラスのような空間が全く無いが、これは丸の内には東京駅の煉瓦のファサードや、皇居の緑といった景観があるのに対し、日本橋近辺にはそういったものが無いからだろう。
 都心一等地に高層ビルを再建築して、その下層階を少し変った商業スペースにして人々の耳目を集めるという方法自体に、そろそろ何だか飽きてしまったような気がする。

【ご報告】オープンマイクイベント「tamatogi」Vol.5に参加して来ました【渋谷】

2011/02/07(月) 00:45:25 [お知らせ・近況報告]

2月5日20:30より、渋谷・円山町二丁目のバー「Space turbo Bar&Gallery」において開催されたオープンマイクイベント「たまとぎ」Vol.5に参加して来ました。
新著『電線上のハクビシン』より、「目白の森でムスリムと」を朗読して来ました。
チュニジアでの市民デモに端を発し、現在進行形で地中海イスラム圏に広がりつつある動乱を意識したチョイスです。

Space turbo Bar&Galleryさんのサイトはこちらです。
↓↓↓
http://www.kensscratch.com/gallery-space-turbo.html

主催者の桑原滝弥さん、イシダユーリさん、また当日私の朗読を聞いて下さった全ての方に、この場を借りまして御礼を申し上げます。

曖昧

2011/02/04(金) 23:56:10 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 曖昧になって自分を誤魔化すよりは、頑なになって凝固するほうがどちらかと言えば望ましいような気がしないこともない……よね?

時の流れ

2011/02/04(金) 01:10:18 [短歌]

穏やかに鳥見ることも君のこと思い出すのも少なくなりて

土井晩翠「弔吉国樟堂」より

2011/02/03(木) 23:56:27 [漢詩漢文の勉強]

幽淵暗く億劫の生をひとしく奪い去る
死よ蒼白く電光の雲間かすかに駆くるごと
塵土の中に閃きて無常の真理示す影。
哲学光薄くしてその神秘を穿ち得ず、
宗教迷多くしてその真相を悟り得ず、
紅雲褪めて瑤台の曲はわが世の風と荒れ、
彩虹絶えて天上の春は下界の花と散り、
劫灰絶えず吹き払う世々のあらしに人の子は
ただ力無く眼を挙げて天のあなたを夢むるよ。

下らなき

2011/02/03(木) 00:21:57 [短歌]

下らなき酒宴の後に実りなき学生時代さえ懐かしく

ただ執念で

2011/02/02(水) 01:06:40 [短歌]

素朴さも若さもとうに失ってただ執念で書き継ぐばかり

薄氷(うすらい)

2011/02/01(火) 03:10:10 [俳句]

薄氷(うすらい)に足跡のごと松葉哉

| HOME |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。