八木重吉「花」

2011/06/30(木) 23:41:01 [引用▼日本]

花はなぜうつくしいか
ひとすじの気持ちで咲いているからだ


基督になぜぐんぐん惹かれるか
基督自身の気持ちが貫けているからだ

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愛の価値

2011/06/30(木) 01:18:11 [短歌]

何故誰も僕を愛そうとはしない?
愛せるほどの女も居ない?



有体に言えば
お前に愛される価値が無いから
愛されないんだ

八木重吉「明日」より

2011/06/29(水) 23:08:50 [引用▼日本]


……
ほんとうに
自分の心に
いつも大きな花をもっていたいものだ
その花は他人を憎まなければ蝕まれはしない
他人を憎めば自ずとそこだけ腐れていく
この花を抱いて皆ねむりにつこう

奏者は風

2011/06/29(水) 02:02:02 [短歌]

電線は弦
路地裏は管楽器
パーカッションに物ども転がす

八木重吉「影」

2011/06/28(火) 23:14:52 [引用▼日本]

秋になると
心のなかに一つの影が横たわっているような気がする

後の雲

2011/06/28(火) 01:40:02 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

台風の残した青空走り去る雲と速さを競うのは徒労(ムダ)

八木重吉「冬のある日」より

2011/06/27(月) 23:32:09 [引用▼日本]

……
雲がよくないものをすいとってくれる
木だっていい
木だってわたしをすいとってゆく
めずらしくいい空だ
木とくもがわたしをすいとってしまって
わたしはむなしいものとなってすわっている

ノウノトリ

2011/06/27(月) 01:38:26 [詩文・俳文]

僕の脳の中を鳥が駆け抜ける。
鳥が落とした影こそが僕の詩である。

八木重吉「寂寥三昧」より

2011/06/27(月) 00:44:49 [引用▼日本]

なんというわからぬやつらだろう
にんげんはそんな家はいらないんだ
そんなてかてかとむやみにおおきい
歯のうくような住宅なんかよせばいいに
この世の中から活動写真と芝居と
写真道楽と別荘をなくしてしまえ
人間のすむ家は
だれもかれも二十円ぐらいの家賃のものにするがいい
そして野と山を荒らしてはいけない
野と山がこれ以上せばまってゆくなら
日本はいきがいのない国になってしまう
……

文化の墓場

2011/06/26(日) 00:32:00 [短歌]

 細野晴臣が教育テレビの番組で、YMO解散時の心境について喋っていた。
 自分としては音楽活動をやっていたつもりが、社会現象として受容されてしまい、そのギャップに耐えられなくなったというような意味のことを言っていた。
 そう言えば、「ライディーン」は作った当時は新しい音楽だったけど、今となってはすっかりパチンコ屋のBGMになってしまったと、十年ぐらい前のベストアルバムのライナーノートで細野は書いていた。
 社会現象としての騒がれ方がジャンルを超えて必要以上に肥大化したことや、世代論や時代論や文化論を論じる際に好んで言及されること、最後にパチンコ屋に流れ着くところなどは、かのエヴァンゲリオンに少し似ているなとふと思った。パチンコ屋はこの国の様々なカルチャーが、徹底的に消費し尽くされた果てに辿り着く墓場のような空間だ。無数の銀玉があの何も無い穴に虚しく吸い込まれていくように、諸々のカルチャーも力尽きた後にここに流れ着くのだ。平日の朝からその前に並んでいる人々は幽鬼か餓鬼のような存在で、館内に立ちこめる紫煙は線香の代わりなのだろう。
 


僕達が気付かなくても気付いても歴史は結局繰り返している



銀玉の雨降り注ぐこの国の時代を覆った文化の墓石に

八木重吉「断章」より1

2011/06/25(土) 04:51:09 [引用▼日本]

いやにすました外国のおんな
三十づらをさげてくちをむっとむすんで
しりをふりたてて元街をかっぽしてゆく
へん なんのおしろいだい
おまえらみたいな奴があるから
いつまでたったって地球はぐあいよくならないんだ

僕のフィールド

2011/06/24(金) 06:50:50 [短歌]

何も無いコンクリートの青天の平面こそが僕のフィールド

八木重吉「Ⅸ」より

2011/06/24(金) 05:04:54 [引用▼日本]

金なきゆえ
詩集をあみえず
つまと かなしみてかたり
わずかずつ かねをため
いつの日か わが集を いださんとねがう

ある中間報告

2011/06/23(木) 07:26:53 [詩文・俳文]

水道の詩を書いた。
……正確には、マンホールで事故死した作業員の詩を書いた。
電線の詩も書いた。
……正確には、電線を渡って行く小型哺乳類の詩を書いた。
しかしながら、未だガス管の詩を書いていない。
書こうとも思わないし、書ける見込みもない。
その理由は多分、都市空間においてマンホールや電線は眼に見えるのに対し、
ガス管は見えないからだと思う。
見えないものを捉える事が出来ない、私と言う人間の底の浅さである。
私は街の表層しかみていなかった。
反省である。

八木重吉「Ⅶ」より

2011/06/23(木) 07:07:45 [引用▼日本]

深みというようなことは
そんなにえらいことではないんだ
寂びにすむということだっても
そんなにたいしたことじゃないのだ
人間の深みや
にんげんの寂び
それらは ややともすれば
歯のうくような浅はかさの隣人である

八木重吉「冬」

2011/06/22(水) 13:11:36 [引用▼日本]

木に眼が生って人を見ている

五月のハート

2011/06/22(水) 02:14:50 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

少女から。
ハートの形の風船と詩集のチラシと等価交換

もう一つの「もう一つの世界」

2011/06/21(火) 03:23:39 [詩文・俳文]

 自分はこんな場所に居るべき存在ではない、ここではないどこか遠くに、もっと自分にふさわしい、素晴しく輝く世界があるはずだという思いに、人はしばしば捉われる。それは年齢による場合もあるし、個人的な問題による場合もあるし、政治思想や特定民族に対する抑圧、飢餓や貧困といった、社会的な問題によることもある。
 その「もう一つの世界」は、ある時は地理的な遠隔地として、ある時は平和な社会として、ある時は裕福な文明として夢想される。
 約束の地への脱出を夢見て努力することが、人を成長させることがある。社会を変えることがある。新しい世界、新しい可能性に向かって自らを投げ出す意志は、人を変え、そして世界を変える重大なモーメントとなりうる。反面、その夢想が生活圏に対する怠惰へのエクスキューズとして機能してしまい、堕落させることもある。
 しかしいずれにしても、人はある時ひとつの結論に到達する。ここではないどこかなど存在しない。今、眼前に広がるこの世界こそが、自分に与えられた世界の全てなのであると。その認識は、成熟、喪失、挫折などと表現される。
 本当に、そうか? 「もう一つの世界」は、本当に存在しないのか?
 そうではない。
 「もう一つの世界」がどこか遠くに存在するという想像が、間違っていただけ。
 「もう一つの世界」は、現前するまさにこの世界の中に、並行して存在している。
 ただ、それに気付かないだけ。
 私達の世界には、例えば肉眼では見えない細菌達や、小鳥や小動物達が、それぞれに独自の世界観と限界に基づいて存在し、活動を展開している。人々の集合意志の具象化としての文明が産み出した、交通やインフラ系統がそれ自身が自律した巨大な生物のように作動し、複雑化し、変革し続けている。そのような、それぞれの世界の積層の一部分として、私達の見ている世界もまた存在している。
 「もう一つの世界」は常に在る。
 その現実を、多くの人は理解していないだけだ。
 その価値を、知らないだけだ。
 美しさを、感じ取れないだけだ。

八木重吉「静かな焔」

2011/06/20(月) 03:40:00 [引用▼日本]

各つの 木に
各々の 影

木 は
しずかな ほのお

【お知らせ】カフェ「中庭ノ空」さんで委託販売を始めました【江古田】

2011/06/19(日) 02:51:10 [お知らせ・近況報告]

江古田駅南口、千川通り沿いのカフェ「中庭ノ空」さんで委託販売を始めました。
販売をお願いしているのは
『雑司ヶ谷下水道水難事件』
『電線上のハクビシン』
の二種類です。

「中庭ノ空」さんの店内には現代詩を中心とした詩集が多数揃えられ、
それらを読みながら軽食を楽しむことが出来ます。
また、朗読会、演奏会などのイベントも随時開かれています。

大きな窓と、白と空色の内装に囲まれた、明るく開放的な空間で、
アートや文芸とともにある時間を過ごしたい方は、
是非一度足をお運び下さい。

中庭ノ空さんのサイト
↓↓↓
http://nakaniwanosora.web.fc2.com/

八木重吉「人を 殺さば」

2011/06/19(日) 00:08:40 [引用▼日本]

ぐさり! と
やって みたし

人を ころさば
こころよからん



青条のコメント
重吉のこの短詩を読んだ時、歌人・坪野哲久のこの一首を思い出した。
この作者の代表作として、かなり有名な一首であるという。

われの一生(ひとよ)に殺(せつ)なく盗なくありしこと憤怒のごとしこの悔恨は(「碧巌」)

象尾

2011/06/18(土) 02:40:19 [詩文・俳文]

憎悪!
憎悪!
憎悪!
憎悪のゾーン!!

憎悪×
象尾?
象尾○
象尾のターン!∪☆£

八木重吉「玉」

2011/06/17(金) 23:47:49 [引用▼日本]

わたしは
玉に なろうかしら

わたしは
何にも 玉にすることはできまいゆえ

前進

2011/06/17(金) 03:38:01 [詩文・俳文]

過去を悔やんでもしょうがない。
今は、
一人でも多くの人に、
私の表現を見てもらうことだ。
一冊でも多く、
私の詩集を売ることだ。

ただ進もう。
それだけだ。

新美南吉「泉」Bより

2011/06/17(金) 02:46:33 [引用▼日本]

……
だが見てくれ
この水は清冽で
ま新しいのだ
無限の青空が
そのはりつめた方寸のおもてに
くつきりうつつているではないか
しんと動かないが
耳を近づけてきいてくれ
その底にしんしんと
力のみなぎるつぶやきが
聞えるではないか
この泉は四方の大きい岩を
じみじみと永い日夜をかけて
絶えずしみとほつて来た水が
一切の汚辱を去り、
みぢんのにごりもとどめず
今朝ここに充ちたものだ
見てくれ、底の砂粒の一つ一つが
宝石のやうにきらきらしている
塵一つ、枯葉の片一つ
沈んではいない
……

強すぎる憤怒

2011/06/16(木) 07:55:55 [詩文・俳文]

僕の憤怒の炎は時々とても強過ぎる。
同位体をどれほど含んだ雨でもそれは消せないだろう。

新美南吉「月から」

2011/06/15(水) 23:30:29 [引用▼日本]

月からきたねこ、
屋根にいる。
屋根からしつぽをおつたてる。

月からきたとり、
うろにいる。
うろからそちこちどなつてる。

月から来た人、
柵にいる。
柵からナイフをぬいている。

桐の花

2011/06/15(水) 04:20:02 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

連休の終りの午後の公園で桐の花だと人に教わる



細長い薄紫のその花が散らかっている夏の入口

新美南吉「詩人」より

2011/06/15(水) 02:33:22 [引用▼日本]

漆黒の中に
一点の光を見つけると、
その中から
何か詩趣を見出さなければ
おかない俺だ。

俺は
一介の儚い詩人なのだ。

俺は只、
太陽と地球との間に
生滅する事実を
紙の上に書き連ねている
馬鹿な男なのだ。

……

池袋の運命論者

2011/06/14(火) 02:11:11 [詩文・俳文]

 池袋の西側でも特に殺風景な、警察署と消防署が立地している区画から住宅街に入る道路が整備され、立教大学の裏手を通って山手通りにまで至る綺麗な車道が出現した。歩道も広く、自転車専用レーンも設置されている。
 春になって、その道路沿いに、東武スーパーが出現した。この場所にスーパーが出来ることは、西池袋~目白付近の住人の利便性に適うものであり、妥当である。店の前の歩道では様々なチラシが配られ、政治家がしばしば街頭演説を行っている。
 明るく賑わう、住宅街の普通のスーパーの風景である。奇異な所は特にない。
 しかし、何故東武なのか、ある日ある時私は気づいてしまった。
 「東は西武で西、東武」!
 改めて考えると、東口を進んだ、サンシャインの隣の少し奥まった所には、確かに西友がある。
 かのビックカメラの呪縛は、私鉄駅の配置や駅前デパートの立地のみならず、こんなところにまで影響力を及ぼし、あくまでも対象性(シンメトリー)をこの街の空間に強いるものなのか! 自分自身をオートマチックに拡大再生産し、現出しようとする、論理(ロゴス)そのものに内在する生命体のごとき力。(いや、むしろ言霊的か?)
 違法駐輪撤去のパトロールよりは、その影響範囲(ゾーンオブコントロール)はおそらく広い。
 東武の裏にある全日食チェーンの小型スーパーの経営が少し心配になる。

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