敢て日向

2011/08/31(水) 12:53:04 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

八月の敢て日向を進む意志
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俳句形の記憶

2011/08/31(水) 01:45:42 [詩文・俳文]

 人生で最初に作った俳句は、どのようなものであったかはっきりとは覚えていない。
 人生で最初に覚えた俳句も、どのようなものであったかはっきりとは覚えていない。
 しかし人生で最初に書いた俳句形の文字列が何であったかは、覚えている。
 それが何であったかは覚えているが、その字面は全く記憶していない。
 そしてそれに意味は最初から存在しない。
 ドラクエⅠの復活の呪文である。

(メモ)ローマ字日記について

2011/08/30(火) 23:32:19 [未分類]

村山槐多は、ローマ字で書かれた日記を残している。
恥だと思う。
若い時にきちんと勉強していないからそんなものを書くのだろう。
無論石川啄木にも全く同じことが言える。
夭折は彼らの詩行(の神格化)にとってむしろ幸運であった。

槐多の歌へる 村山槐多詩文集 (講談社文芸文庫)槐多の歌へる 村山槐多詩文集 (講談社文芸文庫)
(2008/11/10)
村山 槐多

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広さに挫ける

2011/08/30(火) 00:14:16 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

何も無い広さに挫ける。
愛すらも拒否して高く飛ぶつもりでも

村山槐多「殺人行者」より

2011/08/29(月) 23:39:22 [引用▼日本]

……それで俺は俺の思想を一言君に物語ろう。堅く君に告げよう、およそ君にとって殺人ばかりの快楽は此世界に求められないのだ。君が若し人生の美味なる酒を完全に飲み乾したければ君の手は殺人に走らなければならない。俺の友とならなければならない。俺はすでに二百九十九人の人間を殺した。俺の此殺人の修道は世界の最もすぐれた芸術であり最も立派な宗教であることを信ずる。

リアルは複数存在している

2011/08/29(月) 01:12:59 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

    あ   
一理ある、
リ   リ
ア   ア
ル   ル
。   。

村山槐多の短歌より

2011/08/28(日) 23:15:44 [引用▼日本]

冬の街薄く面を過ぎる時落胆われにせまりけるかな

濃血人情あまりて泣きしきる春の薄暮ぞいかに嬉しき

豊かなる人をこそ好め西欧のかのぶだう酒の色の如くに



あまり関心しない。

レジスタンスは失われない

2011/08/28(日) 01:48:31 [短歌]

九月には弾薬が尽くされどなおレジスタンスは失われない

村山槐多「吾詩篇」より

2011/08/27(土) 23:34:56 [引用▼日本]

十一、われら運動と共に筋肉と共に芸術を立つ。十二、これわれらが祖先のとりし道。十三、健康の芸術をもて大和を飾れ。強健なる大和を立てよ。十四、汝等の祖先は血に溢れよく走りよく歌ひたり。十五、天平以後の病める世紀を平安朝を江戸を駆逐せよ。十六、切にわがねがうは健康の芸術。血液の大海より騰上する喜怒哀楽。十七、血の他に幸いなし血の他に美なし。十八、野に出でよ炎天に出でよ人々。汝等の記号は日輪ならずや。十九、勇ましく雄々しき大和民族。汝等の真にかへれ。日輪の真紅にかへれ。二十、野獣の如く汝が恋人をおへ。哀れむべき病的世紀の恋愛を破れ。二十一、白き女を殺戮せよ血のただ中に。肉を食へ血を満たせ大和の人々。

ポエムとうじ虫(略してポエ虫)

2011/08/27(土) 03:29:47 [短歌]

脳味噌にうじ虫が湧くその虫を料理したのが僕の詩である

村山槐多「死の遊び」

2011/08/27(土) 01:57:04 [引用▼日本]

死と私は遊ぶようになった
青ざめつ息はづませつ伏しつまろびつつ
死と日もすがら遊びくるふ
美しい天の下に

私のおもちゃは肺臓だ
私が大事にして居ると
死がそれをとり上げた
なかなかかへしてくれない

やつとかへしてくれたが
すつかりさけてぼたぼたと血が滴たる
憎らしい意地悪な死の仕業

それでもまだ死と私はあそぶ
私のおもちゃを彼はまたとろうとする
憎らしいが仲よしの死が



痛切なソネット。
私はこの詩人をあまり好きではないが、胸を撃つ。

半冷

2011/08/26(金) 01:09:36 [短歌]

エソラから流れ出て来る冷房で僕の右側だけが涼しい

村山槐多「空飛ぶ吾」より

2011/08/25(木) 23:20:26 [引用▼日本]

貴様等はすべて臭い
貴様等は豚だ、賤民だ

その新学期

2011/08/25(木) 02:02:27 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

(震災で失われた授業時間を取り返すために、被災地の一部では夏休みが短縮されたという。)


     半
     減
もう新学期?
     は
     ま
     だ
     ?

村山槐多「電車の中の軍人に」より

2011/08/25(木) 00:03:22 [引用▼日本]

一面の糞色、にきび、腐った脂肪
臭い息、無智な大馬鹿共、
それらがこの電車の中でうようよとして居る
それから過淫に疲れた女の皺だらけの顔

俺はふと踊り上がった
俺の横なる二人の士官の
健康の威嚇に
何と云ふ美しさだ

強い黄色人種我等の戦士
俺は君を賛美する
君のその隆々たる容貌と態度とが
俺の腐った下落した心を高める

軍人よ軍人よ
俺は下らない絵を描いた覚えがある
その不満と悔いとが俺を泣かせる
俺は苛立たしくもかく灰にまみれている

然るに君は何とした誇りに輝いて居る事よ
カーキー色の歩兵士官よ君には
画学は何でもなからう
君の一撃は俺の生命を立どころに奪ふことであらう

ああ俺は君をうらやむ、ねたむ
君には画の不満がない
然るに俺にはある、俺は神経衰弱だ白痴だ
君はすばらしい精気にダイヤモンドの如く輝く

俺はかなしくなつた
だが見ろ今に俺が君の如くに輝くぞ
君の剣が君の腰に光る如く
俺の誇りが必ず輝くのだ

ああ電車は走る走れ、早く走ってしまへ
俺も今に走るぞ
この光栄ある軍人に負けない光栄の天に
走り込んでみせるのだ

漲るエナジー

2011/08/24(水) 02:07:40 [短歌]

 子供の頃から夏は苦手な方であった。東京に住むようになってからも、その夏の蒸し暑さに閉口していたが、この数年、何故だか耐性がついて平気になった気がする。



健康だ
完全無欠だ
夏にしてありえないほど漲るエナジー

ツヴァイク『昨日の世界』より

2011/08/24(水) 01:24:16 [引用▼海外]

 

それは奇妙な朝であった。幾百年も生命を持ち続けるにちがいない知らせを室内に投げたラジオから、私は黙って引きさがった。その知らせこそ、われわれの世界を全部変え、われわれ各個人の生活を変えるべき運命を担ったものであった。その知らせは、それを沈黙のうちに聞いたあの人々のうちの幾千人にとっての死であり、われわれのすべてにとっての悲しみであり、不幸であり、絶望であり、威嚇であり、おそらくは何年も何年も経って初めて、ひとつの創造的な意味を持つことになるべきものであった

拾う神よりも

2011/08/23(火) 01:45:09 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

神に拾われるよりも、
自らが神と成れ。

村山槐多「過ぎし日に」より

2011/08/23(火) 01:13:22 [引用▼日本]

過ぎし日よ汝はみにくく憎むべし
されどわれは汝を賞づ
汝はわれを養ひたり
この山頂に立たしめたりき

「さよなら」とわれ叫ばん
いざいざわれは汝を離れて
とび行かん未見の空のあなたに



吾は把まん美しき人生を
酒戔を傾くる如く
吾は吾生を呑まん
吾全体の光輝の中に
吾生を破り去らん

吾は進まんかの鷲の如く
空中を飛びつつ
或る時は野に蛇を殺し
或る時は山頂に小鳥を掠めん

吾生は経歴す光輝の中を
勇気ある旅客なり
吾生はかくて遂に高く踏まん
万民の上なる位を。

小田急バス 二子玉川→成城学園前

2011/08/22(月) 00:40:37 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 二子玉川ライズの商業施設が出来たことにより、その南に移設されたというバスターミナルから、バスに乗り込む。乗客の数は多い。最後尾に座る。小田急バスの車内は座席の位置が妙に高く、天井に頭をぶつけそうになる。
 駅の北側に出て、高島屋の横を通る。車線数の多くない世田谷の車道を北に向かう。車窓には狭小な建築物が多く、巨大消費社会の主戦場たる平成のロードサイドの雰囲気は余り感じられない。
 さっきから左手に見える川も、さほど大きくない。多摩川の支流だろう。
 ダイソーがある。これはロードサイドっぽい。
 という地名があるが、これは公園のだろうか? だとしたら土地勘が無いなりにも、おぼろげながら何となくどの辺りか見当がつくのだが。そう言えば、バスターミナルからは休日限定で、世田谷美術館(公園内にある)行きのバスが発着しているとの掲示があった。
 永安寺というバス停の付近で、やっとブックオフを見つけた。これとあと一つ、反対車線側に見かけたステーキハウスぐらいがいわゆるロードサイド的風景で、他には特に記憶に残るものも無い。この狭い道では、車だけではなく、歩行者や自転車もずいぶん通りにくいのではないかと思う。今日は午前中に俄か雨が降ったりしたが午後は快晴で、そんな日のバスの振動は殊に心地よく、眠ったり起きたりを繰り返しているうちに、成城学園駅に着いてしまう。
 駅のすぐ横の狭い車道にバスは強引に入りこんで乗客を降ろして去って行く。いかにも小田急的な駅前風景。



 駅の北側には成城石井がある。さほど広くはないが、他の街の普通のスーパーと同じように賑わっている。ここが本店、第一号店ですかと周囲の人に聞こうと思ったがやめた。
 同じく駅の北口には、最近あちこちで見かけるおかしのまちおかがある。南側には百均ショップのキャンドゥがある。けれども基本的には、商業地域は駅付近のごく狭いエリアに限られていて、少し歩くとすぐに住宅地になってしまう。
 コルティという駅ビルの最上階から、新宿方向へ伸びる小田急の線路を望む。
 どこまでも青く広がる東の空の下に、東京スカイツリーと東京タワーの両方が同時に見える。

二子玉川ライズ

2011/08/21(日) 02:06:04 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 城南の住宅地の地上を走行する東急大井町線の車窓は、宅地や街路との距離の近さがどこか長閑さを感じさせる。駅間距離の短い所などは、東急世田谷線などと雰囲気が似ているようにも感じられる。土地の起伏に合わせて切通しの谷底を暫く走った後に、高架線の上を右に左にカーブを描いて二子玉川駅に到着する。
 この駅の特徴として良く言及されるのが、多摩川上に突き出したその特異なプラットホームだ。その上を実際に、溝の口側の一番端まで歩いてみる。おばちゃんが一人いる。確かに川の上である。草が生い茂った中州に動く白い水鳥の姿などを眺めていると、渋谷方面から半蔵門線の車両が入って来て視界を塞いだ。

 二子玉川の駅前広場は、東急沿線のイメージにふさわしく、デザインに凝った豪奢な外観を誇っている。天井の高いところは隣駅の用賀などと共通だ。震災の直前ぐらいにこの駅前に登場した巨大商業施設、二子玉川ライズの建物のひとつに入る。タウンフロントという名称のこの建物のテナントは服飾品や化粧品が中心で、ショッピングセンターというよりは、デパートに近い。夏休みの時期ではあるが、平日の午前中なのでまだ人は多くない。エスカレーターの前方に、若いカップルの姿がある。降りたと思ったら、柱の陰で喧嘩を始めた。
 建物の上の方には書店兼文房具店が入っている。(ゴルフペンを置いていないか店員に聞いたらないとのことだった。)さらに上層フロアは飲食店街となっている。それに対して地下階は食料品店となっている。この構成はやはりデパート的だ。
 隣のリバーフロントという建物と連絡通路で繋がっている。こちらにはABCマートとか、ヴィレッジ・バンガードとか、H&Mとか、要するに現在の日本の商業地のどこにでもある店舗の姿がある。特筆すべき点は無い。
 これらの建物の南側には、バスターミナルを挟んでさらに広大な空地がある。いずれ何かが出来るのだろう。その空地のさらに南側には、既にタワーマンションが聳えている。そのマンションも、二子玉川ライズの一部であるらしい。
 向かう。途中で、この大規模開発計画に関する案内板がある。それ以前のこの土地の歴史については、何も触れられていない。真夏の平日のマンションの敷地内に、ほとんど人の姿がない。小雨が降ったり止んだりする中を、スーツ姿の男性が一人歩いている。
 マンションの敷地の外側の道路を大きく回ってこのエリアを一周する。苦行である。さらに南側に、小高い丘になった叢がある。角を曲って、マンションの西側に出て幹線道路沿いを歩いていくと、車道の向こう側に昔日の堤防らしき構造物が見える。更に進んでから道路を横断して近づいてみると、やはりそうであった。その堤防の切れ目の部分に陸閘の表示が残されていたから、かつてここにはゲートがあって洪水の際には閉鎖されていたのだろう。今はこの堤防を越えた多摩川寄りにも普通に住宅が建てられている。その住宅地に入っていくと、川の上空にはみ出した二子玉川駅のホームの様子が良く観察出来る。
 堤防の上に戯れに登ってみる。叢には放射性物質が残留しやすいと聞いたことを思い出した。すぐに降りる。暑くなってきた。日が高い。

 昼食時になると、商業地一帯は混み始める。老夫婦と、ベビーカーを曳いた若い主婦の姿が殊に多い。どこの住宅地にもある普通の風景。
 小学校高学年ぐらいの子供は、この街の一体どこにいるのだろうとふと思った。中学生や高校生ともなれば、別に電車に乗ってどこの街にでも遊びにいけるだろう。しかし小学生は、地元の駅前にもそれなりの居場所がないと面白くないのではないか? エリアの片隅の並びに、小さなプラモ屋を一軒見つけたきりで、おもちゃ屋らしいおもちゃ屋の姿もない。ガチャガチャの販売機が二、三個並んでいたり、UFOキャッチャーやワニ叩きのような無害な遊具が置かれていたりする、ささやかなゲームコーナーのような場所もない。通常のショッピングセンターと異なった高級志向を目指しているためか、フードコートもここには存在しない。
 ナムコワンダーエッグの記憶(ゲニウス・ロキ)は完全に抹消されている。そのホロコーストの徹底ぶりは、他民族を殺戮し絶滅させる、旧約聖書におけるユダヤ人の描写を思い出させる。もちろん、遡れば彼等自身もまた、洪水による絶滅を経験している。おそらくはこの場所もまた、幾度となく多摩川の氾濫に襲われて来たのだろう。あるいは周期的な掃討と断絶とが、この場所に棲む地霊や水霊の性格なのかも知れない。出現した清潔で巨大な伽藍とバザール。残されている小さな堤防。

 駅の反対側の、ドッグウッドという建物で、当然のようにユニクロを見つけた。
 だが、東急沿線のこの巨大商業施設で、不思議なことに東急ハンズを発見できなかった。

 広場に置かれた、白い船に風車を隙間なく突き立てた現代美術のオブジェの前で、どこかの大学のサークルがジャージ姿で集合している。それぞれに巨大な荷物を持っている。
 この風車は自然風のみで回っているという。

 午前に渡ったあの連絡通路の、一番高い橋から、もう一度南側を眺めてみようと思った。
 階段の端で、制服を着た小柄な、中学生と思われる少女が携帯電話で誰かと話していた。
 住宅地を抱えこんで世田谷の南に広がる緑の丘と、夏の午後の青空に縦長に伸びゆく雄大積雲と、タワーマンションの直線が成す色彩と構成との絵画的な美しさは、認めざるを得なかった。 

東中野

2011/08/18(木) 07:05:26 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

 山手通り椎名町から南は、地下を走る首都高の工事と前後して、ずいぶんと綺麗になった。十年以上前に、大江戸線が部分開通した時も、中井落合東中野の沿道には突如として商業施設が姿を現し、その景観に明らかな変貌が見られたが、久しぶりに来てみると、歩道が殊に広く拡幅されて自動車専用ゾーンが色分けされている。西武新宿線の上空を跨ぐ中井あたりではまだ工事をしているようだが、落合から東中野までは本当に良く整備されて走りやすくなっている。
 山手通りが中央線を跨ぐ橋の東側では、JR東中野駅に近接して、またしても駅ビルを建設中である。二十一世紀の風景。
 近隣の二つのスーパー、サミットとライフはいずれも健在だ。ライフ側の商店街は、少し様子が変わったようで、古本屋が無くなっている。ブックオフで、塚本邦雄の箱入りの序数歌集が大量に並んでいるのを見つけた。
 東中野の、山手通り側から大久保側へ向かっては、下り坂になっている。街の少し奥に入ると、完全に昭和の風景がある。この辺りは昔は大雨のたびに頻繁に水害に見舞われたものだと、武蔵野のずっと奥の方に住んでいる私よりはかなり年配の詩人から聞いた。



あの川へ東中野から自転車で無意味に下ってみようと思う



鈍色のスーツ着た午後
鈍色の空から少し遠ざかりたい



神田川にかかる大東橋の向こう側から、豆腐の野口屋のリヤカーがやってきた。 

八月はスーツ姿で

2011/08/17(水) 03:25:14 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

八月はスーツ姿で何時までも乾かぬ空に苛立っている

一緒に行けない

2011/08/17(水) 03:01:42 [詩文・俳文]

サンシャイン水族館のリニューアル何故あの人と一緒に行けない

強走

2011/08/16(火) 03:30:29 [短歌]

選択の自由など無い
走りたくないが
走らなければならない

呟きの無為

2011/08/15(月) 04:36:45 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

増えもせず減ることもないフォロワーの数を確認しただけの今日



どこかから三文詩人の呟きも優しい誰かがリツイートする

小雨の路上活動

2011/08/14(日) 05:22:24 [短歌]

行くべきか
行かざるべきか迷わせる小雨であるが路上に
行こう

墓と蟇

2011/08/13(土) 01:35:19 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

その顔面(かお)も殊に乾いた夏の夜は墓に似てくる蟇、動かざれば
                                 の
                                 う
                                 ら
                                 へ
                                 廻
                                 る

そのセシウムさん

2011/08/12(金) 02:11:41 [【10-11】福島の向日葵に捧げる歌]

聞きなれぬ元素に塗られたこの国で電波が恥の上塗りをする



同位体じゃない時ってセシウムはぁ、どこで何して過ごしているのぉ?

(メモ)新郊外族のライフスタイルについて

2011/08/12(金) 00:05:53 [未分類]

 郊外族のライフスタイルと言えば、私生活はもっぱら自家用車で行動し、幹線道路沿いの巨大ショッピングセンターで買物や食事をしては、同じく幹線道路沿いのゲーセンやパチンコ屋で遊興費を使い、たまにテーマパークに遊びにいくというライフスタイルを想像していた。しかし聞く所によると近年、そういうステレオタイプとはちょっと異なった生活様式を持つ人々も出現しているようである。
 移動手段は自転車で、趣味もサイクリング。郊外住宅地の中に割り込んだ割高で一家言ある飲食店で飲み食いし、エコだかロハスだか良く知らないがそういう趣味に金を使い(ロハスという言葉は一時期流行ったかが既に死語か?)、休暇には登山に出かける。
 これは、団塊の世代の大量退職と期を一にしたものなのだろうか? 
 この、長期化する不況とシンクロした、経済状況に規定されたものなのだろうか?
 震災と原発事故の影響によるものなのだろうか? (特に自転車を好んで用いる所は。)
 そういう人々のライフスタイルについて考察した論考があれば知りたいと思う。
 

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