冬の弛緩

2012/02/29(水) 19:12:20 [【11-12】夏と愛と]

冬空という怪物の頤(おとがい)も弛緩していく長い夕陽(せきよう)
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「近世俳句集」より4

2012/02/29(水) 17:41:08 [引用▼日本]

入りかねて日もただよふや汐干潟(堀麦水)

筏士の陸(くが)をのぼるやきじの声(同)

蛇(くちなわ)の衣ぬぎかけし茨かな(加藤暁台)

湖の水かたぶけて田植かな(高井几董)

秋きぬと目にさや豆のふとり哉(大伴大江丸)



「筏士」は木材を筏に組んで川下へ輸送する運搬業者。筏を運び終わった後、徒歩で川上まで登るのんびりした時間の一コマ。
「秋きぬ~」は敏行のパロディ。面白い。

2012/02/28(火) 20:51:08 [短歌]

お前には信念がある大丈夫そう言い残してあいつは消えた

「近世俳句集」より3

2012/02/28(火) 16:54:36 [引用▼日本]

討ちはたす梵論つれ立って夏野かな

うずづくや穂麦が中の水車

山蟻のあからさまなり白牡丹

路辺の刈藻花咲く宵の雨

秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者

宿かせと刀投げ出す吹雪哉



いずれも蕪村の句。
梵論(ぼろ)は虚無僧のこと。
「うすづく」は山へ夕日が入る様子。このエートックでは変換できない漢字。
「秋風~」「宿かせ~」の句から、漱石の「大雪や壮夫羆を獲て帰る」に通じる野性味を感じた。
(この句は『漱石・子規往復書簡集』には見えるが、岩波文庫版の『漱石俳句集』には見えない。後者の編者は坪内寝稔典。うーん……)

淋しくないフリ

2012/02/27(月) 16:57:52 [短歌]

巡り来る季節の中に無い人の声に淋しくないフリをする

「近世俳句集」より2

2012/02/26(日) 16:26:57 [引用▼日本]

鐘一つ売れぬ日はなし江戸の春(其角)

尾頭の心もとなき海鼠かな(去来)

うづくまる薬の下の寒さかな(丈草)

鷲の巣の樟の枯枝に日は入りぬ(凡兆)

ふり上ぐる鍬の光や春の野ら(杉風)



芭蕉の弟子達。
其角の句は、寺の鐘のようなめったに売れないものでも、江戸では一日に一つぐらいは売れるの意。巨大都市江戸の繁栄を詠んだ句。
丈草の句は、芭蕉の臨終直前、傍に侍していた時に作ったもの。弟子達がその場でそれぞれ作ったものの中で、最も師にほめられたという。
凡兆の句は、青条の個人的なフェイバリット。鷹に樟の取り合わせは私も見たことがあるが、確かに高踏的で威厳があって良い。

冬の眠り

2012/02/26(日) 13:43:11 [短歌]

払暁に地震があったことになど全く気づかぬほどに●(とうみん)

「近世俳句集」より1

2012/02/25(土) 13:04:00 [引用▼日本]

落花枝にかへると見れば胡蝶かな(山崎宗鑑)

霧の海の底なる月はくらげ哉(野々口立保)

こもよみこ餅任煮んとつむ若菜哉(安原貞室)

野や花のにしきをらんだ石の竹(松山玖也)

六月や水行く底の石青き(伊藤信徳)



宗鑑は俳諧の始祖とされる人。
蕉風以前の俳諧を見ると、どこかルナール的、あるいは超短編的な知的な面白さを持ったものが散見される。宗鑑の蝶の句はまさしくルナール的。
貞室の句は言うまでも無く万葉集巻頭のパロディ。
玖也の句に出て来る「をらんだ石竹」はカーネーションのこと。江戸初頭には既に輸入されていたと言う。題材が面白い。
信徳の句は普通に綺麗。

雪の日の武蔵境

2012/02/25(土) 00:27:12 [短歌]

(経由駅のバスターミナルにて)
感傷もとりたてて無く追い駆ける知らない街の朝の雪に義務



武蔵境の北側にて)
どちらかと言えば不潔な記憶しか無いこの街を吹雪が清めた

串田孫一「氷の岩峰」より

2012/02/24(金) 15:55:44 [引用▼日本]

私たちの努力はたたかいでもなく
征服でもなかったことを頻りに考える
思うように彩られなかった過去と
遠く続く雪原のような
ただ純白な起伏である未来との間に
孤独な洗礼をめいめい経験しながら
壮麗な殿堂を心の中に築いている

雪の朝のその駅

2012/02/24(金) 12:04:58 [短歌]

雪の朝闘志に満ちてその駅の下りホームに一人佇む

串田孫一「山頂」より

2012/02/23(木) 11:33:03 [引用▼日本]

……
今こうして連なる峰々を見ていると
夢の中の憩いのようでもあるけれど
こんな山肌の色を見たことや
寂しい谷を霧に濡れて歩いたことが
あなたをやわらかく救う時があるでしょう
取りつきようのない寂しさの中を
蟻になった気持ちで歩いたことが
あなたを元気づけることがあるでしょう
天へ飛び立って行くような歓喜と
永遠なものに包まれてしまった哀愁と
それが儚い人間には必要なのです
冷たい水 もう一杯のみますか

吾等皆寒鴉(われらみなかんがらす)

2012/02/23(木) 11:26:43 [短歌]

スーツ着てネクタイ締めて雪の日に飛び出す吾等皆寒鴉

串田孫一「小黒部谷遡行剣岳」より3

2012/02/21(火) 23:15:15 [引用▼日本]

 

降り口の傾斜の大してない所も雪が割合に軟らかかったのでよく滑った。この先が大分急になり、一ヶ所ガレが出ていた。そこを過ぎると両岸の岩がさし迫り大きな口が開いている。自重してその傍を通ると後は殆ど危険もなくどんどん滑り下りた。ふと立ち止まって顧みると左手の叢岩はますます高く、素晴らしい岩の筋骨を立てている。斜面も随分急だ。ひやっとした風が頬を撫でる。憧れの三ノ窓のグリセードは嬉しかった。後二・三〇小窓との出合に着き左に入り、二度ばかり徒渉して、長く残雪があったために早く池ノ平への登口に着き、ぶらぶら歩いて後四・〇〇に池ノ平の小舎に戻った。また今日も、赤の、紫の、コバルトの、青の日暮の恍惚たる景色を眼にする事が出来るのは無上の嬉しさであった。



「叢岩」字面だけで何となく雰囲気が伝わってくる言葉だ。自分でも使ってみたい。

自称ロックシンガー

2012/02/21(火) 12:21:53 [自由詩]

自己懺悔のフリをした自慢話をするんじゃねえよ、
薄汚い自称ロックミュージュシャンが!
髪切れ!
ウザい!
汚ねえ!

オレは綺麗好きな人間なんだよ!

謙虚さを装ったその自己顕示欲が、
この上無く不潔で耐えられない、薄汚い自称ロックミュージシャンを、
ビール瓶でひたすら殴り続けてやる!

薄汚い自称ミュージシャンの、
脳味噌が飛び散るまで殴り続けてやる。

薄汚い自称ミュージシャンの、
息の根が止まるまで殴り続けてやる。

そんな薄汚い生命体に騙されてついていく女も、
ついでに駆除してやる。
汚物は消毒だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

薄汚い自称ミュージシャンの、
墓を暴いて骨まで踏み砕いてやる。

【時代劇】雨あがる

2012/02/20(月) 22:55:22 [【映画】観映グゥ評]

 晩年の黒澤が完成させながら撮影を果たせなかった脚本を、弟子の小泉堯史監督が映画化した作品。時代劇。人柄の良い剣の達人が、旅の途中にある藩の殿様に見込まれて剣術指南として仕官がかないかかったが、貧しい人々を助けるために過去に行った賭け試合が咎められ、話はなかったことになってしまう。殿様が考え直して達人を追いかける所であっけなく映画は終わる。
 大きなヤマとか、クライマックスは特に無く、淡々と話が進む。あっさりした映画。何だか『借り暮らしのアリエッティ』を思い出す。殿様役の三船史郎(敏郎の息子)は大根役者。

感傷を断ち切って

2012/02/20(月) 14:30:46 [短歌]

感傷を断ち切ってただ真っ直ぐに闘えるつもりだったあの頃

串田孫一「小黒部谷遡行剣岳」より2

2012/02/20(月) 12:35:24 [引用▼日本]

 

……幅は狭いがかなり急な雪渓をトラバースして尖峰の裏へ出る。ここへ来ると、早月側の眺望が展開され、まだずっと下方まで雪の埋まっている池の谷やギザギザの早月尾根もまた格別な所があった。ここから三ノ窓のすぐ下まではガラガラの石の悪場で、一足一足大小の石が辺りの石を誘って池の谷めがけ、早月の岩尾根に木霊しながら落ちて行く。少しの間だがなかなか手間どる。左手の岸壁にへばりつきながら行く途中深山苧環の清い空気を一杯に吸って、岸壁の裂罅に咲いている姿を見ると、恐ろしさを忘れてうっとりとする。約三十メートル、大きな石の間を登って前一一・四〇、三ノ窓に着いた。陽が照りつけて暑いが、遥か下まで続いている豊富な雪を見ると、すっかりいい気持になる。三ノ窓の尖閣、八ツ峰のピークが一緒にかたまってそそり立っている。後一・三〇に出発と定めて飯盒を空にし、日なたで雪を溶かしながら立派な雪、岩、空の景色を見入り、春、冬の物凄い景色の夢を見た。



「裂罅」がこのエートックは一発で変換された。案外優秀なのかもしれない。

遥かに地軸の涯てま◇で氷らせ◇ ◇◇

2012/02/18(土) 23:20:56 [【11-12】夏と愛と]

可能性という衣を剥がされながら自由落下する過程のことを人生と呼ぶのかも知れないが、
裸にされた自分自身を愛されたいという願いがそれほど荒唐無稽なものなのか?
なあ、空よ、

オレはそんなに間違ってるか?

遠く離されながらも天空に向かって放ち続けた言葉は結晶となって、
遥かに地軸の涯てま◇で
氷らせ◇◇る     ◇
つも◇◇◇り◇で、◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇  ◇
◇      ◇

串田孫一「小黒部谷遡行剣岳」より1

2012/02/18(土) 14:14:49 [引用▼日本]

 

八ツ峰の岩稜とどっちりした黒部別山の平らな山巓。その向うには鹿島槍のピラミッドが四方に長い尾根を引いている。後立山の新築された小舎も八峰切戸も目を大きく開くとはっきり見える。右手の空を突いて針聳している尖峰は頭が二ツに分れ、写真に見るドロミテの五指峰の一部のようでどうしてもあちら物だ。後は池の谷に向かって直立に近く薙ぎ落されている。前九・三〇小窓を去り、岩場と草付をよつん這いになって小窓の頭〈二六一七メートル〉に登ると、尖峰がまたまた素晴らしく見える。美しい花の咲き乱れた草の上で休んでいると何とも言い難い、地球を離れた世界に連れて行かれるような気がした。……



 串田の登山記。「岩稜」「山巓」「針聳」(しんしょう)といった格調高い漢語が自由自在に駆使されているにもかかわらず、全く読みにくさを感じさせない。むしろ読みやすい。生き生きとした記録文でありかつ写生文。
 初出は(昭和八年一月『東京高校山岳部部報』第一号〉とある。つまり串田がこれを書いたのは旧制の高校時代、発表媒体は山岳部、山登りサークルの会報誌。戦前の旧制高校エリート文化の最も良質な部分、その教養の高さがこの文章を読むだけでも感じられる気がする。嫉妬すら抱けないほどのあまりの素晴らしさ。憧れを禁じ得ない。

冷たさに崩れる

2012/02/17(金) 23:26:36 [【11-12】夏と愛と]

冷たさに飛行機雲の裏側も次第次第に崩されていく

テレ棚

2012/02/17(金) 22:41:26 [短歌]

敷島の民のテレビを神棚の代わりに拝んで何年になる

つるむらさきの農家に

2012/02/17(金) 22:38:26 [短歌]

(スーパーの見切り品棚で見かけた、つるむらさきという良く知らない葉物野菜を試しに買ってみたら、なかなか美味しかった。)



将来が全く見えないから不意に、つるむらさきの農家になりたい

串田孫一「山の博物手帖」より3

2012/02/17(金) 21:48:12 [引用▼日本]

 

水の音、風の音、風による木々の幹の軋み合う音。氷にはねかえり、無数の矢になって飛び交う光。水につかって網目をつくる光。
 これらのものも、私の手帖には書きつけられる。生命の生あたたかさから遠く離れた、向こう側の世界が山にはあった。それを綴ることもまた博物誌になるのかどうか。
 水の温度や、風速、あるいは光の分散、それらが気象や物理の学問から静かに浮き上がって、地上とは思えない色や音をきかせている時に、私の手帖は閉じられる。書き記すべき記号も、説明し、再現する言葉がないからである。
 その世界は、昔、山に住むことを試みた人たちが、異常な状態になって見た世界。それが忘れられずに、憧れ、さまよって消えて行った世界に違いない。

電波すら受信し得ない

2012/02/16(木) 00:01:54 [短歌]

サブカルに媚びるな。
むしろ電波すら受信し得ないほどの深度で、

【2ちゃんねる】ザ・ドリフターズの栄光の軌跡【コピペ】

2012/02/14(火) 22:47:17 [引用▼日本]

332 名前:名無しさん@恐縮です 投稿日:04/03/21 09:11 ID:897rYpq+
ザ・ドリフターズ(ドリフターズ)
1964年結成。ハードコア・ダブ・ユニットの先駆けとして60年代後半のアンダーグラウンドシーンを席巻。
1967年、方向性の違いからリーダーIkariaとギタリストYasushiOnoが対立。
Yasushiは当初メンバーだったG-Yoshidaらを引き抜き「ドンキーカルテット」を結成。
Ikariaは残ったChar(Dr.)、他バンドに在籍中のCo-G(G.)、Chu-Arai(Key.)、Boo(G.)らを誘い「ドリフターズ」としてユニットを再編。
69年にはビートルズの前座を務めるなど華々しい躍進を遂げ、72年のアルバム「Gather 8:00」、翌年の「Zoom-Doco Songs」でその地位を不動のものとした。
その一方で、以前からフロア志向を公言し、シカゴハウス・ムーブメントに強い関心を寄せていたChuがユニットから離れ、代替メンバーとしてDJ.Kenが起用される。
77年にはブリット・プログレッシブを強く意識した問題作「Die Back Show」を発表、以後レイブを中心に活動。
84年の東京レイブは、停電による暗闇の中での五時間に及ぶアンプラグド・インスト演奏で伝説のアクトとなった。
1985年、Ikariaは「全てをやり尽くした」と言い残しユニットの活動を一時停止。
以降は散発的にユニットとしての活動を続けながら、それぞれのソロ活動が目立つようになる。
DJ.KenとCharは「Cut&Ken」を結成、日本におけるノイズシーンを牽引。
ハワイアン・フォーク・サウンドに強く傾倒していたBooはCo-Gと共にアンプラグド作品を幾つか発表した。
リーダーIkariaは俳優業に転じ銀幕の舞台で活躍。
ハリウッド進出も果たし今後の活躍を期待されていたが、2004年に癌により死去。
ジャパニーズ・アンダーグラウンドの帝王と呼ばれた巨匠の死とともに、ドリフターズの40年の歴史にピリオドが打たれた。



ある種のサブカル文体、音楽雑誌とかライナーノートとかフライヤーにありがちな紋切り型のパロディ。そういう文体の語彙と文体を完全に熟知した人間が、それを相対化、小馬鹿にするつもりでないと、こういうものは書けない。2ちゃんには今でも、本当に時たまだが、こういう優れた職人がいるから油断ならない。

【オープンマイク】Mido midnight vol.21に参加してきました【池袋】

2012/02/13(月) 00:44:16 [お知らせ・近況報告]

2012年2月8日、池袋のイベントバー「3-tri-」において開催されたオープンマイクイベント
「Mido midnight」 vol.21に参加して来ました。
私は『ちぃばす麻布ルート』を宣伝し、同書より「北風は」を朗読してきました。

midoさんのブログはこちらです。
↓↓↓
http://d.hatena.ne.jp/mido-mido-mido/

私はこのイベントに初参加となりますが、気持ちよく迎えて下さった主催者のmidoさん、また私の朗読を聞いて下さった会場の皆様に御礼を申し上げます。

(ある空港にて)

2012/02/12(日) 21:43:38 [短歌]

啄木も寺山修司も阿久悠も未だ現れていない空間

串田孫一「山の博物手帖」より3

2012/02/11(土) 23:02:33 [引用▼日本]

 

捕えることのできないものの採集。「星の採集」というのはどうですか。
 写真をとるのですか? よほど大仕掛けの天体望遠鏡と、優秀な写真機でもないとできない道楽でしょう?
 ある人にとって、アンタレスという星が、夜の山での方角を教えた。そのためにその人は全く命拾いをした。この思い出に包まれたアンタレスは、その人の、偶然の採集としていつまでも心に残る。
 同じ星を別の人は、愛の星としてどこかで採集しているかも知れない。何人の人が採集をしても、アンタレスは赤く光っている。

果てしない虚空

2012/02/11(土) 15:08:11 [短歌]

果てしない虚空に向かって自らを投企する意志未だ吾に在り

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