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【オープンマイク】「吉読」Vol.15に参加してきました【吉祥寺】

2012/09/28(金) 01:43:01 [お知らせ・近況報告]

2012年9月22日夜、
吉祥寺のカラオケスナック「友友」(ゆうゆ)で開催されたオープンマイクイベント
「吉読」Vol.15に参加して来ました。

この日は主催の守山ダダマさんの朗読CD
『POETALICA』(アルカディアレコード)の
発売を記念したリリースパーティーを兼ね、
ダダマさんの60分ライブの後に、
オープンマイクという構成でした。
非常に充実した内容でした。

久々の吉読、青条は『ちぃばす麻布ルート』より、
夏に関する短歌を何点か朗読してきました。
当日、私の拙いパフォーマンスを聴いて下さった皆様、
また拙著をお買い上げ下さった方に御礼を申し上げます。


「吉読」のインフォメーションブログは以下になります。
↓↓↓
http://blog.goo.ne.jp/kichidoku
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『井上靖全詩集』あとがきより

2012/09/19(水) 18:57:51 [引用▼日本]

 

詩の座談会に行って殆ど例外なく感ずることは、出席者の数だけの全く異なった言葉が、お互いに無関係に飛び交っていることである。自分の言葉も他人に依って理解されないし、他人の言葉も自分にはそのまま理解できない。お互いの言葉はそれぞれ相手には受け留められないで、各自のところへ戻って行く。
 併し、これは語る者の罪ではなく、詩というものが各人にとってそれほど特殊なものであるからであろう。お互いに、お互いが持っている秘密工場の作業は結局は覗くことはできないのである。若しそこから強烈な爆弾が作られた時、初めて人々は一様に、その威力に驚嘆することで一致するだけである。私は詩とはそのようなものだと考えている。(昭和三十三年二月)

【オープンマイク】OpenMic/wonder-words、Vol.8に参加して来ました【神楽坂】

2012/09/17(月) 12:53:28 [お知らせ・近況報告]

神楽坂のカフェ、キイトス茶房さんにて、2012.9.16に開催されたオープンマイクイベント、
OpenMic/wonder-words、Vol.8に参加して来ました。

今回は、ブランク明けということもあり、
青条は『ちぃばす麻布ルート』より夏に関する短歌形作品を何作か読んできました。
(短くまとめました。)

主催者の方々(服部剛さん/rabbitfighterさん/しえろ文威さん)と、
当日私の拙い作品を聴いて下さった方々に、改めて御礼を申し上げます。


OpenMic/wonder-wordsのブログ
http://wonderwords.seesaa.net/

キイトス茶房さんのサイト
http://kiitosryo.blog46.fc2.com/

上尾の少女

2012/09/17(月) 12:41:42 [短歌]

ホリキタは田舎モノだと噂する上尾のバスの夏の少女も

『井上靖全詩集』より「ボール」

2012/09/16(日) 12:58:51 [引用▼日本]

蹴上げられた一個のボールは、次第に高く、小さくきらりと陽に光った一瞬の静止を持った後、やがてまっすぐに落下してくる、ユニホームの群れの中に。
かくして、四月の風と光と空の蒼さの中に次々と測定され、記録されているものはなんであろう。青春の情熱であろうか。若い日の力と夢であろうか。ともあれ、これほど純粋にして清冽なる、一個の物体の上昇と下降を、君は他に見たことがあるか。

夏と愛と

2012/09/16(日) 00:44:04 [【11-12】夏と愛と]

(夏という字の中心には目が存在している。その目力と脚線美とで数多くの男を魅了する女を象形しているように、今の私には見える。)


夏と
愛と
の脚線が今更に似ていることに気づいたところで



夏と
愛と
が絡み合う場面など無いままにただ季(とき)は過ぎ行く

『井上靖全詩集』より「アム・ダリヤ」

2012/09/15(土) 21:55:23 [引用▼日本]

パミールのワハン渓谷の五つの水を集めて流れてきたアム・ダリヤはこの辺りではパンジュアウ(五つの水)と呼ばれている。私の立っているクンドウス河の流入する地点では、どうやらパンジュアウではなくて、アム・ダリヤの方らしい。私は五年前にアム・ダリヤの下流と、それがアラル海に収められる最後の姿を見ている。アム・ダリヤの頭と尻尾を、私は知っているのだ。対岸はソ連、低い丘に監視所の建物が見えている。パンジュアウがいつどこでアム・ダリヤになるか、それを監視しているのだ。

踊場の公衆電話

2012/09/14(金) 16:59:59 [【11-12】夏と愛と]

今はもう誰も全く触らない公衆電話の隣で休む



黄緑の
君の孤独と隣り合う夏の終りの
僕の孤独と

『井上靖全詩集』より「曉闇」

2012/09/14(金) 13:56:15 [引用▼日本]

一日のうちで、この時刻だけ海は死んでいる。海の死骸を見るために、夜露の雫が落ちている赤松の林をぬけて行く。足もとはまだ暗い。寝みだれた浜木綿の株の根もとに立つ。あわただしく息を引き取った浜へ降りて行く。小屋がけのヨシズはめくれあがり、ボートは飛び散っている。その向こうに青黒い海が大きな身を横たえている。水平線のあたりに微かに明方の光が走り、完全に息絶えた海を包んでいる。渚に打ち揚げられた貝と海草を踏んで行く。渚もまた死んでいる。一日のうちで、暁闇の立ちこめているこの時刻だけ海は死んでいる。

凡庸な真緑

2012/09/13(木) 23:53:15 [短歌]

凡庸な真夏の池の真緑にスワンボートを誰も漕がない

『井上靖全詩集』より「沙漠の街」

2012/09/13(木) 19:34:37 [引用▼日本]

かつて何かの書物で読んだように、汝は地上に於ける神の影だと、その征服者の墓石には刻まれてあった。沙漠の国に来てみると、この言葉はさして大袈裟にも、気障にも響かない。これが賛辞であるかさえも甚だ怪しいものだ。忌憚なく言うなら、恐らくこれは呪言だろう。沙漠の征服者はこの言葉によって、いまも眠り続けているのである。征服者ばかりでなく、この街も亦それから自由にはなっていない。雑多な人種がわめきちらしているバザアルの騒擾の中に立てば、それがよく判る。

夏は盲目

2012/09/12(水) 22:56:07 [【11-12】夏と愛と]

政局もオリンピックドラクエも見えない病の夏は盲目

『井上靖全詩集』より「六月」

2012/09/12(水) 13:26:49 [引用▼日本]

海の青が薄くなると、それだけ、空の青が濃くなってゆく。

街に青のスーツが目立ってくる。それに従って、山野の青が消えてゆくのだ。

六月――、移動する青の一族。その隊列を横切るために、私は旅に出なければならぬ。

幼蛇

2012/09/10(月) 16:14:19 [【11-12】夏と愛と]

秋留野の幼蛇が黒く干からびた幹線道路で、
負けるものかと

『井上靖全詩集』より「十月の詩」

2012/09/10(月) 10:25:12 [引用▼日本]

はるか南の珊瑚礁の中で、今年二十何番目かの台風の子供たちが孵化しています。

やがて彼等は、石灰質の砲身から北に向かって発射されるでしょう。

そのころ、日本列島はおおむね月明です。刻一刻秋は深まり、どこかで、謙譲という文字を少年が書いています。

渓谷の饅頭屋

2012/09/10(月) 00:22:43 [【11-12】夏と愛と]

 御岳渓谷の某所に架かる歩行者用の細い橋の、JR青梅線側にある公衆便所の前で、柴犬を連れた老婆と、もう一人の老婆が立ち話を始めた。
 長い。
 しばらくすると、柴犬を連れていない方の老婆が、何事かをセッティングし始めた。自身の手製の茹で饅頭をこの場所で売るのだという。一個百円。保健所だか役所だかの許可は一応得ているらしく、その許可証のコピーを掲げている。
 何故よりによってこんな場所で? 駅前の路上詩人よりさらに無謀な挑戦だと思ったが、そうではなかった。ぞろぞろと橋を渡ってきたハイキングの老人の集団が珍しがって次から次へと買っていく。不思議だ。
 橋というのは異界と繋がるマージナルな空間で、商業という営みの始原もまた共同体の内と外とを繋ぐ境界的な意味を持っているという、一九八〇年代に流行った人類学や民俗学由来の、栗本慎一郎とか赤坂憲男辺りの著作が説いている社会理論をそのまま具現化した寸劇を見ている気にさせられた。

『井上靖全詩集』より「裸梢園」

2012/09/04(火) 19:07:35 [引用▼日本]

梢と梢とは、刃の如く噛み合って、底知れない谷を拡げていた。そこはいつも冷たい爽昧時であった。そこには、鴉の骨があちこちに散らばって、時折、その上を氷雨がぱらぱらと過ぎて行った。耳をすますと、いつも、乱れた幾多の足音が遠のいて行った。破れ傷ついた二月の隊列が、あてどなく落ちて行くのだ。



 現代詩の文脈では余り評価されていないのかもしれないが、井上靖の散文詩は私を強く励ましてくれる。散文に拠って自らの内面を表現する時の、一つの見本を示してくれているとまで思う。技法や理論の巧拙や高下は問題ではない。その率直さ、明晰さ、勇敢さに、強く励まされる。

塩船観音のアナベル

2012/09/02(日) 17:07:39 [短歌]

 (青梅市郊外の塩船観音はつつじの名所とのことで、その季節になると大変賑わうというが、盛夏ともなると訪れる人はほとんど居ない。アナベルという、アジサイに似た、地味な色の花が静かに境内に咲いている。午前中だけ少し雨が降った。)



アナベルの花とも思えぬ黄緑の花を見つめて
曇天に
居る



アナベルの花とも思えぬ黄緑の花を見つめる
暗い
七月

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