『加藤楸邨句集』より3

2012/10/29(月) 20:51:09 [引用▼日本]

冬の月焦土に街の名がのこり

霜荒の鋭心の果て神はなし

の極月の人を見てをり寒鴉

カト足を翼のごとくふりあへる(青条注:おたまじゃくしのカトがこのPCでは入力できない)

パン種の生きてふくらむ夜の霜
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西葛西メトロセンター

2012/10/29(月) 15:49:54 [【11-12】夏と愛と]

 西葛西メトロセンター
 地下鉄の高架駅下。
 地下では無いので、エチカには成れない。
 高架下なので、エソラにも成れない。
 
 二十世紀のエキチカビジネス。
 南砂町側の突き当りにあるマンガ喫茶は閑散として、人の気配が無い。



 豚カツ屋がやたらに多いのは、牛肉を忌避するインド人の街だからか?



 この街にはブックオフが無い。
 代わりにエンターキングがある。



 インド人は、駅の北側のURの集合住宅に一時期多く住んでいたが、今は全盛期ほどではないと、スパイスショップのインド人女性が教えてくれた。
 
 

『加藤楸邨句集』より2

2012/10/25(木) 12:22:30 [引用▼日本]

洋傘に顎のせて梅雨ゆくところなし

つひに戦死一匹の蟻ゆけどゆけど

生きてあれ冬の北斗の柄の下に

(石田波郷出征)
またあとに鵙は火を吐くばかりなり

蜘蛛夜々に肥えゆき月にまたがりぬ

詩人の居場所

2012/10/22(月) 00:42:58 [自由詩]

誰からも愛されないから、詩を書き続ける。

どこにも居場所がないから、詩集を売り続ける。

FFⅢの入力可能文字種について

2012/10/20(土) 23:44:10 [【11-12】夏と愛と]

 PSPで発売されたFFⅢはその数年前に出たニンテンドーDSFFⅢの移植版である。つまりはリメイクの移植版であり、80年代の終りにファミコンで出された同タイトルのオリジナルとは多くの部分が異なったものとなっている。そのことは当然に、当時を知るゲーマー達の間に議論を巻き起こす。
 技術環境の激変に伴い、グラフィック全般が3D化しているのはまあ順当であるだろう。主人公の四少年のうちの一人が少女になっていること、そもそも名前などなかった彼らにそれぞれ固有のデファクトネームが与えられているのは余計ではないのか? 黒魔道士及び魔人の弱体化、風水士の異常な強化は終盤のゲームバランスを崩してはいないか? オリジナルでは、最終的には打撃系の忍者と魔法系の賢者の二者のみにジョブが収斂してバラエティに欠けていたが、リメイクでは、全てのジョブに最終盤まで出番があるのは改良として評価して良いのではないか? 同様に、魔法使用回数がレベル別設定であることを生かして、白魔道士と導師との間に差別化が図られたのも改善ではないか? 超絶的な長さを誇る、あの伝説のラストダンジョンに、セーブポイントは必要か否か? 導師のネコ耳は現在の萌え文化を先取りしているのではないか、等等。
 そのような議論をすること自体がノスタルジックな娯楽であり、懐かしく楽しく罪の無い暇潰しであるのだが、知る限り誰も話題にしていないことが一つある。
 主人公達の名前を入力する際に、使用可能な文字列についてである。
 オリジナルのファミコン版の方が、選択肢が豊富であった記憶が、私には残っている。
 黒魔法表記の頭文字として置かれる黒丸、「●ファイア」「●バイオ」の「●」や、同じく白魔法の白丸、「○ケアル」「○サイトロ」の「○」、「カタスト」「バハムル」といった召喚魔法を表すグレーの丸印が、オリジナルにおいては名前入力時に使用可能だったはずだ。私はそれを使っていた。
 リメイク版ではそれが出来ない。そのことに私は一人で勝手に小さく憤る。
 70年代後半以降の日本に生まれた人間が、それぞれに子供の頃に遊んだテレビゲームについて回想を巡らせたり、思い入れを語ったりすること自体は特に珍しいことではないだろう。その中で、いつの間にか忘れていた大事な何かを思い出したり、自分自身を再発見することも、稀にはあるだろう。少なくとも私はそうだ。約号や記号と戯れる三文詩人としての自身の萌芽は、既にこんな所にあったのだ。

東京ゲートブリッジ

2012/10/12(金) 02:52:12 [【11-12】夏と愛と]

 目的地である東京ゲートブリッジに行くには、新木場駅から若洲海浜公園行きの都バスに乗らなければならないが、平日の日中はその本数がやはり少ない。待ち時間の間、全く秋らしさを感じさせない熱射に耐えて駅周辺を探索してみる。
 JR京葉線・東京メトロ有楽町線・りんかい線の三路線の乗換駅でありながら、新木場駅前には本当に商業施設が少ない。駅の高架下に入っている飲食店の他には、南口のバスターミナルの外れに一軒コンビニがあるだけだ。至近に首都高湾岸線と国道が走っている北側に進むと、一帯はいわゆる夢の島の公園の緑地となっていて、やはり繁華街らしきものは何も見当たらない。プールに向かうと思われる小学生の姿を見かける程度だ。
 バスに乗る。乗客はそれなりに居る。印刷関連・木工業関連の企業のオフィスや工場の間を走っていく。途中で降りる客も乗る客もほとんど居ない。東京ヘリポート前でも、誰も降りないし乗らない。海に近づくに連れて、足立ナンバーの車ばかりが列を成して路肩に駐車されているのが目に付く。また時折、右翼の街宣車両が打ち棄てられている。
 終点の若洲キャンプ場に着く。こんな所でキャンプなどをして面白いのかと疑問に思うが、面白いと思う人がそれなりに居るから、それなりに繁盛しているのだろう。その場内アナウンスの声が、スピーカーから聞こえて来る。
 若洲公園には、巨大な風力発電機がある。京葉線に乗る時、いつも南側の車窓から見えていたアレだ。勇んで近づくと、その風車塔には手塚マンガのキャラクター達が描かれている。そんなに風が吹いているとは感じられないのだが、順調に回転を続けるその巨大なブレードの真下に入ってみると、風を切る音が中々怖い。

若洲海浜公園風力発電機02

若洲海浜公園風力発電機01




 東京ゲートブリッジの歩行者用出入り口は、自動車とは異なる。橋が海にかかる直前に九階建てぐらいの昇降塔があって、そのエレベーターか螺旋階段を登って、ブリッジ上の歩道に至る経路となっている。この昇降塔はガラス張りで、その時点で眺望はかなり良い。大いに期待が膨らむ。
 塔の内部には生温くクーラーがかかっている。
 橋上に出る。眼下に見下ろす防波堤上の、海釣りスペースの釣り人達の小ささに、改めてその高さを実感する。この歩道はゲートブリッジの陸側に設置されているので、都内の様々な建造物が一望出来る。お台場フジテレビ、東京タワー、有明コロシアム、そしてもちろんスカイツリーも。
 海の上に差し掛かる。その眺望を、もちろんケータイで撮影してみたが、保護柵に遮られてイマイチ上手くいかない。
 この橋の向こう側は、現在進行形で造成中の新しい埋立地、中央防波堤だ。ここにもやはり、風力発電機が数基直立している。また中央防波堤側にも、若洲公園側と同じような昇降タワーがあるのだが、現時点ではまだ稼動しておらず、立入禁止となっている。来た道をそのまま引き返す。
 中央防波堤に向かう車には、やはりゴミ収集車が多い。それは当然だと思うが、見ていると、はとバスの姿も存外に多い。このゲートブリッジ自体も、それなりに新観光名所であり、また中央防波堤を経由してお台場方面にも行くのだろう。
 それにしても涼しい。海風が良く通る。この東京ゲートブリッジが竣工したとニュースで聞いたのは冬の終わり頃で、来たい来たいと思いながらこの秋までずっと来られずにいたのだが、今の季節でかえってちょうど良かったのかも知れない。
 


海風の通り道にただ立っている



 そしてまた、今自分が吹かれている風は、あの風力発電機のブレードを回しているのと同じ風なのだと感じる。この高さに立って、初めてそのことを知ることが出来たのだと思う。
 羽田空港に向かって下降していく旅客機の姿を、この橋の最大の特徴である骨組みの隙間から覗くことが出来る。そういう構図の写真を撮れたらカッコいいだろうなと思って試みるが、その一瞬のチャンスを捉えるのは風景写真よりもなお難しい。けれどもこの橋の鉄骨の内側の、まだ新しく汚れの無い塗装の、ブルーグレーのその鮮やかさだけは、確かに長く目に焼きついている。



まだ青く新しきその竜骨の隙間から見る飛影の近さに

『加藤楸邨句集』より1

2012/10/11(木) 02:25:45 [引用▼日本]

雪雲の天より暗き沼なりき

雪崩止四五戸が嶺と闘える

雪明り北陸線の夜となりぬ

外套を脱がずどこまでも考えみる

傷兵の生きて目に見る青蜜柑

NTTの通風孔

2012/10/10(水) 16:48:07 [【11-12】夏と愛と]

 地下鉄や地下道や地下駐車場の通風孔から吹き上げる風は単なる空気の流れだが、NTTのマークがある通風孔から上昇する風は、常に冷たく涼しい。明らかに人為的に冷却されている。もちろん、通信設備保全のために行われていることではあろうが、真夏の真昼の屋外で働くチラシ・ティッシュ配布員、飲食店呼び込み員、アンケート調査員などは、そのおかげで少し助けられている。都市の公共インフラが万人に等しく分け与える、意図せざる優しさがここにある。

【オープンマイク】「tamatogi」vol.15に参加して来ました【渋谷】

2012/10/09(火) 21:42:43 [お知らせ・近況報告]

2012年10月6日、渋谷円山町のバー「Space turbo Bar&Gallery」において開催されたオープンマイクイベント
「たまとぎ」Vol.15に参加して来ました。
私は近況報告を行った後に、
『ちぃばす麻布ルート』から、秋に関する作品を何点か朗読しました。

Space turbo Bar&Galleryさんのサイトはこちらです。
↓↓↓↓
http://www.kensscratch.com/gallery-space-turbo.html

主催者の桑原さん・イシダさんに御礼を申し上げます。
また私の著書を買ってくださった方、
拙い作品を聞いて下さった全ての方に改めて感謝を申し上げます。

接続詞

2012/10/09(火) 09:49:25 [【11-12】夏と愛と]

あの人と僕とを繋ぐ接続詞など見つからぬ故に、
未だに、

ガリポタ

2012/10/06(土) 01:57:21 [【11-12】夏と愛と]

 「ガリポタ」とは何のことかと思ったら、新しく発売されるガリガリ君コーンポタージュ味のことだという。それほど人が多いわけでもない私のツィッターのタイムラインが、夏の終りの或る日、突然その話題で賑わっていた。ヤフーのニュースでも2ちゃんねるでも噂になっているなと思ったいたら、売れすぎて製造が追いつかず、間もなく販売中止になるのだという。
 ああ、これは品薄商法だな、品薄であることを意図的に各種ニュースで話題にさせて購買意欲を煽る、予め計画された宣伝工作だなと思ったが、本当に入手不可能になる前に一度ぐらいは食べてみようとファミマで見つけて買ってみた。百円超という結構な値段がした。その黄色い直方体を齧ると、涼しさや爽やかさからは遥かに遠い濃厚さが口の中を満たす。本当にコーンポタージュの味だ。時折トウモロコシの粒が歯に当たる。
 そんなクダラナイ暇つぶしをしながら、こんなクダラナイことをそれなりに楽しめる程度には、自らの精神が平衡と日常性とを取り戻しつつあることを意識した。この長くて暑い夏において、私の精神は極限まで追い詰められていたことを改めて確認した。後になって、このガリポタとは関係無く、歳時記におけるトウモロコシは秋の季語であることをツイッター友達のある俳人から教えられた。

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