渋谷ヒカリエ

2012/11/30(金) 16:49:52 [【11-12】夏と愛と]

 谷という文字が冠されている通り、渋谷の地形は渋谷川によって削られた谷である。渋谷川の真上、つまり渋谷の谷底には東急東横線とJRの渋谷駅が直立し、東西の上り坂に向かって多数の橋を張り巡らせている。池袋や新宿などの他の副都心には見られないあの歩道橋網こそが、渋谷の最も渋谷的な景観、渋谷という空間の地理的な特質を明示している。
 渋谷駅東口の新しい複合商業ビル、渋谷ヒカリエに向かうには、地上からだとずいぶん遠回りになる。工事中のバスターミナルが経路を阻んでいるからだ。地下鉄駅ならば、地下通路で繋がっているのだが、東急東横から渡されている連絡通路を歩くのが、やはり最も標準的な経路だろう。もちろん、この連絡通路も渋谷という谷に架けられた橋の一本であり、この街が峡谷であることの証佐の一つである。(付言すれば、駅の反対側において同じ役割をしているのが、マークシティへの連絡通路である。)
 ヒカリエビルは、渋谷という谷の東側の斜面に不安定に積み上げられた積木のように見える。東京の他の再開発高層ビルと同じように、低層階に商業施設やレジャーやアートの施設、上層がオフィススペースとなっている。丸ビルや新丸ビルのようないわゆる「位牌型」でないところだけが、新しい。
 現代の建築家、建築界にはもう生産的なアイデアが決定的に枯渇しているのではないか? このような、奇を衒ったキマイラ的なデザインに逃避するぐらいのことしか出来ないのではないかと思料する。そしてそんな奇妙なアイデアを、現実の建築物として具現化しうる技術力だけは、日本の大手ゼネコンは高い水準で持ち合わせている。それが幸福なことなのか不幸なことなのか、私にはわからない。
 駅側からこのビルの二階に入る。建物の中をそのまま進む。青山六本木側から出る時は一階になっている。
 このビルは、渋谷駅へ入線している地上高架を走る銀座線をほぼ真上から観覧出来る、絶好のトレインビュースポットとなっている。ほぼ全面ガラス張りなので、非常に視界が良い。それがこのビルの最大の存在価値である。夕暮れから夜にかけてしばらく眺めていたが、シルバーの車体にオレンジのラインの、いわゆる普通のメトロ車両ばかりで、最近導入されたという全身オレンジの新型車両を見かけることは残念ながらなかった。
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【オープンマイク】吉読VOL.16に参加して来ました【吉祥寺】

2012/11/28(水) 21:57:16 [お知らせ・近況報告]

2012年11月24日夜、
吉祥寺のカラオケスナック「友友」(ゆうゆ)で開催されたオープンマイクイベント
「吉読」Vol.16に参加して来ました。

この日は「東西詩人交流会」も兼ねているとのことで、
関西からの詩人の方も、ゲストとして来られていました。

私は新刊『福島の向日葵に捧げる歌』より、
表題作「福島の向日葵に捧げる歌」を朗読してきました。
当日、私の拙いパフォーマンスを聴いて下さった皆様、
また拙著をお買い上げ下さった方に御礼を申し上げます。


「吉読」のインフォメーションブログは以下になります。
↓↓↓
http://blog.goo.ne.jp/kichidoku

(※主催の守山ダダマさんによると、定期開催イベントとしての吉読は、
次の一月が最終回になるとのことです。残念で寂しいことですが、
次回も可能な限り参加したいと思います。)

【委託販売】模索舎さんに『福島の向日葵に捧げる歌』をおいてもらいました。

2012/11/23(金) 23:37:19 [お知らせ・近況報告]

新宿御苑前のミニコミ書店、模索舎さんに新著『福島の向日葵に捧げる歌』を置いてもらいました。

模索舎さんのサイトはこちらです。
http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/

【書籍販売】ますく堂さんに『福島の向日葵に捧げる歌』をおいてもらいました【西池袋】

2012/11/14(水) 22:26:33 [お知らせ・近況報告]

池袋・西池袋の路地裏の個性派古書店「古書ますく堂」さんに、
新刊『福島の向日葵に捧げる歌』をおいてもらいました。

ますく堂さんには、前作『ちぃばす麻布ルート』や、
『電線上のハクビシン』もおいて頂いてます。

飲食店の内装や調度品もそのままに、
古本のみならず他では見かけない雑貨が揃ったトリックルーム、
古書ますく堂さんのサイトはこちらです。
↓↓↓
http://d.hatena.ne.jp/mask94421139/

ニキータの思い出

2012/11/12(月) 20:24:22 [【11-12】夏と愛と]

 酒席で昔の映画の話になった。若い女の殺し屋の内面を描写した昔のフランス映画『ニキータ』は、もたもた痴話喧嘩ばかりしていてちっとも話が進まず、今になっては詰まらない作品だ、ジャン・レノの出番も記憶していたほど多くなかったという年配の男性の発言に、私も同意した。この映画を最初に観た高校生の時も、実は私はそう思っていた。当時、この映画で感動した、泣いたとしきりに強調する級友が居て、どこが面白いのか全く分からないと反駁したことを思い出した。
 その級友は体格はなかなか良いのだが、人柄が大人しく、スポーツの類が全て苦手で、「牛」とか「ヘーゲル」とかいう仇名で呼ばれていた。「牛」はその緩慢な言動から、「ヘーゲル」は当時の高校一年のカリキュラムにあった「現代社会」という科目のサブテキストに載っていた哲学者ヘーゲルの肖像に似た外貌から、付けられた呼称であった。受験指導に特化した(とはいってもその実績は全然大したことないが)地方都市の公立高校で、風変わりなことにそいつはフランス語のクラブに所属していた。ホームルームで突然手品を披露して、その時だけは拍手を浴びていた。高一の時は同じクラスで、そいつも私も放課後は学校近くのゲーセンに集まる帰宅部男子集団の一員で、当時そのド田舎で流行っていた「ファイナルラップ3」(旧ナムコの筐体レースゲーム)を皆で一緒に遊んでいたが、二年に上がる時にそいつは理系・私は文系を選択したためクラスが別になった。
 それでも図書室や学校近隣のゲーセンでは時々顔を会わせてはいた。その後、誰が企画したのかは知らないが何故か、大して仲が良かったわけでもない高一のクラスの人間を集めた飲み会があった。その会場の「村さ来」(今は余り見かけないチェーン店の居酒屋)でもそいつの顔を見た。酔い潰れた小柄な狐顔の、全く人望のなかった元学級委員長を、親切にも家まで背負って送っていったと後になって聞いた。
 高校二年の文化祭の直前に、ゲーセンでその姿を見かけ、二言三言会話をしたのが最後であった。それからしばらくした晩秋の或る日に、電話連絡網で突然その死を知らされた。その、劇的な要素を微塵も含まない凡庸そのものの名称故に、かえって現在に至るまで鮮明に記憶に残り続ける葬儀会場「川島セレモニー会館」まで、高一の時の級友何人かと自転車を飛ばして通夜に向かった。我々の高校がある県庁所在地の中心部からはだいぶ距離があった。テレビドラマか何かで見た動作をそのまま真似て、型通りの焼香をし、棺桶に横たわり花束に挟まれたそいつと対面した。確か百合の花束だったと思う。女子の何人かは泣いていた。帰りは屋島を目印にとにかく海の方向へ、夜の田舎の幹線道路を皆で走った。
 翌日の朝、そいつのクラスの人間とともに、高一の時に同じクラスだった人間(つまり私達)も全員校内放送で呼び出され、学校が用意したバスに乗り込み告別式に改めて列した。結局あの時は怖くて死に顔を最後まで直視出来なかったと、後にある元級友が、学食で飯を食っている時にふと洩らした。私はそれを見ていないので、『ニキータ』のリメイクのアメリカ映画『アサシン』についての会話にはあまり参加出来なかった。

【高円寺】みじんこ洞に『福島の向日葵に捧げる歌』を置いてもらいました

2012/11/12(月) 02:11:06 [お知らせ・近況報告]

高円寺南口を東に歩いた食事処・ミニコミ書店『みじんこ洞』さんに、
青条の新刊『福島の向日葵に捧げる歌』を置いてもらいました。

http://mijincodou.cart.fc2.com/
ミニコミ・フリーペーパーに関する様々な人・モノ・情報が集まるみじんこ洞さんは、
餃子と丼物がとても美味しい大衆食堂でもあります。
ミニコミ関連、サブカル関連のイベントも随時開催されてますので、
興味をもたれた方はそちらのサイトをご覧になって下さい。

http://mijincodou.jimdo.com/

【新刊】『福島の向日葵に捧げる歌』を書籍化しました【自己満】

2012/11/08(木) 21:06:08 [お知らせ・近況報告]

2010年秋から2011年秋までに当ブログ上で発表した作品の中から、
百作品を選び『福島の向日葵として捧げる歌』として書籍化しました。
前著『ちぃばす麻布ルート』『電線上のハクビシン』などと同じくサイズは新書版、
カバーデザインもほぼ同じものとなっております。

今までの私の著作と同様、東京都西側の繁華街などで、
随時路上販売を試みていくつもりです。
(最近は主に阿佐ヶ谷駅や荻窪駅の近辺で路上販売を行っています。
販売活動についてはこのブログ上、またツィッターなどで随時お知らせします。)

都内各地のミニコミ書店、カフェなどにも販路を拡げていきます。

ご要望があれば代金引換郵便による直接販売も
行いたいと思います。
入手ご希望の方は、seijyomiu@yahoo.co.jpまでご連絡を下さい。
価格は、本体600円プラス送料を予定しています。

睡魔の魔

2012/11/08(木) 14:27:56 [詩文・俳文]

 睡魔を捕獲したい。
 睡魔を所有したい。
 睡魔を操縦したい。



 「魔」と名付けられた存在は何であれ、撃退、封印、もしくは再教育が可能であるという先入観が私にはある。
 ドラクエとファイファンと黄金期ジャンプ漫画によって育った私の中には、抜き難く存在している。

 「魔」という漢字は、小学四年の時から書けた。

『加藤楸邨句集』より7

2012/11/08(木) 01:54:34 [引用▼日本]

姫はじめ餓鬼の炎を負ひつづけ

優曇華は心尖りしとき見るな

葱の香は直進し蘭の香はつつむ

大西瓜他郷の雷に鳴られおり



優曇華~、葱の香~は口語俳句として面白い。
今読んでも新しさがある。

苦しい夏

2012/11/06(火) 23:24:16 [詩文・俳文]

 ほとんど雨が降らなかった今年の夏の間、私は自分の心の嵐を必死で押し殺していた。

 台風が来る季節には、私の心は死んでいた。

『加藤楸邨句集』より6

2012/11/06(火) 23:20:25 [引用▼日本]

メタセコイアは白亜紀の夢冬芽もて

蟹の視野いっさい氷る青ならむ

大鴉凍てし仏頭をつかみおり

亡き友ら来やすかるべく古火鉢

薔薇に立つ過ちは誰の過ちぞ

リア窮

2012/11/06(火) 01:01:52 [【11-12】夏と愛と]

「リア充」の対義語として「リア窮」なる造語を試みた。

リア‐じゅう【リア充】現実の社会生活において、異性関係・友人関係・教育歴・就職・経済状況などの諸要素が順調かつ円満に進展し、充ち足りた状態にある人物のこと。主としてそのような人物を揶揄・嫉妬・敵視する文脈において、「2ちゃんねる」などで用いられることが多いネットスラング。

リア‐きゅう【リア窮】現実の社会生活において、異性関係・友人関係・教育歴・就職・経済状況などの諸要素が蹉跌と艱難により挫折し、困窮した状態にある人物のこと。

『加藤楸邨句集』より5

2012/11/04(日) 23:03:14 [引用▼日本]

なほ焦土雪のしゅうせん(ブランコ)ひとりこぎ

※しゅうせんは(革秋+革遷)。
余りにも低知能なマイパソコンでは変換できない。

日さす葱閨中の語はみなわする

春の湖夜の氷の下明るし

蠅取れぬ蠅虎(はえとりぐも)と時過ぎぬ

青卍美濃と飛騨とへ落ちゆく水

都バス 西葛西→亀戸

2012/11/04(日) 16:46:08 [【11-12】夏と愛と]

 西葛西駅前は北側がタクシーロータリー、南側がバスロータリーと完全に役割分担をしているため、東西線から見ると北に位置する総武線方面に向かう路線も、南口から発車している。最初は両国行きに乗ろうと思ったが、本数が少ないため亀戸行きに変更する。平日の真昼のこのバスの乗客層に、特徴らしきものを見出すことは出来ない。
 インド人が多く住んでいることで少し前に話題となったURの集合住宅の横を通って左折し、程なくして荒川を渡る。どの河川でも、どの橋梁でも同じだと思うが、左右に大きく開ける視界の爽快感はいつでも心を明るくしてくれる。東京湾に繋がる南側の広やかさは尚更だ。地上に出て来たばかりの東西線の鉄橋が見える。
 渡り終えた西岸は既に江東区だという。短いバス旅の一番のハイライトはこうして開始早々にして終わってしまい、後は城東の区画整理された幹線道路を淡々と走って行く。
 ルートにはそれでも何度か屈曲があり、亀高橋というバス停を通過する。眠い。どこに橋があるのか良く分からない。或いは居眠りをして見逃したのかも知れない。次の北砂四丁目から北砂二丁目にかけてバスは明治通りに入り、終点の亀戸まで残り一直線に北進するだけだ。北砂二丁目は病院の正面で、人がたくさん乗ってくる。
 二丁目の次、北砂三丁目もやはり医院の前であった。バスはスムーズに進んでいく。イトーヨーカドー系の巨大ショッピングセンター、アリオ北砂を見るためにこの付近を以前歩いたことを思い出す。それにしても、城西エリアの、練馬、杉並、世田谷、あるいは武蔵野市辺りを南北に走る各種路線バスの鈍足とは比較にならない快適さだが、それはもちろん、遅延要因である踏切がこの辺りには全く存在しないからだろう。
 つまり、中央線のどこかの駅と西武池袋線のどこかの駅を結ぶバス路線は、その途中で必ず西武新宿線の踏切に引っかかる。小田急と中央線を結ぶバスならば、京王線の踏切だ。しかしここ江東区にはそれが無い。新木場から亀戸までほとんど一直線だ。
 都営新宿線の西大島駅前で、雨が強くなって来た。西大島と亀戸はそれほど離れていない。バスは総武線の高架下をくぐって、亀戸駅北口のロータリーに停止する。スカイツリーが近い。

 JR亀戸駅には当然のように、アトレが待っている。下町も山の手も等しく完全に無個性化する、JR東日本の領有権顕示装置。その屋上から眺めるスカイツリーは、中中悪くない。
 観光客が東京スカイツリーに行こうとすれば、大体の場合は上野か浅草を経由するのだろうが、この駅から北西に向かってひっそりと走る東武亀戸線でも、人はスカイツリーに向かうことが出来る。
 スカイツリーは当分の間、国内観光業の話題の中心を占め続けるであろうし、またブームが去った後も東武鉄道は永続的に主要観光地として猛宣伝を続けるだろう。その集客戦略の中心は勿論、スカイツリーライン=東武伊勢崎線であるだろう。亀戸及び東武亀戸線は、スカイツリーに対しては交通的な裏玄関に位置しているが、この新しい観光名所の登場によってどのような影響を受けるのか、受けないのか、今の時点では良くわからない。

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