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私はフェニックスである。

2013/02/28(木) 19:36:54 [【12-13】オレンジをアップデート]

私はフェニックスである。
もしくは、私にもし幽波紋(スタンド)があるとしたら、
その形状はフェニックスの姿で描写されるに違いない
という強固な確信が、
十二月下旬の凍雨に撃たれ続けた十六時間労働の帰路において、
不意に、
瞬時に、
電撃のように
全身を浸した。
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頼山陽「粟田にて戯れに作り、送行の諸子に示す」より

2013/02/25(月) 19:54:19 [漢詩漢文の勉強]

酒をとりて 旗亭 送る人に別る
禽声 草色 太平の春



禽声:鳥の鳴き声

川越街道と婆

2013/02/25(月) 11:30:03 [【12-13】オレンジをアップデート]

ばあさんが二匹川越街道を渡つて行つた。

アキバの白人ストリートミュージシャン

2013/02/23(土) 22:35:17 [【12-13】オレンジをアップデート]

 前世紀の終りにはまだ、秋葉原の夜は、早くて暗かった。電気街口には、酒場らしき店など何もなかった。午後八時にはほとんど全ての店がシャッターを降ろしてしまうので、ただ足早に立ち去るだけの街だった。
 十年ぐらい前からの一連の再開発で様変わりして、駅周辺には多くの飲食店が軒を連ねるようになった。大いに賑うその夜の喧騒の片隅で、一人のストリートミュージシャンを見かけた。アトレの北側、飲食店ビルとの間の歩道で、アコースティックギターを奏でる白人男性である。
 痩身で、声もまた細い。十二月の寒風によってその唄はかき消されてしまい、何を歌っているのかわからない。尤も、それが聞こえたとしても、英語かその他の外国語であるのだとしたら、やっぱり私にはよくわからないのだろうが。(何だかボブ・ディランブルース・スプリングスティーンのようだとも思ったが、それは要するに、私には洋楽史の基礎知識が根本的に欠落しているので、「アコギを弾く白人男性ミュージシャン」のサンプルがその二者しか無いということに過ぎないことを示しているに過ぎない。)
 外人、特に白人には非常に珍しいことに、彼のパフォーマンスからは自己顕示がほとんど感じられない。にもかかわらず彼の存在からは、明らかに空間を変える力を感じた。
 現在のアキハバラは過剰なまでに物語性と意味性を付与されている空間だ。オタクの街、萌え文化の街、ITの街、無差別殺人の街、AKBの街……。この街に投影された諸々のコンプレックスと自尊心とを無効化し、中和し、解除する、どこか修道僧的な禁欲と献身との力が、その決して力強いとは言えない演奏から放射されている。例えるならば、新橋辺りと同質の中立的な空間、普通のターミナル駅のくたびれた街角に、その周囲を変えてしまうような。
 彼が路上に置いた帽子には、まだ余り金が入っていない。そこに幾許かの小銭を付け加えて、この街では夕食を食べずに立ち去った。

アキバの白人ストリートミュージシャン02

アキバの白人ストリートミュージシャン01

頼山陽「読書八首」より

2013/02/22(金) 13:43:44 [漢詩漢文の勉強]

今にして勉めて齷齪するは
すなわち君父を欺くこと無からんや



齷齪:あくさく。こせこせすること。あくせくすること。

秋葉原UDXビルの幸福実現党

2013/02/18(月) 22:53:57 [【12-13】オレンジをアップデート]

 秋葉原UDXビルのシティビジョンが、幸福実現党のプロモーションを執拗に繰り返している。勿論、間近に控えた衆議院総選挙を受けてのことである。冬の青空に向かって、大胆にも正面から「原発推進」を連呼して憚らない。
 ゼロ年代の初め頃に、新宿アルタビルのシティビジョンで、白昼堂々と流される創価学会のCMを初めて目撃した時は少し驚いたものだが、今回の感想もそれに近い。けれども、新宿のシティビジョンの創価学会と、アキバの幸福実現党には、明確な差異があるようにも思える。前者には、世界で最も利用者が多い駅の、最も人が集まる、最も高い宣伝効果が望める場所という以上の特別な意味は何も無いが、後者はある特定の層への訴求を意識しているのではないか? つまり、秋葉原が発信する文化と親和性の高い、ネット文化経由の若い保守支持層、21世紀型オタクの一部分でも取り込む意図。
 秋葉原の街はイデオロギーを帯びている。いや、オタクというカテゴリーがイデオロギー性を帯びるようになったから、この街もまたそうなったのか? その前後関係が私には良くわかっていない。ただ、現時点の日本において、秋葉原は良くも悪くも最も話題性の豊富な街であり、それ故に政治的な闘争の主戦場にもなっているということは理解できた。
 UDXビルがあるのは、新世紀になってから再開発が進んだエリアで、支那語や朝鮮語が飛交う電気街のメインストリートからは少しばかり離れている。
 この年末の選挙戦においては、自由民主党もまた、その最高幹部をこの街に送り込んだ。投票日の遥か以前から多くの人々が予測していた通りに彼らは圧勝し、公明党を連立与党の一部として政権は交代した。民主党は惨敗した。幸福実現党は議席を獲得しなかった。
 

頼山陽「華臍魚を食ふ歌」

2013/02/18(月) 14:56:35 [漢詩漢文の勉強]

魚有り 魚有り 華臍と名づく
美なる哉 其の名 誰の題する所ぞ
蟹団 麝香 誇り得ず
味は圧す 玉膾と金韲と
京城 天寒くして 価は璧の如く
故人 雋を獲てザン客を会す
爐は紅に 鼎は沸きて 塩豉を下し
銀板新たに堆し 臘雪の白
雪片 鼎に堕ちて揺らぎ未だ消えざるに
すみやかに嚼めば 歯間 瓊液鳴る
肝は黄酥の如く 膚は紫菌
遍体 華腴 名の允なるを知る
聞く 汝は口をあけて食の来るを待つと
憐れむ可し 翻りて我が脣吻に到るを
葱を切り 橙をさきて 精神を助け
頓に覚ゆ 四肢に春温を回らすを
咲ふ 他の世人の河豚を嗜むを
脆美 真を乱すこと郷原の如し
嗚呼 汝 豈に渠と陰狠を同じうせんや
外は醜獰と雖も内は純融
口に蜜あり 腹に剣あるは李林甫
何如ぞ 吾が嫵媚たる魏鄭公を見るに



華臍魚:アンコウのこと
蟹団:蟹とすっぽん。美味いもの例え。
黄酥:クリーム
紫菌:紫のキノコ(きくらげ?)
遍体華腴:全体が美味で豊かである。

アンコウの旨さを延々と称賛する頼山陽の漢詩。
山陽はアンコウとフグを比較して、アンコウに軍配を挙げている。
この時代から、鍋の薬味に柑橘類を使っていることが、
「橙をさきて~」のセンテンスからわかる。

「好き」と「嫌い」とだけでは

2013/02/15(金) 19:49:29 [【12-13】オレンジをアップデート]

物事に対する好き嫌いが明確であるのは悪いことではない。
けれども世の中の全ての事象を
「好き」と「嫌い」との二種類に分類するだけでは、
自分自身の物の見方や、考えや、世界が広がっていかない。
結果として、自分の可能性を狭め、
誰よりも自分自身が、損をしてしまう。

「好き」と「嫌い」の二つ以外に、
「良くわからない」と「新しい」という二つの分類を
自分の中に作っておくことが、
君の人生を豊かにする。

「良くわからない」というのは、
その物事に関する知識や情報を持っていないから、
今の時点では自分では判断出来ない、という状態。
自分にとっての未知なる存在を認める、精神の謙虚さ。
まだ知らない人や知らないことがこの世界にはたくさんあることを、
率直に認める心。

「新しい」は文字通りまだ新しくて、誰もまだ知らないもの。
新しく発見された小惑星とか、新種のカエルとかナマコとか、
最近発明された便利な道具とか、新作の小説とかマンガとか音楽とか。
「新しい」ものやことは、今のこの瞬間も、世界のどこかで誕生している。
あるいは、発見され続けている。
「新しい」というのは、
未来に対して希望を持ち続ける知性。
知性であり、意志。

世の中の全ての事象を
「好き」と「嫌い」との二種類に分類するだけでは、
自分自身の物の見方や、考えや、世界が広がっていかない。
世界は
常に、
まだ、
「良くわからない」ものと「新しい」ものに満たされている。

そうしてそれは、どこかで静かに待っている。
きっと君を

頼山陽「疾あり」より

2013/02/15(金) 15:36:13 [漢詩漢文の勉強]


……
著書 鹵莽多し
誰か肯えて吾を助け成さん


鹵莽:ろもう。粗雑なこと。

バスの一番前

2013/02/13(水) 23:11:21 [【12-13】オレンジをアップデート]

 ある仕事に向かうために、通勤通学客で満員の、ある郊外住宅地の朝のバスに乗った。
 長い列の最後尾に並んでいたため、前方入口ギリギリの、車内最前部にかろうじて立ち客として乗ることが出来た。
 最近のバスは大抵がノンステップバスになっている。つまり、車椅子や老人に配慮して、車体前半部分の床を低くして、歩道との段差を極力無くすように設計されている。その床が低くなった分、車体前方の窓は広く大きくなって、非常に視界が良い。狭小な住宅地の車道を巧みに曲がって、入り込んで、進んでいくその光景は、なかなか見応えのあるパノラマである。
 またその運転席も、改めて見ると最新鋭の機器に取り囲まれ、一段高くなっている。コクピットの様である。何だかカッコイイ。
 私は今までに何本かのバスエッセイを書いてきたが、バスの車窓を楽しめる席と言えば、どこよりもまず最後列の左端だと思い込んで全く疑うことなどなかった。最前列の眺望がこれほど素晴らしいものだと初めて知って、自らの不明を少し反省し、この新発見を喜んだ。

頼山陽「~吾は安土公を得たり」

2013/02/13(水) 13:40:04 [漢詩漢文の勉強]

艱危 寧んぞ料らんや 狐 尾を濡らさんとは
顚躓 誰か悲しむ 狼 胡を跋むを
七道の荊榛 鋤きて未だ了らず
一半を留めもって家奴に伏す



艱危:かんき。危難
狐が尾を濡らす:事が成就しようとして難に遭う。
狼が胡を跋む:身から出たさびで危険に遭う。
荊秦:雑草と雑木。荒れ果てたさまや、邪魔なものの例え。

持続するもの

2013/02/09(土) 16:40:44 [自由詩]

点滅はしても、
消滅はしない。
休むことはあっても、
止めることはない。

頼山陽「所見」

2013/02/08(金) 21:31:05 [漢詩漢文の勉強]

薩南の村女 可憐生
竹策芒鞋 暁晴をおう
果下の薪を載するは皆な牝馬
一人能く数駄を領して行く



果下:果樹の下を歩けるような背丈の低い馬。

東急東横線と山手線の間の正体不明の畑

2013/02/07(木) 21:48:05 [【12-13】オレンジをアップデート]

 代官山渋谷間において山手線の内側に入り込む東急東横線と、その山手線埼京線が走るJRの高架との間は、渋谷の中でも良くわからない空間だ。区のゴミ処理工場の煙突だけが自己顕示をしているこの谷間のような領域には、それ以外の情報が全く何も無い。
 その謎の谷の底に、正体不明の小さな畑を発見した。東横線上り電車の車窓を眺めていたある冬の夕方のことである。渋谷の街に畑? 区民農園か何かか、それとも全くの個人の趣味か? 一体何を育てているのか? この領域の謎は私の中で更に深くなった。
 けれども近い将来に東横線は東京地下鉄副都心線と直結して、その渋谷駅も完全に地下化してしまうという。渋谷代官山間のどの地点で東横線が地上に出てくることになるのかは知らないが、東横の高架が無くなって、この不思議な谷間も谷間でなくなってしまえば、正体不明の畑も正体不明なままに何時の間にか無くなってしまうような気がしてならない。

頼山陽「長崎の謡十解 その一」

2013/02/05(火) 22:03:15 [漢詩漢文の勉強]

火海の松魚 始めて街に上り
火雲 稍や乱峰の堆きをなす
連朝 坤井 風方に熟す
等しく待つ 洋船の港に入り来るを



松魚はカツオ。
初カツオが出回る初夏は、長崎においてはまた
オランダ船が入港する季節でもある。
青空に入道雲が伸びゆく港町の夏の風景。

【オープンマイクイベント】「Tamatogi」Vol.17に参加して来ました【渋谷】

2013/02/04(月) 21:18:05 [お知らせ・近況報告]

2013年2月2日、渋谷円山町のバー「Space turbo Bar&Gallery」において開催された
オープンマイクイベント「Tamatogi」Vol.17に参加して来ました。
この日私は、自らの不注意で遅刻をしてしまったために、
一番最後の出演となりました。
新刊の『福島の向日葵に捧げる歌』から、
「詩に殴られたい」と
「桜の木の下には肥料が埋まっている」を朗読しました。

Space turbo Bar&Galleryさんのサイトはこちらです。
↓↓↓↓
http://www.kensscratch.com/gallery-space-turbo.html

いずれの作品も笑いを取りました。
(「桜の木の下~」から坂口安吾を連想したという
感想を伝えて下さった方がいましたが、
青条がこの作品を創る時に念頭においていたのは、
一応、梶井基次郎です。
でも、安吾でも不正解ではないと思います。)

主催者の桑原さん・イシダさんに御礼を申し上げます。

頼山陽「~鯨肉の供する有り」

2013/02/01(金) 21:39:14 [漢詩漢文の勉強]

巨鬣 潮をあげて雪花を噴き
万夫 矛をあつめて海門かまびすし
肥海 鯨を捕ること 耳曾つて熟す
何ぞはからん 鮮肉 歯牙に到らんとは
片片たる肪玉 芳脆を截る
金虀玉膾 曷ぞ能く加へん
他日食らふ所は真味に非ず
塩蔵 況や運路の遐き経るをや
君見ずや 先候の戈せん 豕蛇を殪せしは
此者 セビレをおさめて鉄叉に上がりしがごときを
多士方に遭う 偃武の日
取りて文酒をすすめて柔嘉を愛す
……



佐賀を訪れた山陽が、獲れたての鯨肉を食した時に詠んだ長詩。
鯨の美味を讃える美辞麗句が延々と続く。

ブックオフ新宿東口店

2013/02/01(金) 00:08:34 [【12-13】オレンジをアップデート]

 新宿駅の東側には、以前は幾つかの古本屋が存在していた。
 例えば、甲州街道のガード下をくぐった南の路地裏にはかつて「畸人堂」という古書店があった。割とオーソドックスな古書店で、人文書や学術書からマンガやアダルト書籍までをそれなりに揃えていたのだが、ある年の夏に店を畳んでしまった。当時の私は、散文詩や短詩やエッセイを書き始めたばかりであったが、その店の消滅を惜しんで俳句に残している。その作品自体には全く何の価値も無い、むしろ抹消したいぐらいの拙劣なものであるが、例え長く恥を晒したとしても、ある時代のある街の風景を自分なりに活字にとどめておいたことは良かったと思っている。
 また、新宿二丁目のあたりには、ブックマートがあった。チェーンの新古書店の一つである。店頭のワゴンにコンビニコミックが並べられ、店内もやはりマンガ棚の比率が高かった。この店は「畸人堂」よりは長く存在していたように思うが、やはりある年の冬に閉店をする旨の貼り紙を出して、その予告通りに無くなってしまった。
 こうして新宿の東側は、古本屋の空白地帯となった。その一方で、誰も望んでいないのに、空気もビジネスも読めないジュンク堂がしゃしゃり出てきて、LOFTが撤退した後の三越で商売を始めた。当然のように失敗して、数年で店を閉じることになった。前述した古書店二軒の消滅は、新宿の街にとっての文化的な痛手として惜しまれることだが、ジュンク堂の頓死は別にそんなことは無い。たかがジュンク堂如きがと、私は思っていたし、今でも思っている。
 ジュンク堂が消滅した春に続く夏の或る日に、そのジュンク堂が入っていた三越の向かい側に、ブックオフが開店した。ブックオフ新宿東口店である。家具屋やインテリアショップのビルの上層階に入っている。
 店内は、どこにでもある普通のブックオフである。その内実よりも、やはりこの場所に店を構えたという事実に、小さくない意義がある。渋谷のブックオフが、センター街の外れのコインパーキングの隣であるのに比べ、この通りは三越・丸井・伊勢丹・家電量販店が立ち並ぶ新宿東口経済圏の中心地だ。そして何より紀伊国屋の本店が至近距離だ。
 ブックオフの商法に対しては様々な意見があるのかもしれないが、この登場を待ち望んでいた者も、少なくないはずだ。私はそうだ。同店の登場によって、新宿駅東側の古書店大空位時代はようやく終りを告げるのだ。そうして渋谷・新宿・池袋の副都心三駅の、その最大かつ最後の領域を、ブックオフはその版図に組み入れることに成功したのだ。

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