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超月光

2013/07/31(水) 21:37:13 [【12-13】オレンジをアップデート]

 (スーパームーンとは、月と地球との距離が特に接近した時に見られる、通常より巨大な満月のこと。漢語に直訳すれば「超月」。ならばその月光は「超月光」だろうか? 何だかロマサガ辺りのRPGの必殺技にありそうな字面だ。)



超月の
超月光に照らされた誰一人として
超人ではない
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東京地下鉄池袋駅2b出口

2013/07/31(水) 03:05:17 [【12-13】オレンジをアップデート]

 東京メトロ池袋駅は、主に二つの部分に分かれている。丸ノ内線副都心線とのホームに繋がる北側の改札と、有楽町線に入るための南側の改札だ。北側の通路は、東京メトロのエキナカ施設、エチカ池袋として数年前に大々的に整備され、様々な商業施設、飲食店が集住する賑やかなエリアとなっている。これと比較すると南側の通路は幅も狭く、人通りもさほど多くない単なる普通の地下道といった感じである。
 南側の地下道は池袋西口公園の真下に当たり、東京芸術劇場の地下ホールに直結している出口がある。2b出口である。大規模な改修工事を昨年終えたばかりのこの文化施設を訪問する人にとっての、近道である。
 その2b出口の脇に、喫茶店がある。外観を眺める限り、価格設定がやや高いというだけの、普通の喫茶店のようである。多種多様な飲食テナントが隣接しあう北側の地下道ならば特に珍しくもないが、南側通路のこの場所に、一軒だけこんな店があるのは、なんだか淋しくて場違いなようにも見える。
 朝から夜まで営業している。見ているとそれなりに客が入るようだ。朝はモーニングメニューがあり、夕方以降はアルコールも出す。観劇・観賞後の演者月旦で盛り上がっているのか、酔客の上機嫌な笑い声が、地下道の遠くまで時折拡散する。
 この店は、ある種のセキュリティ施設なのではとふと思った。さほど広くもない、人の気配も少ないこの南側の地下道においては、警備の間隙をついて犯罪が起きる可能性も無いとは言えない。何しろ池袋である。その可能性を、この場所にあるこの店の明るさが、予め封殺しているのではないかと思った。北側の、メインの商業ゾーンからは離れ小島のようではあるが、地下街全体の地図で確認すると、この店も一応はエチカ池袋の一員である。そのような治安効果までを明確に予測して、この配置を決定した人物がもし居るのならば、かなりのキレ者だろう。芸術劇場の休館日である月曜日もこの店は営業している。



地下道を選んで進む雨の夏至



地下道でウォーキングする雨の夏至



梅雨寒とクーラー寒との境目も分からないまま地下街も雨

【朗読イベント】第二十五回朗読バーに参加してきました【豪徳寺】

2013/07/30(火) 13:30:50 [お知らせ・近況報告]

豪徳寺のバー「S.GRAVITY(エスグラビティ)」で、
2013年7月28日に開催された朗読イベント、
「第二十五回朗読バー」(主催:あしゅりんさん)に参加してきました。

自著『ちぃばす麻布ルート』より「夢ではなく意志を持て」を朗読してきました。

主催者のあしゅりんさん、また私の拙い朗読を聴いて下さった他の参加者の方々、
お店のマスターに御礼を申し上げます。


「S.GRAVITY(エスグラビティ)」
世田谷区豪徳寺1-45-2-2F
03-3420-7973

朗読バー主催、あしゅりんさんのブログ:
http://blog.livedoor.jp/usubakagerounikki/

【神楽坂】OpenMic/wonder-words、Vol.13に参加して来ました【オープンマイク】

2013/07/22(月) 19:49:33 [お知らせ・近況報告]

神楽坂のカフェ、キイトス茶房さんにて、2013.7.21に開催されたオープンマイクイベント、
OpenMic/wonder-words、Vol.13に参加して来ました。

青条は、自著『福島の向日葵に捧げる歌』より、
「夏至の牙」「太陽下の騎士」などの、
夏に関連する短歌系作品、短詩形作品を数点朗読してきました。
また合わせて。現在編集作業中の、
次の書籍についても宣伝させて頂きました。

今回は、普通のオープンマイク形式のイベントでした。

主催者の方々(rabbitfighterさん/しえろ文威さん)と、
当日私の未熟な朗読、また未熟な解釈を聴いて下さった皆様に、御礼を申し上げます。

OpenMic/wonder-wordsのブログ
http://wonderwords.seesaa.net/

キイトス茶房さんのサイト
http://kiitosryo.blog46.fc2.com/

鯉の夢

2013/07/21(日) 20:47:57 [【12-13】オレンジをアップデート]

雨に打たれ龍の夢見る鯉の池

ジェラール・ドゥヴィル夫人「なぐさめ」より

2013/07/20(土) 11:57:13 [引用▼海外]

徒に喞ち給うな霊妙なる悩みごこちを。
なべてかの幸ある人はその胸にとどろきわたる
神寂し鼓動のこえに心して耳かたむけず。
なべてかの幸ある人や、うつそみの生を知らじ。

徒に喞ち給うなかくばかり苦きをしへを。
過ぎ去りて消えゆくものをいや深く君は知らむに。……
寂しさとひたと寄り添い、かくてこそ味はい得むに
うら枯れし苑生のなかにゆふぐれの絶え入るさまを。



斎藤『近代フランス詩集』より

桜桃忌の曇天

2013/07/20(土) 00:27:20 [【12-13】オレンジをアップデート]

降るはずの雨も降らずに桜桃忌



空未だ曖昧なまま桜桃忌



涙など
本当は嘘
ユダの天

ロズモンド・ジェラール夫人「森の牝鹿」より

2013/07/19(金) 23:36:29 [引用▼海外]

……
花の旗かざりつくした野うばらの茂みのなかに、
ものみなを凝とみつめる金色の牡鹿のひとみ。
そして、ああ、牝鹿の姿の、たをやかさ、女らしさは、

いつもその牝鹿のままであろうとはとても思へず、
星そらの夜ともなれば、きつとあの姫君であり、
ひるまだけ、森の牝鹿になるのだと、そんな気がする。

 

斎藤『近代フランス詩集』より

二つの素数

2013/07/19(金) 16:18:58 [短歌]

俳諧と歌風の不同意。
十七も三十一も素数の故に

ロズモンド・ジェラール夫人「しだれ柳」

2013/07/19(金) 09:05:57 [引用▼海外]

柳よ、景色のをののきよ、
ゆふべの風への服従よ、
鏡をのぞく物おもひ、
葉むらを気どる髪の毛よ。……

希望をもてと大空が
力を添える気の弱さ、
知らずに小鳥を宿す胸、
嵐に委ねた運命よ。……

涙の雨の姿して、
愁いに沈む額して、
しだれ柳よ、そなたこそ、

生の川にうつむいた
わたくしたちの面ざしの
儚い素描じゃないかしら。



斎藤『近代フランス詩集』より

星の街で

2013/07/19(金) 00:26:25 [【12-13】オレンジをアップデート]

この星の
グーグルマップが網羅する街で、
路頭に迷う人の夜

ヴァレリー「海辺の墓地」より

2013/07/18(木) 20:42:24 [引用▼海外]


……
ゼノンよ、過酷なるゼノン、エレアのゼノン、
そも、なんぢ、発止とわれを射止めしや
ふるへ、飛べども、飛ばずてふ、翼ある矢もて。
音、われを生みて、矢、われを殺すなり。
ああ、太陽よ、……魂にとりて、何たる
亀の影、駿足、不動の、アキレスぞ。

否、否、……起てよ、継起する時代のなかに。
砕け、わが身、かかる思考の形態を。
飲め、わが胸よ、生れいづる風のさやぎを。
爽やかさ、海の面より立ち昇り、
われは覚めたり、……塩の香にみてる力や。
いざ、波に馳せ入りてこそ、よみがえらむ。
……




斎藤『近代フランス詩集』より

ブックオフ新宿西口店

2013/07/18(木) 02:56:11 [【12-13】オレンジをアップデート]

 高層ビルに包囲された新宿西口の商業エリアの一角で配られているポケットティッシュの袋に、ブックオフの新店舗が開店したと書かれている。配布バイトの若者に場所を尋ねると、やはり新装開店した洋服の青山の上層階に、この五月末に出来たのだと言う。行ってみる。そのビルの三フロアが同店である。基本的には従来のブックオフと全く何も変わらない。
 新宿駅近辺のブックオフとしては、かなり以前から小滝橋通りに小さな店舗が一店存在していた。だが、本格的な大規模店舗の展開は、渋谷にすら遅れを取っていた。
 渋谷センター街店が二〇〇八年夏。(青条の著作だと『電線上のハクビシン』の時代に対応。)
 池袋サンシャイン60通り店が二〇一〇年冬。(青条の著作だと『ちぃばす麻布ルート』に対応。)
 続いて、新宿東口店が二〇一二年夏(ジュンク堂新宿三越アルコット店の閉店とほぼ同時)である。
 上野広小路店が二〇一二年秋には開店し、次はどのターミナル駅に挑むのかと思っていたが、新宿エリアでの地盤を固める方針を選択したようだ。
 その選択は、まあ理解出来る。関東地方ににおいて渋谷池袋新宿上野と同格のターミナル駅は、最早品川と、東京しか残されていない。そのいずれの駅周辺も、観察するところブックオフの進出はかなり難しい。かろうじて可能性がありそうなのは、東京駅の八重洲側ぐらいか?
 ここを突破出来れば、東京六大ターミナル制覇に文字通り王手をかけることが出来るのだが……。
 
 マンガ文庫本の百均棚で二冊買った。
 どこのブックオフでも、またどこの古書店でもするのと同じように、講談社文芸文庫、同学術文庫、平凡社ライブラリーなどの棚も一通り確認してみたが、今日のところは特に掘り出しものは見つからなかった。
 一階の、洋服の青山では開店セールをやっていた。ワゴンに積まれていた五百円均一のネクタイから一本選んだ。



ネクタイを選ぶこととは妥協することと同義と再確認する
 

ヴァレリー「海辺の墓地」より

2013/07/15(月) 18:23:39 [引用▼海外]

……
シャベルの投げし幾杯の重量の下に、
土となり、われらが足を見分けざる、
遠つ祖ら、住み手なき髑髏のむれよ、
否みえぬ蛆虫、真の毀傷者は、
墓穴に眠る卿らに関わりあらず、
生をこそ餌となし、われらを去らぬなれ。

恐らく、愛か、おのれへの憎しみなるか、
秘かなる歯は、いとわれに近ければ
いかなる名もて呼ばふとも、これに相応はむ。
ままよ、そは、見、欲し、夢み、触るるなり。
そはわが肉をよろこべば、臥所にあるも
なほわれは、この生きものの奴隷なり。

…中略…

否、否、……起てよ、継起する時代のなかに。
砕け、わが身、かかる思考の形態を。



斎藤『近代フランス詩集』より

東急ハンズ渋谷店送迎バス

2013/07/15(月) 15:36:42 [【12-13】オレンジをアップデート]

 東急ハンズ渋谷店の前を通りかかったら、渋谷駅前行きの無料送迎バスが発車する所だったので、乗ってみることにした。

渋谷東急ハンズ送迎バス


 バスと名乗っているが、マイクロバスですらなく、ボックスワゴンを改造したような小さな車である。
 センター街の方を通ってまっすぐ駅まで向かうのかと思ったら、そうではなかった。何故かNHK代々木公園の方向へ走り出す。そのまましばらく走る。山手線の方向へ右折する交差点で、ロボットレストランの宣伝を振りまくラッピングトレーラーとすれ違う。歌舞伎町に所在する同店の宣伝がこんな所にまで。よほど景気が良いのであろう。
 右折を何度か行い、進行方向を南向きに変えて進む。109‐2脇の車道から、渋谷の北側に出て左折し、JRのガード下で停車する。ワゴンの運転席を降りた運転手が車体の左側に回り込んで手動でドアを開ける。自動ドアですらない! 降車する乗客に丁寧にお辞儀をする。その、神経質なまでに完璧主義的な接遇態度に見合うだけの正当な給与を貰っているのか何だか心配になる。
 このバスはここからまた客を載せて、東急ハンズへ向かうのだろう。
 ナンバープレートをチェックするのを忘れた。このバスが、2ナンバー、法規上におけるバスなのかどうかは、だから良く分からない。
 円山町の某所へ用事がある私にとっては、このバスに乗ったことは全くの無駄であった。駅から再び西へ歩くと、今度は東急百貨店渋谷本店の無料送迎バスを見つけた。形状は、ついさっき乗ったハンズの送迎バスと似たりよったりで、ただ塗装が違うというだけのように見えた。
 これらのバスに加えて、この街にはさらに代官山渋谷とをつなぐ東急トレンセのワインレッドのバスがあり、また渋谷区のコミュニティバスであるハチ公バスも走っている。谷という文字を含んでいる通り、起伏の多い巨大商業地という渋谷の街の性格が、これら様々の小型バスの生息環境となっているのだと思った。
 東急百貨店の無料送迎バスに乗ってみようとは全く思えなかった。駅前まで引き返すのはもうたくさんだ。

渋谷東急送迎バス

フランシス・ジャム『小曲』より

2013/07/11(木) 22:41:32 [引用▼海外]

わたしは今でもおぼえている、あの森かげの、あの花を。
楡の若木のうろにいたあの昆虫を。鴫一羽
パッと飛び立つそのさまがまだ目に浮かぶあの狩猟を。
とある畑で飲みほした、あの一杯の真清水を。

……

あの声とまた、あの心、あの顔と、あのくちびると。
あちらの方でも、どうかこのわたしをすつかり忘れ果て
あのふたすぢの情火から跡形ひとつ留めぬやう。

思い出はただ、春のばら、それから、夏の蜜蜂や、
草のしげみに野兎が躍ってつけた足あとや、
つまり、ふたりのあの頃と遠い何かであつてくれ。



斎藤『近代フランス詩集』より

滑走路が必要な鳥は居ない

2013/07/09(火) 18:12:46 [【12-13】オレンジをアップデート]

滑走路が必要な鳥は居ない。
だからお前も、飛びたい時に飛びたいように飛べば良い。
それを妨げているのは、ほんの小さなためらいだけであって、
必要なのは助走ではなく、ただ決意だけだ。

アンリ・ド・レニエ『もてなし』より

2013/07/09(火) 13:20:11 [引用▼海外]

……

歳月は
肩に重く、そのこよなく勁きにさへ、
死せる時刻のありとある重みもて
のしかかる。
歳月は
厳しく、須臾にして鬢髪は霜、
而して儂は既にして夥しい日数を生きた。
歳月は重い。……

怪しみながら、二人とも凝と儂をみつめていた、
異るさまに想い描いていたその人が
つと起ち上がって招じ入れるのを。
見れば祖服を身につけて、額あらはに、
脳裡に描いたその人と打って変わって、
緋衣も纏わず黄金の月桂冠も戴いていない。

碑文谷から見たヒカリエ

2013/07/09(火) 00:26:54 [【12-13】オレンジをアップデート]

 目黒碑文谷ダイエー最上階のフードコートから、渋谷・新宿方向を望んだ。
 このように少し距離をおいて観察すると、渋谷はそれほど高層建築が多い街ではない。新宿と比べて、その林の密度は明らかに劣っている。
 積木のような外観を誇るあの渋谷ヒカリエも、これぐらい離れると、さほど自己主張が強くも珍妙にも感じない。表面に多少工夫を凝らしたというだけの、高層ビルのワンオブゼムに過ぎない。
 巨大建築物の設計者は、果たしてどのスケールにおいて鑑賞されることを念頭にそのデザインを決定しているのだろう? 近距離なのか、今ぐらいの距離なのか、それとも航空写真ぐらいの遠大なスケールなのか? 私達の文明は、現時点において何だかとても中途半端な段階にあるような懐疑を抱く。しかしそれは、今の自分自身が中途半端な存在であるから、そのような考えに捉われてしまうのではないのかとも思う。このフードコートは面積はさほど広くはないが、うどんと蕎麦とラーメンの店がそれぞれに独立して存在するので、麺類に関してはそこそこ充実している。

ジュウル・ラフォルグ「深淵の閃き」

2013/07/08(月) 17:45:13 [引用▼海外]

おれはきらめく星の中、物見櫓の上にいた。
突如、襲った眩暈。パッと閃く稲びかり。
おれは怖れと愕きにわななきながら、まざまざと
広大無辺の「宇宙」の謎の深みを透し見た。
ひとりぼつちか、何もかも。何処にいるのか、このおれは。
この塊はおれを載せ、ぐるぐる廻つてどこへ行く。
しかも――――死ぬ、死ぬ、かしまだつ、わけも解らず、ええ、畜生、
月日は去って還らず、か。停まれ。さりとて、享楽か。
何しろおれは無智蒙昧。たぶん、未来は、あそこかな、
それもわからぬ。暗闇の中にいたのが、生れ出た、
何故か。そもそも宇宙とは、どこから、どこへ。司祭とて
一介の人。誰ひとりなんにも知らぬ。現れよ、
神よ、久遠の証人よ。言え、何ゆえの生なりや。
すべて沈黙。空間は情け知らずか。待ってくれ、
星たちよ、まだ、死にたくない。頼む、おれは天才だ。
ああ取り返しのつかないような、どんなものにもなりたくない。



斎藤『近代フランス詩集』より
おそらくは同書収録作品中の最高傑作

詩人には蝶を殺す必要が無い

2013/07/07(日) 01:10:53 [【12-13】オレンジをアップデート]

詩人には蝶を殺す必要がない。
詩人は何も殺さなくても良い。
大抵の博物学者、
或いは生物学者は、
その任務(ザッヘ)であるところの、学術的な研究のために、
無辜の生命に対する殺害行為を、
多かれ少なかれ行わなければならないが、
詩人にはその必要はない。
捕獲すら行わない。
美しいものを、ただ眺めているだけで、許される。

古生物学者は例外だ。
彼は地層や岩盤を削り取るかもしれないが、
何も殺さない。
悠久な時の作用により無機物と化した太古の生命の痕跡を、
知的誠実さに基づいて解読するだけだ。

だから、古生物学者と詩人とは、隣人である。
二人はきっと、良き友人に成れる気がする。

『不純欲望肯定』

2013/07/03(水) 01:43:57 [自由詩]

純粋理性批判の逆は、
不純欲望肯定である。

……それで、いいのか?

ジュウル・ラフォルグ「死者忘却の嘆きぶし」より

2013/07/02(火) 15:55:25 [引用▼海外]


……
死んだ奴らの
 慎ましさ、
涼しい穴に
 ぐっすりと。

健啖でしたね晩餐は、
例の事件はいかがです、
いや、死産児といふ奴も
じつとしていやしませんな、

書き入れなさい、家計簿の
舞踏会費がしかじかと
続くあたりに、さりげなく、
墓の維持費と、読経代。

あなおもしろの
 人の世や、
楽しからずや、
 いかに君。

……

情け知らずに振舞われたら、
大きな月の出る晩に、
足を掴んで皆さんを
曳きずり出そうと知りませぬ。

うるさい風が
 吹き捲くる
亡者はいづこ、
 旅の空……



斎藤『近代フランス詩集』より

猿魚

2013/07/02(火) 13:34:40 [詩文・俳文]

 人魚は居るが、猿魚は居ない。
 人魚・半漁人・ウンディーネ・河童……。名称は何でも良いのだが、人間の生活圏に存在する水系・水資源を擬人化し表象するイメージとして、彼/彼女達は創造された。いずれも水棲生物と人間との合成種であり、身体の基本構造は人間の形状をしているが、あるものは下半身が、またあるものは手足の一部が魚類のものとなっている。
 しかし人間は、本来は猿から進化したもの、の筈である。
 そうである以上は、猿魚が居ても、おかしくはない。
 しかしながら、管見する所、どの文化圏の民俗世界もそのような生物を想像しえない。何故ならば、当然のことではあるが、人間の世界認識は人間を中心に構成されているからである。
 現代のキャタクターデザイナーも、今のところ猿魚なるものを発想していないようである。
 誰か創ってみても良いのではないか?

アルベエル・サマン「クレオパトラ」より その2

2013/07/02(火) 00:23:30 [引用▼海外]

……
狂おしく築山たかく直立てし処女なる身体、
熟したる果実さながら、恋ゆえにはちきれむとす。
裸身に、わななきふるへ、碧瑠璃の下にたたずみ、
肌ゆるくむさぼる風に、灼熱の蛇体の悶え。

褐色の双の眸は閃閃と光発ちて、
今宵、わが肉体の香に、世を挙げて匂へ、と希ふ。……
おお、夜の大気に散らふsexeのかぐろき花よ

倦怠の沙漠にありて、スフィンクス、えこそ動かね、
打ち黙す石の身ふかく浸み徹る火を覚ゆれば、
広大の無辺の荒野、その下に波立つ気色。



斎藤『近代フランス詩集』より

初夏の計画

2013/07/01(月) 19:55:53 [【12-13】オレンジをアップデート]

百均で虫籠一つだけを買うスーツの男の初夏の計画

アルベエル・サマン「クレオパトラ」より1

2013/07/01(月) 15:37:02 [引用▼海外]

……
褥かさねて臥し沈み、絶え入るさまに洸として、
菫の色の瞼とぢ、夢みる姿、身じろがず。
秘めて語らぬ恋やみの、燃ゆる懈さ告ぐるかに、
双の乳房のもちあぐる、重き黄金の頸かざり。

塔、碑のいただきに、別れのひかり、紅淡く
影やはらかきゆふぐれの、心を奪ふ妖はしさ。
さもあらばあれ、遠方に、啾啾と啾く鰐のこえ。

女王は指もひきつりて、溢るる思ひに咽び泣き、
髪ことごとく吹く風に梳りては解きほぐす
淫りがましく、巧みなる、手こそ覚ゆれ、わななきぬ。



斎藤『近代フランス詩集』より

京王バス 永福町→高円寺南口

2013/07/01(月) 14:45:15 [【12-13】オレンジをアップデート]

 井の頭線永福町駅は、基本的には住宅街の中に位置しており、周辺にそれほど商業施設が多いわけではない。駅出口の近くには取りあえずドトールとケンタッキーとパチンコ屋とがあるが、マクドナルドは存在しない。駅周辺よりも、むしろ駅ビルの各階層に、生活上必要と思われる様々な店が集住している。スーパー、本屋兼文房具屋、パン屋兼喫茶店、洋服屋……。駅ビルの屋上は小さな公園のようなスペースになっており、週末の午後になると子供を遊ばせる家族連れの姿が散見される。
 高円寺駅南口行きのバスは、駅の東側を通る幹線道路の路肩から発着している。その車体は、一見して普通の路線バスと比べて明らかに小さく、短く、定員も少ない。乗ることが出来た。
 乗ることが出来た、というのは、乗客数のことではない。バス停の時刻表によると、このバスが高円寺まで直通している時間帯は限られており、夜は十八時台で終わってしまうのである。それ以降は、京王線と中央線との間の、どこなのか良くわからない杉並区のどこかで降ろされてしまうことになる。
 発車するとすぐに左折する。交差点には、つけ麺の有名店の一、永福町大勝軒の出汁の香りが充満している。同店前に並ぶ行列を後にしつつ、一方通行の商店街の、あまり幅広いとは言えない道を徐行していく。車窓からみた限りでは、この商店街はさほど賑わっているわけでも活気に溢れているわけでもないが、それでもそれなりに人の波がある。
 再び車道に出る。左折する。「高千穂商科大学入口」というバス停がある。全く知らない、名前も聞いたことが無いような大学だが、遥か以前、二十世紀の終わり頃に、試験監督か何かのアルバイトで来たことがあるような気がする。
 バスは右折して、再度住宅街の隘路を走り始める。大宮八幡という神社の森が視界の左手に結構長く続いた後、善福寺川を渡って、スポーツ公園のある一帯を通る。車窓には存外に緑が多い。誇大に表現するならば、初夏の明るい夕刻の緑のワープゾーンを通過している気にさせられる。疾走感は無いが、爽やかだ。
 住宅街の狭小な道を走り続ける。松ノ木住宅とか、松ノ木公園とかいう固有名詞に、時めくものを感じてしまう。こんなに狭い道を走るのだから、この路線はやはりこの車体でなければならなかったのだろう。コミュニティバスではないが、コミュニティバスに非常に近い役割を地域交通において果たしている。
 高円寺は割と良く遊びに行く街だ。駅南口のロータリーからこのバスが発着する風景だけは、何度も目撃していた。車体に表示される永福町の文字だけは認識していたが、それがどんな街で、またどんな道を通ってここまでやってくるのか、全く知らなかった。今、このバスが進むほどに、その全く知らなかった道が明らかにされていく。
 五日市街道に出る。大法寺前、丸ノ内線の新高円寺駅を経て、あとは普通の自動車道だ。北へ向かって直進し、終点までの所要時間は永福町から十八分。バスは回送車両となって去って行く。降車したバス停の隣のバス停の屋根の下で、ストリートミュージシャンが一人アコースティックギターを弾いている。まだ明るい。

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