『寒山詩』より5

2013/08/30(金) 11:03:14 [漢詩漢文の勉強]

寒山幽奇多し。
登る者皆常に懼る。
月照して水澄澄。
風吹きて草猟猟。
凋梅は雪を花と作し、
兀木は雲を葉に充つ。
雨に触れて轉鮮霊。
晴るるに非ざれば陟るべからず。

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ドネルケパブの平衡感覚

2013/08/30(金) 01:31:41 [詩文・俳文]

 トルコ人が経営するケパブ屋を初めて目撃したのは、ゼロ年代初頭の渋谷の西側の、どこかの一角だったと記憶する。現在は、ケパブの街と言えば秋葉原ということになっているらしい。
 トルコ人にとっては、渋谷と秋葉原との間の、文化的・記号論的・イメージ的な差異は全く意味を成さない。ただ人の集まる街だから、彼等はそこに存在している。サブカルもオタクもオタク間の世代闘争も全く関係の無い位相で、彼等はただ彼等の生活のためだけに、営々と自らの日常(ザッヘ)に仕え続けている。
 その平衡感覚を、羨ましく思う瞬間が、たまにある。
 どうでも良い小理屈を纏って理論武装をし、自らの卑小なプライドを必死で防衛している日本のサブカル/オタク青年からは、遥かなる高みに彼等はいるようにも思える。
 けれども、毎年春に池袋西口公園で行われるバングラデシュフェステバルに、トルコ関連のブースが存在しているのには、歴史的な由来があるのだろう。同じイスラムとは言っても、バングラデシュはミャンマーの隣国、すなわち東南アジアのすぐ西に位置している。一方のトルコは、EU加盟問題が議題になるヨーロッパの隣人だ。遠く隔たった二国ではあるが、バングラデシュ人は、近代トルコを生みだした政治家、ケマル・アタチュルクをこよなく尊敬しているという。

『寒山詩』より4

2013/08/29(木) 23:37:47 [漢詩漢文の勉強]

下愚は我が詩を読んで、
解せずしてかえって嗤いそしらん。
中庸は我が詩を読んで、
思量して云はん甚だ要なりと。
上賢は我が詩を読んで、
把着して満面に笑まん。
揚修は幼婦を見、
一覧してたちまち妙を知る。

トルコライス

2013/08/21(水) 02:12:28 [エッセイ]

 ピラフとナポリタンスパゲッティの上にトンカツを乗せた料理「トルコライス」がトルコの料理人から批判を受けたと報じられた。トルコ人はイスラム教徒なので、豚肉は食べないと。そりゃそうだ。
 近所のスーパーで売られている「アラビヤン焼きそば」をひっくり返して原材料を確認してみると、果たして豚挽肉を使っている。その製造元であるサンヨー食品が中東諸国から抗議されたというニュースは、まだ聞いたことが無い。

『寒山詩』より3

2013/08/21(水) 00:26:54 [漢詩漢文の勉強]

天高うして高きこと窮らず。
地厚うして厚きこと極り無し。

二度目の夕立

2013/08/20(火) 00:45:23 [短歌]

不意討ちのような二度目の夕立に降られて昨夜の君を思った

『寒山詩』より2

2013/08/19(月) 23:53:06 [漢詩漢文の勉強]

独り重巌の下に臥す。
蒸雲晝消えず。
室中翁曖たりと雖も、
心裡喧囂を絶す。

関東バス 北野→荻窪駅南口

2013/08/19(月) 01:46:11 [【12-13】オレンジをアップデート]

 三鷹市の最深部、中央自動車道の高架下にある北野のバス停は、二系統のバスの始発地点となっている。一つは小田急バスの吉祥寺行き、もうひとつが今回乗る関東バス荻窪行きだ。バスターミナルという程広くも無い、駐車スペースに関東バスの車体が入ってくると、小太りの運転手が降りて来て、近くにある不衛生な公衆便所に向かう。予想はしていたがこの公衆便所はやはり、ほとんどバス会社の社員のためだけに存在しているもののようだ。周囲には他に誰も居ない。
 夏の夜を定刻通り発車したバスには、私以外の乗客は誰も乗っていない。荻窪行きなのに、バスは南東に向かって進んでいるようだ。進むに連れて、少しずつ乗客が増える。給田というバス停で左折して進路を東に向け、すぐに京王本線千歳烏山駅前に着く。北野からここまでバス停にして五つぐらいだ。存外に近い。
 私以外の乗客は全て降車し、新しい乗客が乗ってくる。
 バスはそのまま東進し、同じく京王線の蘆花公園駅に向かう。世田谷の幹線道路沿いの景観には、印象に残るものも特に無い。ただ進行方向左手に、かの有名なトマトラーメンの開祖、アイバンラーメンの看板を目撃した時は気分がやや高揚する。時間を作って、一度食べに来なければなと思う。
 再び左折して北を向いた所にある蘆花公園駅前のバス停に停車する。時間調整のため、しばらく止まっているようだ。バス停の付近では中学生か高校生かがたむろして騒いでいる。
 バス車内にある広報物を読んでみる。関東バスでは「デジポンラリー」というスタンプラリーの企画を、この夏一杯やっているという。JR東日本の「ポケモンラリー」と似たようなもので、語感も意図的に似せたものだろう。「ゆるキャラ」にも似たいじましさが感じられるが、これで果たして何人の小学生が参加してくれるだろうか。
 夜の車道を再び走り始める。世田谷区から杉並区へ何時入ったのか、区境には看板があったはずだが見逃した。今度は井の頭線の高井戸駅前の高架下で、しばらく待機する。同じ井の頭線でも、永福町近辺は高架化されておらず、駅前は所謂「開かずの踏切」なのに対して、この駅は周辺の雰囲気にもずいぶんと余裕がある感じだ。四分ほど停車した後、発進する。
 311号線、いわゆる環八を北に向かってしばらく走った後、右手の脇道に入る。乗客が増える。車窓には個人指導塾の城南コベッツ、ファミレスの華屋与兵衛。
 飛ばすバス停が多くなる。車内放送で荻窪一丁目の地名を聞いてから、荻窪駅までなかなか辿りつかない。神田川は何時どこで渡ったのだろう? OKストアの看板が見えると、杉並・中野文化圏に入ってきたなと実感できる。やや渋滞気味だ。
 終点の一つ前のバス停は東電荻窪支社前である。駅南口に、西側から滑り込む。北口と異なり、いわゆるロータリーは無い。改めて降車客を見ると、ワイシャツ姿の人間が意外に多い。
 

『寒山詩』より1

2013/08/12(月) 17:19:47 [引用▼海外]

荘子送終を説いて、
天地を棺槨と為す。
凡そ此に帰る時有り。
唯だ一番のすだれをもちいよ。
死して将に青蠅をかわんとす。
弔ふに白鶴を労せず。
餓えて首陽山につかば、
生きては廉に死しても亦楽し。

北野の謎

2013/08/07(水) 02:27:32 [【12-13】オレンジをアップデート]

 千歳烏山仙川の遥か北、世田谷区調布市三鷹市との市区境が複雑に入り組んだ一帯は、なかなかの辺境だ。その三鷹市側の地名は、北野という。
 その、三鷹市北野の中でも最も外れにある小さな公園で、同市の移動図書館がひっそりと開館している。車体は小さなマイクロバス、蔵書検索システムはごく普通のノートパソコン。来館者は老人が多いのは、やはり平日だからか? 書棚を見た限りでは、大して面白くもなさそうなベストセラーばかりが並んでいる。
 それでも、このような公的な賑わいがこの場所を選んで立てられるのには、何か然るべき理由があるのだろう。

三鷹市北野の移動図書館


 自転車で現れた男性が、公園脇に立つ参院選候補者の看板に、山本太郎のポスターを貼って去っていく。
 この北野という場所は、路線バスの結節点でもある。中央自動車道の高架下にある小さなバスターミナルからは、三鷹や吉祥寺に向かう小田急バスと、京王の千歳烏山や芦花公園を経由して遠回りに荻窪に向かう関東バスとが発進する。何故この場所なのか、全くの謎である。
 中央自動車道の周辺には、緑地、畑、林がかなり残っている。竹林の中の一軒家の上空を、夥しい数のムクドリが、例の不気味な声で鳴きながら飛び交う。ここは調布市も至近である。ゲゲゲの鬼太郎の作者である水木しげるにインスピレーションを与えたのも、或いはこのような、開発以前の武蔵野の風景であったのかもしれない。
 現代風の一戸建てとトウモロコシ畑とが混在する住宅地の一隅で、野菜の自動販売機を見つける。私は何も買わなかったが、後に同僚が報告する所によると、百円で売っていたプラムは酸っぱ過ぎて喉の渇きを潤さなかったそうだ。

波の数だけ斬りつけて

2013/08/06(火) 03:16:22 [【12-13】オレンジをアップデート]

 練馬区の小学生に斬りつけた男は、脳に直接語りかけてきた電波の指示に従い凶行に及んだと供述している。どうしていつも「電波」なのか? その「電波」とやらは、一体どこから飛んでくるのか? 周波数は幾つなのか? その「電波」の届かない所は無いのか?
 従来の携帯の電波に加え、ワイファイやタブレット端末やスマホ等の多種多様な通信機器の氾濫が、「電波系」の業界にも混乱と暴走をもたらし、このような事件の遠因となっているのだろうか? それともやはり、首都圏電波界の大転回点ともいうべき、東京スカイツリーの稼働開始が、半分以上埼玉であるこんな辺境の地にも、影響を及ぼしているのだろうか?
 電波といえば、全てスカイツリーに結び付けてしまうのは、あまりにも安直な推理である。時流に阿っていると思われても仕方がない。
 地域性を鑑みて、ここは敢えて、田無タワー黒幕説を提唱してみたい。
 田無タワーの電波は、以前にも練馬区における電波系の凶行を演出している。同区在住の電波系を自称するサブカルライターが、自宅を訪問したファンに刺殺された事件である。その犯人も今回の犯人も同じように、西東京市に君臨するこの高塔から発信される電波に使嗾されたものだと解釈したい。その方が、B級地域史としての物語性と連続性とを見出せて面白いし、そのような妄想力の流露こそ電波系の話題にはいかにもふさわしい。その計画の初期段階において、スカイツリーを豊島園に誘致しようという運動が練馬区には存在したことなど、この街に住むほとんどの人が忘れ去ってしまっている今となっては。



(≒抱きしめて)
波の数だけ斬りつけて

石鯛の明眸皓歯

2013/08/02(金) 01:38:05 [詩文・俳文]

 仕事帰りに、スーパーの海産物のコーナーに立ち寄った。
 その日は、少し桁数が多いだけの単純な足し算を間違えてしまうなど、どうにも頭の働きが鈍っていた。
 発泡スチロールの生簀の中に、何とも珍しいことに、石鯛がゆっくり泳いでいる。
 その白と黒との、取りたてて派手ではないが明瞭で正確なストライプを見ているだけで、次第に精神が清涼さを取り戻していく。

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