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魑魅魍VS魎

2014/02/28(金) 19:27:48 [【13-14】※現在工事中です]

 魑魅魍魎が集った。
 「我々の名は、その半身に由来している。すなわち、魅(み)なら未、魍(もう)なら罔、魎(りょう)なら両から取っている。しかしながら、魑(ち)、お前だけはそうではない!」
 そうして魅魍魎の三匹は魑に対して集中攻撃を加え始めた。
 しばらくして、それにも飽きた。
 「魎、お前の半身は金で出来ているな? 一体幾らぐらいになるんだ。このブルジョワめ!」
 今度は魑魅魍の三匹が魎に対して集中攻撃を加え始めた。
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トンボを放つ、みたいな仕事

2014/02/28(金) 12:37:10 [【13-14】※現在工事中です]

 全能者として振舞うことが出来ない人間は、ペットの飼育には向いていない。何故ならば飼主には、一個の生命体であるペットの全存在を規定する義務と責任とが発生するからだ。それは第一に、力によって支配関係を確立する責任であり、その責任が的確に履行されないとそもそもただの動物はペットにはならない。飼主はペットに対して絶対的な支配者であり、またそうでなければならない。
 その上で飼主は、ペットの生命維持に必要とされる個別の具体的な要件、躾、居住、給餌、去勢、健康等に関して、全責任を負う。躾の際には自らの労力を割いて、教師としての役割を果たさなければならない。居住に際しては適切な広さの空間を準備し、そこに監禁しなければならない。給餌においては自らの財を投入して適切な糧食を準備しなければならない。去勢や健康に関しては、専門家である獣医の技術を頼むことになるが、その際にもやはり少なくない額の費用が必要とされる。
 他者に対して優越的に力を行使することを嫌悪する性格、二者以上の間で上下関係を決定し、どちらかが服従するという関係性自体を嫌悪する性格の人間は、そもそもペットの躾や調教には向いていない。
 生命体にとって最も重要な意味を持つ繁殖能力を、飼育側の一方的な都合で剥奪するのは不当であり残酷である、可哀想だと考える思想の人間は、ペットの去勢には向いていない。
 それらは全て、根本的には贅沢であり過剰消費、顕示的消費であり、不必要な娯楽に過ぎない。一個の生命の生誕から死別までを、やはり一個の生命に過ぎない人間がただ娯楽のために全規定し支配するのは、不道徳であり非倫理的であると考える人間は、ペットの飼育には向いていない。


 
 娯楽物としてのペットを嫌悪する人間が、産業としての畜産や養殖に対しても同時に否定的である必要は無い。前者に対して否定的で、後者を是認するという立場は、当然に存在しうる。何故ならば後者には、人類の生存維持に必要不可欠な蛋白質及び脂質を、安定的に大量供給するという社会的役割があるからだ。娯楽としての飼育と調教には大義を見出せなくとも、食糧生産としての飼育や殺害には大義があると考えることも、論理的には在りうるだろう。
 より高度な社会的役割を担う使役動物、例えば警察犬や盲導犬との比較においても、同様の立場を人は取りうるだろう。つまり、娯楽としての飼育・調教は非倫理的だが、治安維持や障害者補助という社会的な仕事に必要ならば、飼育・調教も是認されうると。
 そして勿論、そのような立論を根本から否定する反論も存在しうるだろう。「娯楽のための飼育」も「食糧のための飼育」も「社会的労働のための飼育」も、人間の都合によって人間以外の生命体を支配し、奉仕させているという点において全て同じではないか? それらの間に、どうして恣意的に差を設けて区分することが出来るだろうか? ここから先は、主に価値判断に基づく議論になり、おそらく永久に結着しない。仮に、娯楽としてのペットの飼主と職業的な動物の飼育者を同等に扱うとしても、前者と比較して後者にははるかに大きな重責が、精神的にも肉体的にも課せられていることは認めなければならないだろう。



 ペットの存在に対して飼主は全責任を負う義務がある以上、その死別に際して発生する諸々の現象を全て負う義務がある。それがどれほど重いものであっても、悲しみや喪失感、場合によっては罪悪感といった感情を、飼主は誠実に引受けなければならない。そうでなければ、そもそも最初からペットなど飼わなければ良いし、またその資格も無い。
 ……ペットと飼主、支配-被支配とは違った形の関係性を、他の動物と結ぶことは出来ないだろうか? 強制力を発動して躾を行ったり、監禁したり去勢したりする必要がない隣人。その死に責任を負うことが無い生命体。
 爬虫類やザリガニや魚類ならば、躾や去勢の必要はないだろう。けれども、少なくとも籠や水槽の中に監禁はしなければならない。その「死」には立ち会わなければならない……。
 以前、ベランダに置いたガラス瓶で水草を育てていた時に、知らない間にトンボのヤゴが棲みついていたけれども、あれが理想かもしれない。ある一定の時間、ただ一緒に棲んでいるだけ。然るべき時が来れば、やがて旅立つ者。
 あのような関係性だったら、全能者としての重圧を感じずに、他の生命体に対して振舞うことが出来る。何の負債も無い。拘束も無い。それでいて爽快である。日々の娯楽として充分であり、それがもし仕事だったとしたら、それは人類史上において最も清々しい職業ではないだろうか。
 親トンボが産卵したくなるようなガラス瓶をただ準備して、それをただ見守るような仕事。小さなヤゴが泳いで、少しずつ日々成長していくのを、眺める仕事。そうして春の遅い日に、羽化する彼等を見送る仕事。
 トンボを放つ、みたいな仕事。
 そんな仕事があれば良いのに。
 
 ※

 「ご職業は?」
 「トンボを放つ、みたいな仕事です。」

 ※

 大空はお前のものであるように、
 お前は大空のものである。
 風、

牧畜とダブルバインド

2014/02/26(水) 12:17:43 [【13-14】※現在工事中です]

 狩猟や漁撈と比較した時に、牧畜は精神的・心理的なプレッシャーがより大きい仕事なのではないかと考える。狩猟、漁撈、採集は、生物として最も原始的で、根源的な生存本能に基づく作業だ。あらゆる生物が、生きるためにそれを行う。爬虫類や両生類も行い、イカ(無脊椎動物)やカマキリ(節足動物)も同様に行う。そこには不自然な点、不整合な点は特に無い。その刹那的な行動には罪や自意識の概念も不要である。
 他方牧畜は、殺害するために育てる、食べるために育てるという、長期的な計画性に基づく作業だ。
 人間を含む哺乳類には、家族共同体を組織して育児を行うという行動様式が、生物的な本能としてプログラミングされている。(あるいは、鳥類も同様かもしれない。)自分より非力な他者を守りたい、育てたいという性向は、主にその役割を担う雌(女)において最も顕著であるが、程度の差はあれ雄(男)にも備わっている。またそうでなければ種の保全は出来ない。
 この、集団を組織し育児を行うという本能の部分から牧畜は派生したものであるが、またそれ故に「育児」と「殺害」のダブルバインドを牧畜の従事者は内面に抱え込むことになる。そこに罪の概念が発生し、自意識が発生する。
 「自分で育てた生物を、自分で殺害しなければならない」という根源的なダブルバインドを、合理化、正当化、説明化するロジックや価値体系を、牧畜に従事する人間は必要とした。それが世界宗教(特にセム系)の起源であり、人間と他の動物種を明確に峻別する世界観の由来である。

憎悪を孕んだ情熱の方が

2014/02/20(木) 21:02:31 [【13-14】※現在工事中です]

無為よりも憎悪を孕んだ情熱の方が僕には相応しいから



無為よりも憎悪を孕んだ情熱が何時も世界を変えてきたから

四日の西日

2014/02/20(木) 20:28:45 [短歌]

創作のことしか最早考えず
西日が刺さる
四日の職場

午年の骨

2014/02/19(水) 22:41:13 [短歌]

午年の正月という現前に
馬の骨として居る厳然を

元旦のフードコート

2014/02/19(水) 19:38:45 [短歌]

(イトーヨーカドー武蔵小金井店四階にて)



冬眠も仮眠も不可能。
元旦のフードコートは騒がし過ぎる。

#午年短歌

2014/02/18(火) 21:45:20 [短歌]

元旦の澄み過ぎた空にペガサスを幻視するほど青(わか)くもないけど



この年はユニコーンのごと剛直に処女の体に突き刺さる年

巳年の大晦日

2014/02/18(火) 21:42:04 [【13-14】※現在工事中です]

巳年の終りに、
馬刺を食べた。
(JR東小金井駅北口の蕎麦屋にて)

歩廊にて初茜

2014/02/18(火) 00:06:50 [【13-14】※現在工事中です]

阿佐ヶ谷の一番線を初茜入る時少し東へ歩いた

黄緑のこの自転車

2014/02/17(月) 21:49:20 [【13-14】※現在工事中です]

黄緑のこの自転車で駆け抜ける武蔵野の
(落葉/泥)
冬の夜

流星

2014/02/17(月) 10:41:16 [【13-14】※現在工事中です]

流星は聞き入れないで駆け抜ける



流星の噂話は流星の矜持と何の関係も無い

時雨れ

2014/02/17(月) 00:19:41 [【13-14】※現在工事中です]

気紛れな
時雨れに
踏まれても進む

冬瓜は冬には見ない

2014/02/16(日) 22:18:41 [【13-14】※現在工事中です]

冬瓜は冬には見ない。
冬瓜は夏の野菜であるから。
冬凪は冬には見ない。
冬には海に行かないから。

雲を憎む

2014/02/16(日) 22:15:28 [短歌]

午後になり漸く出て来る雲を見て怠け者がと思ってしまう



星達の時から働くオレよりもお前が偉大なわけがないだろ

正義の虚空

2014/02/15(土) 19:02:38 [【13-14】※現在工事中です]

誰からも聞かれてないのに自らの正義ひたすら真冬の虚空

都市の都合

2014/02/15(土) 14:56:58 [【13-14】※現在工事中です]

睡眠も愛も足りないこの都市で
           合
           の
           良
           い
           時
           だ
           け
           頼
           ら
           れ
           る

冬の朝の五行

2014/02/14(金) 22:21:08 [【13-14】※現在工事中です]

まだ酒が抜けない。
寒い。
ただ眠い。
ブーツのチャックが閉まらない。
朝。

この夜の赤い

2014/02/13(木) 23:47:36 [【13-14】※現在工事中です]

この夜のサンタの仮装とすれ違う消防車達の光の行方



販促のコスプレの赤
危機の赤
ショートケーキに飾られる赤

明日からは伸びる

2014/02/13(木) 23:12:56 [詩文・俳文]

 冬至の夜に髪を切る。

 明日からは日も伸びるし、髪も伸びる。

木耳(きくらげ)自殺

2014/02/12(水) 13:19:13 [【13-14】※現在工事中です]

 豆腐の角に頭をぶつけて死ねるのなら、木耳の縁でリストカットも出来ない事はない。

青の大広間

2014/02/12(水) 13:00:42 [【13-14】※現在工事中です]

はぐれ雲青の広間が広過ぎる

終点は、無い。

2014/02/12(水) 07:38:35 [【13-14】※現在工事中です]

 終点は、無い。
 「世界の果て」など存在しない。
 全ての場所が、どこかからどこかまでの中間地点だ。
 巨大な球体の重力に捉われ、その表面を右往左往して生涯を終える小動物に過ぎないという点において、現在のところ私達はみな平等な存在であるからだ。

雪にはならない

2014/02/12(水) 00:16:48 [【13-14】※現在工事中です]

あの本が見つからないなら、この雨も、雪にはならない、かもしれないな



踏切に塞がれてバスは進まない。
雨はとうとう雪にはならない。



人々と君の期待を裏切って、
雪は降らない。
天は墜ちない。

魑VS魅魍魎

2014/02/11(火) 22:24:56 [【13-14】※現在工事中です]

 魑魅魍魎が集った。
 「我々の名は、その半身に由来している。すなわち、魅(み)なら未、魍(もう)なら罔、魎(りょう)なら両から取っている。しかしながら、魑(ち)、お前だけはそうではない!」
 そうして魅魍魎の三匹は魑に対して集中攻撃を加え始めた。

轢死した手袋

2014/02/11(火) 21:05:05 [自由詩]

手袋の片方が轢死している。
伴侶と再会することは、無い。
春が来ても、無い。
人類が滅亡する日まで、無い。
いつか太陽がその持てる力を全て使い果たし、
赤色巨星と化して地球を呑み込む日が来ても、
無い。
寒い。

蝙蝠っぽい傘

2014/02/08(土) 09:28:25 [詩文・俳文]

 黒い折りたたみ傘を閉じて、骨を結束せずに壁から吊り下げると、本当に蝙蝠のように見える。

高架下=フロンティア

2014/02/06(木) 21:29:20 [【13-14】※現在工事中です]

(夕日は勇気の誤植ではない)



何も無い高架下にて今、ここが、フロンティアだと思える夕日

耳栓はイヤホン

2014/02/05(水) 20:58:16 [【13-14】※現在工事中です]

 イヤホンは耳栓の一種であり、耳栓もまたイヤホンの一種である。
 どんな高性能な耳栓をしている時にも、極小化され無作為に抽出された無数の環境音を無意識のうちに人は聴いており、完全な耳栓がもし存在するならば、人はその時沈黙を聴いている。

【オープンマイク】たまとぎvol.23に参加してきました【渋谷】

2014/02/05(水) 20:28:07 [お知らせ・近況報告]

2014年2月1日、渋谷円山町のバー「Space turbo Bar&Gallery」において開催された
オープンマイクイベント「たまとぎ」Vol.23に参加して来ました。

私は新刊『夏と愛と』から、
「夢追う北風」
「冷たさに崩れる」 
「遥かに地軸の涯てま◇で氷らせ◇ ◇◇」
「鰐と冬雨」
を朗読しました。

Space turbo Bar&Galleryさんのサイトはこちらです。
 ↓↓↓↓
http://www.kensscratch.com/gallery-space-turbo.html

 
主催者の方々、私の拙いパフォーマンスに耳を傾けて下さった方々、
そして私の新刊をご購入頂いた全ての人々に、改めて御礼を申し上げます。

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