ちぃばす麻布ルート

2010/04/28(水) 00:33:25 [【09-10】ちぃばす麻布ルート]

 冬も終わりに近づいたある日、有栖川公園の横を通る木下坂にあまり見慣れないバス停が現れた。港区内を走るコミュニティバス「ちぃばす」のものらしく、広尾駅を経由して港区役所まで連れて行ってくれるというが、路線図を見ただけではどこをどう通るものなのかイマイチ良くわからない。

 何日か立つと、そのバスが坂を下って行く姿や、広尾駅前の交差点を右折してはバス停にとまるのを目撃するようになった。駅前のちぃバスのバス停は、既にその場所にあった都バスのバス停と共用のものとなっている。このバスの運行開始を歓迎するメッセージが手書きで書かれた画用紙がガードレールにぶら下げられている。

 その名の通り本当に小さいバスの車内には、既に何人かの乗客が居る。老齢の修道女の二人組、老婆とおそらくはその孫らしき男の子、後部座席に陣取るやはり高齢者達など。外苑西通りから天現寺橋を曲がって明治通りに入ってしばらくは、新宿西口から品川駅までを結ぶ都バスと同じルートだ。車内にはモニターが二画面設置されていて、一つは次の停車情報を知らせ、もうひとつは各種注意事項や富士急グループの広報を流している。そう言えば周囲は富士急の宣伝物ばかりだ。同グループのレジャー施設が相模湖にあることをここで初めて知った。
 明治通りを品川方面に向けて走っていたバスが、左折して坂を登りはじめた。再び有栖川公園の付近、都立中央図書館側に向かって走る。「仙台坂上」でバスに乗車した腰の曲がった老婆は、すぐ次の「仙台坂下」で下車した。地元住民の日常の脚として機能しているようだ。
 坂を下る際にブレーキをかけたはずみで、運転席のすぐ後ろに座っていた男の子が前の壁に頭をぶつけた。祖母が心配している。
 
 麻布十番から六本木ヒルズに向かって走る途中でマイクロバスに抜かれる。どこの幼稚園か、もしくはスクールのものかは良く見えなかった。交通量が多い上に頻繁に停車するため、なかなか進まない。信号待ちをしていると隣の車線に止まっているタクシーの運転手と眼が合ったりして戸惑う。
 今度は六本木ヒルズのけやき坂を登る。
 こうして走ってみると、この麻布一帯がいかに急峻な丘になっているかが非常に良くわかる。地下鉄ですら回避した坂道に、小さな体躯に闘志を漲らせたこのバスは果敢に立ち向かってはまた下る。



幾度も麻布の丘に新しきいさましきちびのバス挑み行く



どれほどの険しき坂も春風に押されて登れ麻布ちぃばす



 そのたびに、春の空にほんの少しだけ近づいてはまた遠ざかる。
 今日は雲がある。

 ヒルズの地下にあるセンターループを一周する。ハイヤーや観光バスの姿が見える。
 下り坂でブレーキをかける時にこのバスが立てる「キュルキュル」という駆動音は、他のバスでは聞いたことがない独特のものだ。いかにも懸命な感じがして、好感が持てる。頼もしい。
 けやき坂を下っても、休む間もなく今度は反対側の鳥居坂を登っていく。東洋英和女学院前あたりはやっと地形も平坦で、それほど信号に妨げられることもないので、自動車らしく疾走できる。内幸町などの、港区のオフィス街に入ると、スーツを着たサラリーマンらしき人物も何人か乗り込んで来る。

 オフィスビルの磨かれたガラス面に、バスの車体どころか、その窓から外を眺めている私自身の顔まで映り込む。

 東京タワーも段々近くなって来る。

 このバスは港区役所から広尾駅までを循環しているが、区役所前が便宜上の終点とされていて、全ての乗客は一度ここで下車しなければならない規則になっている。大門駅前まで乗りたいという、東京ガスの制服を着た検針員らしき女性が運転手に不服を申し立てていたが、仕方なくその規則に従うことにしたようだ。区役所前のバス停から走り去るバスの後ろ姿を撮影しようとすると、地下を走る都営三田線のものと思われる風が足下の通風口から吹き上げて来るが、この風もどことなく春風を模倣しているかのように思える。
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