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何故新宿駅南口だったのか?

2011/02/19(土) 01:37:49 [詩文・俳文]

 JR新宿駅の南口か新南口で通り魔を起こすという2ちゃんねるの書き込みがツイッターによって拡散し、電器店のWi-Fiスポットで川崎の少年が逮捕された事件は、本質的には中二病をこじらせた中学三年生が大人から厳しめのお叱りを受けましたというだけのくだらない話に過ぎないのだが、彼が選んだのは何故新宿駅の南口だったのかという、いわば枝葉末節の部分に今の東京を考える上で案外重要な示唆があるのかもしれない。

 まず、何故渋谷や原宿といった、いわゆる若者の街ではなかったのか? 中学生ぐらいのガキが悪目立ちしようとすれば、真っ先に候補に挙がるのはこの辺りの街のように思うのだが? まあ、原宿はどちらかと言えば少女文化の街だから、少年が回避するのはまだわかる。しかし渋谷は何故避けられたのか? 現在の渋谷が、若者文化の求心地としてのイメージ、記号的価値を喪失しつつあるからと考えられる。つまり渋谷は、何軒かのデパートと、繁華街と、ブックオフがあるだけの普通のターミナル駅になりつつあるのではないかと。一昔前は、千葉の柏が「東の渋谷」と呼ばれることがあったというが、現在はむしろ、本物の渋谷の方が、柏や船橋や新百合ヶ丘のようになりつつあるのではないか?
 次に、何故秋葉原ではなかったのかという問題がある。秋葉原はいわば、「実例」がある街なので、暇潰しの単なる愉快犯に過ぎないこの犯人はビビって回避したと思われる。もし秋葉原で通り魔を行うとネットのどこかに書き込んだら、間髪をいれずに警察当局の徹底的な捜査が入って検挙、補導されてしまうことを、このバカガキはバカガキなりに理解していたのだろう。(実際には秋葉原であろうが新宿であろうが同じ結果になったのだが。)つまり秋葉原は今なお巨魁な警棒を剥き出しにした制服警官が頻繁に巡回している真剣勝負の主戦場であり、真剣の一種であるダガーナイフによって現実に殺人が行われた現場であり、自分ごときが例え冷やかしであってもその名をネットに書き込むことなど恐れ多い土地であることを、その同世代の一般的な子供より著しく劣った大脳ではなく、むしろ動物的な本能を司る小脳のどこかによって理解していたと思われる。
 池袋ではないのは、むしろ当然だ。池袋もまた、かつてサンシャイン通りにおいて実際に通り魔殺人事件が起きた「真剣勝負」の地ではあるが、この事件には秋葉原事件のような社会批評的、記号論的な文脈における意味が特に無く、人々の記憶にも特に残っていない。つまりこのガキはおそらくその事件を知らない。そもそも神奈川県民にとっては、池袋という街の存在自体が意識に登らないのではないか?

 そのような理由があって、まあ新宿を選んだとして、何故南口をこの犯人は選んだのか? 社会的・文化的なインパクトがありそうなのは、まずは東京でも最大の繁華街であり、かの椎名林檎の歌にも歌われた歌舞伎町であり、スタジオアルタが位置する「JR新宿駅の東口」であると思うのだが? ここの所が、実は良くわからない。南口には、確かにルミネよしもとタワレコとかの、いわゆる若者が好みそうな、文化の匂いがするスポットがそれなりにはある。(ついでに場外馬券売り場もある。)さらに南下すれば、東急ハンズ紀伊国屋新宿南口店があって、後者には劇場も備わっている。大規模な改築工事のフェンスの前では、ストリートミュージシャンや路上詩人が日々パフォーマンスを行っていて、場合によってはかなり多くの固定ファンが人垣を成していたりする。けれどもそれらの要素が、中二病をこじらせた頭の悪い中学三年生を特別に吸引するほどの重要な意味を持つものとはどうも思えない。結局何故新宿駅南口のバスターミナルだったのか、今の私にはわからない。(もっと若い人ならあるいはわかるのかも知れない。)
 ただ一部ネットがやたらに盛り上がっていた理由は何となくわかる。新宿駅南口には、長距離バスの発着場がある。2ちゃんねるに犯行予告、そして長距離バス。この組合せが、あのかつての、西鉄バスジャック事件のノスタルジーを、無駄に喚起してしまうからだろう。加藤智大の後背には、やはりあのネオむぎ茶が控えている。

 戦前の旧制一高に、藤村操という学生がいた。華厳の滝において投身自殺を行った。その死は当時の知識階級に大きな衝撃を与え、様々な議論の的となり、またその模倣をして自殺する若者が続出したという。今、頭の悪い中学生の単なるネットの落書きに人々は過剰反応し、犯行予告時刻には多数の野次馬が終結し、また多数の警察官が動員される事態となったが、今でもある種の人々は、心のどこかで加藤の幻影にあるいは怯え、もしくは密かに期待を抱いて休日の繁華街を歩いている……のかもしれない。
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