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【映画】ポストマン(ケビン・コスナー)

2011/04/14(木) 00:34:00 [【映画】観映グゥ評]

 ケビン・コスナーの監督・主演映画。長嶋一茂が出演している同タイトルの邦画があるので、混同に注意。

 核戦争その他で社会秩序が崩壊し、ホルニストと称する武装掠奪集団が跋扈するアメリカ合衆国が舞台。ホルニストから脱走した主人公が、打ち捨てられた郵便車から古い郵便物を拾い、再興した合衆国政府から派遣されたポストマンだと嘘八百を信じ込ませて孤立した集落に潜り込むことに成功する。何故だか集落の人々から彼は救世主のように扱われて崇拝され、純真な黒人少年に乗せられて郵便配達のネットワークを組織することになる。そのネットワークがホルニストに対するレジスタンス的な活動になっていき、またその渦中でご都合主義な恋愛をしたり、おきまりのラブシーンがあったりして、最後はホルニストのボスを一騎打ちで破り、英雄となった彼の銅像が立つという話。
 映えある(?)ラジー賞受賞作。確かに失笑するポイント、辻褄が合わない点、ケビン・コスナー自身のナルシシズムが不必要にダラダラと垂れ流された部分が多い。私はこの映画を何回か見ているが、そういう、基本的な部分のダメダメさに対する評価はやはり変わらない。

 ではあるが、実は個人的にはこの映画はそんなに嫌いではないし、実はそう悪くも思っていない。特に深い考えも無く出まかせを並べた最初のウソがきっかけにして、集落の人々の「外界に対する希求」「どこか遠くに対する憧憬」のようなものが喚起され、それが実体としての郵便配達ネットワークを産み出し、武装集団に対する対抗勢力になっていくまでのプロセスが、魅力的だからだ。主人公はデタラメの「合衆国議会決議」やら「大統領令」をまくしたてるのだが、それらの架空の秩序、架空の行政システムが、実体としての秩序を産み出す端緒になるという経緯。まあこの作品は基本的にダメな映画なので、その辺の描写も不十分なのだが。
 評論家・故山本七平の著作にこんな話があった。太平洋戦争中、山本は下級将校としてフィリピンのジャングルで悲惨な体験をするのだが、その孤立無縁のジャングルの中で、いつしか、こんなデマが産まれたというのだ。異国のジャングルで孤立した我々を救出しに、潜水艦部隊がやって来る。彼等と合流するために、海岸に向かって歩き出そうと。戦場における異常心理によって自然発生したそのようなデマは、もちろん実体のないもので、海岸にいったところで、もともと存在しない潜水艦とは合流など出来るはずもない。
 ポストマンが捏造した嘘八百、復興した議会決議も、新しい大統領令も、同じく何の実体もないものである。しかし実体のない潜水艦と異なり、実体のない新しい秩序は、人々の努力によって手にすることが出来る。何故ならば社会秩序は、その全ての構成員によって創られるものだからである。
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