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【映画】スターウォーズエピソード3 シスの復讐

2011/05/09(月) 03:42:42 [【映画】観映グゥ評]

 スターウォーズ六部作の最終作。言うまでも無く制作年代は一番新しい。本作において、アナキン・スカイウォーカーがダースベイダーになるまでの経緯が明らかにされ、物語はエピソード4(つまり最初のスターウォーズ)に接続することとなる。
 血気盛んで自信家の若きジェダイであるアナキンが、次第に他のジェダイとの間に心理的な距離を感じるようになり、その隙を元老院議長パルパティーン(つまり後の銀河皇帝)によって突かれ、籠絡され、暗黒面に引きずり込まれる。その描写が、見る者を納得させる形でなされている。アナキンの置かれた、その場、その状況におけるそれぞれの判断を観客が見て、ああ、仕方がない、個々の判断はそうする以外にどうしようもなかったのかも……とある種の同情を誘うように作られている。主人公の数奇な運命を、悲劇的なものとして描くことに成功している。
 つまり本作を結末とする、スターウォーズのエピソード1~3は、青年アナキン・スカイウォーカーの青春の挫折と暗転を描く、反ビルドゥングスロマンなのである。スターウォーズ4~6が、青年ルーク・スカイウォーカーの青春(恋愛、冒険、兄的存在との葛藤、賢者との出会い、父なる敵との戦いなど)とその成長を描いた正統的ビルドゥングスロマンであるのと、明確な対象をなしている。

 物語は当然のことながら、パドメ(アナキンの妻)が双子の子供(つまり後のルークとレイア姫)を出産した後に病死し、サイボーグ化されたアナキンがダースベイダーのあの黒仮面を被る所で終わる。建設中のデススターらしき構造物をベイダーとパルパティーン皇帝が眺めるカットがラストに挿入され、エピソード4への接続感をきちんと強調している。既に完成された世界観・世界設定をきちんと尊重し、その資源をフルに活用した上で、それをより拡げ、深めることに成功している。シリーズものの映画としては模範的な作品だ。
 この接続感が与える満足感は、そうだな、ドラクエⅢをはじめてクリアした時の感じに似ているかも知れない。この世界が確実にドラクエⅠの時代にまで繋がっているあの感じ。もしくは、よりオタク的な比喩を用いれば、機動戦士ガンダムの0083に、赤眼鏡のバスク・オムが登場して、あ、これはZガンダムの前日譚なんだなと視聴者にわからせる感じ。
 
 もちろん剣劇部分、メカものの魅力も満載。個人的に気に入ったのはグリーヴァス将軍。4本腕を振り回すのがナーガっぽく(『風来のシレン』を思い出した)、また這行する時は昆虫っぽいそのギミックがカッコイイ。這行モードの時が俊足なのも良い。

 ※

 スターウォーズのエピソード4から6までが創作された時代は、現実の人類社会はまだ東西冷戦を闘っていた。日本はまだ昭和であった。これらの3作品は、かなりの程度その時代のアメリカ人の世界認識を反映している。要するにこの物語に登場する帝国とは、旧ソ連のことなのである。正確に言えば、アメリカ人及びアメリカ人と価値観を共有していた当時の西側自由主義陣営が思い描く所の、旧ソ連のイメージの投影なのである。(メカ物や制服の造形にはナチスドイツ風味がかなり入っているかも知れないが。)スターウォーズの初期三部作は、世界がまだ二元論で動いていた、もしくは動いていると信じることが出来た時代に作られたフィクションなのである。
 では、後期のスターウォーズ、エピソード1から3は? 様々な解釈が可能だろうが、このエピソード3に関して言えば、これはアメリカ国内の政局の話なのではないか? 元老院=アメリカ議会、非常時大権を与えられた元老院議長=アメリカ大統領、ジェダイ評議会=アメリカ海兵隊、もしくは海兵隊ロビイストあたり?
 精鋭部隊であるアメリカの海兵隊は強大なロビーを有し、国内政局にも多大な影響力を保持しており、陸軍や海軍出身の大統領すらしばしば手こずらせると聞いている。その政局争いがこのエピソード3には投影されているのではないか? 選ばれし特殊能力の持ち主であるジェダイ達は、任務のためにしばしば辺境の惑星に派遣されるが、その辺もなんだか海兵隊っぽい。つまりこのエピソード3は、他ならぬアメリカが悪に乗っ取られる話としても解釈可能なのである。

 細かいことを言えば、フォースの概念も前期と後期では変化しているように思う。前期、つまりルーク・スカイウォーカーの時代のフォースの力は、もっと精神論的、観念的な、当時流行のニューエイジ思想の影響を受けたような概念だった。その、アメリカ人がイメージするところの、精神世界の到達者としてジェダイは設定され、いかにもステレオタイプの東洋の神秘の体現者として、ジェダイマスターであるヨーダも登場する。(緑色の肌を持ったエイリアンとして設定されているのは、オリエンタリズムを露骨に表現するのを避けたためか?)
 ところが、エピソード1では、フォースの力の根源は血液細胞中に住む共棲生物の濃度によって規定され、ジェダイの素質もそれによって測定可能という、何とも生命科学的な説明がなされてしまうのだ。これはやっぱり、ヒトゲノム解読とか細胞メカニズム研究の進展などの、現実世界の科学的知見の進歩が、フィクションである映画のこんな部分にまで影響を与えているということなのだろうか?
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