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グスコーブドリの後日談

2011/07/27(水) 00:36:58 [定律・アフォリズム]

 グスコーブドリが何人も居る。
 福島に居る。



 グスコーブドリがその自己犠牲によって予測されていた冷害を阻止したことは、イーハトォーボ世界の社会経済に大きな影響を与えた。農村が凶作を回避し、飢餓と貧困から逃れえた一方で、冷害の発生を既定路線として相場や先物取引をしていた投資家達は損害を蒙り、中には破産した者や自殺した者も居ただろう。
 損を受けた株屋が何人いたとしても、彼等が何を言ったとしても、グスコーブドリの尊厳は些かも傷つかず、高貴さは揺るがない。金融界の利己主義と彼の献身とは互いに世界で最も離れた場所に存在していて、全く関わりのない事柄なので、後の伝記作家もわざわざそんな者どもに貴重な紙幅を割いたりはしなかったのだろう。
 紛糾する東京電力の株主総会を見てふとそんなことを思った。今日も明日も、黙々と福島第一原発の現場で働き続ける作業員の過酷さを思った。二百キロメートルという数字は、東京のオフィスビルと、闘いが続くかの大地との距離を、ただ物理的に表記しているだけに過ぎず、何の喩にもならないことを改めて思い知った。



あの半径の中心にグスコーブドリが居てはならない
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