スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- [スポンサー広告]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アートであることを辞める

2011/11/06(日) 01:14:46 [【11-12】夏と愛と]

 表面をコーティングされた巨大な切り株のオブジェが公園に置かれている。かつて近所に聳えていたクスノキが宅地開発に伴い伐採される時に、その姿を惜しむ声が人々から寄せられ、根の部分だけがこのような形で存在し続けることになったのだという。この公園自体も元は個人所有の屋敷森で、その自然がやはり開発によって失われるのは地域社会にとって大きな損失であるという意見を受けて残され、区によって管理保全されることとなったのだという。
 オブジェの正面は複雑に入り組んでいる。在りし日においては、旺盛な生命力をもって根や枝が分岐していたその根源に当たる部分だったのだろう。その細かい隙間や谷間に、土が詰り、枯葉が積り、蜘蛛が巣を懸けている。それだけではない。その僅かな土と養分を糧とし土台として、オブジェの上に新しい樹木が根付き芽生えている。
 付近に植えられているムクロジか、もしくはコナラの実が転がりこんで、発芽に成功したものと思われる。
 プラスティック材らしき表面のコーティングは、風雨に曝されパリパリと剥がれつつある。
 アートとして佇んで孤立するよりも、虫や枯葉を友としてこの森に一体化することを、切り株自身も望んでいるような気がした。蜘蛛の糸は目視出来たが、蜘蛛本体の姿は発見出来ない。切り株の凹凸に庇われて、どこかで息を潜めている、その気配だけを感じた。
スポンサーサイト

Comment

Post Comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

トラックバックURLはこちら
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。