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武蔵野多摩キャラクターズベルト

2012/01/14(土) 02:41:20 [【11-12】夏と愛と]

 宇宙に恒星を産出するのは、天文学的な巨大さにおいて展開される物理の力である。
 夜空に星座を見出すのは、人間の想像力である。



 大泉学園には、東映のアニメスタジオがある。
 井の頭公園には、ジブリ美術館がある。
 調布には、鬼太郎茶屋がある。
 そして登戸に、藤子・F・不二雄ミュージアムが開館した。

 大泉学園駅と、吉祥寺はバスで接続している。
 吉祥寺と調布もバスで接続している。

 昭和後期の子供達を相手に創作活動を行ってきたマンガやアニメの成功者達が、東京西郊に伸びゆく鉄道沿線のある街にそれぞれに拠点を構えた。ある者は住居であり、ある者はスタジオである。それらの拠点は、都心からほぼ等距離にあり、自治体同士は隣接もしくは近接している。
 それら巨星の光に照らされて育った子供達が成人し、自らが親の世代となるのと並行して、街にはあるいはミュージアムが開館し、あるいは観光施設が建てられ、その作中のキャラクター達が描かれた電車やバスが走るようになった。西武池袋線には『999』のキャラクターが描かれた「メーテル車両」、三鷹駅からジブリ美術館へ向かうコミュニティバス、その名も「鬼太郎バス」と呼ばれる調布市のコミュニティバス。登戸や向ヶ丘遊園から藤子Fミュージアムに向かう川崎市営バスの車体にも、もちろんドラえもんを筆頭に藤子Fキャラクターがラッピングされている。新しい親達はやがて、幼い子供とともにそれらの公共交通に揺られて、創作者達に由来の施設に通うようになる。
 武蔵野多摩キャラクターズベルトはこうして形成された。
 それは戦後児童文化史や大衆文化史の帰結である以上に、戦後経済史や交通史や住宅政策史の投影物なのである。上京し、就職し、成功し、結婚して家族を築くというのが多くの日本人の夢であった時代がかつてあって、東京西郊の各鉄道会社の繁栄や沿線自治体の発展はもちろんその夢の上に成り立っていて、それら創作者達自身のライフヒストリーもまた、その典型例なのだから。
 言い換えれば、戦後児童文化史の年表と社会経済や人口動態のグラフとを結合して、武蔵野台地/多摩丘陵という平面にプリントアウトしたのが、これらのキャラクターズミュージアムであり、キャラクター交通であり、キャラクター自治体振興政策なのである。補助線である各鉄道の遷移も驚くほど似通っている。すなわち、西武池袋線は現在、練馬区西端の大泉学園駅周辺で高架化工事を行っており、JR中央線は武蔵野市の武蔵境駅の高架工事をつい最近まで行っており、京王線は調布市内の駅と路線を地下化する工事を進行している。



 西武池袋線大泉学園駅と、JR・京王吉祥寺駅はバスで接続している。
 JR・京王吉祥寺駅と、京王調布駅もバスで接続している。
 しかし京王調布駅と、JR・小田急登戸駅はバスで接続していない。
 武蔵野多摩キャラクターズベルトの星座のラインを、ここまで忠実に具現化してきたバス路線の素描は、残念なことに一度ここで途切れてしまう。
 鬼太郎茶屋の東京都調布市と、藤子Fミュージアムの川崎市多摩区とは、地図上においては隣接しているが、多摩川を挟んでいるためその往来は容易ではない。両自治体を直接繋ぐ自動車道は存在しない。調布から登戸に行くには、稲城市や狛江市を経由するか、鉄道を使って乗り換えなければならない。
 しかしかつては、多摩川のこの辺りには、渡し船があった。つげ義春のマンガにしばしば出て来るように、渡し船があった。しかしその存在は、多摩地域の交通政策において現在は全く忘れ去られている。それは丁度、つげ義春の一連の作品が戦後マンガ史の裏面であり、その登場人物が戦後経済発展史の明るさの外側に置かれているように。



 西武池袋線―JR中央線―京王本線―小田急小田原線と連なるキャラクターズベルトが、登戸より南進する気配は目下の所観察されない。小田急の南を走るのは東急田園都市線や同東横線であり、さらにその南では京浜東北線と京浜急行が工業地帯の足元を固めているからだ。戦後の児童文化や大衆文化は本質的に中産階級に属していること、つまり上流階級(ハイソサイエティ)やブルーカラーに抗しえない、もしくはそれらを見て見ぬふりをすることで成り立ってという事実が、こんな所からもわかる気がする。
 けれども多摩川の南の涯てで、キャラクターズベルトのそれとはまた異なった性格の、若い世代の恒星の光を人は目撃する。日々大空を飛ぶピカチュウ達のジャンボジェット。
 


 そのような、一連の天文劇の舞台である東京西部の台地や丘陵の対角にある座標、すなわち東京東部の埋立地には、多少衰えが見えて来たとは言え、恒星の等級などを無意味化するほどの圧倒的な光度と破壊力を未だに保って、太平洋の彼方からやってきたあの鼻もちならない白手袋のネズミが君臨し続けている。かつては自らパイロットとなって吾等の父祖を殺戮してみせた、あの攻撃的で凶悪なネズミが今日も歌って踊っている。全ての議論の前提である戦後という時空を産み出した、彼等の圧倒的な軍事力(バイオレンス)の性格を、やはりあのネズミは体現しているように思える。
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