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串田孫一「小黒部谷遡行剣岳」より1

2012/02/18(土) 14:14:49 [引用▼日本]

 

八ツ峰の岩稜とどっちりした黒部別山の平らな山巓。その向うには鹿島槍のピラミッドが四方に長い尾根を引いている。後立山の新築された小舎も八峰切戸も目を大きく開くとはっきり見える。右手の空を突いて針聳している尖峰は頭が二ツに分れ、写真に見るドロミテの五指峰の一部のようでどうしてもあちら物だ。後は池の谷に向かって直立に近く薙ぎ落されている。前九・三〇小窓を去り、岩場と草付をよつん這いになって小窓の頭〈二六一七メートル〉に登ると、尖峰がまたまた素晴らしく見える。美しい花の咲き乱れた草の上で休んでいると何とも言い難い、地球を離れた世界に連れて行かれるような気がした。……



 串田の登山記。「岩稜」「山巓」「針聳」(しんしょう)といった格調高い漢語が自由自在に駆使されているにもかかわらず、全く読みにくさを感じさせない。むしろ読みやすい。生き生きとした記録文でありかつ写生文。
 初出は(昭和八年一月『東京高校山岳部部報』第一号〉とある。つまり串田がこれを書いたのは旧制の高校時代、発表媒体は山岳部、山登りサークルの会報誌。戦前の旧制高校エリート文化の最も良質な部分、その教養の高さがこの文章を読むだけでも感じられる気がする。嫉妬すら抱けないほどのあまりの素晴らしさ。憧れを禁じ得ない。
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