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アサヒビール本社社屋屋上の、排泄物に例えられることが多いあのアレ……

2012/04/24(火) 00:27:31 [エッセイ]

 東京スカイツリーの開業を間近に控えて、世間の関心が大きく墨東エリアに向いている今だからこそ、改めて指摘しておくべきだと思う。浅草から隅田川を渡った対岸にある、アサヒビール本社ビルの、屋上に置かれた、例の、棒状の、動物の排泄物のうちの、固体状の方の名称でしばしば世人から呼ばれる、あのアレについてである。
 なるほど、確かに、そのように呼ばれても、仕方のない外形を、あのアレはとっている。固形状排泄物は、現実にはあのような黄色はしていない。健康な成人が生産するものならばまず、もっと濃い茶色をしているだろう。しかしながら、あの色彩は、液体の排泄物に酷似している。どこか不潔さを感じさせる。その、人々が持っている液体排泄物の色彩のイメージと、固形排泄物の形状のイメージとが複合されて、結果として人々の意識のうちに像を結んだイメージはやはり排泄物であったという、その複雑なプロセスの存在を人は正当に認識するべきだろう。
 形状についても、また再検討の余地がありそうだ。その次第に細くなって途切れたような形状は、まさしく、直腸の直下において、括約筋と有機物とが繰り広げる最後の闘争の痕跡を連想させる。菊形の関門によって加えられた、最終的な、決定的な切断によって刻まれた形状と、極めて相似した雰囲気が確かに、あのアレにはある。そのことは否定できない。
 だが、そこに陥穽がある。
 もし固形状有機排泄物があのように、地球上の任意の平面に横たえられたとして、その切断された尾部はあのように宙に浮くだろうか。風にたなびくだろうか? 否。答えは否である。固形状有機排泄物であったとしたら、その終尾の部分は、重力に耐えられずにベチャリと地平に平伏すはずだ。
 そういうと、以下のような反論が予想される。それはある程度以上に軟らかい固形状排泄物の場合であって、必ずしも全ての場合に当てはまるものではない。世界には固さを保持した有機排泄物も存在しているではないかと。それに対する答えはこうだ。なるほど、そのように固い有機排泄物も有るかもしれないが、それは果たして、棒状で世に送り出されるものなのか? 固さを保持した有機排泄物は、むしろ小球状の連なりとしての形状を取るのではないかと。
 結論。隅田川東岸、アサヒビール本社ビル屋上に置かれた、その極めて野糞的な存在として世間一般にイメージされている、例の、棒状の、あのアレを、野糞として認めることは出来ない。 
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