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ニキータの思い出

2012/11/12(月) 20:24:22 [【11-12】夏と愛と]

 酒席で昔の映画の話になった。若い女の殺し屋の内面を描写した昔のフランス映画『ニキータ』は、もたもた痴話喧嘩ばかりしていてちっとも話が進まず、今になっては詰まらない作品だ、ジャン・レノの出番も記憶していたほど多くなかったという年配の男性の発言に、私も同意した。この映画を最初に観た高校生の時も、実は私はそう思っていた。当時、この映画で感動した、泣いたとしきりに強調する級友が居て、どこが面白いのか全く分からないと反駁したことを思い出した。
 その級友は体格はなかなか良いのだが、人柄が大人しく、スポーツの類が全て苦手で、「牛」とか「ヘーゲル」とかいう仇名で呼ばれていた。「牛」はその緩慢な言動から、「ヘーゲル」は当時の高校一年のカリキュラムにあった「現代社会」という科目のサブテキストに載っていた哲学者ヘーゲルの肖像に似た外貌から、付けられた呼称であった。受験指導に特化した(とはいってもその実績は全然大したことないが)地方都市の公立高校で、風変わりなことにそいつはフランス語のクラブに所属していた。ホームルームで突然手品を披露して、その時だけは拍手を浴びていた。高一の時は同じクラスで、そいつも私も放課後は学校近くのゲーセンに集まる帰宅部男子集団の一員で、当時そのド田舎で流行っていた「ファイナルラップ3」(旧ナムコの筐体レースゲーム)を皆で一緒に遊んでいたが、二年に上がる時にそいつは理系・私は文系を選択したためクラスが別になった。
 それでも図書室や学校近隣のゲーセンでは時々顔を会わせてはいた。その後、誰が企画したのかは知らないが何故か、大して仲が良かったわけでもない高一のクラスの人間を集めた飲み会があった。その会場の「村さ来」(今は余り見かけないチェーン店の居酒屋)でもそいつの顔を見た。酔い潰れた小柄な狐顔の、全く人望のなかった元学級委員長を、親切にも家まで背負って送っていったと後になって聞いた。
 高校二年の文化祭の直前に、ゲーセンでその姿を見かけ、二言三言会話をしたのが最後であった。それからしばらくした晩秋の或る日に、電話連絡網で突然その死を知らされた。その、劇的な要素を微塵も含まない凡庸そのものの名称故に、かえって現在に至るまで鮮明に記憶に残り続ける葬儀会場「川島セレモニー会館」まで、高一の時の級友何人かと自転車を飛ばして通夜に向かった。我々の高校がある県庁所在地の中心部からはだいぶ距離があった。テレビドラマか何かで見た動作をそのまま真似て、型通りの焼香をし、棺桶に横たわり花束に挟まれたそいつと対面した。確か百合の花束だったと思う。女子の何人かは泣いていた。帰りは屋島を目印にとにかく海の方向へ、夜の田舎の幹線道路を皆で走った。
 翌日の朝、そいつのクラスの人間とともに、高一の時に同じクラスだった人間(つまり私達)も全員校内放送で呼び出され、学校が用意したバスに乗り込み告別式に改めて列した。結局あの時は怖くて死に顔を最後まで直視出来なかったと、後にある元級友が、学食で飯を食っている時にふと洩らした。私はそれを見ていないので、『ニキータ』のリメイクのアメリカ映画『アサシン』についての会話にはあまり参加出来なかった。
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