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都バス 東京スカイツリー→上野公園

2012/12/31(月) 21:39:59 [【11-12】夏と愛と]

 東京スカイツリーの開業と同時に、その足元の北十間川東武伊勢崎線とに南北を挟まれたエリアに、巨大な商業施設が登場した。城砦のようなその規模によって、明らかに周辺地域の自営業者を迫害し、抹殺しようとしている。極めて暴力的な風景である。ロードサイド型ショッピングセンターの進出による地方社会の破壊と同様の侵略行為が、隅田川東岸の東京の下町において、現在進行形で行われている。



 このバス停の名前は、以前は「業平橋」であったが、現在は「東京スカイツリー」である。ツリーの開業に伴って、東武鉄道の業平橋駅が、東京スカイツリー駅に改名したからだ。スカイツリータウンの登場によって、押上駅の方に新しくきちんとしたバスロータリーが設けられたため、業平橋駅側のバス停は何だか貧相に思えてしまう。
 バスを待つ時間を、東武の高架をくぐったすぐ北側にある古書店で潰す。この店の様子は、見た限りではスカイツリー開業以前と全く変わっていない。
 上野行きの都バスに乗る。平日の夜に、それなりに人が乗っているが、観光客よりも生活客の方が多いようにも見える。
 左折して、そのまま直進し、隅田川を渡る。言問橋である。さほど明るくはない浅草の裏側を西進し続ける。それでも日比谷線の入谷駅がある交差点の付近だけは、やや華やいでいる雰囲気がしないでもない。下町なので、地形に起伏はほとんど感じられない。
 鶯谷駅の北側の陸橋を走る時には、上り坂の存在を認識出来た。この陸橋の足元辺りに、正岡子規の終焉の地である子規庵があったことを、ふと思い出す。山手線と京浜東北線と東北本線とのレールの束を渡って、このバスは今は武蔵野台地の東端に登っている。つまりは、旧山の手エリアである。住宅地のため、道は暗い。
 千代田線の根津駅前のバス停で、私以外の乗客は全員降りてしまった。時間調整のため、しばらく停車するという。間。十月の長い夜の、ある部分を、私一人だけで独占している。
 今回のこの単調で暗い旅の間に、今までのバス旅でしばしば私が敗北してきた睡魔に襲われることは、何故か全く無かった。
 再び走り始めたバスは私一人だけを乗せて南へ走り、上野公園の周囲を反時計回りに半周する。終点は不忍池の南側の、やはり暗くて人通りの余り無いバス停で、ここから池袋に発車するというバスの本数も、極めて寂しいものであった。上野駅までは少し距離があり、御徒町の方がむしろ近いようにも感じられた。上野広小路では、ブックオフが新規開店工事中であった。
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