スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- [スポンサー広告]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『井月句集』より6

2013/03/16(土) 23:11:04 [引用▼日本]

ゆるむ日の罔両見るや寒の入り

冬ざれや身方が原の大根畑

雪の日や無尽済ての送船

雪散るや蜂の覇王樹まだ裸

鮟鱇や兎角もの憂き懸け処



罔両:かげぼし。影の周りに出来る薄影のこと。
⇒とものの本には書いてあるのだが、この言葉の初出である荘子を原文で読んでみてもどういうものなのかイマイチ良く分からない。未だにわからない。(青条)

冬ざれや~の句は、前出の「秋風や~」と中七、下五が全く同じ。古戦場を織り込んでおけば取りあえず俳句っぽくなるということだろうか?

覇王樹はサボテンのこと。江戸時代には渡来していたというが、幕末明治の長野の山奥でも、俳句の材料になるほどにはメジャーな観葉植物だったのかと感心させられる。

鮟鱇は冬の句の季語として非常にポピュラー。
私ごときでも以下の句を暗唱している。


鮟鱇や孕み女の吊るし切り(漱石)

鮟鱇の骨まで凍ててぶら切らる(楸邨)


頼山陽が鮟鱇の美味を讃えた漢詩「華臍魚を食う歌」はこちら
http://kurzgedicht.blog81.fc2.com/blog-entry-2114.html

幕末明治の長野の山奥においても、鮟鱇という食材は俳句の材料になるほど知られたものだったのか?
スポンサーサイト

Comment

Post Comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

トラックバックURLはこちら
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。