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ポエムにはポエムを

2014/06/09(月) 12:35:19 [【13-14】※現在工事中です]

 チェーンの居酒屋の店内や便所には、しばしば相田みつを調のヘタウマ毛筆書きが掲示されている。大抵の場合は、仲間意識とかポジティブ思考とかガンバリズムとかの、平板な体育会系キャッチフレーズを反復強調し続けるだけの、極めて無内容な内容の「ポエム」である。現実として眼前に存在している過酷かつ理不尽な労働環境を隠蔽し、従業員を都合よく馴致・洗脳・利用するためのツールではないかと思われる。営利企業や官公庁までもが近年、公的な空間にもこの種の文言や文体を堂々と発信することが多くなった、日本社会の「ポエム化」だと批判する識者も居る。
 この「ポエム化」に対抗するにはどのような方法があるだろうか? 労働法労働経済学の、社会科学の言語や論理によって、「ポエム化」に対抗しうるだろうか? ポエムによって洗脳されてしまうような人々を脱洗脳するには、やはりポエムによってするしかないのではないだろうか?
 大衆向けヘタウマ系ポエムの元祖、総本山は相田みつをだと思われているが、実はそうではない。私の知る限り、日本近代文学史におけるこの分野・文体の開拓者かつ成功者は、白樺派の文学者・武者小路実篤である。実篤の以下の詩を大量に印刷して、居酒屋の便所の洗脳系ガンバレポエムの上に貼り付けるというレジスタンス活動を夢想してみた。

 自分は一個の人間でありたい。
 誰にも利用されない
 誰にも頭を下げない
 一個の人間でありたい。
 他人を利用したり
 他人をいびつにしたりしない
 そのかわり自分もいびつにされない
 一個の人間でありたい。

 (……)

 独立人同志が
 愛しあい、尊敬しあい、力をあわせる。
 それは実に美しいことだ。
 だが他人を利用して得をしようとするものは、いかに醜いか。
 その醜さを本当に知るものが一個の人間。
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