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説明と説得について

2014/10/10(金) 11:04:43 [エッセイ]

 説明と説得は、互いに類似している部分もあるが、本質的に異なる概念だ。
 類似している部分は、いずれも他者に対して行われるコミュニケーション行為であるということだ。
 では、どの部分が異なるか? 
 相手に対して、ある情報を伝達する行為が説明だ。その情報の内容を、相手が把握出来たのならば、その説明は成功だ。相手の把握を助けるために、文書を用意しても良いし、画像やグラフや表を用いても良い。説明とは「情報を伝達する」技術のことであるとも定義出来る。
 説明は技術であるので、その各種要素を細別し、ある程度客観的に分析・評価することが可能だろう。文章術や話術ならば、論理性や会話の好感度。文書ならば各種資料の編集・レイアウトの巧拙。つまり、30点の説明、50点の説明、80点の説明、100点の説明というものが存在しうる。会話術も文書作成術も、学習と訓練によって習得し、向上させることが出来るので、50点の説明を努力と改良とによって80点に高めることも可能である。
 これに対して、説得はどのように異なるか? 自分が望む行動を、相手に行わせるのが説得だ。自分の意志に、相手が従ったのなら、その説得は成功だ。相手を従わせるために、誠意をもって手紙を書いても良いし、賄賂や性的誘惑や脅迫を行っても良い。説得とは「人間を操縦する」政治のことであるとも定義できる。
 説得は政治であるので、各種要素を細別することも、客観的に分析・評価することも出来ない。もしくは無意味である。その結果によって、事後的に評価するしかない。説得には、0点か100点しかない。説得の成否は個別具体的な人間関係によってその都度規定されている(つまり、一回一回異なる)ので、50点の説得が80点になるということもない。

 また、以上のことから、おおむね次の結論が導かれる。
 説明が上手くいかないのは、本人の勉強不足、技術不足、準備不足が原因であることが多い。それは努力によって克服可能であり、次の機会にはより良い説明を行えば良い。
 説得が上手くいかないのは、必ずしも本人が原因、責任があるとは限らない。「醜男/ブスのくせに話しかけるな」「イケメンむかつく」「女のくせに……」「黒人のくせに……」。そのレベルの差別的・感情的な好悪によって、説得はしばしば失敗してしまう。そこまで低レベルではないにしても、著しく極端な政治思想、宗教的信念、その他偏見に支配されている人物を、説得することは困難である。
 人が習得・向上に努めるべきは、説明技術の向上であって、説得力の習得ではない。
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