街も乾いていた

2015/10/15(木) 10:58:45 [エッセイ]

 年長の同僚に誘われ、バドガールが居るというそのビアガーデンに行ったのは、茨城県鬼怒川が決壊して民家に人々が取り残され、ヘリコプターからの救出劇が実況中継された、その日の夜だった。細く長く途切れることのない雨雲が関東地方に豪雨をもたらしたと天気予報では解説されていたが、私達の街は乾いていた。職場からターミナル駅を挟んで反対側のその店まで歩く途中で、駅構内の電光掲示板が中距離列車の遅延を反復して告知するのを何度も目撃した。
 そんな夜のことだから、そのビアガーデンに入った時は、客は他に誰も居なかった。バドガールも一人しか居なかった。水着ではなく、ボディコンのミニスカだった。コースメニューとバドワイザーを頼むと、ビアジョッキの模型を大袈裟にひっくり返して騒いで見せるという、ありがちなドッキリを演じてくれた。
 客が私達二人しか居ないために、そのバドガールは、店の用事をする以外はほとんど付きっ切りで私達のテーブルの傍に居た。ロングヘアーを金髪に染めた、ごく普通の体型の女の子だった。とは言っても、話をしていたのは、ほとんど彼女自身だった。彼女自身が、彼女自身に関する情報を、ひたすら喋り続けて時間が経過したように思う。実家が蕨市だという話、昔はガングロのコギャル(そんな世代か?)で、肌を真っ黒に焼いて熱心にクラブ通いをしていたという話。今までにつきあった彼氏は二人だという話。二番目の彼氏は、シンガポールに転勤になるというので別れたという話。そのどれもが、何だかどうでも良いような話であった。
 その女の子は、顔もスタイルも悪くないように思うのだが、その甲高い声で連射されるマシンガントークに、しまいには何だか疲れてきた。時折、大人しそうなホールのバイトの男の子が控え目に会話に参加したように思うが、彼が何を発言したかは全く覚えていない。まだ学生だという。
 自分も、ほとんど何も話さなかったように思う。
 この店は夏期限定で、毎年最終日には大勢の客が集まって、非常に盛り上がるのだという。その日には来ることができないと同僚が答えると、冬には鍋の店として営業するから、是非来て欲しいという。鍋といっても、何の鍋の店かと聞くと、まだ決まっていないという。
 同僚はまた来ると約束していたが、本当に来るかどうかはわからない。取りあえず、電話番号は交換していたようだ。
 結局最後まで、私達以外の客は来なかった。
 来た路を引き返して駅に戻ると、湘南新宿ライン上野東京ラインも、未だに遅れたままだった。全く酔っていなかった。街も乾いていた。 大規模水害からの北関東の復旧を祈りつつ、帰りの列車の到着をホームで待った。
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