電線上のハクビシン

2009/07/13(月) 02:58:50 [【08-09】電線上のハクビシン]

だからこの街の夜道を歩く時は、
たまには空を見上げてみよう。
そこに人工の光に圧倒された貧弱な星空と濁った月しか見えなくても
上を向いて歩いてみよう。
幾重にも重なって張り巡らされ、
鈍く視界を遮る電線の束に覆われた景観が不愉快に感じられたとしても、
まさにその造化の光のエネルギーや、
電子によって表現された僕たちの感情や精神が通り抜ける細いロープを、
自らの獣道として東京の闇を渡って行く強かで小さな生き物の姿を、
君の運が良ければ目撃することが出来るかも知れないから。



夏の深夜の住宅街を歩いていると、
電線上を歩く小さな生き物を目撃する。
猫よりは少し小さいぐらいの大きさで、
尻尾は長く、耳は尖っている。
歩く速度はそれほど速いというわけではないのだが、
夜の暗さのためにはっきりとその姿を見ることは出来ず、
また街灯に接近すると今度はその存外に強い照度に妨害されて、
やはり満足に観察出来ない。

しかし猫は、送電線の上は歩けないだろう。
この付近でしばしば目撃情報が報道される狸でも、
もちろんないだろう。
おぼろげながらに見えたその顔から、
おそらくはハクビシンであろうと推察する。
人工物によって覆われ包囲された都市空間にあって、
それを巧みに利用して自らの生存圏に組み込んでいく。
その姿に、不思議な感動と勇気を与えられる。

その影の不敵なまでのマイペース。
その影の不吉なまでのマイペース。

悠然と、あるいは慎重な足取りで、
西武池袋線の方向に歩いて行って、やがて姿を消した。

サンシャインビルの照明が見える。



既にそこに存在している事物を
ただやみくもに否定したり憎悪したり破壊したりするのではなく、
それに本来の目的とは全く別の意味や機能を与えることが出来ないか
考えてみるのも悪くはないだろう。
カラスやネズミのような狡猾さや貪欲さや繁殖力が
僕達にはどこか欠けているとしても
ならばハクビシンのような独自の発想力と行動力を持って、
この街に自らの居場所を見出そう。
彼ほど鮮やかにそれをやってのけるのは中々難しいかもしれないが、
こんな小さな生き物にもそれが出来るのだから、
君や僕にも出来ないことはないだろう。

天体に由来するものであれ、
人智が産出したものであれ、
ひとたび夜の闇に放たれてしまえば、
光は最早、誰のものでもないのだから。

この街の夜道を歩く時は、
たまには空を見上げてみよう。
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